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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査36巻11号

1992年10月発行

雑誌目次

特集 遺伝と臨床検査 序文

遺伝と臨床検査

著者: 三輪史朗

ページ範囲:P.5 - P.6

 染色体検査技術が進んで,染色体異常に基づく種々の病気(症候群)が確立されてくる一方で,遺伝子解析技術の最近の進歩は目覚ましく,最近次々に遺伝病(特に単一遺伝子によるもの)の病因が遺伝子レベルで,塩基の置換,欠失,挿入などにより生ずることが明らかにされてきた.成人病といわれる病気(糖尿病,高脂血症,痴呆など)ですら,その一部のものは単一遺伝子病であることが知られるようになった(インスリンレセプター異常による糖尿病,家族性高コレステロール血症による心筋梗塞,アルツハイマー病など).これまで謎とされていた発癌機構も,遺伝子(癌遺伝子,癌抑制遺伝子)との関連においてかなり明らかにされてきたことも驚きである.
 重要なことは,遺伝子解析技術がきわめて速い速度で進歩していることであって,現在各国で始まったヒト染色体を構成する全塩基配列を決めようというヒトゲノムプロジェクト,さらには遺伝病を遺伝子を修正して治そうという遺伝子治療,それに伴う倫理的問題も早急な対応を迫られるまでになってきた.また妊娠早期に,胎児が重症遺伝病に罹患する異常遺伝子を持っているか否かを決める出生前診断が可能な病気も増えつつあり,遺伝カウンセリングの役割と責任もたいせつになってきた.

I 総論

1.ヒト遺伝子・染色体の構造

著者: 香川靖雄

ページ範囲:P.8 - P.18

●はじめに
 本稿ではこの増刊号を読むのに必要な基本的事項を説明する.
 臨床検査に必要なヒトの遺伝子は細菌の遺伝子に比べて巨大なだけでなく,染色体と呼ばれる構造の中に配列されて,核の中に納められている.ミトコンドリアには例外的に,核外の遺伝子が存在している.ヒトの遺伝子の詳細がわかり,多くの遺伝疾患の原因となる変異の部位が知られたのは最近5年のことである1~3)

2.遺伝病診断の進めかた

著者: 三輪史朗

ページ範囲:P.19 - P.25

●患者のみかた
 先天代謝異常症に代表される種々の機能異常による疾患と,染色体異常症や奇形症候群など形態異常(奇形)を主とする疾患の2群に大別される.丹念な診察,詳細な病歴を調べ,遺伝性疾患が強く疑われる場合には,正確な家系図を作ることがたいせつである.家系図の書きかたに特定な取り決めはないが,図1,2に示す記号を用いるのが一般なので習慣づけておくよう心がけてほしい.
 先天代謝異常症では,症状発現がいつだったかに注意する.同一酵素異常疾患でも家系によって発病年齢や症状の軽重に差異があり,乳児型,成人型などがあるためである.主に遺伝子の変異の違いによる.しかし環境条件の差で発病時期が違ってくることもある.一般的には先天代謝異常の診断は特定の酵素の活性測定や中間代謝産物測定によってなされるので,診察だけで病名の診断ができるといった特有の症状を呈しない疾患は少なからずある.

3.メンデルの法則と遺伝形式

著者: 梶井正 ,   岸文雄

ページ範囲:P.26 - P.31

●メンデル遺伝(Mendelian inheri-tance)
 高校で生物の授業を受けた人ならば,メンデル(Mendel)がモラビアの修道院の庭にエンドウマメを植えて交配実験をし,①優劣の法則,②分離の法則,③独立の法則を見いだしたことを知っているはずである.①は現代の用語を用いれば,一対の遺伝子座にある一対の対立遺伝子の片方が他方に対して優性に発現し,劣性の形質は現れないことを意味する.②は雑種第一代(F1)を自家受粉させて雑種第二代(F2)を作ると,F1では優性形質に隠されていた劣性形質が分離して3:1の比率で現れることをいう.これは理論的には重要だが,ヒトでは自家受粉しないから,そのままでは適用できない.
 ③は各形質が独立して遺伝することを示すもので,現在の連鎖(linkage)と逆の概念である.メンデルはエンドウマメの7種の形質を観察に用いたが,独立の法則を導くために用いたのは,そのうち3種である.この3種のうち,2種は1番染色体にあることが後に判明したが,その位置が遠いために両者の間に交叉を生じ,あたかも独立して遺伝しているかのような結果を来したものである.メンデルが連鎖をどの程度意識していたかは,今日では知るよしもない.メンデルが論文を書いた1865年当時は染色体の概念はなかったし,遺伝子が染色体に一定の順序で並んでいることも知られていなかった.メンデルは遺伝子をエレメントと呼び,一対のエレメントのうち片方が子供に伝えられるという概念を持っていたにすぎない.あるいは,実験を繰り返して,自分の仮説に適合する実験だけを書き残したのかもしれない。

II DNA診断 1.DNA診断のための基本的操作

1) DNAの抽出法

著者: 塚田敏彦 ,   中山年正

ページ範囲:P.34 - P.38

●はじめに
 DNAの抽出精製については,ゲノムDNAやベクターとして用いられるプラスミドやファージDNAなどの調製について,種々基礎および遺伝子工学実験書などに多くの方法が報告されている1,2).しかし,臨床検査の現場でのDNA診断のスクリーニング検査を目的としたDNAの抽出精製の報告は少ない3)
 本稿では,臨床検査で最も用いられているゲノムDNAの材料として主に末梢血の有核細胞からの高分子DNAの分離精製法4),および現在広く使用されているPCR (polymerase chain reaction)法で用いる微量で簡易・迅速な末梢血の精製法について5),われわれの検査室で用いている方法について紹介する.さらに,これからDNA診断のスクリーニング検査に用いられると思われる蛋白変性剤にグアニジンチオシアン酸塩を用い,劇物のフェノールを使用しない安全で迅速な分離精製キット6)についての使用経験やDNA自動抽出装置7)についても簡単に記述したい.

2) RNAの抽出法

著者: 牧野鈴子

ページ範囲:P.39 - P.42

●RNAを抽出するときの注意
 まず,RNAを扱う際に注意をする点について述べたいと思う.
 RNAはDNAよりも分解されやすい物質である.RNAの分解は溶液をアルカリ性にした場合,またはリボヌクレアーゼ(RNAを分解する酵素)が混入した場合などに起こる.リボヌクレアーゼは細胞の中に存在するだけでなく,汗,唾液中にも分泌されるので作業中はゴム手袋を着用するとよい.また,手術材料や生体組織の場合には手術中や切除後放置している間にリボヌクレアーゼが働いて,RNAを分解してしまうことがある.切除後すぐにRNAの抽出作業ができないときには,試料をフリーズクランプなどを用いてすばやく凍結し,-70℃で保存すると,より良質のRNAを得ることができる.凍結するまでに時間がかかる場合は,試料を氷冷しておくとよい.

