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雑誌目次

論文

臨床検査32巻9号

1988年09月発行

雑誌目次

今月の主題 死の判定と検査 巻頭言

死の判定—臨床医の立場から

著者: 小沢友紀雄

ページ範囲:P.953 - P.954

 "死の判定と検査"という主題を扱った本号の巻頭言を書くにあたって,今までと少し違った感じで死とは何かを考えている.臨床医として,死の宣告を何のためらいもなしに行ってきたのであろうかと考えてみた—否である.かけがえのない命を一刻も長くながらえさせるのが医師の務めであり,そう考えなければならないのが医師である,と一途に思いつめたような態度で,家族の人々の気持ちや表情を知る余裕もなく,臨終に立ち会った若かりし頃.生理的死への秒読みを正確にその家族とともに測っていくような,そしてそれが終わったときに己の無力さにどっと疲れが出て医局の長椅子の背に頭をもたれて目を瞑る十余年後.その患者の日頃の生活環境の香りを知りえたような,穏やかな気持ちで,周囲の人々にいたわりの言葉をかけるように死を告げる二十余年後.一臨床医にとっては年代とともに,また患者やその家族とともに,死の臨床での感情も異なるのではなかろうか.
 科学は冷徹に死を眺める.感情とは違ったところで,医師は死の秒読みをしているのである.—呼吸がおかしくなった,心音が聴取されなくなった,呼吸が停止した,瞳孔が散大した—待つ,待つ,待つ—まるで最後の力で生き返りたい素振りのようにたった一つの溜め息のような呼吸をして,そして静寂が訪れる.医師は,瞳孔が散大して対光反射がないのを確認して死を宣告する.心停止より3分以上は経過してから(脳死を待つが如く)臨終を告げるのである.

総説

脳死の判定基準

著者: 塩貝敏之 ,   竹内一夫

ページ範囲:P.955 - P.964

 厚生省「脳死に関する研究班」による「脳死の判定指針および判定基準」を基に,ハーバード大学基準以来,現在までに提唱されている脳死の判定基準を比較し,その概念・定義と判定法を解説した.
 現在世界において,広く受け入れられているのは,大脳・小脳・脳幹を含む"全脳の機能死"の概念である.したがって,いずれの基準でも,当然のことながら判定法においては,前提条件を満足したうえでの,神経所見を中心とした臨床所見が重視されている.

技術解説

脳死判定のための脳波検査

著者: 安部倉信 ,   越野兼太郎 ,   池田卓也

ページ範囲:P.965 - P.971

 脳死には脳幹死と全脳死との二つの概念があるが,両者間では脳波の臨床的意義が異なってくる.わが国では,厚生省の指針などで全脳死の立場より脳波が脳死の判定基準の一つとしてとりあげられていることから,脳死の疑われる症例においては脳波検査が必須となっている.技術的問題として各種アーチファクトの混入の問題があり,これを最大限取り除く努力が必要であるが,格段に条件の悪い病室での平坦脳波の判定には困難を伴うことが多い.また通常の脳波は,大脳半球表層の限られた範囲の電気活動を頭皮,頭蓋骨を介して記録しているという制約があるので,平坦脳波がただちに大脳皮質全体の機能停止を意味するとは限らない.しかし,平坦脳波は大脳皮質の広範囲で高度な機能障害を示すことには間違いなく,脳幹死を伴っているときには回復は不可能であると考えられる.
 脳幹死の判定のための電気生理学的検査法として聴性脳幹誘発電位や短潜時体性感覚誘発電位は有用であり,今後両者を併用することによりさらに信頼度の高い結果を得ることができるものと期待される.

死の判定における循環器検査

著者: 谷川直 ,   小沢友紀雄

ページ範囲:P.972 - P.979

 死の判定における循環機能検査は,死の認識に対する見解が変貌しようとしつつある現在もなお重要な位置を占める.それは心電図であり,血圧の測定である.心臓はポンプであるという性格上,拍動流を生じなければ当然,血圧の値を得ることはできない.しかし,血圧を得られない状況でも,心臓の電気的活動を表現する心電図は何らかの変化を示していることが多い.すなわち,死の判定に際しては,心電図による心臓の静止が確実に認識されなければならない.その心臓の停止に対し,心臓マッサージ,心腔内注射,カテコールアミンの投与あるいは電気的除細動,心臓ペーシングなどさまざまの医療が行われる.
 人間の死を迎えるとき設備の整わない所では,心臓の停止に伴う循環の停止の結果生じてくる脳の死が,その死の判定の最終的な意義をもつことになる.しかし,脳死という稀な現象の中では,心臓自体が健常に活動している特異な場合がある.それらが臓器提供者として認知されれば,循環機能検査は,その心臓が確実に正常であるということを実証する手段になるというきわめて矛盾した状況が生まれる.

