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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査42巻7号

1998年07月発行

雑誌目次

今月の主題 多発性内分泌腫瘍症(MEN) 巻頭言

MENの概念とその歴史的変遷

著者: 高井新一郎

ページ範囲:P.729 - P.730

 医学を含めてすべての科学は,A)現象の観察と記載,B)それらの整理と分類,C)現象の本質の理解,D)新たに得られた知見の応用,といった段階を経て進歩する.ある段階から次への移行は,突然起こることもあるが多くは漸進的である."多発性内分泌腫瘍症(multiple endocrine neoplasia; MEN)"も,このような過程を経て理解が深まっていった.
 多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)については,1903年のErdheim以来,2型(MEN2)では1932年のEisenberg & Wallerの報告以後,一例報告が散発的に続いた時期が上記のA)の段階に当たる.次に,それらを整理して共通した特徴を抽出し,1つの独立疾患として報告した研究者が,Wermer1)およびSipple2)である.1968年に至ってSteinerら3)は,Wermer症候群とSipple症候群とでは関係する内分泌腺の組み合わせが異なり別個の疾患であることを指摘し,前者をMEN1型,後者をMEN2型と呼ぶことを提唱した.SteinerらはMEN2が常染色体性優性の遺伝性疾患であることも明確に指摘した.そのうちにMEN2の中に特異な顔貌など,いくつかの外見的特徴を持つ一群があることが明らかになり,これを区別しようとする動きが出てきた.Khairiら4)とChongら5)である.ここでちょっとした混乱が生じることになった.すなわち,KhairiらがMEN2の中の特異な顔貌を持つ一群をMEN3と呼んだのに対して,ChongらはもともとのSipple症候群をMEN2A,特徴的な外見を示す患者をMEN2Bと名付けることを提唱した.Khairiらの命名法は今でもときどき使う人がいるので気をつける必要がある.われわれは一貫してChongらの呼び方を採用してきた.それはMEN2Aと2Bの類縁関係はきわめて近いと考えたからであった.後述のごとくこれらが同じ遺伝子の異なった変異によって生じる2つの疾患であることが明らかになった今日では,2A/2Bの呼び方に統一されるべきである.ここでMEN1型,2A型および2B型の3タイプがそろったことになる.このころまでが上述のB)の段階であろう.

総説

MENの臨床

著者: 渡邉太郎 ,   芝英一

ページ範囲:P.731 - P.737

 多発性内分泌腫瘍症(multiple endocrine neopla-sia: MEN)は,2腺以上の内分泌腺に特定の組み合わせで同時性または異時性に,過形成・腺腫・癌が発生する疾患で,発生する内分泌腫瘍の組み合わせでMEN1とMEN2の2つに大別されている.いずれも常染色体優性遺伝の形式で遺伝し,1つの内分泌腺の中でも病変が多発(多中心性)することが特徴である.MENの診療に際しては,この疾患の特徴・病態を十分に理解していなければならない.

原因遺伝子RET

著者: 黒川景 ,   高橋雅英

ページ範囲:P.739 - P.744

 受容体型チロシンキナーゼをコードする遺伝子RETは,甲状腺髄様癌,副腎褐色細胞腫などを発症する多発性内分泌腫瘍症(multiple endocrine neo-plasia; MEN)2A,2B型,家族性甲状腺髄様癌(familial medullary thyroid carcinoma; FMTC), Hirschsprung病(HSCR)など,複数の疾患の原因遺伝子であることが明らかとなっている.今日,これらの疾患とRET遺伝子の変異部位との関係が解明されており,診断の確定や早期発見が可能となっている.

原因遺伝子MEN1

著者: 藤森実 ,   櫻井晃洋 ,   小林信や ,   天野純

ページ範囲:P.745 - P.750

 多発性内分泌腺腫症1型は,常染色体優性遺伝形式をとる遺伝性疾患である.最近,その原因遺伝子が単離同定され,遺伝子の変異を調べることで,発症前遺伝子診断が可能となった.ここでは,原因遺伝子単離までの経緯と遺伝子解析の実際を紹介し,その有用性と発症前遺伝子診断の問題点についても述べたい.

