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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査44巻12号

2000年11月発行

雑誌目次

今月の主題 毒物検査 巻頭言

毒物検査と臨床検査

著者: 鈴木修

ページ範囲:P.1479 - P.1479

 1994年6月27日,長野県松本市で正体不明の毒ガスを吸引して7名が死亡,500名以上が重軽傷となる事件が発生した.しばらくして現場近くの池の水から,化学兵器として使われるサリンの分解物と推定される物質が検出された.翌年1995年3月20日,通勤時間内の東京の地下鉄で毒ガス事件が発生し,死者13名,重軽傷者5,000名以上という前代未聞の大惨事となった.東京の場合,松本での経験から,その日のうちに原因物質はサリンであると特定された.東京地下鉄サリン事件は日本はもちろん,世界中を震憾させた.それは同様なテロがニューヨークやその他の大都市でも起こり得ることが現実感を持って危惧されたからである.1998年7月25日には和歌山市において,亜ヒ酸入りカレー事件が発生し,市民4人死亡63人が中毒入院した.その後,奇怪な中毒模倣事件が多数続発している.
 このような一連の中毒事件発生を受けて,政府は内閣直属の「毒劇物対策会議」を設立し,1998年11月27日に報告書が出され,そのなかには色々の提言がなされている.これによって全国の各高度救命救急センターと各県に,一度きりではあるが予算措置が行われ,分析機器の整備に当てたとされている.しかし,実際にこれらの機器が全国で十分に稼働しているか否かはなははだ疑問である.

総説

毒物検査の現状と展望

著者: 鈴木修 ,   鈴木加奈子 ,   妹尾洋

ページ範囲:P.1480 - P.1486

 1994年と1995年にはサリン事件,1998年には和歌山カレー亜ヒ酸混入事件,さらにその後多数の毒物にまつわる事件が続発し,社会を悩ませている.しかし,日本は先進国のなかで中毒対策が一番遅れている.欧米の大都市の多くに設置されている中毒センターもしくはpoison control centerなる総合的な機関は,日本には1つもない.実際病院で中毒患者から採取されたサンプルの分析を引き受ける機関もない.これ以外にも中毒にまつわる問題は山積しており,早急に対応を迫られている.本総説では各問題点を挙げ,打開への模索の糸口になればと考えている.

毒物検査・分析の最前線

著者: 阪田正勝

ページ範囲:P.1487 - P.1493

 毒物分析の学問的な歴史と,現在の分析体制について述べた.特に,最近問題となっている未知試料の分析方法について,予試験,定性,定量試験のための分析機器,分析方法を簡単に解説した.また,インターネットによる中毒情報と毒物分析のネットワークの最近の状況について解説した.最後に毒物分析を研究に発展させるための分析施設と医療現場などの連携について,特に生体試料の採取方法について,分析事例をもとに述べた.

中毒情報センターの活用

著者: 吉岡敏治 ,   織田順 ,   池内尚司 ,   遠藤容子

ページ範囲:P.1494 - P.1500

 (財)日本中毒情報センターの日常業務を概説し,その活用方法を述べるとともに,不明の毒物事件に対し,新しく構築した症状別データベース(起因物質診断システム)と起因物質別毒劇物専門家データベースを紹介し,事件時の中毒情報センターの役割について解説した.本特集の主題である毒物検査に関しては,中毒情報センターが中心となって検討した日本中毒学会の分析のあり方委員会からの提言について言及する.

技術解説

毒物検査でのLC/MS

著者: 植木眞琴

ページ範囲:P.1501 - P.1506

 近年のイオン化法の進歩に伴ってMSによる薬毒物分析が急速に普及しつつあり,それまで困難だった熱に不安定な化合物や,難揮発性物質の分析に利用されるようになってきた.救急医療の分野では迅速性が必要であり,また裁判化学の分野では,広範囲の毒物や標準試料の入手が困難な規制薬物,ならびにそれらの代謝物同定に際して,科学的な鑑定証拠が求められる.このような目的には試料調製が比較的容易で,分子構造情報の得られるLC/MSが最も適している.ここでは毒物検査に有用な最近のLC/MS技術について解説する.

薬毒物分析のためのGC/MS

著者: 石井晃 ,   栗原リナ ,   勝又義直

ページ範囲:P.1507 - P.1513

 ガスクロマトグラフィー―質量分析計(GC/MS)は分子量や分子構造の推定が可能であり,薬毒物分析において有力な分析手段の1つである.本解説では,GC/MSの原理,現在汎用されている種々のGC/MS装置の構造および特徴,新しいGC/MS技術を紹介し,さらに,実際に検査室でGC/MSを使用する際の問題点についても論じた.

