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雑誌目次

論文

臨床検査42巻6号

1998年06月発行

雑誌目次

今月の主題 臨床検査情報処理の将来 巻頭言

情報処理システムの進歩に歩調を合わせた検査室

著者: 高橋伯夫

ページ範囲:P.615 - P.616

 医療の分野の中で検査室へのコンピュータの導入は,医事会計,給与計算などの経理業務を除いた部署の中では最も早くになされ,現在では数世代にわたってハード,ソフトともに更新(バージョンアップ)したことにより飛躍的な進化を遂げつつある.当初,経理と同様に数値(デジタルデータ)を多用する検査業務はデータ処理をしやすい点で必然的にコンピュータと結びついたものである.さらに,コンピュータは画像,人工知能(artificial intelligence;AI),ネットワークシステムなどの情報処理システムとして幅広い分野にも進出して,多様な用途に活路を拓きつつある.また,比較的大規模な医療機関では院内の情報システムが整備・統合され,いわゆるオーダーリングシステムが定着してきた.検査室はこの院内情報システムの中で,従来からの単なる数値情報の受け渡しだけでなく,画像や波形情報の提供,検査情報に関する幅広い診療支援を行うことが比較的簡単に可能となってきた.現状では,デジタル化された画像情報はあまりにも膨大になるために,検査システムとして検体検査と同様にオーダーリングシステムに組み込むことは多少困難であるが,最近の画像データ圧縮技術および通信方法の進歩,容量の大きな記憶媒体の開発で実用のめどがたってきた.特に,これからは長期データベースサーバーを最大限活用して,これらの豊富なデータベースを単に蓄積するだけでなく臨床医が容易に活用できる環境を提供することが求められる.ファジー,ニューロ,カオスなどの理論を実践するエキスパートシステムを積極的に取り込んだ診断支援プログラムの活用も実用段階に入りつつあることから,このシステムを検査システムに組み込む試みも開始しなければならない.
 次に,ネットワークシステムが非常に急速に普及しつつあり,なかでも手軽な手段としてインターネットを臨床検査情報の交換に利用する動きがある.医療の形態が変化しつつあり,政策的に病診連携を積極的に薦める動きが加速している中で,基幹病院の医師と地区の医師会員がインターネットをとおして検査情報を交換するシステムがすでに軌道に乗っている地域もある.しかし,このような医療情報のオープン化はセキュリティの面では無防備となる可能性が高い.現在でもエイズなどの感染症で問題となっているが,患者情報の守秘は,今後ますます重要な問題となるであろう.利便性と個人情報の秘匿とは相容れないのが実情で,永遠の課題である.また,社会の国際化は飛躍的に日常化しており,検査情報についても,今後は国際間で情報ハイウェイに乗ってのやり取りも視野に入れる必要性がある.臨床検査標準化プログラムと歩調を合わせて,臨床検査情報システムの国際標準化プログラムが"数多く"実行に移されつつある.すなわち,コンピュータシステムや通信手段を問わずしてデータを互換するしくみの構築である.ただし,この"数多く"に問題があり,1つの統一されたシステムが実現するには多少の時間がかかるものと思われるが,これらが淘汰されて国際標準臨床検査システムが完成するのは時間の問題である.そのようにして検査情報の互換性が達成されれば,患者にとっては医療の質の向上と経済的負担の軽減,検体採取の回数の減少によるQOLの改善などの望ましい環境が実現できるであろう.すなわち,患者は一定のフォーマットに収納した検査データを何らかの記憶媒体に記録して,国内はもとより世界中で持ち歩くことが可能となる.これが広く活用されるようなことが現実になると考えるだけでも興奮を覚える.

将来への展望

情報処理システムの将来展望

著者: 山本隆一

ページ範囲:P.617 - P.621

 医療情報システムは事務処理の合理化を目的に導入が始まり,進歩を続け,その目的は医療行為の支援へと変化しつっある.一般的な情報処理システムはデジタル化,コンピュータ,ネットワークの3つの要素から構成されている.それらは急速に進化し,大量のデータを高速に扱うことが可能になりつつある.これらの要素を概観し,また,医療に独特な要素としていろいろな意味での標準化の問題を取り上げ,医療情報処理システムの将来展望を試みた.

