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雑誌目次

論文

臨床検査41巻11号

1997年10月発行

雑誌目次

特集 神経系疾患と臨床検査

著者: 黒岩義之

ページ範囲:P.1227 - P.1228

 近年における神経系疾患領城の診断技術の進歩には目覚ましいものがあり,それらすべてにわたって精通することは,専門医にとってもなかなか難しい状況になってきている.しかしながら,その動向と最新の知識を把握しておくことは,診療・研究レベルの維持と向上を目指すうえで欠かすことができない.
 そこで今回,神経系疾患の臨床に関心を持つ医師や臨床検査技師を対象に,新しい診断技術を含めて,この領域の概要をわかりやすく解説する特集「神経系疾患と臨床検査」が企画されることになった.

Ⅰ.生化学・遺伝子

1.アルツハイマー病

著者: 奥泉薫 ,   辻省次

ページ範囲:P.1230 - P.1234

はじめに
 近年の分子遺伝学の進歩により,これまで明らかでなかったアルツハイマー病(Alzheimer disease;AD)の病因に関連した遺伝子が次々と明らかとなった.アルツハイマー病の大多数は明らかな家族歴のない孤発性アルツハイマー病であるが,少数例ではあるが常染色体優性遺伝を示す家族性アルツハイマー病(fa-milial AD;FAD)が存在する.また,これらはそれぞれ発症年齢で65歳を境に(欧米では60歳を境とすることも多い)早発型と晩発型とに分類されている.アルツハイマー病の病因解明という観点から,分子遺伝学的には現在大きく分けて2面からのアプローチが行われている.すなわち早発型FADでは主として単一遺伝子病としての見地からのアプローチが,孤発性アルツハイマー病,晩発型FADでは主として多因子遺伝学的なアプローチが行われている.

2.PLP異常症

著者: 川崎砂里 ,   小林央

ページ範囲:P.1235 - P.1238

はじめに
 Pelizaeus-Merzbacher病(PMD)は,中枢神経系のミエリン形成不全(dysmyelination)を特徴とするX染色体劣性遺伝性疾患である.中枢神経系ミエリンの主要膜蛋白質であるproteolipid protein;PLPの遺伝子異常が,本疾患の主な原因と考えられる.PLP遺伝子の一塩基置換,塩基の挿入や欠失,完全欠失,完全重複など,さまざまな遺伝子異常によって,PMDや家族性痙性対麻痺などの病気が生じることが最近明らかになってきた.つまり単に塩基異常だけでなく,遺伝子の量の異常によっても病気が引き起こされると考えられている.
 このような病因機序は,末梢神経系において,末梢ミエリン蛋白であるperipheral myelin protein 22;PMP-22の遺伝子異常が,Charcot-Marie-Tooth病type 1A (CMT 1A)を起こす機序と類似しており,両者に何らかの共通の病態があると予想される(本誌別章参照).

3.ハンチントン病

著者: 増田直樹

ページ範囲:P.1239 - P.1242

疾患概念
 ハンチントン病(Huntington病;HD)は舞踏運動,精神障害,痴呆を呈する進行性の神経変性疾患で,常染色体性優性の遺伝形式をとる.舞踏運動とは不規則で早い不随意運動で,典型的なものはあたかも踊りを踊っているように見えるのでその名がある.1872年のGeorge Huntingtonの報告以来,疾患単位として一般に認められるようになった.
 本症の頻度は,地域人種によって異なり欧米の白人での有病率は人口100万人あたり30~80人であるのに対し,日本人ではまれであり,報告によって人口100万人あたり1.14~3.8人と,欧米に比べ1/10以下である.世界的にはベネズエラのマラカイボ湖岸やスコットランド,北スウェーデンなどに有病率が人口100万人あたり1,440~7,000人にも及ぶ発症者の集積地域が知られている一方,アフリカの黒人での頻度は日本人よりもさらに低く,人口100万人あたり0.6人程度である.

4.ウイルソン病・メンケス病

著者: 遠藤文夫

ページ範囲:P.1243 - P.1249

はじめに
 メンケス病とウイルソン病における臨床症状の相違は前者が小腸(および胎盤)における銅転送障害の結果,全身の重篤な銅欠乏症状を示すのに対し,ウイルソン病では肝蔵から胆汁への銅排泄が障害されている.その病因は長い間不明であったが,1993年にメンケス病の遺伝子とウイルソン病遺伝子が相次いで明らかにされた結果,この2種の銅代謝異常症は膜に局在する銅転送蛋白の異常で生じることが判明した.

5.瀬川病

著者: 瀬川昌也

ページ範囲:P.1250 - P.1256

はじめに
 瀬川病は,筆者らが最初に報告した,Lドーパが奏効する姿勢ジストニーで1,2),その症状が午後から夕方にかけ増悪,睡眠をとることにより著明に改善するという日内変動を呈することを特徴とする.浸透率の低い優性遺伝をとるが,女性優位(4:1)の性差を有する3).髄液ビオプテリンとともにネオプテリンが低下していることから,GTPシクロヒドラーゼI (GCH―I)の欠損によるテトラヒドロバイオプテリン(BH 4)の欠乏がその原因として推察されていたが4,5),GCH-Iの遺伝子が決定されたことから,候補遺伝子解析がなされ,瀬川病が14q22.1-q22.2に位置するGCH-I遺伝子の異常に起因する疾患であることが明らかにされた6)
 一方,Nygaardら7)により提唱されたドーパ反応性ジストニー(DRD)は,当初,Lドーパに反応するジストニーを網羅する幅の広い概念であったが,後に症例が精選され,厳密な定義に基づいたDRD8)は瀬川病と同一疾患と考えてよい.

6.遺伝性脊髄小脳変性症

著者: 高野弘基

ページ範囲:P.1257 - P.1260

 脊髄小脳変性症は,慢性進行性の小脳失調を主体とする臨床症状と小脳―脳幹―脊髄に主座を持つ非特異的な神経変性を特徴とする神経変性疾患の総称であり,厳密な定義ではない.
 常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症は,疾病分類のうえで最も議論の多い一群であったが,近年の分子遺伝学により急速に進歩した.現在までに,5疾患の遺伝子が明らかとなっている(表1).特徴はすべてポリグルタミンをコードするCAGリピートの増大を遺伝子変異とすることである(図1,表1).これらの疾患は,CAGリピートを含むゲノムDNA領域をPCR法で増幅してゲル電気泳動でPCR産物の大きさをみることで診断できる(図1).以下に当研究室で診断検査として行っている方法を説明する.

7.家族性筋萎縮性側索硬化症

著者: 中野亮一

ページ範囲:P.1261 - P.1266

はじめに
 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclero-sis;ALS)は代表的な神経変性疾患の1つで,米国の著名な野球選手であるLou Gehrigが本症に罹患したことから米国ではLou Gehrig病とも呼ばれている.ALSは上位運動ニューロン(大脳運動野のBetz巨細胞と錐体路)と下位運動ニューロン(脊髄前角細胞と下部脳幹運動性脳神経核)が選択的かつ系統的に障害されるため,運動ニューロン病(motor neuron dis-ease;MND)とも言われるが,この用語はALSのほか,病変が脊髄前角細胞だけに限局する進行性脊髄性筋萎縮症(spinal progressive muscular atrophy;SPMA)や家族性痙性対麻痺(familial spastic para-plegia;FSP),常染色体劣性遺伝を示すKugelberg-Welander病,Werding-Hoffmann病などの総称としても用いられることもあり,注意が必要である.
 ALSは一般には遺伝歴はなく,孤発性の疾患であるが,なかには遺伝性に発症する例があり,このような症例は家族性筋萎縮性側索硬化症(familial amyo-trophic lateral sclerosis;FALS)と呼ばれている1).最近,FALSの20%程度はフリーラジカルの消去に重要なCu/Znスーパーオキシドジスムターゼ(Cu/Znsuperoxide dismutase;SOD 1)遺伝子のミスセンス変異が原因であることが明らかにされ2,3),現在原因が全く不明である孤発性ALSの病因解明にも大きく寄与するものとして注目されている.本稿ではFALSの臨床・病理とSOD 1遺伝子変異,変異による運動ニューロンの変性機構など,最近の知見をまとめてみたい.

8.spinal muscular atrophy

著者: 池田穰衛

ページ範囲:P.1267 - P.1271

はじめに
 脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy;SMA)は,脊髄前角のα運動ニューロンの選択的変性脱落を主病変とする,進行性の下位運動神経変性疾患で,常染色体劣性遺伝形式をとる.下位運動神経の選択的系統的変性の進行に伴って,筋萎縮や筋力低下による呼吸障害をはじめ全身の運動機能障害が生じる.SMAは発症年齢とその病態から,以下の3型(SMA Type Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ)に分類されている.Type Ⅰ(重症・急性型,Werding-Hoffman病),Type Ⅱ(慢性型,Type Iの軽症型あるいはType ⅠとⅡの中間型),Type Ⅲ(軽症型,Kugelberg-Welander病).さらに,30歳台後半に発症する症例を成人発症型(Type Ⅳ)に分類する場合もある.罹患率は北米では10,000人に1人(わが国では10万人あたり3~4人)である.北米における保因者は40人に1人という高率であることから,原因遺伝子の解明および治療法の確立への関心は非常に高い.いずれのサブタイプにおいても,脊髄前角α運動ニューロンの選択的な変性が共通してみられる.しかし,原因物質も変性過程の生化学的情報も全く得られていない.サブタイプ間で病態が異なることから,SMAはそれぞれ異なった遺伝子の変異によると考えられていた時期もあった.しかし,一連の連鎖解析により,Type Ⅰ,Ⅱ,Ⅲのすべてがヒト5番染色体の長腕部(5 q 12-13)にマップされたことから1~8),SMAは単一遺伝子の変異による疾患であると考えられている.1995年,SMA原因遺伝子(guilty gene)としてsurvival motor neuron (SMN)9),neuronal apoptosis inhibitory protein (NAIP)10)の2つの候補遺伝子が同時に単離された.この2つの遺伝子は独立した2つの研究グループ(Melkiら,筆者,MacKen-zieら)がポジショナルクローニング法を駆使して,SMA遺伝子座5 q 13.1領域から単離した遺伝子である.SMNとNAIP遺伝子は物理的に,ごく近傍に位置しているものの独立した遺伝子である.そして,各々の遺伝子にはSMAの発症と強い相関性を示す変異(部分欠損)が見つかっている.SMN遺伝子については,その後の研究にもかかわらず,生理活性や機能についてすべて不明である.
 一方,NAIPには広範囲の細胞死(アポトーシス)抑制活性が認められている11).このことから,SMAにみられる運動神経の選択的な変性には,神経細胞に特異的なアポトーシスの抑制機構に異常をきたしている可能性が考えられる.この2つの遺伝子が発見されたことにより,本疾患の原因解明の手がかりができたと言える.本稿では臨床症状を概説し,病因に関しては,SMN遺伝子とNAIP遺伝子について述べる.

9.球脊髄性筋萎縮症

著者: 道勇学 ,   田中章景 ,   永松正明 ,   祖父江元

ページ範囲:P.1272 - P.1276

はじめに
 球脊髄性筋萎縮症(spinal and bulbar muscular atrophy;SBMA,X-linked recessive bulbospinal neuronopathy;X-BSNP,Kennedy-Alter-Sung dis-ease)1,2)は,伴性劣性の遺伝形式をとり,20~40歳台に発症する下位運動ニューロン疾患である.舌,顔面および四肢近位部優位の筋萎縮および筋力低下と筋収縮時の著明な筋線維束性収縮がみられ,また,軽度の男性性腺機能障害,耐糖能異常,肝機能障害などの合併を特徴とする.1991年,FischbeckらのグループによりX染色体長腕近位部に位置するアンドロゲン受容体遺伝子第1エクソン内にあるCAG (グルタミンのコドン) repeat部位,すなわちポリグルタミン鎖が正常の約2倍に異常延長していることが明らかにされ3),ハンチントン舞踏病(HD),SCA-1,2および6型脊髄小脳変性症(SCA-1,SCA-2,SCA-6),歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA),Machado-Joseph病(MJD)など,他のCAG repeat病発見の先駆けとなった.このアンドロゲン受容体遺伝子内CAG repeatの異常延長はSBMAに特異的であり4),しかも異常延長の程度と本症の発症年齢や重症度の指標との間に相関がみられることから本症の病因と考えられている5~7).しかし,このアンドロゲン受容体遺伝子異常が本症の病態発現にどのようにかかわっているのかは明らかにされておらず,その解明が現在の最も重要な課題である.