生体試料からの薬毒物の抽出法

著者: 熊澤武志

ページ範囲:P.1514 - P.1524

 生体試料からの薬毒物分析では,血液,尿,臓器,毛髪等の多種多様な試料が分析対象となる.このような生体試料から効率よく,そして再現性よく薬毒物を抽出するには,抽出法を十分理解して最適なものを選択しなければならい.非揮発性薬毒物の抽出には,液‐液抽出法,固相抽出法,固相ミクロ抽出法が利用できる.一方,揮発性薬毒物には,固相ミクロ抽出法や気化平衡法を用いることで簡便に抽出操作を行うことができる.

話題

"サリン"事件被害者への聖路加国際病院検査部の対応と臨床検査データ

著者: 村井哲夫

ページ範囲:P.1525 - P.1528

1.はじめに
 1995年3月20日(月)午前8時40分,地下鉄築地駅に爆発事故があったとの連絡とともに1台の救急車により聖路加国際病院に事件被害者が運び込まれた.これを皮切りに,"サリン"事件の被害者が,ある者は救急車で,ある者はタクシーで,さらに状況の良い者は徒歩で次々と来院し始めた.当日,被害者の640名の診療に当たり,内110名は入院することになった.その後も来院者が続き,実にその数1,410名に達した.この間,心停止の状況で来院した3名の内2名は救命することはできなかったが,数名の重傷者を含めて全て臨床的に特別な処置を必要とする状況を脱し退院された.
 当院は予想される東海地震などに備え,堅牢な建築,貯水槽の設置などとともに,臨時に補助ベッドを配置することによって多数の患者が収容できるよう,広い廊下やチャペルなどの空間の配置,さらにはところどころの壁面などに酸素の供給や吸引のための設備がなされている.サリン事件ではこれが役立ち,多数の被害者の処置をするとともに必要な患者を収容することができた.もちろん設備だけではなく,病院管理者の適切な指示と対処,医師,看護婦,コメディカルスタッフや事務系職員など,病院職員全員の多大な努力が大きな役割りを果たしたことは言うまでもない.

ヒ素中毒

著者: 鈴木真一

ページ範囲:P.1529 - P.1533

1.はじめに
 1998年夏の和歌山毒物混入事件をはじめとする,新潟のアジ化ナトリウム,長野の青酸化合物などの毒物のみならず,界面活性剤などの異物の混入事件がある.この傾向は全国的な広がりをみせ,関係当局はそれらの対応に忙殺されたことは記憶に新しい.これらの事実は大衆に与える心理的な不安感が極めて大きく,社会不安の大きな要因となっている.
 われわれは,捜査側へ的確な捜査情報を与えるとともに,医療機関での適切な対応のために,迅速かつ精確な混入物質の特定が要求された.

アジ化ナトリウム

著者: 菊地道大 ,   佐藤満 ,   伊藤達朗 ,   本多正夫

ページ範囲:P.1535 - P.1539

1.はじめに
 一昨年,アジ化ナトリウムを使用した傷害事件が多発した.それまでにも誤飲事故などの報告はあったが,一連の事件により,あらためてその毒性および分析法が注目されるようになった.本稿では,アジ化ナトリウムの毒性およびアジ化物イオンの分析法を中心に概説する.なお,すでに総説など1~7)があるので併せて参照願いたい.

症例

救命救急医療における毒物中毒―日本医科大学病院救命救急センターにおける中毒症例

著者: 宮内雅人 ,   二宮宣文 ,   山本保博

ページ範囲:P.1541 - P.1544

 第3次救急施設としての役割を果す救命救急センターの疾患は多岐にわたる.中毒症例においては診断治療よりもまず救命処置が優先されることもあり,必ずしも初療の段階で原因が判明するとも限らず,ときに事件性を帯びた症例も経験する.当院での症例の内訳は依然として精神・神経薬服用による中毒症例が多いが,ここ数年では外国人や外国薬服用による症例,またインターネットを利用して購入した薬物による中毒症例もみられるようになった.

今月の表紙 帰ってきた寄生虫シリーズ・11

イヌ・ネコ回虫など

著者: 藤田紘一郎

ページ範囲:P.1476 - P.1477

 砂場がイヌやネコのトイレ代わりになり,イヌ・ネコ回虫症の感染の場として論議の的になっている.イヌ・ネコ回虫症はToxocara canis,Toxocara cati,などトキソカラ属の回虫がヒトに経口感染して起こる.ヒトは固有宿主ではないため,ヒト体内では幼虫のまま体内を移動して多彩な症状を示す.イヌ回虫成虫は生後3か月くらいまでの仔イヌの腸管に寄生し,糞の中に虫卵を排出する(図1,2).ヒトへの感染には,3つの経路が考えられている.①公園などの砂場に散布されたイヌ・ネコ回虫卵が手指について経口感染する,②イヌ回虫の待機宿主であるニワトリやウシの肝臓またはささみ肉の生食による,③イヌ・ネコの毛に付いた虫卵をゴミなどとともに摂取する場合が考えられている.特に小児においては公園などの砂場が感染の場として重要視されている.しかし,砂場のイヌ・ネコ回虫卵汚染と感染との関係には不明な点が多い.最近増加している症例のほとんどは,成人がニワトリやウシの肝臓などを生食して感染した例である.

