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雑誌目次

論文

臨床検査43巻13号

1999年12月発行

雑誌目次

今月の主題 21世紀に向けての寄生虫症 巻頭言

今こそ寄生虫症,意識と組織,そして技術

著者: 寺田護

ページ範囲:P.1567 - P.1570

1.なぜ今こそ寄生虫症か
 戦前・戦後のわが国は寄生虫天国であった.しかし,終戦後,官・学・民の協力により集団検便・集団駆除が行われ,回虫症をはじめとする腸管寄生虫症は撲滅された.やがて土着マラリア・住血吸虫症・フィラリア症なども根絶され,寄生虫学の研究にも変化がみられるようになった.海外協力研究が盛んになり,宿主・寄生虫関係の免疫学的ないし分子生物学的研究に著しい進歩がみられるようになった.一方,回虫症と同じく国民病とされていた結核もストレプトマイシンなどの抗結核薬の治療への導入により奇跡的に減少,撲滅されるかに思われた.
 図1はインフルエンザワクチン配布量の推移を示したものであるが,この図はわが国の感染症対策を象徴しているように思われる.国民病だった結核や回虫症対策に続いて,経済的に豊かになりかけた1960年ころからはその他の感染症対策も充実の方向に向かった.それらの効果が現れて,1980年ころには"感染症は終わった"と医療関係者が思い始めた.やがて,"感染症は過去のもの","感染症は発展途上国のもの"が一般の人の間でも常識となった.インフルエンザワクチンの接種も任意接種となり,接種率は1960年代の初めより低下した.意識の変化に対応して,感染症研究機関の機関数と研究者数が激減した.臨床検査部門においても経済性・効率性が優先され,感染症部門の切り捨てが進んだ.

総説

わが国の寄生虫感染の現状

著者: 影井昇

ページ範囲:P.1571 - P.1582

 第二次世界大戦後の疲弊したなかで流行した寄生虫病は現在ではほとんど問題がなくなったというのが一般住民はもとより医学会での常識のような観があるが,実際にはいまだに感染者が多発している(再興),あるいは新たに発見され流行をきたす(新興)寄生虫病があり,さら航空機交通の発達によって地球が狭くなった今日では世界各地にみられる既知の,あるいは未知の寄生虫病が輸入され,流行を起こすことがあり,わが国の寄生虫病問題は今後もずっと続くものと考えてよいであろう.

寄生虫症の症候と臨床検査

著者: 大西健児

ページ範囲:P.1583 - P.1588

 寄生虫はその感染部位によってさまざまな症状を呈するが,普段出会う頻度の最も高い症状は消化管系感染の下痢であり,便の細菌培養検査とともに便の原虫検査や蠕虫卵の検査が必要である.最も注意しなければならない症状は熱帯や亜熱帯と関連した発熱であり,マラリア検査を血液の細菌培養検査とともに行わなければならない.最近は国内でのHIV感染者の増加につれ,それに合併するトキソプラズマ症やクリプトスポリジウム症が増加している.

原虫・寄生虫疾患の画像診断

著者: 鎌田憲子 ,   阿部克巳 ,   鈴木謙三

ページ範囲:P.1589 - P.1596

 さまざまな原因による免疫不全状態の患者の増加や海外旅行などの感染の機会の増加などにより,近年,原虫や寄生虫の感染症が再び増加してきている.寄生虫疾患の画像は比較的特徴的なものもあり,知っていれば診断可能であることも多い.また,患者の生活史が診断を容易にすることもある.これらの疾患は過去のものではないということを再認識して診断に当たることが重要である.

技術解説

検便を見直そう―厚層塗抹法と集卵法の要領

著者: 記野秀人 ,   川出智子 ,   大石久二

ページ範囲:P.1597 - P.1602

 検便は寄生虫症の診断において古典的かつ基本的診断法であると同時に,極めて有効な診断法である.多くの蠕虫症で確定診断を下すことができるうえ,原虫症の診断にも役だつ.臨床検査の現場で行うには,比較的簡便で検出力が高く,広い範囲の寄生虫をカバーできる方法が望ましい.そのためにはセロファン厚層塗抹法とMGL法の簡易法を併用することが最も実際的である.