10.Duchenne/Becker型筋ジストロフィー

著者: 林由起子 ,   荒畑喜一

ページ範囲:P.1277 - P.1281

はじめに
 筋ジストロフィーは骨格筋の変性・壊死を主病変とし,進行性に筋力低下と筋の萎縮性変化をきたす遺伝性筋疾患の総称である.この中には遺伝形式も臨床像も異なる,いくつもの疾患が含まれている.このうち,最も多いのが,Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)である.X染色体短腕に存在するDMD遺伝子には,ジストロフィンと呼ばれる蛋白質がコードされている.臨床的に良性の経過をとるBecker型筋ジストロフィー(BMD)もまた,DMD遺伝子の異常による.ジストロフィンの発見以来,DMD/BMD以外にもいくつもの筋ジストロフィーの遺伝子座と原因遺伝子が相次いで同定されている.本稿ではDMD/BMDに焦点を当て,その臨床ならびに生化学的,遺伝学的検査を中心に述べたいと思う.

11.SCARMDまたはsarcoglycanopathy

著者: 水野裕司 ,   小沢鍈二郎

ページ範囲:P.1282 - P.1286

はじめに
 X染色体劣性の遺伝形式をとるDuchenne muscu-lar dystrophy (DMD)とよく似た疾患にsevere child-hood autosomal recessive muscular dystrophy(SCARMD)がある1,2).この疾患は最初DMDの一部として扱われたが,その後常染色体劣性の遺伝形式をとることがわかり,DMDとは全く異なった疾患と理解された.すなわち,サルコグリカン複合体の構成成分であるα-3),β-4,5),γ-6),δ-7,8)サルコグリカン遺伝子のうちのいずれか1つの変異により,その蛋白質の合成に異常をきたすことが原因で起こる疾患である.ところが,4種類のサルコグリカンのどれか1つが失われると二次的に複合体全体が失われることになり,そのために,筋の変性や壊死が生じると考えられている.現在ではSCARMDは疾患の集合であり,生化学的に明らかにされたサルコグリカン複合体の異常であることが判明している.わが国におけるSCARMDの患者数はDMDの5%程度ではないかと推定されており9),血族結婚が少ない日本においては今後この数字が増えることはないだろう.一方,いとこ婚などが習慣的に行われているアラブ圏,例えばクウェートではDMD患者の36.6%であるという報告もある10).DMDとSCARMDを別々に論ずることは困難であるが,ここでは後者を中心に述べることにする.

12.エメリードレイフス型筋ジストロフィー

著者: 土屋勇一 ,   荒畑喜一

ページ範囲:P.1287 - P.1289

 エメリードレイフス(Emery-Dreifuss)型筋ジストロフィー(EDMD)は小児期発症の筋疾患であり,臨床的には,①肘やアキレス腱,後頸部筋の早期拘縮,②上腕―腓骨筋型の筋萎縮・筋力低下,および③重篤な伝導障害を伴う心筋症を3主徴とする1).本症の拘縮は筋力低下が明らかとなる以前の早期から現れ,典型例では前腕は肘で半屈曲位をとり,頸部の前屈が障害される.筋萎縮・筋力低下としては,主に上腕二頭筋,上腕三頭筋,前脛骨筋腓骨筋が初期に障害され,後に肩甲―上腕―下肢帯―下腿型に至る.他のタイプの筋ジストロフィーと比較すると進行は緩徐である.しかし,骨格筋の筋力低下とともに心筋症が存在し,臨床的には徐脈として,心電図上ではPR間隔の延長として現れる.そのため失神や心不全症候を呈することがあり,さらに伝導障害が顕著な場合には突然死の原因ともなり得る(~50%).血清クレアチンキナーゼ値は軽度から中等度の上昇を示すにとどまる.筋電図所見は筋原性変化が主体となり,これに運動単位電位数の減少,高振幅,持続時間の延長といった神経原性変化を示唆する所見が混在する症例が多い.筋生検では筋の壊死・再生や筋線維の大小不同,結合織の増生,中心核の増加,筋線維のsplittingの存在など一般的な筋ジストロフィーとしての変化がみられる.仮性肥大は認めない.剖検心筋では心房筋の脂肪組織への置換,心室中隔ならびに左室後壁を中心とした線維化が認められたとの報告もある.
 EDMDは通常X染色体劣性遺伝形式をとるが,まれに常染色体優性遺伝形式を示す家族も知られている.1994年Bioneらは,Xq 28領域に存在するSTA遺伝子に変異をきたしたEDMD患者5例を報告し,疾患責任遺伝子を明らかにするとともに,この遺伝子産物をエメリンと命名した2).さらに1995年にはSTA遺伝子の全ゲノム配列を報告した3)

13.顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー

著者: 船越政範 ,   後藤加奈子 ,   荒畑喜一

ページ範囲:P.1290 - P.1292

はじめに
 顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulo-humeral muscular dystrophy;FSHD)は主として顔面と上肢帯~上腕に分布する緩徐進行性の筋萎縮と筋力低下を示す常染色体性優性遺伝形式の筋ジストロフィーである.発生頻度は人口10万人あたり約5人程度とされている.生命予後は良好であるが,進行すると筋病変は下肢帯~下肢にも及び,約20%の患者が40歳までに車椅子生活を余儀なくされる.また,高率に網膜症や神経性難聴が合併する1).FSHDでは,臨床表現型の著しい差異が家族間のみならず家族内においても認められたり,筋原性以外に神経原性変化を呈する症例も知られていることから,症候群であるとする立場もある2).現在,世界各国のFSHD研究グループが互いに協力して,FSHDの原因遺伝子のクローニングと病態機序の解明をめざしている.

14.ミトコンドリア脳筋症

著者: 後藤雄一

ページ範囲:P.1293 - P.1296

はじめに
 ミトコンドリア脳筋症は,細胞のエネルギー産生を担うミトコンドリア機能の障害による中枢神経や骨格筋の症状を主体とする病気の総称である1).ミトコンドリア内には,エネルギー代謝に関する多くの酵素が存在しており,そのそれぞれの酵素異常で,ミトコンドリア機能不全が起こりうると考えられる.その中で,最も頻度が高く,よく研究されている酵素異常は電子伝達系酵素系の異常であり,また,この酵素系は核DNAとミトコンドリアDNAの両者の支配を受けていることから,特異な臨床像や遺伝形式をとることで注目されている.
 ここでは,ミトコンドリア脳筋症の臨床症状を述べ,その後に遺伝子検査を中心に主な検査法とその解釈のしかたや注意点を取り上げる.

15.Charcot-Marie-Tooth病/hereditary neuropathy with liability to pressure palsies

著者: 村上龍文 ,   内野誠

ページ範囲:P.1297 - P.1302

はじめに
 Charcot-Marie-Tooth病(CMT)は1886年にフランスのCharcotとMarieら1)が,また,同じ年にイギリスのTooth2)が最初に記載した,緩徐進行性の四肢遠位筋の筋萎縮と筋力低下を特徴とする遺伝性ニューロパチーである.CMTは遺伝性末梢神経疾患の中で最も多く,2,500人に1人の頻度で生ずる.CMTは単一疾患ではなく異質性があり,遺伝性運動感覚性ニューロパチー(HMSN)とも呼ぶ.電気生理学と病理学的研究に基づきCMTは2つのグループに大別される3).CMTの第1型(CMT 1,HMSNI)は脱髄型で,運動神経伝導速度(MNCV)が中等度から高度に減少し,神経生検でonion bulb形成を示す.第2型(CMT 2)は軸索型でMNCVは正常か軽度減少でM波の振幅は減少し,神経生検では前者の肥厚型の特徴は呈しない.この分類はCMT 1がシュワン細胞の異常で生ずる可能性を示唆していた.CMT 1の分子遺伝学的病因の解明は過去8年で急速に進んだ4).CMTの家系を用いた連鎖解析分析でいくつかの原因遺伝子座位が明らかとなり,3つの原因遺伝子が単離された.また,2つの違ったメカニズム,重複と点変異がCMT 1を起こしていることが明らかとなった.
 hereditary neuropathy with liability to pressure palsies (遺伝性脆弱性ニューロパチー;HNPP)は外傷や圧迫直後にしびれ,筋力低下などを繰り返しきたすニューロパチーで5),病理学的にはミエリン鞘のソーセージ様(tomaculous)の局在性肥厚を呈し,電気生理学的には伝導ブロックを伴う神経伝導速度の軽度低下を示す.HNPPは臨床的にCMTと異なるニューロパチーであるが,相反組み換えでCMT 1 Aの重複する部位が逆に欠失することで生ずることが明らかとなった.本稿ではCMTとHNPPの病因と遺伝子診断について概説する.

16.先天性無痛無汗症―神経成長因子受容体遺伝子(TRKA)の変異

著者: 犬童康弘 ,   ,   三浦裕一 ,   鶴田元子 ,   松田一郎

ページ範囲:P.1303 - P.1307

はじめに
 病院を訪れる患者の多くは,痛みを訴える.医療の重要な仕事の1つは,痛みの原因を明らかにし,それを取り除くことである.しかし,痛みは本来,ヒトが健康な生活を送るために必要不可欠な生理現象で,危害から体を守る警告信号となる.先天性無痛無汗症(congenital insensitivity to pain with anhidrosis;CIPA)は,この痛みを感じることができない遺伝性疾患である.

17.てんかんの分子遺伝学

著者: 遠藤耕太郎

ページ範囲:P.1308 - P.1312

はじめに
 現在,てんかんの遺伝子解析は単一遺伝性疾患を中心に加速度的に解明が進みつつある.しかしながらいまだに病因,病態が不明なものが大半を占めており,分類についても国際分類1)を含めて依然として症候学的視点に大きく依存している.また,治療についても抗てんかん薬による対症療法が主体であることから,病態の解明による根治療法の確立が望まれる.

18.プリオン病

著者: 古河ひさ子 ,   堂浦克美

ページ範囲:P.1313 - P.1317

プリオン病の概念と分類
 Creutzfeldt-Jakob病(CJD),Gerstmann-Sträuss-ler-Scheinker症候群(GSS),クールー,致死性家族性不眠症(fatal familial insomnia;FFI)などはヒトのプリオン病である.以前はこれら疾患の大半が不明のウイルス感染によるものと考えられ,スローウイルス感染症に分類されていた.ところが1980年代初めにPrusinerがヒツジのプリオン病であるスクレイピーにおいてその感染因子の本体は蛋白性の感染粒子(proteinaceous infectious particle)を意味するプリオン(prion)であるというプリオン仮説を提唱し1),その後この仮説を実証しようと次々と画期的な研究成果を発表してきた.そこで,現在では彼らの業績を反映してこの一群の疾患をプリオン病と総称するようになった(表1).共通した所見としては,中枢神経系の海綿状変化と異常型プリオン蛋白の蓄積が挙げられる.また,近年話題になったウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy;BSE,いわゆる狂牛病)などをはじめとして,プリオン病はヒトだけでなく他の哺乳類に広くみられるが,ここではヒトのプリオン病について述べたい.

ミニ情報

家族性片麻痺性片頭痛とカルシウムチャネル

著者: 五十嵐修一 ,   辻省次

ページ範囲:P.1249 - P.1249

 家族性片麻痺性片頭痛(familial hemiplegic mi-graine)は1910年Clarkeらの報告以来1),小脳失調を同胞内に認める家系を含め,現在まで40余家系の報告がある.常染色体優性遺伝形式を示し,発症年齢が5~30歳で,発作は片麻痺,または片側の感覚障害,半盲などの前駆症状に引き続き,数時間から数日間持続する拍動性頭痛が出現する臨床徴候を示す.
 1993年Joutelらは小脳失調を伴う1家系を含むFHM 2家系の連鎖解析により原因遺伝子座は19番染色体D 19 S 216からD 19 S 215の30 cMの間に存在することを証明し2),その後,FHMの約半数の家系が19番染色体短腕(19 p 13)にマップされた.

パラミオトニーとナトリウムチャネル

著者: 佐々木良元

ページ範囲:P.1256 - P.1256

 ミオトニー(筋強直)とは,随意的筋収縮や,機械的あるいは電気的刺激による筋収縮が,刺激中止後も持続し速やかな弛緩が起こらない現象である.この現象が寒冷によって誘発されたり,通常のミオトニーとは逆に運動によって誘発・悪化するものを,パラミオトニー(異型筋強直)と言う.ミオトニー症状あるいは周期性四肢麻痺を主徴とする遺伝性筋疾患において,Na,Cl,Ca2+の3種類の骨格筋イオンチャネル遺伝子に異常が発見されている(表1).
 このうち,ナトリウムチャネル遺伝子の異常に基づく疾患としては,先天性パラミオトニー,高カリウム性周期性四肢麻痺,ナトリウムチャネルミオトニーの3疾患が知られている.これらの疾患はいずれも常染色体優性遺伝形式を示す.