MENの遺伝子変異と疫学

著者: 吉本勝彦

ページ範囲:P.751 - P.757

 わが国では,これまでにMEN1, MEN2A, MEN2B症例は,それぞれ143例,179例,27例が報告されている.それらの臨床像は欧米の報告と大きな違いは認められない.最近単離されたMEN1遺伝子の変異はエクソン2から10にかけて広範囲に存在し,機能消失をきたす変異である.腫瘍ではMEN1遺伝子の胚細胞性変異とともに,正常の対立MEN1遺伝子の欠失が認められ,腫瘍抑制遺伝子としての機能を消失する.MEN2A, MEN2Bでは癌遺伝子であるRET遺伝子の特定の部位に機能獲得につながる胚細胞性変異のみで腫瘍が生じる.遺伝子診断によりMEN2A, MEN2Bの保因者は早期に予防的甲状腺全摘術を受けることが可能である.

技術解説

末梢白血球を用いた遺伝子変異の検索

著者: 白濵秀也 ,   小倉健二 ,   引地一昌

ページ範囲:P.758 - P.764

 多発性内分泌腫瘍症(multiple endocrine neo-plasia; MEN)は,神経冠由来の複数の内分泌臓器に腫瘍または過形成を生じる常染色体優性遺伝性疾患で,腫瘍や過形成を発生する臓器の組み合わせによりMEN1, MEN2に分類される.MEN1の原因遺伝子はMENIN遺伝子,MEN2の原因遺伝子はRET遺伝子であることが明らかにされ,遺伝子診断が可能と思われる.本稿では,われわれが実施している末梢白血球を用いたMENIN遺伝子とRET遺伝子の解析方法について紹介する.

病理標本を用いた分子病理学的診断

著者: 中村美砂 ,   単良 ,   覚道健一

ページ範囲:P.765 - P.768

 1997年にMEN1型の原因遺伝子と考えられるMENIN遺伝子が発見され,これまでに知られていたMEN2型の原因遺伝子であるRET遺伝子とともにに,MENの発症機序の解明と遺伝子診断が進むと考えられる.本項では,これらの研究に有用な情報を与えるであろう病理標本を用いたわれわれの機関で行っているRET遺伝子およびMENIN遺伝子の検出方法について紹介する.

臓器別病態検査

下垂体

著者: 山田正三

ページ範囲:P.769 - P.773

 MEN1型は下垂体,副甲状腺,膵内分泌細胞に過形成ないしは腫瘍を生じる疾患であるが,その中で下垂体に病変を認める頻度は15~60%と3腺の病変の中で最も少ない.
 MEN1型に伴う下垂体病変は下垂体腺腫(まれに過形成)であり,プロラクチン産生腺腫が58~63%と最も多い.これらおのおのの下垂体腺腫の病理形態像や生物学的活性は,対応する孤発性下垂体腺腫のそれと同様で,その診断手順,治療方針,治療成績,予後も通常の孤発性下垂体腺腫の場合と同様と考えてよい.

甲状腺

著者: 高見博

ページ範囲:P.775 - P.778

 多発性内分泌腫瘍症(MEN)における甲状腺髄様癌は遺伝性である.従来は,きわめて鋭敏で特異性の高いカルシトニンとCEAにより診断されてきた.また,カルシウム単独,さらにペンタガストリン負荷によりさらに微小なC細胞過形成の段階でも検出できる.しかし,近年の進歩であるRET癌遺伝子の検査により,C細胞過形成発生前の段階でも診断できるようになってきた.本検査法は信頼性も高く,かつ髄様癌は早期に手術すれば完治できる疾患であるため,RET遺伝子の検査の意義はきわめて高い.