臨床検査情報システム―過去の評価と今後への期待

著者: 岡田正彦 ,   中村明 ,   松戸隆之

ページ範囲:P.622 - P.626

 過去に行われた情報システム構築の努力を分析し,評価を試みるとともに,今後への期待について考察する.システムの評価には,経済上のメリット,作業の効率化,そして医療の質的向上の3つの視点がある.これらを念頭に置いて過去を振り返ると,情報システムに関しては必ずしも期待どおりにいかなかった試みもあった.臨床検査情報システムは変革のときを迎えており,付加価値と広域化が今後の課題であると考えられる. 

医師会の情報システム化

著者: 上原聰

ページ範囲:P.627 - P.633

 兵庫県加古川地域では,1988年より医師会・行政・保健センターが一体となって地域医療の情報化に取り組んできた.
 本稿では,加古川地域保健医療情報システム,臨床検査データの標準化の経過と現状について紹介する.

次世代のLISとは―企業が考えるこれからの臨床検査システム

著者: 松崎駿二

ページ範囲:P.635 - P.640

 ラボラトリーインフォメーションシステム(LIS)はすでにパッケージシステム主流の時代となっているものの,いまだユーザー個別のカスタマイズに多額の経費を要する.したがって,カスタマイズ負荷の少ないシステム開発を目指すべきである.また,LISの処理内容も,次世代のものとして,エキスパートシステム(Expert System)や画像処理の実現を目指すべきであるし,CollaborationやOn-Lined Work-flowなどの最新OA環境の導入も期待できるものがある.しかし,近年のパソコンフィーバーに浮かされた状況から一歩下がりLISの本質を捉えていかないと,外見だけの次世代LISを生んでしまうことが懸念される.

診療支援のための検査情報処理

感染症診療支援システムの構築

著者: 平泻洋一

ページ範囲:P.641 - P.646

 感染症診療支援のためには,感染症の存在診断および原因微生物の同定,抗微生物薬による治療およびその効果の判定などに関するさまざまな情報を系統的に提供する必要がある.オンラインによる情報の伝達が普及しつつあるが,一方的な報告になりがちな点に注意が必要である.各診療科や病院全体の分離菌情報,有効薬剤情報や耐性菌情報,国内外の感染症・薬剤耐性菌情報も有用な情報である.患者情報のセキュリティーや外部からの情報の正当性の評価も重要な問題である.

通信ネットワークを用いた遠隔病理診断―超高精細画像(SHD)システムを用いて

著者: 武市光司 ,   秦順一

ページ範囲:P.647 - P.650

 通信ネットワークのめざましい発達は,新しい医療の方法論を生みつつある.それが遠隔医療である.遠隔医療の導入はますます分業化される傾向にある現代の医療の中で,グループ医療の再編成を生む新たな手段としても期待されている.その具体的な方法の1つが遠隔病理診断である.病理形態診断では,当然のことながら,画像に対しての要求度は高く,双方向かつ即時性を持った情報の提供が要求される.われわれはこれらの点を重視し,世界で初めて遠隔操作可能なシステムを開発した.

外部委託検査の情報処理システムの構築例

著者: 片岡浩巳 ,   上田正 ,   佐々木匡秀 ,   西田政明

ページ範囲:P.651 - P.656

 臨床検査室外部委託検査部門の業務は,大量な検体数を取り扱うため膨大な事務処理が必須である.したがって,この部門にもコンピュータを利用した情報システム化が必要である.しかし,外部委託検査を複数の会社と契約をしている場合には,それぞれの外部委託会社の通信手順に合わせたシステム設計が必要であるため,情報システムの導入は非常に困難であるのが現状である.
 われわれの検査室では,これらの問題を解決するため,電子メールホストシステムを応用した外部委託検査情報処理システムを考案した.このシステムは複数の外部委託会社とオンラインで接続しているが,事務処理の軽減と検査結果の迅速報告が可能となった.また,経済性や情報の機密性に対しても優れたシステムである.したがって,本稿では,このシステムの特徴と内容を紹介したい.