下痢便を軽視するな―CryptosporidiumとCyclosporaの検査法

著者: 井関基弘 ,   木俣勲

ページ範囲:P.1603 - P.1609

 CryptosporidiumとCyclosporaは,ともに胞子虫綱,Coccidium類に属する腸管寄生原虫で,激しい下痢の原因になる.患者の下痢便には多数のオーシストが排出される.診断は便検査でオーシストを検出すればよい.ホルマリン―エーテル法など,通常の原虫・虫卵検査法では検出や確定ができない.Cryptosporidiumにはショ糖遠心沈殿浮遊法や抗酸染色法など,Cyclosporaには発育像や自家蛍光の観察が必須である.

幼虫移行症―病理組織標本での種の鑑別

著者: 石井明 ,   影井昇

ページ範囲:P.1610 - P.1616

 幼虫移行症(larva migrans)は,動物を固有宿主とする寄生虫がヒトに感染し,ほとんど発育することはなく幼虫体のまま寄生し,重篤で診断困難な症状を引き起こす疾患を言う.従来寄生虫症の診断には成熟虫体の産卵現象を基に,糞便や尿,血液などの中に虫卵や幼虫を見いだす方法が行われているが,幼虫移行症では,特に組織内に虫体が侵入した場合,病理組織切片内に見られる虫体断端像での鑑別が必要となる.特に今後も経験する機会が多く,かつ組織標本内での鑑別の必要性が高いと思われる寄生虫を取り上げ,病理組織標本内での個々の寄生虫の鑑別に関して解説する.

寄生虫症の血清診断法―今日の寄生虫症診断の意義とその要領

著者: 山崎浩 ,   荒木国興

ページ範囲:P.1617 - P.1624

 幼虫移行症やアメーバ性肝膿瘍の診断は免疫診断法により寄生虫の存在を間接的に証明する方法が用いられているが,臨床検査の現場ではほとんど行われていない.本稿では大学や研究機関で行われている主な寄生虫症の血清診断法について実際の検査例を挙げて紹介するとともに,結果の解釈,実施するときの留意点について概説した.また,21世紀にますます汎用されると思われる遺伝子組換え抗原の応用例についても解説を加えた.

マラリア原虫を見落とすな―アクリジンオレンジ染色法

著者: 川本文彦 ,   水野サホ子

ページ範囲:P.1625 - P.1629

 アクリジンオレンジ(AO)染色によるマラリアの診断法は,従来のギムザ染色法と比べて観察が迅速に行え,暗いバックにマラリア原虫が蛍光を発するため,原虫の検出が素早くかつ容易である.また,蛍光観察のほかに通常光を用いて感染赤血球の輪郭を観察することにより,ギムザ染色法に使われている種の鑑別基準を適用できる.本報告ではマラリア原虫を見逃さないためのAO染色法による診断の実際について述べる.

話題

人間ドックにおける寄生虫陽性率の急上昇

著者: 山門実

ページ範囲:P.1630 - P.1632

1.はじめに
 寄生虫予防法の廃止,文部省の省令改正に基づく児童・生徒などの定期健康診断の見直しから,小学校高学年(第4,5,6学年)以上の児童・生徒については寄生虫虫卵の検査が省略されたことなどからわかるように,私どもの多くが"日本では寄生虫は消滅した"という認識を持っているものと思われる.事実,日本人間ドック学会においても1995年に虫卵検査を人間ドックの必須検査項目から削除してもよいとする勧告が出されている.
 確かに日本住血吸虫などの特定の寄生虫は消滅したものと思われるが,厚生省の国民衛生の動向にも明記されているように,学校などにおいて低学年での寄生虫の虫卵検査の結果でも,ぎょう虫陽性者数が近年増加していることが示されている1).このように実際には寄生虫は増加しているのが現状と考えられる2).そして"食生活の油断"が寄生虫病増加の原因となっていることが多い3)