副甲状腺

著者: 千勝典子 ,   福本誠二

ページ範囲:P.779 - P.783

 多発性内分泌腫瘍症(MEN)に伴う副甲状腺病変は,原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperpar-athyroidism:1゜HPT)である.1゜HPTはMEN1型患者の80~90%以上,MEN2A型の10~20%に認められ,特にMEN1型における頻度が高い.MEN1型に伴う1゜HPTは,発症年齢が他の内分泌腫瘍に比較して最も若年であることから,MENの診断契機となることも多く,その診断は臨床的に非常に重要である.

副腎・膵

著者: 河合紀生子

ページ範囲:P.784 - P.789

 多発性内分泌腫瘍症(MEN)は,複数の内分泌臓器に発生する腫瘍(あるいは過形成)の特定の組み合わせによって,MEN1, MEN2A, MEN2Bに分けられており,副腎や膵はその主要な病変を構成する.副腎では髄質と皮質にそれぞれ,腫瘍,過形成がみられ,髄質に発生する褐色細胞腫はMEN2の代表的腫瘍である.膵内分泌腫瘍はMEN1において,下垂体腫瘍や副甲状腺腫瘍(過形成)とともに病変の主体をなし,腫瘍から分泌されるホルモンの種類,量によって,さまざまな病態を呈する.これらの病変は,両側性,多中心性に発生し,同時性あるいは異時性に出現することなどが特徴で,悪性はまれである.以下,MENにおける副腎,膵の病変と病態像について,文献の報告を参考にしながら,病理学的立場から解説したい.

話題

放射線障害とMEN―実験的下垂体,甲状腺,卵巣腫瘍を中心に

著者: 伊藤明弘 ,   藤本成明 ,   丸山聡

ページ範囲:P.790 - P.792

1.はじめに
 われわれの生体は個々の細胞の集合体であり,これらの個々の細胞が集まって臓器を形成し,これらは神経,血液などを通じて全身の統一が保たれている.この統一システムを連絡しているのは各種のニューロトランスミッター,ホルモンおよび免疫システムであり,血清や種々の蛋白,増殖因子などにより司られているが,さらに細胞間同士を直接つなぐ情報伝達経路も明らかになりつつある.
 放射線障害は大別して急性障害と慢性障害に分けられる.急性障害は,広島の被爆者で観察された脱毛,下痢,貧血,火傷などが最も多発した病変である.これらの急性障害を免れると,白血病,貧血,骨髄障害,ケロイド,神経不安定障害などの亜急性疾患が発症してくる.これらの病変は多くは致死的とはならないが,ほぼ一生継続して発症するものが多い.最後に来るものが,慢性障害であり,悪性腫瘍,心,血管系障害などいわゆる現代病の代表的なものがある.ただし,広島,長崎の被爆者集団では白血病は異常の高頻度で多発したが,他の固形癌の発生は一般集団の2~3倍程度にとどまっている.したがって,放射線の特徴は,①ヒト一般集団に認められる悪性腫瘍と同一のものが発生し,その頻度を少し増強させ,ある場合には潜伏期間を短縮させる.②一般集団にまったく存在しない形の病変は認められない.③直接被爆者での影響と異なり,子孫への影響はいまだ明らかでない.ただし,実験的には親に放射線を与えて生まれてくる二世では明らかに悪性腫瘍の発生率が上昇することが知られている.