緊急検査

著者: 富田光春 ,   藍田仁史

ページ範囲:P.657 - P.661

 緊急検査のシステムを構築の際,考慮すべき重要な点は,検体受付時の受付方法,検体処理における作業効率・簡易性,安全かつ迅速な結果報告が挙げられ,これらのことを基本に緊急検査システムを構築する必要がある.当院の緊急検査システム(宿日直検査を含む)は,2台のパソコンでクライアント・サーバー形式をとり,並列作業を可能にすることで上記の大部分が改善された.また,受付画面のレイアウトの工夫,測定の進行状況をオンラインモニター画面で確認し,結果入力や確認時の安全性などを考慮したシステムの構築を行った.

待ち時間内検査(診療前検査)

著者: 近藤光 ,   菅野剛史

ページ範囲:P.662 - P.666

 待ち時間内検査(診療前検査)とは,患者が診察を受けるまでの待ち時間の間に採血し,診察時に医師が検査結果を見ながら診療を行う.これにより,即座に治療方針が決定でき,医療の質を向上させることとなる.これを実現させるには,自動分析装置がリアルタイム分析に対応していることが必須条件である.また,必須条件ではないが,リアルタイム情報処理に適した検査情報システムを有していることと,それが病院情報システムと連携していることが必要である.

話題

電子カルテシステムの新時代における臨床検査システム

著者: 蟻川典佳 ,   峯島英光

ページ範囲:P.667 - P.669

1.はじめに
 コンピュータを活用した検査部門の情報システムの歴史は25年以上に及ぶ(表1).第1世代は,単なる転記作業の軽減から始まった.第2世代は,システム化分野の拡大を推進した.第3世代は,オーダリングシステムを核とした病院情報システムへの対応を推進した.第4世代は,搬送装置などを導入して検査業務の合理化を図った.われわれは,コンピュータ,分析装置などハードウェアの能力アップやソフトウェア技術の進歩に支えられ,検査業務の効率化や患者サービスの向上を支援してきた.そして今,先進的病院では,病院情報システムの究極といわれる電子カルテシステムの導入検討が始められ,臨床検査システムも環境の整備を迫られている.本稿では,これから臨床検査システムに携わるかたを対象に,電子カルテシステム時代における臨床検査システムの技術情報について述べる.

マルチメデイア指向総合医療システム

著者: 柴田定康

ページ範囲:P.670 - P.673

1.マルチメディアの定義
 マルチ(multi)は"多数の",メディア(media)は"媒介物","媒体","手段"(medium)の複数形である.マルチメディアはコンピュータ,通信,放送,家電,出版,娯楽,広告,教育,流通,金融,そして医療,そのほか多くの分野で話題となっている.マルチメディアの要件は,①複数の情報を扱う,②複数の媒体を使う,③デジタル情報を扱う,④相互的・対話的(インタラクティブ)である,などである.このうち,どれが欠けてもマルチメディアシステムとは言えないとの主張もあり,2~3の要件を満たしていればマルチメディア指向システムと言えるとの主張もある1)
 メディアは伝送メディア(オンラインメディア)と保存メディア(パッケージメディア)に大別できる.伝送メディアには,電話,ISDN(Integrated Services Digital Network)などのデジタル通信網,テレビ放送,有線テレビ,双方向衛星通信などがあり,ハイビジョンテレビ,テレビ電話,テレビ会議システムなどが実用段階にある.

インターネットを用いた臨床検査情報

著者: 西堀眞弘

ページ範囲:P.675 - P.678

1.インターネットとは何か
 インターネットといっても2年ほど前はまだ一部で騒がれているだけだったが,今や急速な勢いで浸透し,社会的ブームになったと言っても過言ではない.改めて"インターネットとは何か"を説明することは容易ではないが,放送局や受像機のしくみを知らなくてもテレビは見られるように,利用に当たっては必ずしも技術的な内容をすべて把握する必要はなく,少なくとも次のようなことを理解しておけばよい.
 (1)手紙,電話,テレビ,ラジオ,パソコン通信など,別々に行っていたあらゆる情報伝達・情報交換を一元的にかつ革命的低コストで実現する世界規模のコンピュータネットワークである.