沖縄地方の脊髄性筋萎縮症の分子遺伝学

著者: 中川正法

ページ範囲:P.1266 - P.1266

 沖縄県に多発する感覚障害を伴う神経原性筋萎縮症(以下,沖縄型筋萎縮症)の遺伝子連鎖解析を行い,原因遺伝子座を明らかにした.沖縄型筋萎縮症の臨床的,病理学的特徴は,①成人発症(平均発症年齢39.2±9.0歳)の緩徐進行性の四肢近位筋優位の筋萎縮と脱力,②四肢の筋痙攣,fasciculations,③深部腱反射の低下・消失,④異常知覚,深部感覚障害を中心とする感覚障害,⑤電気生理学的検査で,軸索優位の運動・感覚神経障害,neuromyotonic dischargeの出現,⑥血中クレアチンキナーゼ値の軽度~中等度の上昇,⑦高脂血症・耐糖能異常の合併,⑧脊髄前角細胞の脱落,後索障害と末梢神経有髄線維の著明な脱落,⑨常染色体優性遺伝である.
 本症の罹患者20名を含む8家系29人の連鎖解析を行い,第3染色体のDNAマーカーと優位な連鎖を認め(最大lod score 4.04,θ=0.0),本症の遺伝子座が3 p 14.2―q 13に存在することを明らかにした.また,罹患者では,特定の対立遺伝子頻度が対照群に比して有意に高く,この領域における連鎖不平衡を認めた.今回決定された沖縄型筋萎縮症の遺伝子座は,脊髄性筋萎縮症,家族性筋萎縮性側索硬化症,球脊髄性筋萎縮症,遺伝性運動感覚ニューロパチー2型などの遺伝子座とは明らかに区別され,本症が臨床的,遺伝学的に新しい疾患であることが確立された.

パーキンソン病の分子遺伝学

著者: 斎藤正明

ページ範囲:P.1302 - P.1302

 パーキンソン病(Parkinson's disease;PD)は55歳以上の人口の約1%以上にみられる神経変性疾患で1),静止時振戦,筋固縮,寡動,姿勢反射障害を主症状とする.病理学的には中脳黒質線条体系ドパミン作動性ニューロンの選択的細胞変性であるが,選択的神経細胞変性のメカニズムは不明である.PDの大部分は孤発性であるが,頻度は低いもののメンデル遺伝性を示す群も存在し,こうした遺伝性PDの遺伝子の解明を足がかりに,黒質線条体系ドパミン作動性ニューロンの選択的神経細胞変性機構が解明されるのではないかと期待されている.最近になり,常染色体劣性遺伝形式の若年性パーキンソニズム(autosomal recessive juvenile parkinsonism;AR-JP)や常染色体優性遺伝形式のパーキンソン病(autosomal domi-nant Parkinson's disease;AD-PD)などの遺伝性パーキンソン病に対して分子遺伝学的研究が適用され,その病態機序の解明が進んでいる2~4)
 AR-JPは40歳未満(平均発症年齢27.8歳5))に発症するパーキンソニズムである.臨床的には姿勢時振戦,ジストニア姿位,姿勢反射障害,深部反射の亢進,睡眠による症状の改善などが特徴的で,わが国を中心に多数報告されている.われわれは13家系を用いた連鎖解析の結果,AR-JP遺伝子座が第6番染色体長腕上の6 q 25.2-27上に存在することを見いだした2).現在,多数のマーカーを用いた連鎖解析,連鎖不平衡マッピングなどによる遺伝子座のさらなる絞り込みを行っている.

Ⅱ.免疫

1.リンパ球サブセット(末梢血・髄液)

著者: 松井真 ,   荒谷信一 ,   黒田康夫

ページ範囲:P.1320 - P.1324

はじめに
 神経疾患におけるリンパ球サブセット検査の意義については,臨床の場での位置づけはいまだ確立していない.その理由の1つは,免疫性神経疾患の代表格である多発性硬化症(multiple sclerosis;MS),ギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome:GBS),重症筋無力症(myasthenia gravis;MG)などの疾患について報告された末梢血リンパ球でのさまざまな異常が,疾患特異性に乏しいためである.ところが,本検査を病変部局所における疾患活動性のim-muno-monitoringの手段として使用すれば,かなり有益な情報が得られることは,意外に知られていない.本稿では,文献的な事項の紹介にとどまらず,多少の独断が入ることを恐れずに,リンパ球サブセット検査を実施することにより,現時点で何がどの程度までわかるのかを論ずる.

2.サイトカイン(末梢血・髄液)

著者: 錫村明生

ページ範囲:P.1325 - P.1329

はじめに
 免疫学的特権部位とされ,免疫反応の起こらないとされていた中枢神経系においてもグリア細胞により活発にサイトカインが産生される.実際の脳でのこれらのサイトカインの発現をみると,正常の成熟脳ではほとんど発現がみられず,絶えずシナプス形成を繰り返している嗅球で一部のサイトカインの発現を認めるのみである.しかしながら,発達段階や,炎症,外傷,虚血,変性などの病態では種々のサイトカインの発現を認め,神経系においてもサイトカインが生理,病態に重要な働きをしていることが推測される.
 現在までの知見により,生理的にはサイトカインは直接,あるいは神経栄養因子,接着因子やそのほかの液性因子の産生を介して神経細胞の生存,機能維持に働いていること,神経―免疫―内分泌系の調節因子として生体の恒常性を保っていること,脳の感染防御系に重要な役割を果たしていることなどが明らかになっている.病態におけるこれら神経系のサイトカインの役割はまだ不明な点も多いが,グリア細胞由来の腫瘍壊死因子(TNFα)は神経変性,炎症性脱髄,グリオージスなどの発症に関与していることが報告されている.また,病変部ではグリア細胞由来のサイトカイン以外に浸潤細胞由来のサイトカインも盛んに産生され,神経組織の傷害,防御,あるいは修復機構として働いている.したがって,髄液中のサイトカインを測定し,その動態を解析することは神経疾患の病態,病勢を把握する有用な手掛かりになりうると考えられる.その際に,髄液中のサイトカインの上昇の機序には,炎症細胞由来のサイトカインと組織の神経系細胞由来のサイトカインの双方が関与していることを念頭に置く必要がある.

3.髄液の免疫学的検査

著者: 荻野裕 ,   斎藤豊和

ページ範囲:P.1330 - P.1334

はじめに
 中枢神経組織,脳・脊髄神経根や髄膜など脳脊髄液に接した部位の病変を反映して,髄液にはさまざまな変化が観察される.特に脳,脊髄には血液―脳や血液―脊髄関門が存在し,血中の抗体やリンパ球が自由に通過できないために,脳,脊髄は免疫学的には隔離されたものと考えられてきた.しかしながら,近年はウイルスや細菌感染に対する防御反応は他の組織のそれと本質的には変わらないとされ,全身的反応が脳脊髄液にも反映されることが明らかとなった.しかしながら,脳脊髄組織内で起こった反応は当然,脳脊髄液に直接敏感に反映され,その分析の重要性は他臓器のそれと全く変わらない.髄液を介して免疫異常を検討する場合,現在では免疫グロブリン,オリゴクローナルバンド,髄鞘塩基性蛋白などとともにリンパ球やサイトカインの分析が重要であるが,後者については他稿で詳細に取り上げられるので,本稿では前者を中心に述べることとする.

4.神経疾患と自己抗体

1)膠原病による神経障害

著者: 中島一郎 ,   藤原一男 ,   糸山泰人

ページ範囲:P.1335 - P.1337

はじめに
 膠原病という概念は1942年にKlempererらによってとなえられ,全身性エリテマトーデス(SLE)と強皮症の病理組織学的検討に基づいて,共通した病理組織像を持つ他の4つの疾患を加え,次の6疾患が挙げられた.すなわち,①慢性関節リウマチ,②全身性エリテマトーデス,③全身性進行性硬化症または強皮症,④多発性筋炎および皮膚筋炎,⑤結節性多動脈炎または結節性動脈周囲炎,⑥リウマチ熱,である.膠原病は病理学的には結合織疾患という概念に相当するが,病因論からは代表的な自己免疫疾患と考えられている.また,多くの神経合併症を有し,他の免疫性神経疾患との鑑別が困難となる場合もある.今回は各膠原病における精神・神経症状をまとめ,特に自己抗体どのかかわりを述べる.

2)免疫性末梢神経疾患

著者: 椎名盟子 ,   楠進

ページ範囲:P.1339 - P.1343

はじめに
 自己免疫性末梢神経障害をきたす疾患として,Guillain-Barre症候群や慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(chronic inflammatory demyelinating polyneu-ropathy;CIDP),多巣性運動ニューロパチー(multi-focal motor neuropathy;MMN)やモノクローナルIgM M蛋白血症を伴う末梢神経障害などが知られている.これらの疾患では,診断マーカーおよび病態解明の手がかりとしての自己抗体について検討が進められてきた.近年,特に神経細胞表面の糖脂質を認識する抗体が他の神経疾患に比べて有意に上昇していることが明らかになってきた1,2).本稿では自己抗体の中でも,この糖脂質抗体に特に焦点を当てて述べることにする.

3)神経筋接合部疾患

著者: 本村政勝 ,   中尾洋子

ページ範囲:P.1344 - P.1347

はじめに
 神経筋接合部疾患の代表である重症筋無力症(myasthenia gravis;MG)およびLambert-Eaton筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome;LEMS)を取り上げる.両者とも,自己抗体によって発症する疾患である.MGの標的抗原は,筋肉側のアセチルコリン受容体(acetylcholine receptor;AChR)で,それに対する自己抗体が病気を引き起こしていることが既に証明されている.つまり,自己抗体病の次の3条件を満たしている1).①MG患者の免疫グロブリンを動物に投与すると,MGと同じ病態が成立する(疾患移送).②血中の抗AChR抗体が80%以上の高い陽性率を示す.③シビレエイや電気ウナギの発電器官から抽出精製したAChRを動物に免疫し,MGモデルが作製される.
 一方,LEMSは,MGと同様に免疫グロブリンによる疾患移送は証明されているが2),その標的抗原はまだ確定していない.最近,神経筋接合部のアセチルコリンの放出を抑制する神経毒ω-conotoxin MVIICを用いて,電位依存性カルシウムチャネル(voltage-gated calcium channel;VGCC)抗体測定法が報告された3,4).その結果,LEMS患者の血中で,80%以上に抗P/Q型VGCC抗体が検出される.よって,P/Q型VGCCを標的とする自己抗体の病原的意義が強く示唆されている.本稿では,MGとLEMSの臨床像と自己抗体を対比させながら説明し,それぞれの発症機序を概説する.

4)傍腫瘍性神経症候群

著者: 犬塚貴

ページ範囲:P.1348 - P.1352

はじめに
 悪性腫瘍,特に肺癌,乳癌,婦人科癌,悪性リンパ腫などの患者に,比較的急速に四肢の感覚障害,強いふらつき,意識障害,易疲労性など種々の神経症状が生じることがある.多くの場合,腫瘍の神経系への直接的な浸潤・圧迫,転移,さらには栄養・代謝障害,血管障害,感染,腫瘍産性ホルモンの作用,各種治療による副作用などが原因と考えられて検査が行われるが,証拠となる所見がつかまらない場合がある.
 一方で悪性腫瘍の治療によって神経症状が消失したり,患者の血清および髄液中に腫瘍と神経細胞の双方と反応する特徴的な抗神経抗体が検出される症例の報告がある.このような症例は,腫瘍のいわゆる"遠隔効果"が免疫学的機序を介して神経系に及んだと考えられ,傍腫瘍性神経症候群として注目されている1).抗体が神経細胞と腫瘍の双方と反応することから,抗体による神経細胞障害機序や腫瘍抑制へのかかわりに興味が持たれている.また,神経症状は腫瘍の発見に先行することが多いので,抗体は本症の診断のみならず,悪性腫瘍のマーカーとしても臨床的にきわめて有用である.なお,Lambert-Eaton筋無力症候群(LEMS)については前項参照のこと.