Carney症候群

著者: 相羽元彦

ページ範囲:P.793 - P.796

1.はじめに
 Carney症候群(CC)1)は,心臓や皮膚そのほかの部位の粘液腫,皮膚色素沈着症(黒子や雀卵斑様病変,類上皮性青色母斑2)と,内分泌腫瘍やホルモン過剰症が患者またはその家族に発生する1985年に提唱された新しい症候群である(表1).若年発症と多発性・両側性病変がしばしば特徴的で多発性内分泌腫瘍症の一員と考えることができる.症例・家系により内分泌病変が前面に出ているもの,皮膚病変が主体のものなど多様であるが,原発性副腎皮質小結節性異形成(PAMD)によるCushing症候群を中心とした内分泌病変と,突然死の原因となる心粘液腫,まれながら甲状腺癌や,転移を示す砂粒小体メラニン産生神経鞘腫,悪性型もある大細胞石灰化Sertoli細胞腫3)といった悪性腫瘍がCCの構成要素にあることが重視される.表1に示した他の病変もCCの診断的意義が高い.現在もCCを構成する新たな疾患や組織学的特徴が明らかにされている.CCの半数は家族性,残りは散発性である.ここでは,CCの遺伝子異常に触れ,PAMDを中心とした内分泌病変と心臓の粘液腫について記述する.Carney症候群の全体についての記述は文献を参照されたい1,4)

今月の表紙 血液・リンパ系疾患の細胞形態シリーズ・7

急性骨髄性白血病(AML-M6)

著者: 栗山一孝 ,   朝長万左男

ページ範囲:P.724 - P.725

 急性骨髄性白血病のFAB分類によるAML-M6は,第一義的に赤芽球増多に重点が置かれているために骨髄全有核細胞中赤芽球が50%以上であることを条件とし,次に赤芽球を除いた有核細胞中芽球が30%以上を占めると定義されている(図1).赤芽球の形態異常については特に言及していないために非常に強い例から,比較的軽微な例まで存在する.またAML-M6で増殖している芽球はmyeloperoxidase (MPO)陽性の骨髄芽球であり(図2),アウエル小体を認めることも珍しくない.しかし,MPOの陽性率が低く,免疫学的マーカーによって初めて骨髄芽球とわかることもある.AML-M6ではperiodic acid Schiff(PAS)染色陽性赤芽球の存在がよく知られているが,陽性率はそれほど高くない.またM6では赤芽球に加え巨核球や顆粒球系の形態異常も伴うAML with trilineage dysplasia (TLD)がAMLの中では最も頻度が高く半数以上の例で認められる(図3).赤芽球形態異常が強い例では骨髄異形成症候群(MD)からの急性白血病化例や二次性白血病が含まれている可能性がある.一方,染色体分析の結果からは形態異常の強い例に複雑な核型を有する例が多く,これらの症例は治療成績が悪いAML-M6の中でもさらに悪いと言われている.
 最近,まれに増殖芽球が赤血球系の芽球(earlyerythroblast)で占められる‘variant’M6あるいはacute erythroblastic leukemiaと呼ばれるタイプが認識されるようになってきた.芽球は大型で原形質は好塩基性が強く,一見前赤芽球に似通った形態をしている(図4).ときに,原形質に空胞を有し,細胞変形が強い芽球が主体を占める症例から赤芽球まで成熟傾向を示す症例まで存在する.特殊染色および免疫学的マーカーでは,glycophorin Aをはじめとする各種赤血球系抗原陽性,骨髄顆粒球系のゴールデンマーカーであるMPOは陰性,CD13も陰性のことが多くときにCD33が陽性となる.また,HLA-DRは陰性である.血小板gp Ⅳ/thrombospodin受容体であるCD36は血小板系や単球にも証明されるが,むしろ赤芽球系細胞に強く発現しこの病型の芽球でも陽性である.さらに酸性ホスファターゼやPAS染色が陽性となる(図5).多くの症例で芽球はエリスロポエチンに反応してコロニー形成をするし,エリスロポエチン添加短期間液体培養が可能である.筆者らが経験した症例あるいは症例報告から判断すると化学療法に難治性と思われる.

