今月の主題 リハビリテーション―臨床検査の役割
巻頭言
リハビリテーション医療の戦略
著者:
中村隆一
ページ範囲:P.1601 - P.1603
リハビリテーションの定義あるいは理念は過去数十年に渡り,わずかながら変化している.「障害者(the handicapped)を身体的,精神的,社会的,職業的ならびに経済的にできるだけ有用性を発揮しうるように回復せしめることである」というアメリカのNational Council on Rehabilitation (1943)の定義はわが国でも広く知られている.一方,イギリスのMair Report (1972)では,「リハビリテーションは身体的,精神的,社会的能力を患者に最大限回復させることであり,それに"できるだけ短い期間で"を付け加えるべきであろう」とする.かつては,外傷(主に戦傷:四肢外傷と脊髄損傷)やポリオ後遺症による障害者,将来のある青壮年がリハビリテーションの対象であった.戦後処理も終わりを告げる頃,先進国では,人口の高齢化と急性疾患から慢性疾患へと疾病構造の変化が生じてきた.これがリハビリテーションの定義から,職業や経済の側面を除き,同時に乳幼児から老人まで,個人の心身活動の維持・向上を意図した保健医療へとリハビリテーション医療の領域の拡大をもたらした.そして,最近は「リハビリテーションは全保健医療に浸透すべき概念であり,包括的,かつ予防をも含むべき」(DeLisa,et al.1988)と言われるようになっている.
昨今のリハビリテーション医療の対象者の多くは慢性疾患患者である.例えば,脳卒中による片麻痺であっても,その原因となった血管病変は慢性進行性疾患である.言い換えると,疾病と身体障害が併存する状態である.定義によれば,慢性疾患は①疾病は永続的である,②能力低下(身体障害)がある,③病理過程は不可逆である,④リハビリテーションのために特殊な訓練を要する,⑤長期の監視,観察,介護を要する,である.ここでは治療ではなく,予防の概念が重視される.現在,保健医療における慢性疾患モデルでは,①感受性のある段階(1次予防),②無症状であるが,病理過程のある段階(2次予防),③症状・徴候のある段階(3次予防),④能力低下のある段階(リハビリテーション),という4段階が区分されている.リハビリテーション医療は3次予防(これを障害発生の予防という)とリハビリテーションを担当することになる.ちなみに1次予防は公衆衛生領域のテーマとなり,危険因子の除去や疾病への抵抗性を高める努力がされている.2次予防は早期発見・治療により疾病(病理過程)の進行を遅延させることを目的として,検診制度となって発展している.3次予防は臨床医学の領域に属するが,これは医学的モデルの枠外にある.そのために障害モデルがWHOからも提案されているが,医学的モデルのようには普及していない.しかもわが国では,3次予防という言葉は流布していない.その理由として,臨床医学研究が医学的モデルだけに準拠して病理指向的アプローチを主体として行われていること,障害問題に医療従事者があまり関心を示していないこと,科学技術のテーマというより社会問題として障害が扱われやすいことなどが挙げられよう.
健康は単に疾病や病弱でないばかりでなく,身体的,精神的,社会的に安寧の状態である(WHO, 1958).伝統的医療は,この定義の前半に対応している.一方,リハビリテーションは,それに加えて後半を保証する.そのために,障害モデル,機能指向的アプローチという伝統的医療にはない思考法,技術論がある.その中心に位置づけられるのが機能的状態(functional status)の概念である.ここでいう機能は臓器レベル,個人レベル,社会レベルに分けられる(表1).そしてリハビリテーション医療は個人レベルにおける機能に焦点を合わせている.それが具体的には日常生活活動(ADL)の自立という表現によって示される.それを客観的に評価するためのテスト法も種々開発されて,リハビリテーション医療で利用されている.しかし,ADLを成り立たせる個体の条件は心身機能であり,それは諸臓器系の機能レベルによって制約されている.ここからリハビリテーション医療,特に治療では各臓器系の機能改善が重視され,それを反映するような臨床検査法が必要とされることになる.
リハビリテーション治療の戦略は6つに分けられる(DeLisa, et al.1988):①2次的能力低下の予防と矯正,②病理過程のない臓器系の機能強化,③病理過程のある臓器系の機能強化,④補装具の利用,⑤社会的・職業的環境の調整,⑥教育と心理的調整,である.このうち,現在の臨床検査が貢献するのは主に①~④の領域であろう.これらの領域では,治療過程において,生体の機能を生理的な範囲で最大限に発揮させることを目的として,運動療法をはじめとして臓器系の潜在能力(potentiality)に働きかける諸手段が用いられている.そして,患者や障害者の機能レベルの経時的変化や治療効果の判定,新たな治療手段の評価に生理的指標が利用されている.
運動障害に限定して考えてみよう.身体運動を行うのには,運動時に限ってもエネルギー代謝,呼吸・循環器系や骨・関節系,神経・筋系,感覚系と中枢神経系の機能的統合が必要とされる.別の見かたをすれば,これら臓器系のいずれかの生理的機能が低下していれば,それは身体運動の制限因子となり,許される運動強度の決定因子となる.個人レベルの機能を支える構造としての各臓器系の機能レベルがあり,それらの調整過程がリハビリテーション医療になることは明らかであろう.医学的モデルと異なる点は,検査所見に求められる情報は疾病の重症度ではなく,機能の潜在能力である.同時に機能的予後の決定に役だつマーカーともなることである.前者に関しては包括的指標として,health―related physical丘tness―呼吸・循環器系の持久性,筋力と筋持久性,身体組成,矛軟性など一が測定される.後者の例として,末梢神経障害に対する電気生理学的検査があり,最近は臨床研究の段階ではあるが,脳卒中発症の初期において将来の機能回復を予測させる生理的指標として,SEP, MEP,BEAMなどが利用されるようになっている.