3)サザンブロッティング法

著者: 和田知益 ,   大谷英樹

ページ範囲:P.43 - P.46

●はじめに
 近年,遺伝子工学の技術的発展は目覚ましく,これら技術の導入によって多くの疾患の遺伝子の異常が解明され,現実に疾患の遺伝子レベルの解析が可能となりつつある.遺伝子の異常を解析する最も一般的で基本的な操作法が,ここで取り上げるサザンブロッティング法(Southern blotting;以下サザン法と略)である.サザン法は1975年にE.M.Southern1)により考案されたDNA解析法で,考案者の名前からサザン法と命名されている.当初はクローン化されたDNAの制限酵素地図の作成に用いられたが,改良が加えられ真核細胞のゲノムの解析に応用されるようになっている.
 サザン法のあらましを図1に示した.DNA試料を制限酵素で処理し,制限酵素で切断されたDNA断片をアガロースゲル電気泳動によって大きさごとに分画する.分画されたDNA断片をゲルからフィルター上に写し取り,レプリカを作る.この写し取る操作は,ブロッティングあるいはトランスファーと呼ばれる.目的とする遺伝子を検出するための標識されたプローブを加えると,フィルター上でプローブと相補的な塩基配列を持つDNA断片とハイブリッドが形成される(ハイプリダイゼーション).標識されたプローブとハイブリッドを形成したDNA断片はオートラジオグラフィーにより検出される.

4)ノーザンブロッティング法

著者: 寺井格 ,   小林邦彦

ページ範囲:P.47 - P.52

●はじめに
 1975年,Southern EMが,制限酵素で切断しアガロースゲル電気泳動で分画したDNA断片を,直接ニトロセルロースフィルターに移す方法を開発した.このSouthern法は遺伝子解析手段として極めて有用であることから,その後広く用いられるようになった.1977年Starkらは,アガロースゲル電気泳動で分画したRNAをフィルターに移す方法を開発した.この方法はDNAに対する"Southern"法と対比させて"Northern"法と呼ばれている.

5)ウエスタンブロッティング法

著者: 三間孝 ,   織田島弘子

ページ範囲:P.53 - P.57

●はじめに
 従来の生命科学の研究法は発現している蛋白を確認し,mRNAを同定後,遺伝子構造を決定する手順でなされてきた.しかし特定の細胞機能を規定している微量蛋白を確定することは困難であった.癌遺伝子発見の実験で示されたように,細胞工学および遺伝子工学の進歩は最初に遺伝子を確認し,次いでmRNAおよび蛋白を同定する従来の手法と逆の検索方法を可能にした.
 一方,蛋白検索法の進歩はH.Towbinら1)が開発したウエスタン(Western)法により微量検出を容易にし,ウエスタンブロットされた微量蛋白でアミノ酸配列が決定できるようになった.さらにアミノ酸配列から,オリゴヌクレオチドの合成,合成オリゴヌクレオチドを用いた蛋白特異的mRNAの抽出,cDNAの合成,mRNAおよび遺伝子構造の解析へと分析を進展させることが可能になった.このような生命科学研究法における蛋白の検索は遺伝子の最終情報の分析であり,遺伝子解析の出発点であるとも言える.

6) PCR法

著者: 竹脇俊一 ,   永井良三

ページ範囲:P.58 - P.62

●はじめに
 PCRはpolymerase chain reactionの略で,DNAの既知領域を数時間のうちに数十万倍に増幅する方法である.その反応は,二本鎖DNAの一本鎖への分離,合成プライマーの一本鎖へのアニーリング,DNAポリメラーゼによるプライマーの伸張反応,の3つの過程から成り,このサイクルを繰り返すことによりDNAを増幅する.DNAポリメラーゼは一本鎖DNAを鋳型にしてそれと相補的なDNAを合成し,二本鎖とする反応を触媒する.反応の開始にはDNAと相補的に結合するプライマーが必要で,プライマーの結合後,5'から3'の方向にDNA鎖を合成していく.DNAは通常二本鎖で存在するので,目的の領域を挟む二種類のプライマーを加えてやれば,その領域は2倍になり,それを繰り返すことにより指数関数的にDNAが増幅される(図1).したがって,既知領域の塩基配列を含むゲノムが1分子でもあれば,その領域のDNA断片が大量に得られることになる.
 この方法が遺伝子研究やDNA診断に与えたインパクトは大きく,その方法論を大きく変えた.従来の分析技術は検出シグナルの増幅に焦点が置かれていたが,PCRは検出対象のDNAそのものを増幅するというまったく新しい発想に基づいている.そのため検出が,簡便な電気泳動などで十分となり,複雑な分析過程を大幅に簡略化した.

7) PCR-SSCP法

著者: 林健志

ページ範囲:P.63 - P.66

●はじめに
 今日,DNA診断は臨床検査の場で,急速にその重要性を増しつつある.遺伝病診断における要因遺伝子中の突然変異の検出,癌における癌遺伝子や癌抑制遺伝子の突然変異を含む構造変化の検出,感染性疾患における病原生物の同定などである.DNA診断の有用性は従来から明白なことであったが,これには,組換えDNA技術を含むかなり高度な生物学的実験技術が必要であり,例えば臨床検査の場でこれを行うのは事実上不可能であった.1980年後半に出現したPCRは,この状況を一変させた.通常の生化学的試薬のほかに,プライマーとして使うオリゴヌクレオチドと,耐熱菌由来DNAポリメラーゼ,それに比較的簡単な装置があれば,きわめて簡単に,ごく微量のゲノムDNAから特定領域の配列を選択的に増幅し,取り出すことが可能となった.さらに,ポリアクリルアミドゲル電気泳動法を利用して,PCR産物中の突然変異の有無を,きわめて簡単に検出する実験法がPCR-SSCP(singlestand conformation polymorphism)法である.

8) DNAシークエンス法

著者: 巽圭太 ,   宮井潔

ページ範囲:P.67 - P.70

●はじめに
 DNAの塩基配列を決定することは,生物の設計図とも言うべきDNAの基本構造を知ることである.各種の遺伝病は,染色体異常,あるいは,塩基配列異常(置換,欠失,挿入)が病因であり,DNAシークエンス法はこのうちの塩基配列異常を明らかにする方法である.
 さて,DNAシークエンス法は数年前までは,ゲノムDNAの抽出後,大腸菌を用いた組換えDNA実験法によりDNAクローニング法をしないと行えなかったこと,さらに,その後の塩基配列の決定の段階で,32Pや35Sのラジオアイソトープ(RI)を使わざるをえなかったことの2点のため,施設面ならびに煩雑さの点で,一般検査室で施行するのは非常に困難であった.しかし,最近の技術の急速な進歩により,PCR法や自動DNAシークエンサーなどが実用化されてきたことで,今や1人で10以上の検体を1日で決定することが可能となり,検査室レベルでの実用化も間近いと思われる.