死後経過時間の判定

著者: 高取健彦

ページ範囲:P.980 - P.986

 死後,物理化学的変化により発現する死体現象は,死後経過時間の推定に有用であるばかりでなく,個体死の確認にも重要である.この死体現象には,死後早い時期にあらわれる早期死体現象と,比較的遅れてあらわれる晩期死体現象と,特異な条件下で発生する異常死体現象がある.これらの死体現象はいずれも,死体の置かれている環境条件や,死体側の条件により変化しうるものばかりであり,一つの死体現象からだけで死後経過時間を推定することは危険であるといえる.したがって,種々の死体現象を総合的に観察し,それらの最大公約数的範囲から死後経過時間を推定することになるが,これはおのずと,かなりの幅をもった推定時間帯とならざるをえない.死後経過時間の推定は,法医学においては古くて新しい問題であり,今後,死後経過時間の判定ができるだけ狭い範囲に限定できる方法の開発が望まれる.

多臓器不全の臨床検査

著者: 山本保博 ,   大塚敏文

ページ範囲:P.987 - P.992

 多臓器不全の治療のポイントは迅速な病態把握と適切な集中治療である.この秒を争って検査を行い,診断を下していくためには,心要性の高い誰でも施行できる検査が重要となる.深夜でも最小限の検査は必要である.呼吸・循環動態,血液ガス,代謝を中心とした生化学検査などが中心となる.検査は経時的に反復できるものが必須であり,データも可能な限り数値で表現されてくるものが重要である.

座談会

死の判定と臓器移植

著者: 出月康夫 ,   竹内一夫 ,   高木弘 ,   大久保昭行

ページ範囲:P.994 - P.1003

 生命維持装置,とりわけ人工呼吸器の発達によって大きく変貌した"死の意味",脳死の判定基準とその考え方,人工臓器の開発と臓器移植の現状,脳死と臓器移植の接点,わが国の生活感情や倫理とのかかわりなど,非常にホットな問題について,3人の外科医が現場感覚あふれる討論を展開—医療に携わる者として,またひとりの市民として,基本的理解の資としていただきたい.

高速液体クロマトグラフィー・3

臨床化学的に興味がもたれる糖質

著者: 掛樋一晃 ,   本田進

ページ範囲:P.1006 - P.1011

 体液中の遊離糖には疾病と関連して変動するものがあり,それぞれの疾病のマーカーとなりうるが,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)はそれらを分析するために有力な手段となる.一方,体液や組織中の複合糖質の糖鎖は認識現象をはじめ多彩な生理的機能をもつと考えられ,それらの分析は臨床化学的に有意義である.これらの複合糖質類の分析においてもアフィニティークロマトグラフィーをはじめとするHPLCの手法が有力な分析手段となる.

学会印象記 第37回日本臨床衛生検査学会

第18回IAMLT学会とジョイントし,盛大に開催,他—臨床化学部門から

著者: 金光房江

ページ範囲:P.1021 - P.1023

 去る7月16日,17日の両日,神戸国際会議場を中心に第37回日本臨床衛生検査学会が開催された,引き続き開催された第18回IAMLT学会との合同企画もあり,盛会であった.臨床化学を中心に報告する.
 1日目午前中は"免疫化学検査の進歩と問題点"について,臨床化学と免疫血清との合同シンポジウムがあった.近年,免疫化学反応を用いた検査法はラテックス法,EIA法,免疫蛍光法など,その発展には目をみはるものがある.これらの方法の開発により,これまで時間をかけて半定量しかできなかった検査が,迅速に精度良く定量できるようになった.しかし,一方では分析機や測定法の選択,方法や標準物質の標準化,抗体の種類とその反応性,感度,精度,プロゾーン現象,第二反応の特性など,多くの問題点を抱えている.これらを踏まえて,免疫化学検査の現状,酵素反応からみたEIAの問題点,免疫反応の臨床化学自動分析機への応用と問題点,免疫化学検査に用いる自動分析装置の現状と問題点,試薬の特性と測定法の選択,被測定因子と免疫化学分析の問題点,免疫化学検査における精度管理について7名の演者から発表があった.