赤痢アメーバ症―治療のいるものいらないもの

著者: 永倉貢一

ページ範囲:P.1633 - P.1636

1.はじめに
 1999年4月1日より「感染症の予防及び感染症の患者の医療に関する法律」(以下,新法)が施行され,1897年に制定された伝染病予防法が性病予防法・エイズ予防法とともに廃止されて,呼び慣れた法定伝染病という言葉も消えた.これにより,わが国は事前対応型行政の構築,感染類型と医療体制の再整備,人権尊重に配慮した入院手続きを骨子とする感染症対策に臨むことになった.内務省令によって赤痢菌による赤痢と同列に患者の隔離治療・患者宅の消毒が義務づけられていた赤痢アメーバ症も,新法では第4類感染症に分類されて一般の医療機関での入院・治療が可能となった.今後,国や地方自治体は一般の医療機関から発生動向の提供(法12条による届け出)を受けて,本症のまん延防止のための基本計画や予防計画が策定され,調査体制の整備と確立が計られることになる.

寄生虫感染とアレルギー

著者: 藤田紘一郎

ページ範囲:P.1637 - P.1640

1.はじめに
 日本人は古来より寄生虫と上手に共生することによりアレルギー病などの発症を抑え,健康のバランスを保ってきたものと思われる.しかし,近代になって文明がもたらした快適な生活や過剰とも言える清潔志向は,共生していたウイルスや細菌類,寄生虫を排除することになった.そのことが私たちの免疫力を低下させ,アレルギー病などに苦しむようになったのではないだろうか.
 本稿では,現代病と言われているアレルギーを軸に,寄生虫が果たしている役割について考えてみたい.

今月の表紙 血液・リンパ系疾患の細胞形態シリーズ・24

血球貪食症候群

著者: 前田隆浩 ,   栗山一孝 ,   朝長万左男

ページ範囲:P.1562 - P.1563

 血球貧食症候群(hemophagocytic syndrome; HPS)とは発熱,肝脾腫などに加えて血球減少,高フェリチン血症,高トリグリセリド血症などの検査所見を呈し,骨髄をはじめとするリンパ網内系でのマクロファージによる血球貪食を特徴とした症候群である.家族性HPSを代表としたpri-mary HPSと各種感染症,悪性リンパ腫,自己免疫疾患,薬剤などに関連したsecondary HPS(ウイルス感染症に伴うvirus-associated HPS;VAHS,悪性リンパ腫に伴うlymphoma-as-sociated HPS:LAHSなど)に大別されているが前者はまれである.HPSは種々の原因によって刺激・活性化されたリンパ球あるいはリンパ腫細胞から産生されたサイトカインによって,連鎖的に活性化されたマクロファージが貪食作用を呈するとともに,過剰のサイトカインによる全身症状をきたす症候群と理解されている.経過は軽症で予後良好なHPSから急速に進行し致死的な経過をとる症例まで多様性に富んでいる.
 1例目に第2子出産後,持続する発熱と肝障害が出現し当院へ入院となった26歳女性例を示す.入院時,肝脾腫と中等度の汎血球減少,高度の肝機能異常が認められDICを伴っていた.骨髄中には明瞭な血球食食像が観察され(図1,2),HPSと診断された.ステロイド療法やガンマグロブリン大量療法の効果は一過性であったが,シクロスポリンが著効を示し救命に成功した.HPSの治療法は確立していないがステロイド,VP-16,シクロスポリンなどが有効であり,症例によっては多剤併用化学療法が奏功したり造血幹細胞移植を必要とした症例の報告もみられる.

コーヒーブレイク

鬼平と007

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.1609 - P.1609

 小説でも映画でもどちらも大当たりして息も長いものはそうザラにはないが,池波正太郎の"鬼平犯科帳"やイアンフレミングの"007シリーズ"などはこれに当たるものであろう.鬼平こと長谷川平蔵は江戸時代天明・寛政年間の火盗改め長官,007ことジェームスボンドは現代英国諜報部きっての腕ききで,いずれも悪人相手の胸のすく活躍が万人にうけるゆえんである.
 もう少し分析すると,筋立ての面白さはもちろんであるが主人公の生活の肉付けが躍動していて,しかも現実離れしていないことである.池波は無類の料理好きであったから小説の中に季節感や生活の楽しさがいたるところに含まれている.山の上ホテルや銀座の食事処を愛した生活の熟成度が随所に織り込まれており,鬼平ばかりでなく剣客商売の秋山小兵衛,仕掛人藤枝梅安など市井の人の生活を描いては味噌汁の香りまで漂わせてくれる.