コーヒーブレイク

津軽の奇物

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.737 - P.737

 世の中には規格に当てはまらない人物というのが存在するものである.東北大学医学部病院中央検査部の創設者である石戸谷豊氏もその1人である.出身が津軽のせいか,無頼の作家と言われた太宰治に一脈通ずるところあり,世間常識をはみ出すところもあるが,本人は大真面目で巧まざるユーモリストであった.酒は食せずして飲む一方で,大方は今ごろ肝臓病で苦しんでいることと推測しているようであるが,80歳近くの今日矍鑠として酒は欠かさず元気である.
 今や大学中検も道定まり部長も2代目,3代目がざらで創設当時の苦心も夢も遠い昔となりつつある.しかし彼が始めたころは草ぼうぼうのころであったが東北大には彼の弟子というか弟子分のような同志がごろごろしていて梁山泊の観があった.後の岩手大伊藤教授,弘前大の工藤教授などもそれで,その他育てた検査技師が多数おり,時折遠征すると彼らに取り囲まれて検査室の将来像などの議論を吹っかけられ,大酒の洗礼を免かれなかった.彼は波濤の彼方に維新を夢みた坂本龍馬を気どっていたのかもしれない.

洗足池の桜

著者: 寺田秀夫

ページ範囲:P.774 - P.774

 私の家のすぐ近くに鎌倉時代の日連上人が弘安5年(1282年),傍の松に袈裟を懸け,足を洗い休息したという謂われの洗足池があり,四季折々の自然の緑に囲まれた池のほとりの散策は近くに住んでいる人々の疲れた頭を癒してくれる格好な場所である.
 今年も桜の季節が訪れ,池の周辺には2~3日前から満開を迎えた桜の花が美しく咲き誇っている.しかし例年のことであるが,商魂たくましい屋台店がぎっしりと立ち並び,沢山の花見客が早朝から陣取り合戦をくりひろげ,青いビニールの敷物の上で昼間からビールを飲み,なかにはマージャンをやっている人達も見られ,びっくりしてしまう.本当にこの人達は頭上の美しい桜を心から愛でているのであろうか.

シリーズ最新医学講座―遺伝子診断 Technology編

酵母アッセイシステム

著者: 外木秀文 ,   守内哲也

ページ範囲:P.797 - P.800

はじめに
 酵母は単細胞で増殖する微生物とはいえ大腸菌と異なり,核膜を持つ真核細胞で,染色体やミトコンドリアなどを持ち,ヒトの細胞と同様な特徴を有している.表題には"酵母アッセイシステム"と書いたが,ひと口に酵母アッセイシステムと言ってもさまざまなものがある.基礎医学の分野で現在最も利用価値の高い酵母アッセイシステムと言えばTwo-hybrid sys-temであろう.これは2種類の蛋白を酵母の中で発現させて,それらの結合の有無を酵母コロニーの色彩の変化などを指標として判定するシステムである.この方法により,ある特定の蛋白に結合する新しい蛋白を同定したり,その遺伝子をクローニングすることが可能となった.酵母はこのように生きた試験管としてさまざまな生命現象を再現することが可能であるばかりでなく,大腸菌や動物細胞にはない高い遺伝子相同組換え能を持っている.この2つの特色を遺伝子診断に応用したのがIggoらによって開発された癌抑制遺伝子p53の酵母アッセイ法(yeast functional assay)である.この遺伝子診断法の特徴は,①PCR産物をそのまま発現ベクターとともに酵母に導入するだけで,酵母内で自動的にベクターに組み込まれるという簡便性と,②p53の転写因子としての作用を酵母内で再現してその機能の異常を判定するという点である.本稿では,このp53の酵母アッセイを例に取り,その原理と検査上のポイントについて解説し,有用性について考察する.