人工知能の活用

著者: 中野一司 ,   丸山征郎

ページ範囲:P.680 - P.684

1.はじめに
 人工知能(artificial intelligence;AI)という言葉は,1956年のダートマス会議でマッカーシーらにより初めて提唱された.そして,1970年代になり,米国スタンフォード大学で感染症の診断支援システムMYCINが開発された.MYCINのように,専門家(エキスパート:MYCINの場合,医師)が行う知的な仕事を人工知能で代用しようとするシステムを,エキスパートシステムと呼んでいる.
 MYCINの登場以来,人工知能やエキスパートシステムは一世を風靡したが,実用化には至らなかった.その理由として,それまでの人工知能やエキスパートシステムの開発の歴史があまりにも研究的側面に偏りすぎていた点が挙げられる.すなわち,人工知能とは"人間の知的な機能を機械(コンピュータ)上に実現すること"と定義されるが,この目標達成のために精力的な研究が行われてきた.また,実用性の面ではコストパフォーマンス的に大きな問題があった.

今月の表紙 血液・リンパ系疾患の細胞形態シリーズ・6

急性骨髄性白血病(AML-M5)

著者: 栗山一孝 ,   朝長万左男

ページ範囲:P.610 - P.611

 急性単球性白血病は,FAB分類ではAML-M5に分類され,"骨髄中全有核細胞の80%以上が単球系細胞(単芽球,前単球,単球)からなる病型"と定義されている.単芽球が80%以上を占める未分化型(M5a)と単芽球が80%に満たず成熟単球が主体の分化型(M5b)に分けられる.
 AML-M5aに認められる単芽球の形態学的特徴(図1)は,類円形で原形質がやや広いことが多く,一部の芽球には片方から核に軽度の切れ込みを有したり,核に陥凹が形成され,この部分に大きな核小体を認めることがある.しかし,他血球系の芽球とまったく区別がつかないことも多い.単球系細胞は基本的に非特異的エステラーゼ(esterase butyrate;Es-bなど)が陽性なので,これが陽性であれば単芽球であると確定できる(図2)が,陰性のことも多く,この場合は最も確定診断が難しい急性白血病の1つとなる.免疫学的に,比較的単球系に特異性の高いCD14,CD15などが発現しているとM5aの可能性は高くなるが,確診には至らない.

コーヒーブレイク

背信

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.633 - P.633

 今年正月に帝国劇場でやっていた与謝野晶子を主人公にした晶子曼陀羅を観に行った.日露戦争に出征する弟に"君死に給うこと勿れ"と大胆な反戦歌を歌ったのは有名だが,私たちが酒を飲むと唱う"妻をめとらば才長けて"を作った夫鉄幹にも興味あった.なぜか本欄にいつか書いた(第38巻9号,1994年9月)晶子の愛弟子石上露子の"身のはてを知らず思はず,今日もまた人の心の薄氷(うすらひ)を踏む"の歌が深く連想された.
 まったく,人の心ほどあてにならないものはない.有名な史実に,イエスを裏切ったユダがおり,最後の晩餐でイエスはユダの心を見抜いて「其為す所を速かに為せ」と呟いたという.また,最愛の弟子の1人,ペトロも磐(ペトロ)と名付けられたほどなのに,鶏の鳴く前にイエスを裏切る場面が聖書の"ペトロの否認"に残されている.イエスは彼らを許したというが,人の心のうすらひは何と悲しいものであろうか.

シリーズ最新医学講座―遺伝子診断 Technology編

改良ストレッチPCR法によるテロメレースの非RI定量解析

著者: 黒板敏弘 ,   石川冬木

ページ範囲:P.685 - P.688

はじめに
 近年,癌化した細胞のテロメレース活性が有意に高値を示すことから,癌関連分野においてテロメレースの研究が盛んに行われるようになった.テロメレースは染色体末端に存在するテロメア配列に6塩基の繰り返しの配列(ヒトの場合:TTAGGG)を順次付加する活性を有する酵素である.テロメレース活性の測定は,テロメア配列もしくはそれに類似の配列を有するオリゴヌクレオチドプライマーにテロメレースを作用させ,付加伸長された繰り返し配列をPCR増幅し,増幅プロダクトの有無により活性の有無および強弱を判定する方法が用いられている.
 改良ストレッチPCR法は,われわれが開発したストレッチPCR法をより簡便に行えるように改良したものである.

