補体成分の遺伝支配
著者:
高橋守信
ページ範囲:P.204 - P.206
1.遺伝子重複による補体系の進化
補体系は約30種の構成成分(血清蛋白と膜蛋白)からなる生体反応系で,生体防衛機構として重要な働きをしている.補体系はこのように複雑な反応であるが,もともとは,単純なシステムであったと思われる.下等脊椎動物の円口類では,おそらくはC3, B因子, CR1, H因子などの数成分しかないらしく,古典経路の成分や,膜傷害に関与する後期補体成分は,存在しない.これらの成分が全部揃うのは,硬骨魚の段階らしい.このような,補体系の進化の原動力は遺伝子重複(geneduplication)という機構である.遺伝子重複は,クロモゾームの複製や組み換えの際に,ときどき起こる誤りの結果,遺伝子のさまざまの長さの領域が,重複する現象を言う.重複した遺伝子領域に変異が蓄積した場合,互いによく似た塩基配列をもちながら,異なる機能分子をコードする1組の遺伝子が並列して存在する可能性がでてくる.本来,共通の先祖遺伝子から,相同性が高く,しかもコードする蛋白が多様な,複数の遺伝子へと進化してきたと考えると,補体系の進化は非常によく説明できる.例えば,補体成分のC2とB因子,C3とC4とC5, C1rとC1s,などは互いによく似た構造と機能をもっていて,まるで双子か3つ子の分子のようである.また,補体系の2つの活性化経路,古典経路と別経路は,活性化経路全体が,重複して存在している.最近の遺伝子工学の進展によって,補体成分のほとんどすべての遺伝子と相補DNAクローニングが行われ,補体成分の全アミノ酸配列が容易に決定されるようになった.その結果補体系の多くの成分の遺伝子が,少数の先祖遺伝子から進化したものであることが確実となった.補体成分のアミノ酸配列と,他の蛋白とのアミノ酸配列との比較により,補体蛋白と他の蛋白との類縁関係も明らかになってきた.例えば,C3,C4,C5と,血清プロテアーゼ阻害因子であるα2マクログロブリンとは相同性蛋白である.また補体のレセプターCR1とCR2は,血清中にある補体調節蛋白C4 BPとH因子,それに細胞膜に存在する補体調節蛋白DAFと相同性の蛋白である.補体の後期成分C6,C7,C8α,C8β,C9は,互いに相同性蛋白であるばかりでなく,NK細胞やキラーT細胞の細胞質中にあるパーフォリンと相同性が高い.このパーフォリンは,上記リンパ球が,標的細胞の細胞膜を破壊する時に働く蛋白である.このように,補体による膜傷害と,リンパ球(細胞免疫)による膜傷害が,相同性蛋白によって,類似の機構を介して行われることが確定したのである.