5)多発性硬化症

著者: 中島一郎 ,   藤原一男 ,   糸山泰人

ページ範囲:P.1353 - P.1355

はじめに
 多発性硬化症(MS)は原因不明の中枢神経の脱髄疾患であり,病理所見は中枢神経白質の血管周囲の細胞浸潤と,それに引き続いて起こる髄鞘破壊である.その発症機序に免疫学的機序が関与していることはほぼ確実であり,古くから自己抗体とのかかわりが検討されている.特に自己免疫の機序として,膠原病との関連は古くから検討されており,MS類似の中枢神経症状を呈する膠原病も多く,抗核抗体を中心とした膠原病関連の自己抗体の出現頻度に関する報告は多い.今回はMSに出現しうる自己抗体を取り上げ,病態との関連について考察する.また,MS類似の中枢神経症状を呈する膠原病についても幾つかの報告をまとめた.

ミニ情報

HIV神経障害と免疫学的検査

著者: 岸田修二

ページ範囲:P.1334 - P.1334

 HIV-1は終局的に感染宿主の高度な免疫組織の荒廃を起こし,日和見感染,悪性腫瘍を併発,さらに高率に神経合併症をきたす.神経障害はAIDS患者の約40%にみられ,約10%は神経症状がAIDSの初発症状となる.病理解剖学的には70~90%のAIDS患者で神経系障害が認められる.神経症状はHIV-1感染の早期からみられるが,ほとんどはAIDS指標疾患の出現後にみられ,また,中枢神経から末梢神経系に及んだ多彩な病変が合併する.半数はHIV-1が直接関与した病態であり,半数は免疫不全の結果からもたらせられる日和見感染,悪性腫瘍が原因となる.
 神経症状はHIV-1の病期,すなわち免疫状態の推移と密接な関係を有するので,神経症状の鑑別には免疫状態を考慮することが重要である.図1にHIV-1感染後の免疫状態と代表的神経疾患を示したが,①HIV-1感染初期の中枢神経症状として無菌性髄膜炎,ミエロパチー,②無症候期の神経症状として無菌性髄膜炎,③HIV-1感染後期の通常CD 4+陽性リンパ球数200個/mm3未満ではHIV脳症,空胞性脊髄症などHIV-1原発性中枢神経症状,トキソプラズマ症,クリプトコッカス性髄膜炎など日和見感染症が出現,さらに100個未満になると脳原発悪性リンパ腫,進行性多巣性白質脳症,50個未満になるとサイトメガロウイルス脳炎の発症頻度が高くなる.

ヘルペス脳炎の診断

著者: 関澤剛

ページ範囲:P.1337 - P.1338

1.抗体による診断
 本法は次に述べるPCR法による診断と並んでいまだにその診断的価値は失われていない.特にPCR陰性例または陰性化した脳炎後期には不可避である.抗体の測定法には中和(NT),補体結合(CF),蛍光(FA),EIAの各方法がある.これらの測定法のいずれでもよいが,脳内ウイルス増殖と固体の免疫反応の程度の推測が困難なため,感度,特異性ともに優れた測定法が推奨される.現時点では1測定法で両者を満足させる方法はないので,筆者は高感度のEIA法と特異性に優れたNT法の並検を愛用している.この際,髄液中にも意義不明の抗体が検出されることが多々あるので1),経過中少なくとも2点測定し各点における抗体価の有意な変動の有無を捉える.
 NT法による測定では髄液中で検出されない場合があるので補体添加によって高感度化した補体要求性中和抗体(complement requiring neutralizing anti-body;CRN)2,3)を用いるとよい.さらに,得られた変動力価が,サンプリングエラーなど,測定技法上のミスでないことを確認するため後に改めて凍結保管サンプルについて同一条件下,同時測定による再検が必要となる場合がある・当然のことながらIgM抗体の測定も必須である.図1に臨床経過と血清および髄液中のIgG抗体価の推移を模式的に表した.抗体の上昇が破線で示すごとく脳炎進行停止(ウイルスの消失)後もプラトー型に長期にわたり検出される例と実線で示すごとく下降する例とがあることに留意する必要がある.例えば,脳炎初期(急性,亜急性期)に抗体測定を逸したり医療機関受診の遅滞などで起こりうるb-d間のごとく変動が認められないときは本法による診断が困難となる.このような場合は捕捉(capture) EIA法4,5),CRN, CRN/NT比3)を試みるとよい.

イオンチャネル抗体

著者: 有村公良

ページ範囲:P.1355 - P.1355

 イオンチャネルはすべての細胞の細胞膜上に存在し,特に電位依存性イオンチャネルは神経,筋肉などの興奮性細胞で,その機能を発揮するうえで不可欠である.近年,ミオトニア疾患などの神経,筋疾患でイオンチャネルの異常が発見され病態のメカニズムが明らかになっている.多くは先天性疾患で遺伝子異常がその原因であるが,後天性疾患の一部で免疫異常に伴うイオンチャネルの機能異常が証明されている.筋無力症候群でのカルシウムチャネルへの抗体や重症筋無力症でのアセチルコリンレセプター抗体などである.それらの抗体はイオンチャネルに直接あるいは間接的に作用することで細胞の機能を抑制(興奮性の低下)し症状を出現させるが,ターゲットとするチャネルの性質によっては逆に細胞を過興奮状態にする場合もある.われわれは筋痙攣,多汗を主徴とするIsaacs症候群と呼ばれる疾患で末梢神経の電位依存性カリウムチャネル(VGKC)を抑制する抗体が存在することを証明した1,2).VGKCは興奮性細胞でナトリウムチャネルの開口により発生する活動電位を速やかに静止状態に戻す役割を担っている.このためVGKCの抑制は細胞の過興奮をもたらす.このように細胞の正常な興奮には各イオンチャネルのバランスが保たれることが必要であり,それが崩れた際は正常な機能を維持できなくなる.今後も新たに興奮性異常をきたす疾患でイオンチャネルとの関連が見いだされていくと予想される.

神経・筋の免疫組織化学/HAMと免疫学的検査

著者: 竪山真規 ,   藤原一男

ページ範囲:P.1356 - P.1356

 神経,筋疾患を診断するうえで生検組織での検討は重要であるが,とりわけ免疫性疾患においては,免疫組織化学が病態機序を知る手がかりとなってきた.炎症性筋疾患は免疫学的機序の関与が示唆されている疾患群で,筋組織に単核球の浸潤と筋細胞の壊死,再生を認める.臨床的に皮膚筋炎(DM),多発性筋炎(PM),封入体筋炎(IBM)に分けられる.免疫組織化学によるリンパ球サブセットの筋内膜,血管周囲,筋周膜での解析により,DMでは細胞浸潤は血管周囲中心で,この部位でCD 4およびBリンパ球が多く,筋血管に免疫複合体などの沈着があることから,液性免疫による筋血管の障害が本態と考えられている.
 一方,PM,IBMでは細胞浸潤は筋内膜中心で,この部位でCD 8リンパ球の比率が高く,MHCクラス1抗原,ICAM-1陽性の非壊死筋線維にLFA-1陽性CD 8リンパ球が侵入している像が観察されることから,抗原特異的な細胞障害性Tリンパ球による筋細胞障害が推測されている.侵入リンパ球はHLA-DR抗原陽性で活性化されており,細胞障害性を有するパーフォリン,グランザイムAの発現もあることが,この仮説を裏付けている.近年サイトカインの関与が免疫組織化学的に検討され,PM筋でTNFの発現が増加している報告などがある1,2).しかし,サイトカインは組織学的に不安定な性質のため,今後はin situでのmRNAの検出が知見を増すと期待される.

Ⅲ.神経生理 1.筋電図・神経伝導検査

1)同心針筋電図

著者: 正門由久

ページ範囲:P.1358 - P.1362

はじめに
 神経筋疾患を扱う分野では,針筋電図を中心とした電気生理学的検査は不可欠である.筋電図は鑑別診断ばかりでなく,障害部位およびその重症度,予後,さらには治療法の選択などの目的に用いられてきた1)
 一方,近年の筋電計の進歩は目覚ましく,さまざまな自動解析プログラムが搭載されており,以前より短時間で容易に導出でき,検査ができるように工夫されている.しかしながら,その理解には十分な基礎知識が必要である.

2)神経筋接合部機能検査

著者: 上坂義和

ページ範囲:P.1363 - P.1367

神経筋接合部の生理機構
 神経筋接合部の基本的な生理機構を述べる.シナプス前終末にはアセチルコリンを含む小胞が多数存在する.安静時には小胞の一部からアセチルコリンが放出され,シナプス後電位にわずかな脱分極が起こる.この微小終板電位では臨界値に達しないため筋活動電位の発生には至らない.これに対し運動神経活動電位が軸索終末に達すると,電位依存性のCa2+チャンネルが開きCa2+イオンが軸索内に流入する.この結果,小胞と神経膜との結合が促進し,多数の小胞からアセチルコリンがシナプス間隙に放出される.シナプス間隙に放出されたアセチルコリンは受容体と結合し微小終板電位を生ずる.これが加重し終板電位が生ずる.そして,終板電位が脱分極の臨界レベルに達すると,全か無かの法則に従い,常に同一の筋活動電位が誘発される.
 アセチルコリン放出量はシナプス前膜の放出用小胞の数と軸索終末のCa2+イオン濃度に依存する1).神経終末に反復刺激を加えると相反する2つの過程が働くことになる.第1には先行する刺激が放出用量子を消費するため,次の刺激では直ちに利用できるアセチルコリン小胞の数が減少する.第2にはアセチルコリン放出後軸索終末のCa2+濃度は約100~200msというややゆっくりとした時間経過で元のレベルに復するため,これより速い間隔で次の刺激が加わると神経終末でのCa2+濃度が増加し,アセチルコリンの放出量が増加する.この両者の総合的効果により神経筋接合部の検査の結果が決まってくる.

3)神経伝導検査

著者: 島村秀樹 ,   馬場正之

ページ範囲:P.1369 - P.1373

はじめに
 神経伝導検査は,四肢のしびれや脱力を呈する患者で,末梢神経障害が疑われる場合に施行する検査である.末梢神経障害には軸索変性型,脱髄型,およびその混合型があり,その判別は治療上においても重要である.神経伝導検査では末梢神経障害の有無のみならず,その判別も可能である.末梢神経はさまざまなサイズの神経線維を含むが,神経伝導検査によって把握できるのは大径有髄神経線維の障害であり,細径有髄線維や無髄神経線維の障害は検出が難しい.すなわち,運動神経や触覚,振動覚を伝導する感覚神経の異常は評価できるが,温痛覚を伝導する感覚神経や自律神経の機能を評価することはできない.本稿では一般的な神経伝導検査の手技1)を解説するとともに,計測上における留意点,異常判定の解釈について示す.

4) F波・H波

著者: 小森哲夫

ページ範囲:P.1374 - P.1376

はじめに
 F波は,末梢運動神経に与えられた刺激が運動神経線維を逆行性に脊髄運動ニューロンに達し,それにより運動ニューロンに生じた興奮が運動神経線維を順行性に伝播し記録される1).一方,H波はIa感覚線維の興奮が脊髄運動ニューロンに単シナプス性に伝播し,運動神経線維を下行して記録される1).これらはともに脊髄運動ニューロンが関係する誘発筋電位であり,比較されることがある.ここでは,F波の記録方法とその評価を解説し,F波との関連でH波について触れる.

5)瞬目反射

著者: 栢森良二

ページ範囲:P.1377 - P.1380

検査の原理
 角膜反射やパーキンソン病の際に認められるMyer-son徴候では,瞬目が観察される.これらの徴候の客観的評価は必ずしも容易でないことがある.瞬目を筋電図機器を用いて電気生理学的に定量的に評価したものが瞬目反射である.つまり顔面の体性感覚を刺激して,眼輪筋から誘発電位を導出している.この瞬目反射によって,この反射経路に含まれる三叉神経および顔面神経の末梢から大脳皮質の中枢までの病変の検索が可能である1,2)

2.脳波・誘発電位

1)体性感覚誘発電位

著者: 園生雅弘

ページ範囲:P.1381 - P.1386

はじめに
 体性感覚誘発電位(somatsensory evoked poten-tial;SEP)とは,体性感覚刺激を与えたときに,感覚伝導路や大脳感覚皮質で生ずる反応を,加算平均法によって求めるものである.
 感覚刺激の方法としては,痛みをもたらすCO2レーザー,触覚に近い感覚を与えるair-puff刺激など,より自然に近い刺激方法も研究されているが,広く臨床応用されているのは末梢神経への通常の電気刺激によるSEPであるので,本稿ではそれに絞って論じる.