9)多型性DNAマーカーと連鎖分析

著者: 三木哲郎 ,   荻原俊男

ページ範囲:P.71 - P.74

●多型性DNAマーカー(polymorphic DNA marker)
 集団の中で1%以上の頻度で多型が存在する遺伝子の座位は,多型性部位(polymorphic site)と定義されている.血液型のABO型,Rh型などの多型性遺伝子マーカーの遺伝子は,それぞれ9q34.1-q34.2,1p36.2-p34に座位し,個体識別や遺伝子地図作成時にその多型性が利用されている.これらの血液型などの多型は,蛋白質のアミノ酸変異による遺伝子マーカーであり,約30種にすぎなかった.このアミノ酸の変異は,遺伝子の変異に由来するものであるが,ハプロイドあたり約30億塩基対(bp)であるヒトのゲノムの塩基配列には,アミノ酸に翻訳される部分を含めて,平均数100bpに1個の多型性部位がある.したがって,多型性DNAマーカーは無数に存在することになる1).分子遺伝学の手法を用いて開発された多型性DNAマーカーは単離され続けており,医学・生物学の分野に大きな影響を与えている.
 多型性DNAマーカーは,大きく分類すると図1に示すように,第一世代としてRFLP,第二世代としてVNTR,第三世代としてマイクロサテライト遺伝子に分類される.ここでは,それぞれの多型性DNAマーカーの下に示したような家系で,父親と長女が常染色体性優性の遺伝病の患者で,遺伝子マーカーは原因遺伝子座位と組換えがなく,II-3の胎児の遺伝子診断を行うと仮定して説明する.

10)遺伝子点変異のさまざまな検出法

著者: 松原洋一

ページ範囲:P.75 - P.78

●はじめに
 現在,さまざまな遺伝病において,遺伝子の挿入,欠失,再構成,点変異などがその原因として報告されている.これらの変異のうち,挿入,欠失はサザン法やPCR法によって比較的容易に検出することができる.例えば,Duchenne型筋ジストロフィー(DNA診断の項参照)では,ジストロフィン遺伝子における欠失や重複が病因となっていることが多く,したがって遺伝子断片の有無を調べたり,また,その大きさを比較したりすることによって診断が可能である.しかしながら,多くの遺伝子病における変異は点変異がその大半を占めている.点変異の場合,1つの塩基が他の塩基に置換しているだけで,ごく一部の例外を除いて,通常のサザン法やPCR法を行っただけでは正常遺伝子と変異遺伝子を区別することができない.
 これまでに,この1塩基のみの変化を検出するためにいくつかの方法が編み出されている.これらの方法は大きく分けて2種類に分けられる.すなわち,すでに病因であることが明らかにされている既知の点変異を検出する方法と,それに対して未知の点変異を幅広くスクリーニングする方法とである.本稿では誌面の都合で,前者の中で主なものを紹介し,筆者らの研究室における,それぞれの実際例を述べる.後者については,その代表的なものにSSCP法が挙げられるのでそちらを参照されたい.

11) DNAプローブの作製方法

著者: 江崎孝行

ページ範囲:P.79 - P.81

 特定の病原体や遺伝子を検出,あるいは同定するためのDNAプローブはその長さから数千塩基の長い断片から成るものから人工的に合成した短い断片(20-40塩基)に至るまでさまざまである.実験の目的によってDNAプローブの長さは使い分けられる.また,プローブの塩基配列や標識方法も目的により選択基準が異なり,適切な使い分けが必要になる.

2.DNA診断の応用

1) Duchenne型筋ジストロフィー

著者: 有川恵理 ,   荒畑喜一 ,   杉田秀夫

ページ範囲:P.82 - P.87

●はじめに
 従来,疾患の遺伝子解析は蛋白質レベルの異常を基に,その原因遺伝子を調べるという方法がとられていた.しかし,Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)については最初に疾患の原因遺伝子がクローニングされ,次いで,その遺伝子産物であるジストロフィンという蛋白質が発見された.このようなアプローチの方法は"逆遺伝学"と呼ばれる.このジストロフィンの発見は,近年の遺伝子工学技術の進歩がもたらした最も輝かしい成果の1つであろう.ここではこれによって進歩した筋ジストロフィー診断技術の進歩に関してDNA診断を中心に述べる.

2)家族性高コレステロール血症

著者: 三宅康子 ,   山本章

ページ範囲:P.88 - P.93

●はじめに
 LDL(low density lipoprotein;低比重リポ蛋白)レセプターは,細胞表面膜上に存在しており,血中のLDLを末梢細胞に取り込ませる役割を果たしている.LDLレセプターに遺伝的変異の起きた疾患が家族性高コレステロール血症(familial hypercholesterolemia;FH)であり,LDLレセプターの対立遺伝子のうち一方が異常なヘテロ接合体の出現頻度は500人に1人という高率である.ヘテロ接合体では細胞表面上で正常に機能できるレセプター数が正常人の半数であり,血清コレステロール値は260~500mg/dlに上昇しており,30歳台から高率に虚血性心疾患を発症する.対立遺伝子の双方が異常なFHホモ接合体は100万人に1人の割合で出現し,患者では血清コレステロール値が500~1,000mg/dlとなり幼児期から冠動脈硬化が進展する.

3)フェニルケトン尿症

著者: 岡野善行

ページ範囲:P.94 - P.97

●はじめに
 フェニルケトン尿症(phenylketonuria;PKU)は肝臓のフェニルアラニン水酸化酵素(phenylalaninehydroxylase;PAH)の先天的欠損によって起こるアミノ酸代謝異常症の1つで,結果として体内にフェニルアラニン(phenylalanine;Phe)が蓄積され,知能障害などの中枢神経障害,赤毛,色白などのメラニン色素欠乏を引き起こす1).常染色体劣性遺伝形式で発現し,両親は通常ヘテロ接合体である.発生頻度は,欧米で1/10,000人,中国で1/16,000人,日本で1/110,000人と地域により大きな差があるが,先天性代謝異常症の中では比較的頻度の高い疾患である.治療と診断は現在,ガスリー法での新生児マススクリーニングによる早期発見と低フェニルアラニン食による早期治療で中枢神経障害などの予防に効果を上げている.
 一方,組換えDNA技術の進歩とその応用は細胞が持つ遺伝情報を直接解析することを可能とし,先天性代謝異常症の診断と治療に大きな影響を与えている.PKUの欠損酵素であるPAHは肝臓にのみ局在するため,白血球,羊水細胞,絨毛細胞などで解析される保因者診断や出生前診断は不可能と考えられていた.1983年,Wooら2)によって初めてラットPAHcDNAを利用したrestriction fragment Iength polymor-phism(RFLP)の解析によるPKUの出生前診断が報告され,以後種々の遺伝子レベルでの解析が進められている.