Application編

アポリポ蛋白欠損症

著者: 岡本康幸

ページ範囲:P.801 - P.807

はじめに
 アポリポ蛋白の遺伝子変異は,アミノ酸置換,短縮化,発現低下などにより,蛋白の構造的,機能的あるいは量的な変化を引き起こし,種々の脂質代謝異常の原因となるが,血中で有効な蛋白がほとんど消失した場合には欠損症となる.アポリポ蛋白の欠損は,一般に,A-IやBなどの構造アポリポ蛋白では関連するリポ蛋白の著明な減少を示し,EやC-Ⅱなどの末梢性アポリポ蛋白ではリポ蛋白の異化障害により特有の高脂血症を示す.通常,血中アポリポ蛋白の免疫学的な定量検査で測定感度以下の減少が認められることにより,欠損症が疑われる.確認のためには,超遠心でリポ蛋白を分画し,SDS-ポリアクリルアミド電気泳動や等電点電気泳動,あるいはこれらを組み合わせた二次元電気泳動などを行う.高感度のウェスタンブロット法を行えば,少量の蛋白が検出される場合があり,短縮型などの分子異常が検討できる.
 アポリポ蛋白欠損症の背景となる遺伝子異常には,コード領域内やsplice siteでの欠失,挿入,置換などにより開始コドンが消失したり,不適当な位置に終止コドンが形成される場合が多いが,転写調節部位に関する異常も考慮する必要がある.免疫学的な定量検査で検出されても,まったく機能を失った異常蛋白が出現している可能性も考慮する.また,配列内のアミノ酸が1つ変化しただけでも欠損症を示す例が報告されている.いとこ結婚などによる同じ変異のホモ接合型では典型的な症状が現れるが,ヘテロ型では症状が軽くなり,またアポリポ蛋白定量でも半減する程度となる場合が多いので,本症を念頭に置いた診断が必要となる.家族内に同様の所見がみられるかどうかが参考となる.

トピックス

リアルタイムPCR

著者: 川口竜二 ,   梶山直毅

ページ範囲:P.808 - P.811

1.はじめに
 PCRは微量の核酸を高感度に検出できる画期的な方法ではあるが,その定量測定には煩雑な操作を必要とし,また多くの測定工程上のコンタミネーションもしばしば指摘される.反応途上で増幅したプロダクト量を別のチューブに分注することなく,そのままで(ホモジニアス系で)測定できるようにしたのがリアルタイムPCR法であり,微生物冠やmRNAの定量測定をはじめ,ゲノム変異解析への応用が期待される.

新しくクローニングされた腫瘍特異抗原―PRAME

著者: 池田英之 ,   松下麻衣子

ページ範囲:P.811 - P.813

はじめに
 この数年間に細胞傷害性T細胞(CTL)の認識する腫瘍抗原が数多く同定されてきた.多くはメラノーマからクローニングされたものであり,MAGE遺伝子(癌―精巣抗原),チロシナーゼ遺伝子(メラノサイト分化抗原),CDK4遺伝子(点突然遺伝子)をそれぞれ代表とするような抗原遺伝子が同定された.最近,以上のようなカテゴリーには属さず,その腫瘍認識機構も類をみない抗原PRAMEがやはりメラノーマから同定されたため紹介したい.まず解析に用いられたシステムについて簡単に述べる.

ヒ素を用いた急性前骨髄球性白血病の治療―その理論的背景

著者: 木崎昌弘

ページ範囲:P.814 - P.815

1.はじめに
 All-trans retinoic acid (ATRA)による分化誘導療法は,その臨床的有用性と安全性により急性前骨髄球性白血病(APL)に対する第一選択の治療法として完全に定着したばかりでなく,白血病の治療法の概念そのものにも多くの影響を与えた.しかしながら,症例を重ねるにつれてさまざまな問題が存在することも明らかになってきた.その1つがATRA耐性症例の問題である1).基本的にAPLはATRA単独での治癒は難しく,ATRAにより寛解導入の後は化学療法により寛解を維持する.しかし,その過程で再発した症例の多くはATRAが無効であり,またATRAを連続使用することで耐性症例が出現するようになる.これらの難治性あるいはATRA耐性APLをどのように治療するか臨床的に大きな問題であるが,最近中国からヒ素化合物がこのような症例に有効であるとの報告がなされ注目されている2)