2)視覚誘発電位

著者: 黒岩義之

ページ範囲:P.1387 - P.1391

はじめに
 眼に視覚刺激を与えたときに網膜,大脳,脳幹に生じる反応を視覚誘発電位(visual evoked potentials;VEP)と呼ぶ.広義のVEPに含まれるものとして,①網膜電図(electroretinogram;ERG),②短潜時のoscillatory VEP,③大脳視覚野の反応である狭義のVEP,④図形・文字などの視覚的認知課題に対する反応である視覚性事象関連電位(visual event-related potentials,visual ERP)が挙げられる.このうち,臨床応用上の価値がほぼ確立されているものとしては,フラッシュ刺激やパターンリバーサル刺激によるERG・VEPが知られており,その検査法ガイドラインは米国脳波学会(1984年)と日本脳波筋電図学会(1985年,1997年)から出されている1)
 視覚誘発電位領域の進歩を考える時に忘れられない5つの重要なエポックがある.第1は1950年前後に平均加算法が導入され,背景活動脳波から微小な誘発電位信号を選択的に抽出する画期的な方法が誕生したことである.第2は1960年代になりパターンリバーサル刺激という新しい視覚刺激法が開発され,フラッシュ刺激によるVEPよりもはるかに安定したパターンVEPがこの領域のルネッサンスをもたらしたことである.第3は1980年代になり,Ganzfeld ERGとパターンERGが詳細に研究され,ERGが視覚誘発電位検査の重要なパートを占めるに至ったことである.第4は1990年代になり,事象関連電位研究の隆盛に並行して,図形や文字刺激によるvisual ERPが注目されたことである.第5は近年の機能的MRI,脳磁図,ポジトロンCT,双極子追跡法,脳トポグラフィーなどの新技術の参入により,視覚誘発電位の起源や分布に関して新しい知識が得られつつあることである.

3)聴性脳幹反応

著者: 関要次郎

ページ範囲:P.1392 - P.1398

はじめに
 聴性脳幹反応(auditory brainstem responses;以下ABR)は今から約20年前に臨床応用1)されて以来,誘発電位の中では最も評価の定まった検査法の1つとして,広くルーチンに実施されているものである.脳幹障害に対する再現性良好な,かつ鋭敏な指標となっているほか,乳幼児の聴覚障害のスクリーニングにも使われている.
 検査される神経路は,蝸牛・第8神経で始まり下部脳橋から両側の外側毛帯を上行し中脳に至る経路である.定型的なピークは,耳朶と前頭頭頂正中部(Cz)に置いた電極から記録される.各ピークは,これらの解剖学的神経路に対応すると考えられている.

4)運動関連脳電位とJerk-locked backward averaging法

著者: 北村純一

ページ範囲:P.1399 - P.1401

はじめに
 運動関連脳電位(movement-related cortical poten-tials;MRCP)とJerk-locked backward averaging(JLA)法は随意運動や不随意運動を呈する筋肉の筋放電をトリガーとし,逆行性に加算平均(backward averaging)を行うことにより,その筋放電に先行する脳電位を求める方法である.経頭蓋磁気刺激などの多くの神経生理検査が外的刺激を与えて引き起こされる刺激後の筋放電などの反応を解析する検査であるのに対して,MRCPとJLA法はトリガーより前の成分の解析をすることが最大の特徴である.

5)事象関連電位(ERP)

著者: 大澤美貴雄

ページ範囲:P.1402 - P.1407

はじめに
 事象関連電位(event-related potential;ERP)は,刺激の予期,注意,認知,識別,検索,意思決定,記憶などの認知過程に対応する大脳の活動を反映し,内因性電位とも称せられる1~4).誘発電位,すなわち外因性電位が外的刺激に対する直接的な反応で刺激の物理的特性に依存し,潜時が100msec以内と短いのに比し刺激の物理的特性には直接依存せず,刺激の種類にかかわらず頭皮上広く誘発され,その潜時が100msec以上と長い1~4).一般にERPを誘発させるには,それに対応するある特定の心理過程を引き出す目的で設定,操作される刺激―反応の組み合わせ,すなわち課題(paradigm)が用いられる3,4).ERP成分は,既述した種々の情報処理過程に対応する脳の連続的な電位変化として捉えられ,情報処理の時間的推移や各処理過程間の時系列に関する情報をリアルタイムで検討しうる利点を有する3,4)
 本稿ではERPのうち,P 300を主体に,早期陰性成分のN 2(N 2 b),mismatch negativity (MMN),NAについて各々の検査法を中心に概説する.

6)誘発電位のトポグラフィ

著者: 山崎敏正 ,   上條憲一

ページ範囲:P.1408 - P.1411

はじめに
 トポグラフィとは,頭皮上あるいは大脳皮質の表面,脳深部層レベルなどについて,多数の観測点から得られた脳電位分布,あるいは,そうした分布を二次元的に表示する方法を指す.トポグラフィの研究は1960年代後半にさかのぼり,国内では上野ら1)が異常脳波を検出するために"等価的電位"を導出し,その空間分布を等電位図として表現する方法を開発し,その臨床的有用性を示した.当社のTOPOGRAPHY―SYSTEM 500は,上野らによる2次元表示システムの研究を基に,秋田脳研と共同で開発された最大16チャネル脳波対応のデータ処理装置である2)
 近年,脳波の多チャネル計測が急速に浸透し,世界記録は124チャネルである3).また,脳磁界については122チャネルの計測結果が報告されている4).一方,近年のPCの高機能化によって大容量データの解析が可能になり,さまざまなユーザが手軽に脳波データの解析を行えるような状況にある.本稿では,大容量の脳波データの処理が可能なPC版Windows対応のトポグラフィ表示システムを紹介する.

7)誘発電位の術中モニタリング

著者: 谷口真

ページ範囲:P.1412 - P.1414

はじめに
 神経系の機能検査の多くは患者の協力がないと不可能である.このため脳神経系の手術で神経機能を安全に保つためには,局所麻酔下で患者の協力を得て神経機能を逐次チェックしながら手術を進めるのが最も確実であると言える.しかし全身管理の面からは,手術を全身麻酔下で行ったほうが患者にとってはるかに安全であり,ここでジレンマが生まれる.これを解決する1つの手段として誘発電位を用いた術中モニタリングが注目されるようになった.
 術中モニタリングには,大きく分けて以下の2種類がある.1つは,手術操作により特定の神経機能が障害される恐れがあるとき,その機能を反映する誘発電位を手術中に繰り返し測定して反応の存在を確認しつつ手術を進める方法で,もう1つは,誘発電位を利用して手術野で大脳の特定機能の局在や問題となる神経の位置・走行の確認を行い術者をガイドする方法である.

8)脳波―最近のトピックス

著者: 石山陽事

ページ範囲:P.1415 - P.1420

はじめに
 最近の脳神経生理検査のトピックスの多くは脳誘発電位を用いた認識,判断,記憶といった脳本来の機能を検査する方向を模索するものといっても過言ではない.このような背景の中で記録紙上の脳波波形から判読できる情報にも限界があり,脳誘発電位検査の普及の陰に隠れた感がある.しかし,コンピュータ技術の発達により脳波検査も新たな展開を迎えようとしている.MRIやX線CTおよびfMRI,PETなどの普及によりMEGより操作が容易でかつコストパフォーマンスに優れた脳波検査が再び注目されてきている.
 臨床的にはてんかんの診断やその治療,終夜睡眠記録と光治療などの普及がトピックスとして挙げられる.また脳波導出法の面からはcurrent source den-city法(またはsource derivation法;SD法),脳波分析技術の面からは各種のmapping技術,棘波などのdipole tracing技術などがある.

3.その他の臨床神経生理検査

1)磁気刺激法

著者: 町井克行 ,   宇川義一

ページ範囲:P.1421 - P.1424

はじめに
 1985年にBakerら1)により開発された磁気刺激法は痛みを伴わない非侵襲的な方法である.近年,磁気刺激装置は広く普及しつつあり,一般臨床の現場でも目にする機会が増えてきた.今回は,磁気刺激法の原理,方法,臨床への応用などについて述べる.

2)自律神経機能検査

著者: 国本雅也

ページ範囲:P.1425 - P.1427

検査施行上の注意
 一言で自律神経機能検査と言ってもその中には瞳孔,心循環器系,発汗,排尿機能などさまざまな機能と器官にまたがる検査法が含まれている.現在問題になっているのは各種の検査法がどれだけ自律神経そのものの活動を反映しているかという点である.昭和20年代から30年代にかけて盛んに用いられたエピネフリン(E)などの薬物静注試験は効果器の反応性をみるもので,ときには交感神経機能が低下しているがゆえに効果器の反応性が高まっており(脱神経性過敏),外因性のカテコラミンなどに過大な反応を示すことがある.そのため,評価判定がまったく正反対のものになってしまうことがあった.現在これらの薬物静注試験は用いられていないが,その後代わって登場したノルエピネフリン(NE)静注試験にも批判がある.それは自律神経系には多くの緩衝系が存在し,脱神経性過敏を示す場合にもその過大な反応を抑える系が作動してくることである.その顕著な例は圧反射系である.脱神経性過敏により外因性NEに対して過大な血圧上昇が起こり得る場合でも,それを圧受容体が感知して交感神経トーヌスを緩めれば圧上昇はさほどではなくなる.したがって,最終的な血圧変化は脱神経による血管過敏性のみによるのではなく,圧受容体の機能保持の程度も反映され,その解釈は単純には行えないことになる.こうしたことから自律神経機能検査はまた新たな再構築の時期を迎えていると言われる1).したがって,今回はその中でも比較的評価が定まっているものと最近のトピックを取り上げる.

3)神経耳科的検査

著者: 山下裕司 ,   高橋正紘

ページ範囲:P.1428 - P.1430

はじめに
 神経耳科的検査は,聴覚検査と平衡覚検査に分かれる.末梢感覚器の機能評価に加え,聴覚伝導路や中枢前庭路を調べることにより,中枢神経系の機能の評価や障害部位の診断にも応用できる.以下に,代表的な聴覚検査と平衡覚検査の方法および評価法を述べる.

ミニ情報

stimulation SFEMG

著者: 有村由美子 ,   有村公良

ページ範囲:P.1376 - P.1376

 single fiber EMG (SFEMG)は神経筋疾患の運動単位の機能,特に神経筋伝達機能をみるのに最も鋭敏な検査法で,重症筋無力症,Lambert-Eaton筋無力症候群の診断には有用な検査法として知られている.SFEMGは通常随意収縮下に行われるが,電気刺激下に行う方法がありstimulation SFEMGと呼ばれ,筋内神経を微小電極で電気刺激し,刺激からの潜時差の揺れ(ジッター)を測定する方法である(図1).本法の利点としては,①随意収縮の困難な症例や小児などにも用いられ,②刺激の頻度を変えることで前シナプス性か後シナプス性かの鑑別が可能であり,③筋力低下が強い症例でみられるいわゆるIDI依存性ジッターを除外できるなどがある.本法は比較的手技が容易で初心者にも実施可能であるが,注意点としては常に閾値上の刺激である確認が必要である1,2)
 神経筋接合部の障害に対しては異常ジッターの増加およびブロッキングの出現のみならず,重症筋無力症では低頻度の刺激でジッターの異常は最大となり,Lambert-Eaton症候群やボツリヌス中毒では刺激頻度の増加とともにジッターの改善がみられることから神経筋伝達異常の質的な診断が可能である3)

long-latency responses (LLR)

著者: 園田茂

ページ範囲:P.1407 - P.1407

 long-latency responses (LLR)は筋肉を他動的に伸張する,混合神経を刺激するなどにより誘発される.Leeら1)は肘を曲げておくよう命じておいて急に肘伸展負荷を加えた際に屈筋にみられる筋放電を30~50msecの潜時のM1反応,50~80 msecのM2反応,120~180msec程度のM3反応と分けている.このうち,M2,M3がLLRとされており,負荷に抵抗するなどの指示を受けていれば消失する.下肢では足関節への急な外乱による前脛骨筋,下腿三頭筋のLLRがしばしば研究されている.立位の下肢筋刺激では,伸張された筋ではなく,拮抗筋にLLRがみられることが特徴的である.
 long-latency responsesとlong-loop reflexという用語は混乱されやすい.前者は潜時の遅い反射を指し,後者は大脳皮質など脳幹以上を経由する反射という意味である.両者は必ずしも同一ではない.脳皮質病変や小脳の冷却試験,経頭蓋磁気刺激などでLLRが変化することなどLLRがlong-loopである根拠も多く提出されているが,除脳ネコでもLLR様の波形が得られるなど脊髄レベルの関与を示す結果もある2).誘発方法によりLLRの由来が変わるとの説もある.