研究

免疫細胞化学法とエステラーゼ染色あるいはペルオキシダーゼ染色を組み合わせた二重染色法

著者: 鈴木美和子 ,   新谷和夫

ページ範囲:P.1024 - P.1029

 塗抹標本において,細胞表面マーカーと,細胞化学的マーカーであるナフトールーAS-D—クロロアセテートエステラーゼあるいはペルオキシダーゼを同一標本上で観察できる二重染色法を得た.
 一次抗体にモノクローナル抗体,二次抗体にアルカリホスファターゼ標識抗体を用いる免疫細胞化学法のアルカリホスファターゼ染色操作後に,ナフトールーAS-D—クロロアセテートエステラーゼ染色を追加する,あるいは免疫細胞化学法の二次抗体反応操作後に,3—メチル−2—ベンゾチアゾリノンヒドラゾンを用いるペルオキシダーゼ染色を挿入するものである.

Bodian染色による横紋筋の横紋の証明について

著者: 大谷静治 ,   佐藤昇志 ,   小川勝洋 ,   賀来享

ページ範囲:P.1030 - P.1032

 Bodian染色により横紋筋にみられる横紋の組織学的証明を試みるため,現在,広く行われているPTAH染色との比較を行い,その有効性について検討を行った.その結果,対象とした正常および病変の横紋筋の横紋が,Bodian染色により明瞭に染め出された.PTAH染色が死後変化や固定液による影響を受けやすく,横紋が染まらない場合もしばしばみられるのに比べ,本法の安定した横紋の染色方法は病理学的検索に応用できるものと考える.

ブドウ球菌のプラスミド抽出法とMRSA感染症解析への応用

著者: 飛田正子 ,   中込治 ,   上杉四郎

ページ範囲:P.1033 - P.1036

 臨床分離株から抽出したプラスミドが疫学的マーカーとなりうる安定なものかどうかについて,5例の患者から経時的に分離したMRSA株と7例の患者の異なった部位から分離したMRSA株からプラスミドを抽出してパターンを解析した.その結果はほぼ同一の再現性のあるパターンを示したことから,ファージ型別やコアグラーゼ型別と同様に有力な疫学的マーカーとして信頼できるものと思われた.また,黄色ブドウ球菌からプラスミドDNAを簡易に抽出する方法についても報告する.

質疑応答

臨床化学 銀染色法の注意点,長所,短所

著者: Q生 ,   芝紀代子

ページ範囲:P.1037 - P.1040

 〔問〕電気泳動後の銀染色法の注意点,方法,長所,短所についてご教示ください.

臨床化学 アミラーゼ測定キットの問題点

著者: T生 ,   大川二朗

ページ範囲:P.1040 - P.1042

〔問〕最近アミラーゼ測定のためのキットが種々出ていますが,各キットによって基質が違い,水解位置とかモル比活性,共役酵素などが問題になっているようです.これらの点についてわかりやすくご教示ください.また,非還元末端とはどの部分を指していうのですか?

臨床化学 EDTA,NaFの凝固阻止の作用

著者: K生 ,   藤田誠一 ,   片山善章

ページ範囲:P.1043 - P.1046

 〔問〕抗凝固剤でCaと結合するものにクエン酸,シュウ酸,EDTA, NaFなどがあります.EDTAはキレートによってCa2+と結合しますが,他の陽イオン(Na,Kなど)ともキレートをつくるのですか.また,NaFによる凝固阻止ではCaF, KFなどをつくるのですか.それと,ドライケミストリーでグルコースを測定する場合,NaFは溶血しやすいため粘度の関係,全血との値はどうですか.さらに,特にグルコース測定(ドライケミストリー〉ではiodoaceticacid, sodiumなどが良いそうですが,その作用についてもご教示ください.

臨床化学 抗体測定における電極法の長所

著者: R生 ,   中野安裕

ページ範囲:P.1046 - P.1048

 〔問〕「電極を用いた抗体測定法」(臨床検査,31,797〜799,1987)で,「電極そのものの感度が吸光光度計や発光光度計に比べて一般には劣る」とあり,応答時間がかかるという欠点などがあげられて電極法はよくないようですが,電極法の長所,あるいは臨床検査で電極法がよく使われる理由をお教えください.

診断学 Fibrosisと検査

著者: O生 ,   四元秀毅

ページ範囲:P.1048 - P.1050

 〔問〕線維化マーカーとしてP-III-P (プロコラーゲンペプチドIII)が有用ということですが,その臨床的意義についてご教示ください.また,他の線維化マーカーと,肺胞洗浄液中での測定の意義についても合わせてご教示ください.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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