生きがいを求めて
著者:
寺田秀夫
ページ範囲:P.560 - P.560
6年前某医の依頼で80歳の老紳士を診察することになった.この患者さんは某大学病院に1週間入院精査の結果,異常蛋白血症と血小板減少を指摘され,直ちに治療を勧められた.しかし,自覚症状もないため,治療を拒否して退院後,私の外来を訪れたのである.必要最小限の検査から,良性単クローン性マクログロブリン血症と診断した.初診時IgMは1,650,IgG 883,IgA 75 mg/dlで,EDTAによる偽性血小板減少(血小板107,000/μl)を伴っていた.今日まで無治療で経過を観察してきたが,85歳の現在なおまったく元気でおられる.いつも温和で気品のあるこの方と通院のたびに楽しく話し合っているうちに,この老紳士が東京美術学校卒業後,イタリアに留学し今日まで数多くの優れた作品を描いてこられた有名な画家であり,現在も毎日絵筆を離さず制作を続けていることがわかった.そして自分は絵を描くことが生き甲斐であると話された.丁度そのころのある日曜日に,都内の美術館でグランマ・モーデス(1860~1961)の絵を観賞する機会があった.会場一杯に展示された数多くの絵に驚歎し,すっかり魅了されてしまった.どの絵を見ても彼女の絵には,故郷に近いニューイングランドの自然と生活が,美しい色彩で至るところに満ち溢れている.何の飾りも誇張もなく,素朴な可愛いい彼女の作品を見れば,誰でもやさしい気持になれるのではなかろうか!?
1960年ニューヨーク州グリニッチの農家の10人の3番目の子供として生まれ,質素な平凡な生活を送ってきた彼女は,70歳から絵を描きはじめ,101歳の誕生日まで約1,600点の作品を描き,この間1949年トルーマン大統領から"女性のためのナショナル・プレスクラブ賞"を受けている.しかし有名になっても彼女の生活は変わらず,95歳になっても朝6時に起きて,コーヒーを入れ,綿のドレスに着替えて自分の部屋でエプロンをつけ,制作に取りかかっていたという.101歳の7月身体の衰弱から入院し,医者から絵筆を持つことを止められてから数か月後に亡くなった.絵を描くことに没頭することが大きなエネルギーとなり,彼女は100歳を超えるまで天寿を全うできたのである.