脳磁図(MEG)

著者: 湯本真人

ページ範囲:P.1411 - P.1411

 脳磁図(magnetoencephalography;MEG)は脳神経細胞群の電気的活動により生ずる磁場変化を,頭部に高感度磁気センサを近接させることによって計測する検査法である.人体各組織や空気などの媒質は透磁率にあまり差がないことから,生じた磁場はほとんど歪まずにセンサに到達する.このあたりの事情から,人体組織の不均一な導電率分布によって大きく歪みを受ける脳波と比べて,脳磁図は活動源の三次元局在同定に有利であると考えられている.
 図1に現在最も進んだ脳磁場測定装置のセンサ部の一例を示す.全頭部をカバーするヘルメット型のセンサ部には,SQUID(Super-conducting QUantum Interference Device)磁束計と呼ばれる高感度磁気センサが148本収納され,図2に示すとおり,頭部全体の148個所から同時に脳磁場を測定することができる.これらのセンサは液体ヘリウムに満たされ,-270℃近辺まで冷却された超伝導状態で機能する.測定装置およびベッドは外来磁気ノイズの混入を避けるため,通常,磁気シールドルーム内に設置される.

微小神経電図(microneurogram)

著者: 長谷川修

ページ範囲:P.1414 - P.1414

 微小電極を直接神経東内に刺入し,単一または狭い範囲の神経活動電位を記録する方法である.間野によって日本に導入されて以来研究者の数も増加し,ニューログラム研究会も今年で10回を数える.この間,感覚神経および交感神経活動などに関するさまざまな研究に本法が用いられてきた.先端の直径が約1μm,インピーダンスが数MΩのタングステン微小電極が市販されており,一般の筋電計を用いて神経活動を記録することができる.
 当初は,大径感覚神経であるIa線維や皮膚神経東内の各種単一神経活動が記録され,その生理学的研究が盛んであった.皮膚機械受容単位の機能,受容野の面積の評価,痛み・しびれ・かゆみといった異常感覚に際しての末梢神経活動の評価,さらに筋紡錘求心性発射と筋トーヌス異常との関係などが,明らかにされてきた.逆に,微小電極の先端から数μAの微弱な電流によって単一神経線維を電気刺激し,その機能を調べる微小電気刺激も行われている.

神経伝導検査と皮膚温

著者: 廣瀬源二郎

ページ範囲:P.1431 - P.1431

 神経伝導速度(以下NCV)測定に関する注意点としては,刺激,導体(被検者)および反応波形の問題がある.この中で一番問題となるのは被検者因子であり,その中でも患者の年齢と皮膚温が測定値に最も関係する.NCVと皮膚温との関係は多くの研究により検討され,両者には直線的正の相関があることが証明されている.Henriksenは筋肉内温度1℃上昇につき2.4m/sec,Buchthalらは21~36℃の範囲では1℃につき2m/sec.の増加を報告しており,われわれの研究でも1℃につき正中神経2.00m/sec,尺骨神経1.98m/secの増加,下肢腓骨神経では1.37m/sec後脛骨神経1.57m/secの増加がみられることを確認している.皮膚温の日内変動では,体温の変動に伴い午後から夕方にかけ上昇し,2~2.5℃の変動がみられる.特に皮膚温は健常者でも四肢末梢でより低く,ニューロパチーではさらに低いため,正確なNCVの測定には温度補正が必要となる.簡便な方法としては室温を年間を通じて26~30℃と一定に保ち,皮膚温が低い(34℃以下)ときには赤外線ランプで暖めてから測定すべきである.

痛み関連脳電位

著者: 柿木隆介

ページ範囲:P.1432 - P.1432

 温痛覚障害を主症状とする患者を診断,治療する場合,その障害の程度を客観的,定量的に評価する必要がある.大脳誘発電位(痛み関連脳電位)記録はその有力な方法の1つである1,2).現在行われている方法としては,①痛みを感じるほどの強い電気刺激を与える,②CO2レーザー刺激を与える,の2つが挙げられる.これらは刺激の強度自体よりも,自覚的な柊痛程度の評価と高い相関を示すため,痛みに特異的な反応と考えられる.
 前者の方法は痛覚線維が小径線維であり閾値が高いことを利用したものである.この方法は検査が簡便であり,特殊な機器を必要としないため,臨床応用には最も適した方法と考えられる.ただし,この方法の問題点は,そのような強い刺激では大径有髄線維も同時に刺激されてしまうため,純粋な痛み関連脳電位とは言い難いことである.

Ⅳ.画像診断 1.超音波検査

1)小児の脳の超音波検査

著者: 市橋光

ページ範囲:P.1434 - P.1437

はじめに
 超音波検査の特徴として,簡便,非侵襲的,リアルタイム性が挙げられるが,これらは小児の検査として重要なことである.特に新生児・乳児では,検査のための移動や鎮静が児の不利益になることもしばしばあり,ベッドサイドで覚醒状態のまま行える超音波検査は,非常に有用である.
 乳児では大泉門が開いているので,そこから超音波ビームを投入することにより,鮮明な画像を得ることができる.新生児,特に未熟児では骨が薄いために,あらゆる部位からの投入が可能である.幼児期以降でも,側頭骨頬骨弓部にプローブを置くことにより,画像を得ることが可能である.

2)経頭蓋ドプラ法(TCD)

著者: 古平国泰

ページ範囲:P.1438 - P.1443

はじめに
 1982年Aaslidら1,2)が,経頭蓋骨的超音波ドプラ装置(transcranial Doppler:TCD)を開発,Willis動脈輪を中心とする頭蓋内動脈の血流を初めて経頭蓋骨的に計測可能であることを示した.これは骨による減衰の少ない低周波数の超音波2MHzを用い,高出力とし,さらにプローブの前面に超音波の散乱,減衰を防ぎ,ビーム狭小化のための特殊な集束レンズを備え,経頭蓋骨的計測を可能としている.
 その後,カラードプラ断層法による頭蓋内血流計測の試みが,1988年Furuhataら3)により最初に報告された.側頭骨には成人でもセクタ型プローブに適応する超音波の入射部位があることが証明され,血流の描出が可能となった(transcranial color flow imaging;TC-CFI).最近は経頭蓋専用のプローブ(2~3MHz)が市販されている.この手法では血管走行が視覚的に確認でき,超音波ビームの入射角度を補正できるため血流速度の絶対値が計測できる.ここではTCDとTC-CFIについて解説する.

3)頸部頸動脈超音波断層検査

著者: 半田伸夫 ,   杉谷義憲

ページ範囲:P.1444 - P.1450

はじめに
 頸部頸動脈病変はアテローマ血栓性脳梗塞の代表的病変で,血管原性塞栓症や,閉塞や高度狭窄から生じる低灌流梗塞の原因として臨床上きわめて重要な病変である1).臨床上問題となる50%以上の頸動脈狭窄の頻度は米国一般住民で5~8%,危険因子保有患者で12%,日本の脳血管障害患者の15%,欧米白人の脳血管障害患者の25%前後と言われている2).また日本においても都市部(吹田市)では実に住民の4.4%に50%以上の狭窄例が存在することが明らかとなっている3).血管病変の超音波法による評価には血流速度から診断する方法と,断層画像から直接診断する方法,さらにはカラードプラ法と断層画像の組み合わせから診断する方法などがある.まず検査手技や正常値,正常像を示し,次いで異常値の診断について解説する.

4)頸動脈超音波ドプラ法

著者: 石光敏行

ページ範囲:P.1451 - P.1455

はじめに
 頸動脈を対象とする超音波診断は,頸動脈狭窄に代表される病的異常の診断とその母体となる粥状動脈硬化症の評価を目的としてなされる.このため超音波診断法としては直接的に解剖学的異常を描出できる超音波断層法が主として用いられる.しかし,血管壁の構造的変化は必然的に,そこを流れる血流にも影響を及ぼすため,血流情報を記録できる超音波ドプラ法も検査手段の1つとして古くから行われてきた.本稿では,超音波ドプラの種類,頸動脈疾患評価における意義とそれぞれの病態に応じた検査所見,次いで今後の粥状動脈硬化研究における可能性につき論述する.

5)末梢神経の超音波検査

著者: 川井夫規子 ,   大林民典 ,   伊東紘一 ,   谷口信行

ページ範囲:P.1457 - P.1461

はじめに
 末梢神経の描出は,X線CTや特にMRIでは比較的よく報告がなされているが,超音波に関しては最初にChinnら1)によりschwannomaの報告がなされて以来,主に末梢神経腫瘍に関する報告が散見されるのみであった.しかし最近高周波探触子が用いられるようになって解像度が著しく向上し,正常神経の描出に関する論文もみられるようになり,神経損傷の局在,変化あるいは原因検索にも外科,整形外科領域で臨床応用されることが多くなってきている.

6)筋疾患の超音波検査

著者: 松浦亨

ページ範囲:P.1462 - P.1466

はじめに
 従来,神経筋疾患の診断および経過観察には,筋電図などの電気生理学的補助検査,クレアチニンキナーゼ(CK)・乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)・アルドラーゼなど筋由来酵素群の値,筋生検による臨床病理学的検索が日常的に用いられてきた.筋生検は筋組織を形態的に評価する唯一の方法であったが侵襲的であり,初期診断および経過観察の手段としては必ずしも最適ではなかった.しかしながらこの約10年間に飛躍的に発展した非侵襲的画像診断の手法は神経筋疾患の初期診断および経過観察手段としてもきわめて有効である.本稿ではこれら画像診断のうち,筋疾患の超音波検査についてその基礎的原理と実際例を交えながら概説する.

7)術中頭蓋内超音波検査

著者: 堤裕 ,   野口信

ページ範囲:P.1467 - P.1471

はじめに
 このタイトルは頭蓋内超音波検査となっているが,内容的には脳内に埋没した病変の脳表よりの検索,病変およびその周辺における血管などの解剖学的情報の取得など,検査というよりはむしろ脳内病変の摘出,あるいはそれに準じた操作を安全かつ順調に行うためのモニタリングという感覚と捉えていただきたい.脳表からの超音波像であっても,病変の性格を判断せんとするいわゆる組織診断という意味に関しては,現時点においてはまだ満足できる段階とは言えないからである.
 超音波反射法が開頭術中に用いられたのは決して最近のことではない.超音波の臨床応用が開発され始めた初期,つまり40年以上前に既に順天堂大学グループによって手がけられていた事実がある.しかし,Aモードの装置しかなかった時代であり,1次元の情報しか得られなかったこともあって,あまり顧みられず,普及するに至らなかったのである.その後十数年経て,いわゆるハンディーな探触手による高速スキャン装置が開発されたことにより,1980年にBモードによる開頭術中の応用1)が報告されることになった.この時点での利用価値は,脳表からは確認が困難な脳内病変に対する,"ここ掘れワンワン"的ガイダンス2,3),摘出途次における遺残病変の有無確認4),そして低侵襲での脳内病変生検にあった5).しかしBモードにドプラによる血流情報を重畳することが可能になった現在では,上記の利点に加えるに,血管の解剖学的情報が得られることによる手術の安全性の増加をも挙げることができるのである.

2.MRI検査・他

1)磁気共鳴画像(MRI)

著者: 中田力 ,   藤井幸彦 ,   岡本浩一郎

ページ範囲:P.1472 - P.1476

はじめに
 磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging;MRI)は脳神経の臨床において欠かすことのできない診断法である.立場を問わず,医学にかかわるすべての人間が正しい知識を持ち合わせている必要がある.しかしながら,極端に守備範囲の広い"磁気共鳴診断学"の多彩な技法とその臨床を1つの章にまとめ上げることは不可能である.本書の編集方針にも反する.そこで,この章では臨床検査としての要点を概説することにとどめ,"診断学"の教科書ではあまり触れられていない,"なぜこのような検査をするのか"の解説に重点を置く.議論も形態画像としてのMRIの範疇に収め,機能画像,脳循環画像,代謝画像など脳機能解析のための技法には触れないこととする.