シリーズ最新医学講座―遺伝子診断 Technology編

Allele Specific PCR(ASPCR)法

著者: 成澤邦明

ページ範囲:P.1641 - P.1647

はじめに
 Allele Specific PCR(ASPCR)法はPCRとアガロース電気泳動とを組み合わせた方法であり,既知の病因小変異(ミスセンス変異,ナンセンス変異,スプライシングの障害,小さな欠失など)の検出や一塩基置換型遺伝子多型(SNP)を調べるのに極めて有用な方法である.簡便で,再現性があり,経済的な方法として繁用されている.この方法は1989年にWuら1),Newtonら2),Sarkarら3),Okayamaら4)によってほぼ同時に報告され,各々が独立して命名したことからallele-specific polymerase chain reaction(ASPCR)法,amplification refractory mutation system(ARMS)法,PCR amplification of specific a1leles(PASA)法,allele-specific amplification(ASA)法など複数の名が用いられている.本稿ではASPCR法として述べることにする.

Application編

多発性硬化症

著者: 三野原元澄 ,   吉良潤一 ,   西村泰治

ページ範囲:P.1648 - P.1655

はじめに
 多発性硬化症(multiple sclerosis; MS)は,臨床的に中枢神経白質の病変に由来する症候が再発と寛解を繰り返し,その病理所見は,中枢神経白質の血管周囲性の炎症細胞浸潤と非化膿性炎症性脱髄を示す病態である.欧米白人では,アジア人に比べてその有病率が約10倍高く,10万人に対して40~100人程度であり古くより研究が盛んに行われている.そしてMSの発症に免疫学的機序が関与していることが,以下の観察より強く示唆されている.①副腎皮質ステロイド剤や免疫抑制剤,インターフェロンβが治療的効果をもたらす.②実験動物にミエリン蛋白を免疫することにより,MSのモデルと考えられる実験的自己免疫性脳脊髄炎(experimental autoimmune encephalo-myelitis; EAE)を作製できる.③欧米白人のMS患者では,疾患感受性が特定のHLAクラスⅡ(HLA-Ⅱ)対立遺伝子と相関を示し,これらのHLA-Ⅱ分子が自己反応性T細胞にMS関連自己抗原ペプチドを提示することが示されている.
 欧米白人に比べアジア人のMS患者では,特定のHLA-Ⅱ対立遺伝子との相関について統一した見解は得られていなかった.しかし,従来よりその存在が知られていた日本人を含むアジア人にユニークな臨床型のMS患者において,欧米白人と異なるHLA-Ⅱ対立遺伝子との相関が見いだされた.本稿では,なぜ特定のHLA-Ⅱ対立遺伝子を有するヒトでは,MSを発症するリスクが高くなるのかについて,その機序をHLA-Ⅱ分子の構造と機能に照らし合わせて考えてみる.

トピックス

環境ホルモンと子宮内膜症

著者: 堤治

ページ範囲:P.1657 - P.1659

1.はじめに
 環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)の人体へのリスクがメディアにも連日取り上げられ,健康への影響が危惧されている.環境ホルモンは「動物の生体内に取り込まれた場合に,本来,その生体内で営まれる正常なホルモン(主としてエストロゲン)作用に影響を与える外因性の物質」と定義される1).野性動物や動物実験から,環境ホルモンは微量でも生殖機能への影響があることが明らかになり,ヒトでも近年増加している子宮内膜症1)との関連が示唆されている.ここでは主な環境ホルモンとその作用機構にふれたうえで,子宮内膜症とダイオキシンに関する最近の研究動向を紹介する.

質疑応答 血液

血液凝固検査におけるクエン酸ナトリウム加血漿濃度

著者: 利見和夫 ,   N生

ページ範囲:P.1660 - P.1662

 Q 血液凝固検査でクエン酸ナトリウム(Na)加血漿を用いていますが,濃度が,3.8%,3.2%,3.13%といろいろあります.現在はどの濃度を用いるのが一般的なのでしょうか.また,濃度によるデータに違いはみられないのでしょうか,お教えください.

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「臨床検査」 第43巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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