Application編

コリンエステラーゼ欠損症

著者: 渡邊直樹 ,   浅沼康一

ページ範囲:P.689 - P.692

はじめに
 コリンエステラーゼ(butyrylcholinesterase;ChE,EC3.1.1.8)は,分子量約9万の単量体4個からなる糖蛋白で,コリンエステルをコリンと有機酸に加水分解する.肝臓で産生後,糖鎖結合および重合を受け血中に分泌されるため,血清ChE活性は肝臓の代謝機能を反映する.したがって,肝細胞機能が低下する急性肝炎,劇症肝炎,肝硬変,原発性および転移性肝癌で著明な活性低下がみられる.また,肝疾患以外では,有機リン中毒あるいはChE遺伝子の異常により,活性低下ないし無ChE血症となる.
 血清ChE活性の測定が臨床上,特に重要な意味を持つのは,本酵素がsuxamethoniumなどの筋弛緩剤を加水分解する作用を有するためである.すなわち,低ないし無ChE血症では,これらの筋弛緩剤投与後に数分~数十分間,あるいは遷延性の無呼吸状態に陥る危険性が高く,あらかじめ異常のないことを確認しておく必要がある1)

トピックス

精神疾患との関連性がみられるボルナ病ウイルス

著者: 高橋宏和 ,   林宏恵 ,   渡辺真紀子 ,   生田和良

ページ範囲:P.694 - P.695

1.はじめに
 18世紀後半から,ドイツでウマに脳炎を起こす病気が知られていた.その後,ライプチヒの南の小さな町,ボルナでこの病気が流行し,この名前をとってこの病気は"ボルナ病"と名付けられた.
 ボルナ病の原因ウイルスとして.ボルナ病ウイルス(BDV)がウマ脳から分離された.これを用いて,ヒツジ,ウシ,ネコ,ダチョウ,ロバ,ラバ,ラマなどにも自然感染していること,しかし多くは不顕性に感染していることが明らかになった.一方,1985年,ドイツのRottら1)により,精神疾患患者の血液や脊髄液中にBDVに対する抗体が存在することが報告され,ヒト内因性精神疾患との関連性について注目されるようになった.

キャプサイシン―体温調節への二面性

著者: 大坂寿雅

ページ範囲:P.695 - P.697

 体内で栄養素が燃焼すると熱を発生する(熱産生).一方,体表からは熱が失われていく(熱放散).一般に,この両者は協調的に調節されて体温が保たれている.例えば,寒い環境下では,皮膚の血流を減らすことで皮膚温を下げて熱放散を減少させる一方で,震えなどによって熱産生を増やす.すなわち,体温を下げる反応である熱放散が抑制され,体温を上げる反応である熱産生が促進することで体温を保つ.逆に,暑い環境下では,運動などの熱産生反応は抑制される一方で,発汗などの熱放散が増えて体温が上がりすぎないように調節される.
 ところで,トウガラシを含む食品を口にすると,汗をかいたり顔が赤くなったりすることは多くの人が経験していることであろう.この味覚性発汗として知られる現象は,辛味成分であるキャプサイシンによって温かさを感じる神経(温受容器)が興奮して暑い感覚が生じるためである.体温は摂取前と変わっていないのに,"暑い"と誤認して熱放散反応である発汗や皮膚血流増加反応が起こるために,体温は下がってゆく.これまでに,多くの動物実験でキャプサイシンを経口,または皮下投与して体温に対する影響が調べられているが,例外なく熱放散の増大を伴って体温は低下している1).ところが,ラットを用いた実験で熱産生量を測定してみると,キャプサイシン投与によって増えることが報告された2).これは,体温が下がったために,熱産生を増やして体温を回復させる反応なのであろうか,それとも暑い感覚は熱産生の結果として生じるのであろうか.

ヒト生体中D体アラニンの臨床的意義

著者: 中野幸弘

ページ範囲:P.697 - P.698

 長い間,哺乳動物の生体内に存在するアミノ酸はL体だけであると信じられてきた1)ため,その異性体であるD体アミノ酸(DAA)に関する調査,研究はあまり行われてこなかった.
 近年,ヒト生体中にDAAも微量ながら存在することが確認されるようになり,その存在意義についての検討が始まった.しかし,依然ヒト生体中のDAAは腸内細菌が産生したものが並行して吸収されたものであると考えられており2),積極的な代謝がなされていると認められたわけではない.そのような中で,Nagataらが血中濃度を測定してこれが腎機能を反映しているのではないかと報告3)し,臨床的な意義を見いだすことに先鞭をつけた.さらに,脳内において非酵素的にラセミ化が進行するという仮説に基づいて,D体アスパラギン酸の濃度とアルツハイマー症とに因果関係があることを示唆し4),複数の外国の研究者も同様の事実を見つけている.