4)非ケトーシス型高グリシン血症

著者: 呉繁夫

ページ範囲:P.98 - P.102

●はじめに
 非ケトーシス型高グリシン血症(nonketotic hyperglycinemia;以下本症)は常染色体劣性遺伝形式をとる先天代謝異常症の1つで,体液中に大量のグリシンが蓄積するのを特徴とする1,2).本症では意識障害,痙攣,呼吸障害などの重篤な中枢神経障害が生直後から急速に進行し生命予後が極めて悪い.本症のもう1つの特徴に多発地域の存在を挙げることができる.本症は比較的まれな先天代謝病の1つで,その頻度は欧米で約25万人に1人と推定されている2).ところが,フィンランド北部では約1万人の出生に1人とその発生頻度が際だって高い3).同地域において本症の出生前診断の要請は以前より強く,そのための確実で簡便な診断法の確立は臨床遺伝学上重要であった.
 本稿ではまず本症の生化学的な検査法に触れた後,本症の遺伝子変異検索の実際を示す.次に,その臨床応用として本症の出生前DNA診断について述べてみたい.

5)乳酸脱水素酵素Mサブユニット欠損症

著者: 前川真人 ,   菅野剛史

ページ範囲:P.103 - P.109

●はじめに
 乳酸脱水素酵索(LDH)は,H (B)とM (A)の2種のサブユニットから成る4量体であり,5種類のアイソザイムを形成する.これらのサブユニットの欠損症がHは北村らにより,Mは菅野ら1)により報告された.LDHアイソザイムパターンは図1に示したごとく,非常に特徴的である.Mサブユニット欠損症発見の発端は激しい運動後のミオグロビン尿症であった.その後,4家系が本邦においてのみ報告されている.第2家系は頻度推定のマススクリーニング2),第3家系は腎障害患者3),第4家系は全身倦怠感の患者4),第5家系は皮膚の発疹の患者5)であった.日常は皮疹がある場合以外は特に症状はなく,潜在性症候性と言える.血清LDH活性も通常は正常域であることに注意したい.

6)インスリンレセプター異常

著者: 森保道 ,   鏑木康志 ,   門脇孝

ページ範囲:P.110 - P.113

●はじめに
 インスリンはペプチドホルモンであり,その受容体であるインスリンレセプター(以下IRと略記)は細胞膜上に存在する.インスリンがIRに結合した後,受容体のチロシンキナーゼ活性が活性化され,さまざまなインスリン作用が発現されることになる.
 糖尿病の大部分を占めるNIDDM (非インスリン依存型糖尿病)を含む表1に示した疾患においては,インスリン作用の発現が障害されるという,いわゆるインスリン抵抗性が認められ,従来からIRの先天的・後天的異常が示唆されてきた.

7)サラセミア

著者: 服部幸夫 ,   大庭雄三

ページ範囲:P.114 - P.118

 ヒトの血色素(Hb)の95%以上を占めるHbAは2分子ずつのα,βグロビン鎖から成る四量体である.α,βグロビンは赤芽球や網球でバランスよく産生されているが,サラセミアと呼ばれる病態では,その一方だけの産生障害があり,その結果,血球内のHb含量が低下し,低色素赤血球となったり,また,正常に産生された側のグロビンが相対的に余剰となり,それが赤血球膜に障害を与えて溶血性貧血を起こしたりする.βグロビンの産生低下をβサラセミア,αグロビンの産生低下をαサラセミアと称す.

III 染色体異常の診断

4.染色体分析とその実例6件―イソ21qダウン症脆弱X症候群 Miller Dieker(17p-)標準型ダウン症同胞 モザイクXO/XYFanconi貧血

著者: 中井博史

ページ範囲:P.188 - P.195

●はじめに
 染色体分析にはいくつもの種類があり,目的に応じた検査を選択することが大切である.また核型写真から「こう判断する.」「こう考えていくほうが良いのでは,」という洞察を検証していく作業も必要となる.
 そこで今回,染色体分析を6件の実例に基づいて解説したい.

5.白血病診断への応用

著者: 北村聖

ページ範囲:P.196 - P.200

●はじめに
 特定の染色体異常が特定の腫瘍に高頻度に認められる場合には,その染色体異常によって引き起こされる遺伝子の変化が,細胞の腫瘍化の本質に深く関連する要因であると考えられる.白血病などの造血器腫瘍を中心に数多くの染色体異常が知られており,一般にこれらは複雑で疾患と染色体異常に対応を見いだすことは困難である.しかし,これらのうちの一部は染色体異常によって生じる遺伝子変化の詳細が明らかにされ,疾患との対応も明らかにされてきている.白血病の診断は当然末梢血や,骨髄血の形態的観察で可能な場合が大多数である.しかし,その病型診断,あるいは治療後の残存腫瘍細胞の検出などにおいては,いまだ少ない病型ではあるが,これらの染色体変化や遺伝子変化を捉えることで非常に鋭敏かつ正確な診断をすることができるようになってきた.本稿では白血病・悪性リンパ腫にみられる染色体異常と,それに関与していることが明かな癌遺伝子について概説し,それによる白血病の診断について述べる.

2.末梢血の各種染色体分染法

1) G分染法

著者: 家島厚

ページ範囲:P.127 - P.130

●はじめに
 染色体検査法の進歩により,原因不明の奇形症候群や精神遅滞の原因解明がなされてきた.ギムザ染色のみで検査がなされた1960年代にはDown症候群や18トリソミーなど数の異常が次々と発見されたが,染色体分染法が開発された1970年代には,新しい部分トリソミー,部分モノソミーなど構造異常がだいたい出揃った.すでに1番から22番までのすべての染色体異常が報告され,原因不明の精神遅滞をみたら,染色体異常を疑う必要があるくらい染色体検査は一般化している.
 染色体分染法の意義は,個々の染色体が正確に同定され,主要なバンドパターンを確認できることである.1971年パリ会議で,Qバンド,Gバンド,Rバンド,Cバンドなどの命名法が決定された.染色体分染法として,Qバンド法1)が初めて報告されたが,蛍光顕微鏡を必要とすること,Gバンドで永久標本が得られることより,本邦ではGバンド法が最も普及している.現在では,日本中のどこからでも依頼できる検査として,染色体分染法は,臨床医学の中で定着している.G分染法については,現在までに数多くの方法が報告され,各施設での変法まで入れると数え切れないほどの方法がある.染色体標本の作製法や保存方法,保存期間などにより条件が変化するため,生化学検査のように条件が一定しない.本稿では,おおまかな歴史に触れ,われわれの行っている方法を紹介したい.