質疑応答 血液

血小板作用前後のアゴニストの代謝

著者: 松野一彦 ,   T生

ページ範囲:P.816 - P.817

 Q 血小板を凝集させるアゴニストとしてADP,コラーゲン,エピネフリンなどが知られていますが,血小板に作用した前後のアゴニストの代謝については記載した教科書は見当たりません.
 血小板に作用した前後の各種アゴニストの組成変化と生体内での代謝経路をお教えください.

臨床化学

関節液の液晶リピッドの出現原因と臨床的意義

著者: 大曽根康夫 ,   I生

ページ範囲:P.817 - P.818

 Q 関節液の結晶分析についてうかがいます.結晶分析について臨床的意義があるのはピロリン酸カルシウム,尿酸ナトリウム結晶ですが,液晶リピッドも白血球の中にわりあい見られます.この液晶リピッドの出現原因と臨床的意義についてご教示ください.

研究

採血時の前腕運動に伴う生化学検査値の変動

著者: 河口豊 ,   市原清志 ,   河口勝憲 ,   濵野政弘

ページ範囲:P.819 - P.822

 採血時に2分間前腕運動(fist clenching)したときの生化学検査値の変動を健常成人8名を対象に調べた.前腕運動開始30秒後からKが著明にL昇,Na, Caも軽度上昇した.乳酸の上昇は運動停止後5分目まで持続した.これらの検査値は同時に調べた静脈血液ガスpH, PvCO2の変化と強い相関を示した.しかし,PvO2は他の項目に先行して変動(低下)したため,いずれとも相関を示さなかった.一方,駆血のみで前腕運動しない場合,逆にPvO2が上昇するという興味深い現象を見いだした.

胃癌組織のパラフィン切片を用いたin situ Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reactionによるp53mRNAの検出―DNaseによる消化効果の検討

著者: 西野信一 ,   福地邦彦 ,   小林英昭 ,   嘉悦勉 ,   河村正敏 ,   草野満夫

ページ範囲:P.823 - P.826

 in situ RT PCR法においてゲノムDNAの消化条件の設定は,重要な要因の1つである.われわれは胃癌組織のパラフィン切片を用いてゲノムDNAの消化条件の設定を目的とした.
 ①1N HCl室温30分間とDNase4倍希釈37℃16時間の条件でゲノムDNAが消化できた.②1N HCl室温30分とDNase2倍希釈,37℃4時間の条件でゲノムDNAの消化は不十分であり,消化には16時間を要した.③残存Proteinase Kを加熱処理で失活させることによりDNaseの消化作用を高めた.
 これらの結果により,ゲノムDNAが消化できmRNAの局在を形態学的に確認でき臨床材料への応用が期待できる.

資料

ヘパプラスチンテストを用いるヘパリン活性測定の試み

著者: 岡本茂高 ,   藤田直久 ,   吉村学

ページ範囲:P.827 - P.831

 ヘパリンの抗凝固作用はAT Ⅲと協同して抗トロンビン作用を発現するほか,第Ⅹ a,第Ⅸ a,第ⅩⅡ a因子などに対する阻止因子もあるが,特に,第Ⅱ因子と第Ⅹ因子量とを反映する検査法を考えた.
 これに適した検査はヘパプラスチンテストであると考えられる.このヘパプラスチンの反応は外因性領域で進行し,試薬中には第Ⅰ,第Ⅴ,第Ⅷ,第Ⅸ,第ⅩⅠ,第ⅩⅡ,第ⅩⅢ,リン脂質,Ca, AT Ⅲなどの因子を十分含有しているため,その凝固時間は第Ⅱ,第Ⅶ,第X因子量によって決定される.このことから,AT Ⅲ量とFDP量のみについて検討した.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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