2)functional MRI(fMRI)

著者: 成瀬昭二 ,   古谷誠一 ,   田中忠蔵

ページ範囲:P.1477 - P.1483

はじめに
 最近の磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging;MRI)の技術進歩によって,生体の代謝,循環,機能などの画像解析が可能となってきた.すなわち,①磁気共鳴スペクトロスコピー(MR spectroscopy;MRS)による内在性の代謝物質の解析と分布の画像化,②functional MRI(fMRI)による脳の活動部位の画像化,③拡散強調画像法(diffusion weighted imaging)による組織内の水分子の拡散の画像化,④脳灌流画像(perfusion imaging)による脳血管床(cerebral blood volume;CBV)や脳血流量(cerebral blood flow;CBF)の画像化,などである.
 なかでも,1991年に最初のヒトの局所脳機能画像が,MRI造影剤の投与による脳灌流画像法で実現されて1)注目を浴び,さらに現在の主流となっているヘモグロビン(Hb)の酸素化の違いを基とするfMRIが開発され2~4),その応用研究が急速に進んできた.fMRIは従来の脳機能画像法と比べて非侵襲的で,空間および時間分解能が高く,繰り返して脳の機能を画像化できる大きな特徴があるため,広く用いられるようになってきた訳である.

3)ポジトロンCT(PET)

著者: 百瀬敏光

ページ範囲:P.1484 - P.1490

はじめに
 ポジトロンCT(PET)とはポジトロン(陽電子)を放出して崩壊していく放射性同位元素(アイソトープ)を用いて標識(ラベル)された化合物を体内に投与して,組織で陽電子を放出して崩壊する際に発生する一対(2本)のガンマ線(511KeV)の発生部位と量を定量測定し,断層画像として得る方法である.

4) SPECT

著者: 棚田修二

ページ範囲:P.1491 - P.1495

はじめに
 神経系疾患における核医学による画像診断は,蓄積型脳血流シンチグラフィ製剤の登場に続いて,3検出器あるいは4検出器といった多検出器型測定装置の開発によって,単光子放出コンピュータ断層撮影法(single-photon emission computed tomography;SPECT)が広く行われるようになり,その役割は飛躍的に向上した.特に脳血管障害,てんかんや痴呆などの脳変性疾患,脳炎あるいは脳腫瘍など幅広い疾病に対して,局所の脳血流変化を3次元かつ空間分解能に優れた画像情報として提供できるようになったため,補助診断法として臨床現場でおおいに活用されている1,7,8)
 したがってここでは,まずSPECT装置について概説し,続いて現在臨床に広く使用されている脳血流SPECT製剤の特徴を比較しながら,その役割について記述する.

ミニ情報

カラードプラ法のパワーモード表示

著者: 大熊潔

ページ範囲:P.1443 - P.1443

 従来のカラードプラ法は速度モードとも呼ばれるように血流の方向と速度を表示する方法であるのに対し,パワーモードはドプラ信号のパワーを表示する方法であり,血流のあるところが表示される.従来のカラードプラ法では,検出感度がやや劣ることや折り返し現象があること,ビームと直交する方向の血流がとらえられないなどの欠点があったのに対し,パワーモードの最大の利点は検出感度が従来のカラードプラ法よりも数倍高く,細い血管や遅い血流の検出能が高く,ビームと直交する血流もほぼとらえることができることである.頸動脈の検査においては高度の狭窄と閉塞の鑑別が困難な場合があるがパワーモードを用いることにより容易に鑑別できる(図1).また,経頭蓋ドプラ法では従来の速度モードでは十分なカラー表示が得られにくかったがパワーモードでは良好なカラー表示が期待できる.さらに術中超音波検査でも3次元表示画像を含めたパワーモードの応用が期待されている.

脳血管での微小血栓の検出

著者: 谷口信行

ページ範囲:P.1483 - P.1483

 脳血流の微小血栓などをとらえる手法として最近注目されているのは,経頭蓋的ドプラ法(transcranical Doppler method)により経時的に中大脳動脈の血流信号を記録し,内部に通常の血流信号より強い信号(high intensity transient signals;HITS)を認めたものを,血栓による信号としてその頻度を検討するものである.実際の信号としては,ドプラ信号中の強い信号が特徴とされ,経時的観察で単位時間あたり何回認められるかで判断される.
 この手法は,1990年Spencerらにより報告されたもので1),頸動脈狭窄性病変では,その頻度が高いことが知られている.また心臓の人工弁(機械弁)術後の患者では,1時間に数百もの信号をとらえることがあり,脳塞栓の危険性との関連が指摘されている報告も見られる.他の疾患では,心房細動,僧帽弁疣贅,体外循環などで有用であることが報告されている2)

Ⅴ.神経病理 1.筋肉

1)筋生検の実際

著者: 村山繁雄

ページ範囲:P.1498 - P.1500

適応
 骨格筋の病理学的評価が,診断に貴重な情報を与える病態は数多く存在する.小児科領域では,運動発達障害を主訴とし,筋肉を病態の主座とするいわゆる筋肉病(myopathy;ミオパチー)が,適応疾患の中心となる.一方,神経内科領域では,自己免疫疾患に伴う炎症性筋疾患が,頻度的に高い.
 筋肉は再生能力に富む臓器であるため,手技さえ問題なければ新生児から超高齢者まで,筋生検に年齢制限はない.

2)筋疾患と染色

著者: 鹿島廣幸 ,   川井充

ページ範囲:P.1501 - P.1504

はじめに
 骨格筋の病理診断は凍結切片からほとんどの情報が得られる.組織化学や免疫組織化学染色が診断上重要な位置を占めるからである.ホルマリン固定パラフィン切片は進行した筋ジストロフィーなど脂肪組織が多いため凍結切片が得にくい場合,血管の変化,アミロイド沈着など間質の変化が重要な場合は診断に不可欠である.電子顕微鏡での検索が重要な場合もある.いずれにせよ,凍結ブロック作製を最優先すべきであるが,検体量に余裕がある限り初めからパラフィン切片用,電子顕微鏡用のブロックも作製し,あらゆる検索上の必要性に答えなければならない.また筋は方向性のある臓器であることを忘れてはならない.診断のためには筋線維の走行に垂直な切片が必要である.さもないと筋線維の大小不同など筋線維の径に関する情報が失われてしまうだけでなく,連続切片にさまざまな染色を行い,特定の筋線維に現れた所見を多角的に検討することができなくなる.通常,切片の厚さは10μmである.本稿では,われわれが日常的に実施している凍結標本の染色の意義について述べ,正常所見と代表的な病理像を解説する.具体的な染色法は文献2)を参照されたい.

3)ミトコンドリア病の組織化学

著者: 埜中征哉

ページ範囲:P.1505 - P.1508

はじめに
 ミトコンドリアは細胞内小器官で,細胞が生存するために必要なエネルギーを産生する.もしミトコンドリアに何らかの異常が起こると大量のエネルギーを必要とする骨格筋,中枢神経系に異常がみられるようになる.ミトコンドリア病はしばしばミトコンドリア脳筋症と呼ばれるのはそのためである.
 ミトコンドリア病の60~70%は3大病型と呼ばれる慢性進行性外眼筋麻痺症候群(chronic progressive external ophthalmoplegia;CPEO),MELAS (mito-chondrial myopathy,encephalopathy,lactic acidosis and stroke-like episodes),MERRF (myoclonus epi-lepsy associated with ragged-red fibers)で占められる(表1)1,2).それぞれ疾患特異的なミトコンドリアDNA変異が見いだされている2)

4)筋疾患と免疫染色

著者: 松原四郎

ページ範囲:P.1509 - P.1513

はじめに
 分子生物学の発達とともに,筋蛋白とその異常についての知識が深まり,その結果として,蛋白などを組織上で識別できる免疫組織化学検査が筋ジストロフィーをはじめ多くの病気の診断に欠かせないものになった.臨床診断に有用な生検筋の免疫組織検査の概要を表1にまとめた.
 本稿では生検筋について,通常の検査室で役立つ点を中心に,免疫組織化学的手法の実際について総論的に述べ,またジストロフィン検査などを例にして方法を具体的に述べる.

5)筋疾患の電子顕微鏡検査

著者: 若山吉弘

ページ範囲:P.1514 - P.1518

はじめに
 筋疾患の大部分のものは骨格筋線維の形態的な変化を伴う.形態的変化は光学顕微鏡(以下光顕)レベルで検出可能であり,したがってほとんどの筋疾患が光顕レベルで診断可能である.しかし,このうちのいくつかの疾患は電子顕微鏡(以下電顕)レベルまで検討することが診断に有用である.以前筆者は,光顕で変化に乏しい骨格筋細胞を電顕で観察し変化をとらえたが,意味があるかどうかという相談を受けたことがある.このような場合には人工産物などを見ていたりする場合が多いので,その解釈には細心の注意が必要である.電顕は微細な領域を超高倍率で観察できる点が長所でもあり,初心者にとっては短所ともなる.例えば,山に入り個々の木は見えてきても,山全体の輪郭はむしろとらえにくいようなものであろう.また固定の人工産物として筋小胞体やミトコンドリアの膨化拡大なども見られやすいので注意を要する.本稿では,電顕標本を作製するに当たり留意すべき点を概説し,電顕的観察が補助診断法として有用ないくつかの疾患(表1)について実際の所見を供覧したい.

2.末梢神経

1)末梢神経生検の実際

著者: 神田隆

ページ範囲:P.1519 - P.1521

末梢神経生検の適応
 末梢性ニューロパチーは神経内科領域では患者数・疾患の種類ともきわめて多く,診断・治療の両面で重要な位置を占めている.末梢神経生検はこの疾患群の病変の主座そのものを採取し,顕微鏡下に観察しうるという大きな利点を持った検査である.
 筆者は神経生検の適応を,基本的には, (1)末梢神経内にspecificな所見があり,その証明が診断的意義を有するもの

2)末梢神経の染色と計測

著者: 林理之

ページ範囲:P.1522 - P.1526

はじめに
 末梢神経生検は事実上は腓腹神経生検であるので,まず腓腹神経を対象として染色と計測の基本を解説する.剖検時に得られる末梢神経についても,基本は変わりがないので,対象となる神経の種類と特徴やその意義を概説する.

3)末梢神経病変の電顕

著者: 大西晃生

ページ範囲:P.1527 - P.1531

はじめに
 末梢神経の組織病理学的評価には,光学および電子顕微鏡学的検討が必要である1,2).しかし,症例によりまたその評価の目的に応じて,詳細な光学顕微鏡学的評価を行い,同様の症例について論文および成書に記載されている電子顕微鏡学的所見を参考にすれば,必ずしも電子顕微鏡学的検査を行わなくてもその評価の目的を十分達成することが可能である(例えば,亜急性発症の多発単神経炎が認められ,臨床所見から結節性多発動脈炎が強く疑われ,血管炎と神経線維の変性の証明を目的とする場合).しかし,臨床診断の確定と治療方針の決定・選択を目的として評価対象とする腓腹神経では,①直径5μm以下の小径有髄線維および直径2.5μm以下の無髄線維が多数存在し,光学顕微鏡レベルのみの評価の信頼性が低いこと,②Schwann細胞,周鞘上皮細胞などの細胞質内封入体の形態学的な同定には電子顕微鏡学的観察を前提とすること,③有髄・無髄線維軸索およびSchwann細胞細胞質の細胞小器官の同定は電子顕微鏡学的観察なしに不可能であること,④髄鞘の主周期線(major dense line;MDL)および主周期線間線(intraperiodlines;IPL)の同定・観察は電子顕微鏡学的観察なしに不可能であること,⑤基底膜構造を有するSchwann細胞と基底膜構造を有しない線維芽細胞,大食細胞および浸潤細胞との鑑別は光学顕微鏡レベルで困難なことから,腓腹神経の電子顕微鏡学的所見はその病態把握に不可欠である.

4)解きほぐし法

著者: 斉藤豊和

ページ範囲:P.1532 - P.1535

はじめに
 神経線維解きほぐし法は,生検神経を単一の神経に分離して,その形態を実体顕微鏡下に観察してその病態をみる方法である.実際には腓腹神経での検討が行われているが,剖検での神経線維への応用も可能であり,末梢神経障害の病態を検討するにはきわめて簡易でかつ重要な検査法であるが,必ずしも普遍化されているとは言い難い.
 本稿では解きほぐし法の仕方から臨床での有用性を中心に解説する.

5)直腸生検の実際と所見

著者: 池田修一

ページ範囲:P.1536 - P.1540

はじめに
 リピドーシスを代表とするneuronal storage diseaseの診断に際しては,神経細胞における異常蓄積物の存在を形態学的に証明する必要がある.この目的のため古くから外科的な直腸生検が行われ,固有筋層内にある腸筋神経叢(Auerbach's plexus)が観察されたが,本法は患者への侵襲が大きかった.これに対し筆者らは内視鏡下の直腸生検により粘膜下神経叢(Meissner's plexus)を取り出し,組織学的ならびに超微形態学的に神経節細胞を観察している.本法は容易に施行できるため,neuronal storage diseaseのスクリーニング法として役立っている.さらに筆者らは外来性および内在性の自律神経支配が豊富な直腸生検組織を用いて,自律神経障害の形態学的評価も行っている.そこで本稿では筆者らが行っている直腸生検の実際的手技とその有用性について解説する.