2)ギムザ染色によるR分染

著者: 家島厚 ,   頼田多恵子

ページ範囲:P.131 - P.136

 染色体検査は臨床医学の中でルーチン検査として定着し,外注検査として日本中どこの病院からでも検査可能となった.医学教育や卒後教育の中で,臨床遺伝学の教育が必ずしも十分でないところで,染色体検査だけが,一般に普及し,結果の説明,染色体異常児のフォローが不十分のままで終わっている例が残念ながら多いようである.
 本邦では,G分染法が最も普及し,R分染法は一般にはなじみがない.R分染法は,G分染法の染色と白黒逆の染色となることから命名された分染法であり,reverse bandに由来している.1971年Dutrillauxら1)の報告に始まり,現在でもフランスを中心に行われているが,本邦では一般に行われていない.Gバンドでは蛍光顕微鏡を必要とせず,鮮明なバンドが得られるのに対し,Rバンドでは,一般に蛍光顕徴鏡を必要とし,Gバンドよりバンドが不鮮明であることがこの理由と考えられる.しかし,ギムザR分染法では蛍光顕微鏡を必要とせず,Gバンド同様の鮮明な永久標本が得られる.Rバンドは単純なGバンドの裏返しではなく,Gバンドで弱点となるGバンドのwhite bandに濃淡を持ったバンドが得られ,Gバンドと相補的な関係にある.染色体異常の切断点決定などバンドの微妙な部分を決定する場合に,高精度分染法でより細かく観察することも大切であるが,Gバンドと併用してRバンドを検討することも大切である.

3)Q分染法

著者: 田沢正 ,   五十嵐寛 ,   岩井聡 ,   丸山昭治

ページ範囲:P.137 - P.142

●はじめに
 Q分染法は,Casperssonら1)により各種分染法の中で最初に発見された染色法である.蛍光色素キナクリンマスタード(QM)で処理することにより染色体を横縞の縞模様に染め出して蛍光顕微鏡で観察するもので,Q分染法2~5)(色素の頭文字の略)と呼ばれる.明るい蛍光を発しているバンドは,染色体DNAのATrich部位で,暗いバンドは逆にGC rich部位である.Q分染法は熱や薬剤処理などの前処理を必要としないので,染色体の形態が比較的よく保持され,簡便で最も安定した方法である.図1にQM染色法による分染像を示す.
 近年,上記分染法のみならず2種以上の色素で染色することでよりコントラストの高い鮮明な分染像が得られる二重染色法2,6~8,11)(counter staining technique)も実用化されている.

4)C分染法

著者: 中川原寛一 ,   森光子 ,   皆川淳子 ,   酒井京子

ページ範囲:P.143 - P.149

●はじめに
 Cバンド染色部位は構成性のヘテロクロマチンであり,サテライトDNAなどの高度反復配列DNAが分布している.反復配列DNAは,数bpから数百bpのさまざまな長さのDNAがそのまま何回も繰り返したもので,真核生物特有の分画である.この高度反復配列DNA分画の中にサテライトDNAが含まれている1~3)
 C分染法は,動原体の位置や逆位を確かめるのに必要な分染法である.また,特に1・9・16番染色体,Y染色体のCバンドは顕著であり,かつ異形性を示すのでマーカーとしても有用である.ここでは,熱処理した後ギムザ染色するC分染の代表的なBSG(Bariumhydroxide/Saline/Giemsa)法,蛍光色素で染色する蛍光法,およびDNAプローブを用いたin situハイブリダイゼーション法によるC分染法の技術を中心に解説する.

5)NOR染色法

著者: 大橋龍美

ページ範囲:P.150 - P.153

●はじめに
 動物の細胞には核小体(仁)が存在し,rRNAの合成に関与している.これらの形成には特定の染色体の二次狭窄がかかわっており,NOR染色法あるいはN-バンド法と称される染色法で,染め出すことができる(以下N-バンド法で一括する).
 N-バンド法を使うことにより,NORsがかかわる染色体の異常をより詳細に分析することができるばかりでなく,癌の診断・予後推測利用への試みもなされている.

6)SCE

著者: 中川原寛一 ,   伊藤正行 ,   酒井京子

ページ範囲:P.154 - P.159

●はじめに
 M期における1個の染色体は,それぞれ相同な染色分体(chromatid)から成り,動原体で結合している.染色分体は1個の染色体が縦列したもので,姉妹の関係にあることから姉妹染色分体と呼ばれている.この姉妹染色分体には,DNA複製期に部分的にある位置で切断し,その部分と相応する分体が互いに入れ換わって部分的な交換を生じる現象がある.これが姉妹染色分体交換(sister chromatid exchange;SCE)である.
 この稿では,自然に発生するSCE(自然SCE)に及ぼす諸因子と染色法について,筆者らの知見を交えて解説する.

7)脆弱X染色体の検出

著者: 笠井良造 ,   楢原幸二

ページ範囲:P.160 - P.164

●はじめに
 染色体脆弱部位(chromosomal fragile site)とは,特定の条件下で染色体を培養したときに,染色体上に認められる切断(break)あるいはギャップ(gap)を言う.脆弱部位には,共優性メンデル遺伝様式をとる遺伝性脆弱部位(heritable or rare fragile site)と,共通脆弱部位(common fragile site)とがあり,Human GeneMapping 101)ではそれぞれ26および87の脆弱部位が記載されている.X染色体上にはXp 22.31,Xq22.1,Xq 27.2の3つの共通脆弱部位と1つの遺伝性脆弱部位[fra(X)(q 27.3)]が報告されているが,fra(X)(q27.3)のみが疾患と密接に関係している.
 1970年代後半にfra(X)(q 27.3)がX連鎖性家族性精神遅滞に認められることが発見されてから2,3),本疾患は脆弱X[fra(X)]症候群と呼ばれている.一般集団における本疾患の罹患率は,男性1/1,250,女性1/2,000と言われており,Down症候群に次いで精神遅滞の重要な原因である.fra(X)症候群の成人男性例では,精神遅滞,特徴的顔貌(長い顔,聳立した耳介,下顎の突出)および巨大睾丸を三大主要症状とするが,その他結合組織の異常(関節の過伸展,僧帽弁逸脱など)が高頻度に認められる.