質疑応答 診断学

筋ジストロフィーのカルパインとその関連蛋白質の検査

著者: 塚原俊文 ,   荒畑喜一 ,   N生

ページ範囲:P.699 - P.701

 Q 筋ジストロフィーの確定診断に不可欠とされるカルパインあるいは関連蛋白質の検査と診断基準をお教えください.

検査機器

JCA-BM12, BM8の自動分析装置による検体希釈測定の問題点

著者: 栢森裕三 ,   片山善章 ,   O生

ページ範囲:P.701 - P.703

 Q 日本電子JCA-BM12, BM8の自動分析装置において,検体を希釈して測定する方法の問題点をお教えください.試薬の微量化のためには,有用なのですが.

研究

ヒト悪性グリオーマ細胞を用いたMIB-1抗体による免疫組織化学的染色法の検討―固定法および抗原賦活法

著者: 浮田博之 ,   村上普美 ,   千葉幸恵 ,   大島由子 ,   佐和弘基 ,   鎌田一

ページ範囲:P.705 - P.709

 MIB-1抗体を用いた免疫染色は,ホルマリン固定パラフィン切片を用いた加熱処理による抗原賦活には効果があるが,培養細胞を用いた報告は少ない.本研究では材料として培養細胞を用い,MIB-1染色における固定液およびHIER (heat induced epitope retrieval)法の条件などの検討を行った.MIB-1染色の結果,4%パラホルムアルデヒド,オートクレーブを用いた120℃・5分間のHIER処理において著しい染色性の増強が認められ,固定を含めた細胞・組織の処理法の選択が重要であると考えられた.

ヒト悪性グリオーマ細胞におけるアポトーシス関連蛋白Bcl-2とBaxの免疫組織化学染色法,ウエスタンブロット法による検出

著者: 大島由子 ,   浮田博之 ,   村上普美 ,   千葉幸恵 ,   佐土根朗 ,   鎌田一

ページ範囲:P.713 - P.718

 ヒト悪性グリオーマU251MG細胞を用いて,アポトーシス関連蛋白Bcl-2およびBaxの発現を免疫組織化学(IHC)ならびにウエスタンブロット(WB)により解析した.両手法によりBcl-2とBaxの発現が認められ,IHCではBaxがBcl-2に比べ強陽性染色された.WBにおいても,IHC同様Baxの高発現が確認された.本検討において,両法の併用は病理学的診断における判定基準や診断の精度向上に有用であると考えられた.

海外レポート

臨床検査をとおして中国と日本の懸け橋に―青年海外協力隊員レポート

著者: 森山敏子

ページ範囲:P.710 - P.711

■広い,とにかく広い国―中国
 現在の中国は,1949年10月1日中国共産党の指導の下誕生した人民共和国である.正式名は中華人民共和国.1997年には香港返還,そして急激な経済の発展,その反面広がり続ける地域格差など,良くも悪くもすべてに急いているような国である.そして今,世界から最も注目されている国の1つであろう.中国は漢民族(92%)と55の少数民族が生活し,多くの言語が交わされる.中国は広い,とにかく広い.1日中電車に乗って行けるようなところはまだ近いところなのである.
 現在生活している寧地区は中国の中央部にある湖北省の省都武漢から2時間ほどバスで行ったところにある.現在,私は臨床検査技師として寧地区人民医院の検査科に配属されている.まず,中国の病院システムを紹介する.

私のくふう

糖の合成反応によるホルマリン廃液処理法

著者: 高橋勝美 ,   江尻晴博 ,   望月衛

ページ範囲:P.719 - P.719

1.はじめに
 病理組織検査にとってホルムアルデヒド水溶液(ホルマリン)は必要不可欠な薬品の1つであるが,人体や環境に有害で強い刺激臭を発することから,取り扱いには労苦を強いられる.そこで,われわれはホルマリンに水酸化カルシウムを加えると糖に変化する点に着目し,廃液処理を安価で快適に行っているので紹介する.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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