3.中枢神経

1)髄鞘染色と軸索染色

著者: 橋詰良夫 ,   吉田眞理 ,   甲谷憲治 ,   水野俊昭

ページ範囲:P.1541 - P.1544

はじめに
 中枢神経系の病理所見を正しく読み取り病理診断を行い,その病態を明らかにするためには,一般臓器の病理と異なるいくつかの特徴を認識する必要がある.その1つは病変の広がり,分布がそれぞれの疾患によりきわめて特異であることである.そのためには脳の解剖と機能を正しく理解することが重要で,脳幹部や基底核では標本作製部位がすこしずれることにより必要な部位を検索できないことになる.神経疾患による病変選択性を考えるとこの点を最も重視する必要がある.もう1つは中枢神経系を構成する神経細胞とグリア細胞の特徴がほかの臓器と異なることが多い点である.部位により神経細胞の形が異なり,その線維連絡も複雑である.そのほかに神経疾患によって出現してくる神経症候とその病変部位との関連を考慮することが神経病理を正しく理解するのに必要であるということである.髄鞘染色と軸索染色は日常的に行われる最も重要な染色方法であり,HE染色と合わせて標本を見ることにより,ほとんどの神経病理所見を正しくつかむことができるものである.

2)ガリアス・ブラーク法とメセナミン銀法

著者: 羽賀千恵 ,   池田研二

ページ範囲:P.1545 - P.1548

はじめに
 鍍銀法は神経病理検索には欠かせない染色法である.特に,神経変性疾患において産生される異常蛋白を鍍銀法で検出することは診断上重要であるばかりでなく,研究の手段としても有用である.Bodian染色などの従来からの鍍銀法で仕上げられた切片には,芸術的と言えるほどの美しさがあり,また,そこからは多くの情報が引き出されるが,近年になって,より特異性を追求した新しい鍍銀法が開発され,好んで使われるようになっている.ここに紹介するガリアス・ブラーク法(Gallyas-Braak method;G-B法)やメセナミン銀法(methenamine-silver method;M-S法)は,そのような目的に沿って開発された染色法であり,病理学上の新しい知見をもたらしている.これらの染色法は汎用され,一般化してきたが,まだ施設間で染色技術にばらつきがあるので,本稿ではちょっとしたコツを含めて染色法を詳しく記載する.また,これらの染色法が何を検出しているのかということについても理解しておく必要がある.

3)中枢神経系の電顕

著者: 柳下三郎

ページ範囲:P.1549 - P.1553

はじめに
 神経病理学に電子顕微鏡が導入されて約30年経過している.この間に電子顕微鏡本体や周辺機器にも改良が加えられ,電顕的観察が比較的容易となり,日常の病理診断や研究に広く応用されてきている.本稿では疾患の診断の立場から電子顕微鏡所見を解説する.神経疾患は非腫瘍性と腫瘍性病変に大別できるが,非腫瘍性病変のうち変性疾患では神経細胞が単純萎縮を示しsubcellularなレベルで特徴的な所見を示さないことが多いので,病理学的診断の立場からするとさほど有用性はない.非腫瘍性神経疾患の診断で電顕が有用である場合は,ひらたく言えば細胞内に異常な物質の形成・沈着が起こる場合である.以下に症例を提示し解説を試みる.誌面の関係で腫瘍性病変の電顕所見は割愛した.

4)ホルマリン固定・パラフィン包埋試料―蛋白抗原および核酸分析

著者: 池田和彦

ページ範囲:P.1554 - P.1556

はじめに
 中枢神経系疾患の臨床診断や研究にとって,免疫染色や核酸解析は重要な手技になっている.今日では,これらの検索のために,生検や剖検の際に凍結試料を確保しておくという習慣がある程度定着してきている.また,わが国でも"Brain Bank"構想が厚生省の後押しで進展しつつある.とは言っても,まだホルマリン固定・パラフィン包埋の試料を利用するしかない場合が多い.ホルマリン固定は蛋白や核酸の変性,変質を引き起こす.このため,それらの試料は免疫染色や核酸解析には不適であり,検索はそこで頓挫せざるをえなかった.膨大な量のホルマリン固定・パラフィン包埋試料を,なんとか免疫染色や核酸分析に活用することはできないものだろうか.
 これについてはここ数年,大きな進展がみられている.前者について言えば,ホルマリン固定でマスクされた抗原性の回復法が開発された.後者についていえば,ホルマリン固定・パラフィン包埋試料から抽出した核酸を活用しうることが示されてきている.

ミニ情報

神経疾患とin situ hybridization

著者: 西山和利

ページ範囲:P.1500 - P.1500

 in situ hybridization法(ISH)は組織切片上でmRNAを検出する組織学的手法である.昨今の分子生物学的手法の進歩は従来のDNAオリゴプローブによる方法にかわってRNAプローブによるISHを容易なものとし,mRNAの検出感度が飛躍的に進歩した.筆者らは各種神経変性疾患の剖検組織を用い,疾患関連遺伝子のmRNAをISHで検討している.誌面の関係上,方法論の詳細は拙報〔文献1~4〕に譲るが,RNAプローブを35Sなどの放射性物質でラベルしたものを用いることにより,従来は困難であったような微量のmRNAを組織切片上で検出し,その遺伝子の発現パターンを調べることが可能になっている.
 組織上でのある分子の分布を調べる方法としては免疫染色が従来頻用されているが,ISHの利点としてはある遺伝子が発見された後にその分子に対する特異的抗体がなくとも発現部位を詳細に調べ得る点が最大である.mRNAの検出法としては従来のノーザンプロットと異なり,ISHでは個々の細胞レベルでのmRNA発現を検討できる点も長所である.さらに筆者らの報告のようにISHで得られた画像をコンピューター解析することにより,細胞ごとの相対的なmRNA量を半定量的に比較検討することも今日では可能となった3).またISHはある分子が蛋白に翻訳される前の段階であるmRNAの増減を示すため,核酸レベルでの遺伝子の発現の変化を検索しうる.このようにISHは免疫染色に比較しても種々の利点を有しており,かつ昨今は感度の高い方法論も確立したので,今後は免疫染色とともにますます神経病理学的検討に汎用されるものと期待されている.

神経疾患とTUNEL法

著者: 山崎峰雄

ページ範囲:P.1504 - P.1504

 細胞死にはネクローシスとアポトーシスの大きく分けて2種類が存在する.アポトーシスでは末期まで膜構造が保たれ,ミトコンドリアの微細構造には大きな変化がみられず,核および細胞質が断片化する像,すなわち,アポトーシス小体が観察される.このアポトーシスは形態学的に定義されたものであるが,電気泳動でDNA ladderを認めるなどの生化学的特徴も有している.
 アポトーシスはDNAと密接な関係を持つ細胞死であり,壊死とは異なり緩徐に進行することから神経変性疾患,例えばアルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症などの発症メカニズムにも深く関与する可能性が考えられている.

Ⅵ.神経心理

1.半側空間無視および高次視覚機能検査

著者: 久保浩一 ,   入野誠郎

ページ範囲:P.1558 - P.1561

はじめに
 神経心理学的症状は,ときには大脳の局所損傷に伴う唯一の症状になりうる.そのため,その症状や症状をとらえるための検査法のポイント,きらに症状に対応する病巣部位についての知識を持っていることが大切である.ここでは,そのような神経心理学的症状,特に半側空間無視および視覚関連の失認について,検査方法を中心に述べる.

2.失語症の検査

著者: 大槻美佳 ,   相馬芳明

ページ範囲:P.1562 - P.1569

はじめに
 失語症の症状を的確に評価することは,病巣の局在診断に有用であるばかりではなく,病勢の推移や再発の兆候を鋭敏にとらえるという意味でも重要である.さらに患者の言語能力のうち,何に障害があるのかを明確にすることは,患者との間にどのようなコミュニケーション手段が可能であるのかを見いだし,リハビリを進めてゆくうえでも不可欠である.さらに病型から推測される機能予後の情報は患者および家族の個人的,社会的活動にとっても重要である.
 近年の画像診断の普及とその進歩によって,失語症状とその責任病巣の対応に関する研究が進み,現在,臨床場面で役立つ情報がかなり蓄積されてきている1).このような新しい情報に基づく実践的な研究は,失語症の評価方法にも影響を与えてきた.本稿では,失語症とそれに関連した言語症状の基本的な考え方を踏まえ,臨床場面で実践的に役に立つ評価の要点を概説する.

3.高次の聴覚機能検査

著者: 進藤美津子

ページ範囲:P.1570 - P.1573

はじめに
 中枢の聴覚神経系は,人間では言語音,環境音,音楽などによる情報を知覚・認知し,理解するという高次の機能を司っている.中枢聴覚機構(図1)1)は,蝸牛神経→脳幹の中継核→下丘→内側膝状体→聴放線→聴皮質からなっている.このような中枢の聴覚機構の障害を検出するための高次の聴覚機能検査について,自験例を踏まえて述べる.

4.失行および運動無視の検査

著者: 板東充秋

ページ範囲:P.1574 - P.1578

失行(Liepmann1)を中心に)
 1.定義
 1)概念
 ①他の運動障害(麻痺,失調など)や,②了解障害(失語)や認知障害(失認)がないか,それでは十分に説明できずに,また,③課題の意図の理解障害(痴呆)も意欲の障害がないのに,
 (a)指示された運動を誤って行うか,(b)渡された物品を誤って用いる場合,失行があるという.単に運動を行わない場合は,失行か麻痺か鑑別できない.

5.記憶の検査・知能検査

著者: 武田克彦 ,   御園生香

ページ範囲:P.1579 - P.1583

記憶の検査法
 1.はじめに
 記憶の検査は記憶障害の有無やその程度を診断するのに用いる.ここではまず記憶障害について説明し,代表的な記憶の検査法について解説する.他の記憶検査および以下に紹介する検査についてさらに詳しく知りたい方はLezakの本を参照されたい1)

ミニ情報

ウイスコンシン・カード分類検査(慶應版)

著者: 鹿島晴雄 ,   加藤元一郎

ページ範囲:P.1584 - P.1588

1.はじめに
 前頭葉は"前頭葉の謎","前頭葉の逆説"などと言われてきたように,神経心理学においてなお最も不明の点の多い領域である.当然ながらその検査法も確立しているとは言いがたい.本稿では従来より前頭葉機能検査法とされてきたもののうち,妥当性と有用性が確認され,臨床的に最もよく用いられている,ウイスコンシン・カード分類検査について述べる.

認知神経心理学的手法

著者: 溝渕淳

ページ範囲:P.1589 - P.1590

 認知神経心理学では,症例が呈する"特徴的な障害パタン"から,健常な高次機能を説明する情報処理モデルの妥当性が検討される.そこで,神経心理検査における認知神経心理学的手法とは,個々の症例の"特徴的な障害パタン"を抽出することができるような検査手法ということになる.
 認知神経心理学の全体的な方法論を図1に示す.これに従って主要な概念を略説しつつ認知神経心理学的手法の要点を述べる.

相貌失認の検査

著者: 御園生香 ,   武田克彦

ページ範囲:P.1591 - P.1591

 視力などには問題がないのに,また意識や知能に問題がないにもかかわらず,見た対象を同定,認識できない障害を視覚失認と言う.視覚失認は認識できない対象によっていくつかに分類されている.認識できない対象が顔の場合を相貌失認と言う.すなわち,相貌失認とはよく知った家族や友人の顔を見ても誰だかわからなくなってしまう症状である.患者は家族の顔のみならず,何度も見ているはずの医師や看護婦の顔も区別できない.鏡に映った自分の顔すらわからないこともある.しかし,声を聞くとすぐに誰だかわかる.この症状は両側の側頭―後頭葉病変によって出現することが多いが,右半球後半部の病巣だけでも生じると言われている.
 相貌失認の検査法には相貌失認と診断するための検査と相貌失認のタイプを分けるための検査とがある.まず相貌失認と診断するための検査法であるが,家族や友人,医師,看護婦らの写真を見せてそれが誰だか言わせる.そのためには家族などの協力が必要となる.ここで大切なことは,服装や髪型など,顔以外の手がかりで誰であるか推定できてしまうことがあるので,そういった要素は除いて顔だけの写真で調べることである.この写真での同定ができず,声を聞いたりすればたちどころに誰だかわかれば相貌失認と診断できる.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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