8)DNA複製パターン

著者: 成富研二

ページ範囲:P.165 - P.168

 細胞周期のS期(DNA合成期)の中~後期に相当する時期にプロモデオキシウリジン(bromodeoxyuridine;BrdU)を培養液に添加すると,S期の前半に複製した部分はRバンドとして,後半に複製した部分はR陰性バンドとして染め分けられる.X染色体のDNA複製に限って言えば,活性を持つ早期複製X染色体はX染色体全体にわたってRバンドを示すのに対し,不活性化された後期複製X染色体は,ごく一部にRバンドを示すか,あるいはまったく示さない.すなわち,X染色体の活性化状態を知ることが可能である.また,この方法で,熱処理によるR分染法(RHG法)よりはるかに解像度のよいRバンドが得られるため,常染色体のR分染法にも応用できる(RBG法,RBA法).さらに,BrdUとエチジウムブロマイド(ethidium bromide)を組み合わせることにより,同調培養をしなくても高精度R分染像を得ることができる.

9)高精度分染法

著者: 涌井敬子 ,   西田俊朗 ,   伊藤武 ,   福嶋義光

ページ範囲:P.169 - P.174

●はじめに
 高精度分染法は細胞分裂前期から前中期の細長い染色体にGバンドなどの分染を施し観察するものである.従来の方法ではハプロイド(半数染色体セット)当たり,表出されるバンドの数は320程度であったが,高精度分染法では850以上のバンドの表出が可能である.微細な染色体構造異常の同定,正確な切断点の決定,遺伝子の詳細な座位の決定など,高精度分染法は臨床の場においても,研究面においても必須のものとなっている.本稿では現在筆者らが用いている方法を中心にその具体的方法を示すとともに,本法の臨床的意義および用いる際の留意点につき述べてみたい.

10)染色体ペインティング

著者: 吉浦孝一郎 ,   太田亨 ,   當間隆也

ページ範囲:P.175 - P.178

●はじめに
 1970年代初頭から染色体を染め分ける技術すなわち染色体分染法が開発され,ヒト24種の染色体がそれぞれ分別可能となり染色体異常症や,遺伝性疾患の知見が飛躍的に増大した.染色体分染法は他の項で述べられているように,その染色体上の縞模様(バンド)のパターン・処理法によってG-バンド,Q-バンド,R-バンド1,2)など,数多くある.その中で,本稿では染色体ペインティング(染色体彩色法)と呼ばれる技術について解説してみたい.
 染色体ペインティング(chromosomal painting)は,他の分染法とは異なり,スライドグラス上に展開した染色体に,分子生物学的な手法を用いて入手したDNAライブラリーを雑種形成(hybridization)させ,その雑種形成の起こった部位のみを,蛍光が発するようにするものである.蛍光により染色体が絵の具で塗られたように観察できるので,染色体ペインティングと呼ばれている.

11)蛍光in situ分子雑種形成法

著者: 高橋永一

ページ範囲:P.179 - P.183

●はじめに
 遺伝子地図(細胞遺伝学的地図および遺伝的連鎖地図)の作成は遺伝性疾患や癌などの遺伝的解析には不可欠の手段である.染色体上に遺伝子あるいはDNA配列の物理的位置づけを行う(細胞遺伝学的地図〉には最近の蛍光in situ分子雑種形成法(FISH)は極めて有効である.本稿では複製前中期R-分染核型標本の作製,FISHの標準法,さらに,二次抗体を用いたシグナルの増幅(amplification)とヒト全DNAによる抑制(in situ suppression hybridization)について述べる.

3.染色体写真

2色蛍光in situ分子雑種法

著者: 中川均 ,   稲澤譲治

ページ範囲:P.184 - P.187

●はじめに
 遺伝子マッピングや細胞遺伝学の分野において,蛍光in situ分子雑種(fluorescence in situ hybridization;FISH)法は重要な手法となった.従来のオートラジオグラフィーを用いた方法に比べ,簡便で迅速に結果が得られることに加え,FISH法は異なる蛍光色素と異なる核酸プローブを組み合わせることで,2種以上のプローブを同時に分子雑種させて雑種部位を色分けして観察できる.このような手法は2色,あるいは多色蛍光in situ分子雑種法と呼ばれている.本法を用いることで,近接する複数の遺伝子の配列順序の決定や染色体異常の検出,同定などが分裂期染色体上だけでなく,間期核においても可能となった.本稿ではその原理と実際的な方法,応用について述べてみたい.

IV HLAタイピング

1.HLAタイピングの意義

著者: 萩原政夫 ,   辻公美

ページ範囲:P.202 - P.205

●HLAとはなにか
 あらゆる高等生物は自己と他者とを識別するシステムとしての遺伝的標識を有している.主要組織適合抗原(major hitocompatibility complex;MHC)がそれであり,マウスの場合はH-2抗原,ヒトではHLA(human leukocyte antigen)抗原と呼ばれている.
 日常的にこのHLA抗原の存在を身近に感じるのは,骨髄移植や臓器移植において患者であるレシピエントと臓器提供者であるドナーとの間で,HLA抗原タイプが一致していることが移植の成功の決め手になるときであろう.しかし本来HLA抗原の役割としては,われわれの環境中に存在し身体を脅かす細菌やウイルスなどの外来抗原が侵入してきたときに,自己のHLA抗原と照合することによって外来抗原を非自己であるとみなし,これを駆逐するための免疫反応を作動させるところにある(つまり移植片そのものは外来抗原そのものである).

2.抗体を用いる方法

著者: 関口進

ページ範囲:P.206 - P.210

 1951年にフランスのドセー博士が初めて白血球抗原分類の方法として白血球凝集反応の手技を開発して以来,1957年以後アメリカのペイン博士,オランダのファン・ルード博士らが現在のHLA-A,-B座抗原分類の先駆けを作り,アメリカのエイモス博士,テラサキ博士が現在最も多く使われているLCT(lymphocyte cytotoxicity test;リンパ球細胞毒試験)を開発した.さらにテラサキ博士がこれを微量化し,ウサギ血清を補体として使用したので,感度も向上し,多量の検体が検査可能となり,全世界で広く用いられるようになり,WHO,NIH標準法となった.この手技は後述のごとく臓器移植のための組織適合性検査のみでなく,クロスマッチテスト,抗体スクリーニングなどにも応用され今日に至っている.その他疾患感受性,親子鑑定,人類遺伝学にと多くの分野で応用されていることは言うまでもない.

3.DNAを用いる方法

著者: 狩野恭一

ページ範囲:P.211 - P.217

 過去30年間に臓器・細胞移植は劇的な発展を遂げた.特に1980年代の新しい免疫抑制剤であるシクロスポリンAは従来の腎移植のみならず,一時中止状態にあった心・肝移植や骨髄移植の例数を飛躍的に増加させた.正に臨床移植のルネサンス期に入ったと言えよう.こうした臨床の成果を支える柱として主要組織適合検査,すなわちHLAの同定とマッチングの技術も著しい進歩を遂げた.特に分子生物学的アプローチは過半数のHLAクラスI遺伝子,大半のクラスII遺伝子の一次構造を決めるに至った.恐らく今後2~3年の間にすべてのHLA遺伝子の一次構造が決められるであろう.
 すでに前項「抗体を用いる方法」で詳しく述べられたように,分子生物学的アプローチは血清学的に同定が困難なHLAクラスII抗原の同定に威力を発揮してきた.現在,DNAを用いたHLAタイピングはクラスII抗原の特異性の確認と1つの特異性を,さらに細分するサブスペシフィシティの研究に用いられている.したがって本稿では,まずHLAクラスIIタイピングの古典的方法である.細胞性タイピングについて解説し,これとの対比においてDNAタイピングについて述べてみたい.

話題

APRT欠損症

著者: 鎌谷直之

ページ範囲:P.220 - P.221

1.APRT欠損症の概要
 APRT(adenine phosphoribosyltransferase)欠損症は常染色体性劣性の遺伝病で,症状は2,8-dihy-droxyadenine(DHA)を主成分とした尿路結石症,腎発育不全,慢性腎不全症などである.APRTはアデニンをAMPに変換する酵素で,この酵素が欠損すると体内にアデニンが蓄積し,アデニンはキサンチンオキシダーゼの作用によりDHAとなる.DHAは極めて難溶の物質であり尿路で結晶化し,結石症や腎障害の原因となる1)
 APRT欠損症はわが国からの報告が圧倒的に多い.日本以外ではヨーロッパを中心に約36人の報告があるが,1か国からの報告は10家系に満たない.われわれが診断依頼を受けたものだけでもAPRT欠損症のホモ接合体と診断されたのは73家系,90人である.世界では156人のAPRT欠損のホモ接合体が発表されており,その内120人(約77%)は日本人である.

家族性アミロイドポリニューロパチー

著者: 島田和典

ページ範囲:P.221 - P.222

 家族性アミロイドポリニューロパチー(familialamyloidotic polyneuropathy;FAP)は,常染色体性優性の遺伝形式を示す先天代謝異常である.1952年にポルトガル人の症例が初めて報告されて以来,世界各国から同様の症例報告がなされており,臨床病型から下肢型,上肢型,顔面型に大別される.日本人のFAPは下肢型に分類されているが,この型は最も症例数が多く,主要症状は左右対称性に下肢末端から上行する知覚障害を主とした末梢神経障害と自律神経障害である.自律神経障害は交代性の下痢と便秘,発汗障害,立ちくらみ,インポテンツ,排尿障害など多彩である.これに全身のやせ,心臓障害などが加わり,発症後数年~十数年を経て,心不全,尿毒症,肺炎などで死亡する.病理学的には脳や脊髄実質を除く全身臓器の組織間隙,細胞外に"アミロイド"と呼ばれる"デンプン"と同じ染色性を示す不溶性線維状物質の沈着を認める.
 1978年に下肢型でみられるアミロイドは,血清蛋白の一種,トランスサイレチン(transthyretin;TTR)から成ることが示され,その後,日本人のFAPでTTRのN末端から30番目のアミノ酸,バリン(Val)がメチオニン(Met)に置換した異型TTRが沈着していることが報告された.われわれはヒト肝臓cDNAライブラリーからTTR cDNAを単離して塩基配列構造を決定した1).この塩基配列構造から,下肢型FAPの異型TTRはValを規定するコドンGTGの最初のGがAに変異したためであることがわかった.この変異により,変異ttr遺伝子上には制限酵素NsiI切断部位の出現が予想された.

アカタラセミア

著者: 緒方正名

ページ範囲:P.222 - P.223

 アカタラセミア(acatalasemia)は,1947年に高原によって発見された,カタラーゼを欠如する常染色体劣性形質の体質異常1)である.カタラーゼは,2H2O2→O2+2H2Oの反応を触媒する酵素である.

グルコース-6-リン酸脱水素酵素異常症

著者: 廣野見

ページ範囲:P.223 - P.224

 グルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PD)はペントースリン酸回路の律速酵素で,細胞を酸化から守るために必要なNADPHを供給するという重要な働きを担っている.G6PDはその異常により遺伝性溶血性貧血をきたしうることで,臨床的にも重要な酵素である.G6PD異常症はアメリカ黒人をはじめ南西アフリカ,地中海沿岸,東南アジアなどに広く分布しており,全世界で約1億人以上が本症遺伝子を持っていると考えられるきわめて頻度の高い疾患である.G6PD異常症にはまったく無症状のものから,普段は健康でも感染症に罹患したり,ある種の薬剤を服用した後に溶血発作を起こすもの,慢性的に溶血性貧血をきたすものなどさまざまなタイプがある.重症例でも障害はほとんど赤血球のみに限られている.G6PDの遺伝子はX染色体上にあるので,通常,患者は男性である.風邪をひいたり薬を服用した後でコーラのような色をした尿が出たと訴える男性の患者が来た場合には,本症を疑うべきであろう.
 G6PD異常症の診断は,臨床所見,ハインツ小体陽性赤血球の出現などが参考になるが,確定診断は赤血球中のG6PD活性の低下を証明することによりなされる1).赤血球中のG6PD活性は正常者でも比較的低値であり,酵素自体も不安定で失活しやすいので,精度の高い分光光度計,純度の高い試薬,熟練した技師による測定が望まれる.G6PD異常症の診断には赤血球中の酵素活性を測定することが必要であり,血清中のG6PD活性はG6PD異常症の診断には意味がない.後者はALT,ASTなどと同様,逸脱酵素であり,正常者でも活性値がゼロのこともありうるからである.また,NADPHは還元型グルタチオン(GSH)濃度の維持に不可欠であるため,G6PD異常症患者赤血球ではGSH濃度が低下している.G6PD異常症の診断上,重要な所見である.

血友病の遺伝子解析

著者: 西村拓也 ,   福井弘

ページ範囲:P.224 - P.225

 血友病は第Ⅷ因子(血友病A)または第Ⅸ因子(血友病B)活性の低下する伴性劣性遺伝性の出血性疾患である.
 本稿では,実際にわれわれが臨床の場で行っている血友病Aの遺伝子解析による保因者診断と出生前診断を紹介する.

ミトコンドリア脳筋症

著者: 宝来聰

ページ範囲:P.225 - P.226

 ミトコンドリアには,核内にあるDNAとは異なる,独自の環状DNAが存在している.このDNAはミトコンドリアDNA(mtDNA)と呼ばれ,この中には2種類のリボソームRNA,22種類のtRNA,電子伝達系を構成するサブユニットのうちの13種類の蛋白質をそれぞれコードする遺伝子が含まれている.ヒトのmtDNAは16,569塩基対よりなり,核の染色体DNAが約30億塩基対あるのに比べて,非常に小さなゲノムである.近年ミトコンドリア脳筋症で,このmtDNAに種々の異常が明らかとなった.
 ミトコンドリア脳筋症は一般に臨床病理学的に3型に分類される.すなわち,①Kearns-Sayre症候群を含む慢性進行性外眼筋麻痺(chronic progressive external ophthalmoplegia;CPEO),②ミオクローヌスてんかんを主症状とするMERRF(myoclonus epilepsyassociated with ragged-redfibers),③卒中様症状を特徴とするMELAS(mitochondrial myopathy,encephalopathy,lactic acidosis and stroke-like episodes)である.

アデノシンデアミナーゼ欠損重症複合免疫不全症

著者: 伊藤和彦

ページ範囲:P.226 - P.227

 本症は,免疫不全の病因の1つが酵素欠損であることを示した最初の例である.重症複合免疫不全症(SCID)の20~30%の症例がアデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損を病因とする.最近では遺伝子治療の最適疾患として注目されている.

ホスホフルクトキナーゼ欠損症

著者: 中島弘

ページ範囲:P.227 - P.228

 解糖系律速酵素ホスホフルクトキナーゼ(PFK)の筋における欠損症はグリコーゲン病Ⅷ型に分類され,最初の報告1)に由来して"Tarui病"とも呼ばれる.筋肉運動時の易疲労性を主訴とし,臨床検査では運動後の血中乳酸上昇の欠如とクレアチンキナーゼ(CK)の異常高値が認められる.また,最近は運動筋のプリン体異化亢進に基づく"筋原性高尿酸血症"2)をきたす代表的疾患としても注目される.
 類縁疾患であるグリコーゲン病Ⅴ型(McArdle病,筋ホスホリラーゼ欠損症3))との大きな相違点は,軽度の溶血と間接ビリルビンの高値を認めることで,欠損酵素である筋型PFKが赤血球PFKを構成するサブユニットの1つであることに起因する.患者筋でグリコーゲン分解から解糖の各段階の代謝産物を定量すると,フルクトース-6―リン酸およびその前段階の物質が異常に蓄積し,フルクトース-1,6―ピスリン酸が著減し,PFKステップのブロックが明瞭に示される(クロスオーバー・ポイント)4)

ホスホグリセリン酸キナーゼ異常症

著者: 藤井寿一

ページ範囲:P.229 - P.230

 ホスホグリセリン酸キナーゼ(phosphoglyceratekinase;PGK)異常症は慢性溶血性貧血としばしば精神・神経症状を伴うことが多く,赤血球酵素異常症の中では比較的重篤な伴性遺伝性疾患で,世界で15家系(うち,わが国の例は4家系)の報告がある1,2).PGKは正常酵素の3次構造も明らかになっており,人類遺伝学および酵素学的に非常に興味ある酵素であり,現在までに6種の変異酵素において単一アミノ酸置換が証明されている(図1)2~7).すなわち,酵素の活性基に重大な影響を及ぼす部位の単一アミノ酸置換であるPGK Uppsala, PGK TokyoとPGK Matsueは溶血性貧血と精神・神経症状は重篤である.PGK Shizuokaのアミノ酸置換の部位はN―ドメインを構成するβストランド直前で,等電点変化はほとんどないが,より側鎖の大きいアミノ酸への変化で,軽度の溶血とミオグロビン尿を呈するものの,精神・神経症状は伴わない.活性基に直接影響を及ぼさない酵素蛋白表面での異常であるPGK IIとPGK Münchenでは臨床症状は認められない.
 以上,分子遺伝学的手法の進歩に伴い,変異酵素の構造異常の同定が分子レベルで可能となり,PGK異常症では変異酵素の構造異常と機能異常の関係が明らかになっている.

Zellweger症候群の遺伝子変異

著者: 折居忠夫 ,   鈴木康之 ,   下澤伸行 ,   矢嶋茂裕

ページ範囲:P.230 - P.232

1.はじめに
 典型的なZellweger症候群(ZS)の患者の多くは生後半年以内に死亡する.その意味からもペルオキシソームは生体にとって極めて重要な細胞内小器官と言うことができる.ZSの病因は不明であったが,本年初めに筆者らによりZSのF群の遺伝子変異が同定された.それによるとペルオキシソーム膜蛋白質の一部に変異を起こし,膜のassembly (統合化)に欠陥を生じ,正常なペルオキシソームが形成されず,2次的代謝障害により致死的病像を呈する.このようにZSは生体膜研究の天然の実験系として,また種々の奇形を伴うことから,ペルオキシソームの器官形成への関与,さらには神経細胞移動障害の機構などの解明に極めて貴重な疾患である.本稿では主にZSのF群の病因であった遺伝子変異の同定について述べる.

プロピオン酸血症

著者: 大浦敏博

ページ範囲:P.233 - P.233

 プロピオン酸血症はプロピオニルCoAカルボキシラーゼ(PCC)の欠損により引き起こされる有機酸代謝異常症である.患児は出生後間もなくから高アンモニア血症,代謝性アシドーシスで発症し,適切な治療がなされなければ不幸な転帰をとることが多い1)
 PCCはビオチンを補酵素とするミトコンドリア酵素で,2つの異なるサブユニットから成り成熟酵素はα6β6構造をとる.1986年,Krausら2)はラットPCCβ鎖の全長cDNAを初めて分離し,その全塩基配列を決定した.また,同年Lamhonwahら3)もヒトPCCα,β鎖をそれぞれコードしている部分cDNAを単離し,α鎖遺伝子は第13染色体,β鎖遺伝子は第3染色体に局在していることが明らかとなった.

HLAのDNAタイピングと人類学

著者: 徳永勝士

ページ範囲:P.234 - P.238

<はじめに>
 近年のDNAタイピング法は,PCR (polymerasechain reaction)法の開発によって急速な展開を見せている.人類学領域におけるDNAレベルのデータの蓄積もPCR法の出現によって加速されている.その典型的な例がミトコンドリアDNAとHLA遺伝子群だと言える.
 1991年に開催された第11回国際組織適合性ワークショップ(以下,11HW)では,人類学的研究も主要なテーマの1つに掲げられ,大規模な国際共同研究が行われた.本稿ではこの結果の一部を示して,HLA遺伝子のDNAタイピングに基づく人類学的研究の現状の紹介としたい.なお,ミトコンドリアDNAに関しては,すでにいくつかの総説があるので参照いただきたい1,2)

遺伝子治療の現状

著者: 島田隆

ページ範囲:P.239 - P.241

<はじめに>
 1990年9月,米国NIHで世界最初の遺伝子治療がアデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損による重症複合免疫不全症の4歳の少女に対し開始された.さらにその4か月後には癌の遺伝子治療も始められている.これらのニュースは世界中で大きな話題となっており,米国以外の国でも遺伝子治療開始の機運が急速に高まっている.本稿では,米国で行われている遺伝子治療を中心に,現在の遺伝子治療の考えかたについて紹介したい.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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