コーヒーブレイク

天才の系譜

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.1506 - P.1506

 中学生のころに"天才とは99%がパースピレーション(汗)で1%がインスピレーションである"と教えられた気がする.ビュッフォンという博物学者も"天才はすなわち忍耐である"と言っている.
 今年のゴルフの全米オープンをTVで観戦しながらタイガーウッズという怪物はまさにそれに当てはまる気がした.舞台になり2位に15打差の記録を樹立したのはカリフォルニアのペブルビーチで,私は一昨年にここを見てきたし,彼がたびたび優勝したアリゾナのトーナメントプレーヤーズクラブは今年実地体験してきた.いずれももちろん歯の立たない難コースであるが,彼はペブルビーチで一見気楽にプレーしているごとくで,技術と肉体の極限を駆使してコースを克服しており,こういうのを天才というのだろうとゾクゾクするほど楽しませてもらった.

手よりも心

著者: 寺田秀夫

ページ範囲:P.1539 - P.1539

 最近時間のあるままに庭の草花の手入れをしているが,ほどよく愛情をこめて育てると,草花もそれに答えて美しく咲いてくれるようである.また必要以上に手をかけても,ときには花も咲くことを忘れてしまう場合があるようである.
 最近のわが国の教育の一面のようにあまりにも密度の高い教育を与えても,かえって子供の才能をしぼませてしまうこともあり,深い愛情のなかでのびのびと育てるほうが,本人の才能が伸びやかに育って,将来大きく開花することは珍しくない.

シリーズ最新医学講座―遺伝子診断 Technology編

塩基配列決定法

著者: 野村幸男 ,   谷口高広 ,   菅野康吉

ページ範囲:P.1545 - P.1551

はじめに
 核酸の塩基配列の決定は分子生物学の基本的な操作となっている.医療分野においては,癌における遺伝子異常や各種の遺伝性疾患における原因遺伝子の変異が解明される例が増加していることから,臨床検査における塩基配列決定法はますます重要なものとなりつつある.また,最近予定以上に早くヒトゲノムの大部分の塩基配列が決定されたが,これにはシークエンス反応と解析機器の処理能力の進歩によるところが大きい.ここでは,従来からの塩基配列決定法の変遷を紹介するとともに臨床検査分野への応用について述べる.

Application編

遺伝子の判明している遺伝子疾患の遺伝子解析

著者: 須藤加代子 ,   前川真人

ページ範囲:P.1552 - P.1558

はじめに
 ヒトの金遺伝子の塩基配列の解析終了がすぐそこまできているらしい.近年の遺伝子解析技術の進歩は目覚ましく,目を見張るようである.このシリーズ・最新医学講座で4年にわたり種々の遺伝子診断に関して掲載されてきた.日進月歩であり,終わりが無いシリーズのように感じられる.
 本稿では個々の遺伝子疾患ではなく一般的に原因遺伝子が判明している場合の遺伝子診断法(解析法)をまとめてみた.少し技術に偏ってしまった感もあるが,こうして一覧にしてみると再度技術の進歩に驚かされる.個々の疾患に,これらのどれかが応用されており,今後も新しい技術も加わり,さらに検索が進められていくことと思われる.遺伝子疾患では多くの場合その遺伝子の変異を検索することとなる.

トピックス

内因性NO合成酵素阻害物質―ADMA

著者: 松岡秀洋 ,   今泉勉

ページ範囲:P.1559 - P.1563

1.はじめに
 1998年のノーベル医学生理学賞がNOの発見と作用機序の解明に対して与えられたことは記憶に新しい.この10年問NO研究は瞠目すべき進歩を遂げてきたが,その原動力となったものがアルギニン誘導体を用いたNO合成酵素(NOS)の阻害実験である.すなわち,アルギニン誘導体の発見なくして今日のNO研究の進展は無かったと言っても過言ではない.
 NO研究の端緒となったFurchgottによる内皮由来血管弛緩因子EDRFの発見に遡ること10年,大阪のKakimotoらがメチル化されたアルギニン誘導体NG,NG-dimethyl-L-arginine=asymmetric dimethylarginine;ADMAがヒト体内に存在することを初めて報告し,徳島のOgawa-Kimotoらが精力的にメチル化アルギニンの代謝調節系を相次いで発見して以来,わが国がこのユニークなアミノ酸研究をリードしてきた.一方,内因性NO合成阻害物質としてADMAの生理作用に着目したのが英国のVal-lanceらでありNOの生物学的活性が低下した病態におけるADMAの関与を示唆し,今日のADMA研究隆盛の礎を築いた.本稿では,基礎的事項と,生体内に存在するNO塵生調節系としてのADMAの病態における異常について概説する.

癌の増殖とサイクリン

著者: 後藤明輝

ページ範囲:P.1564 - P.1566

1.はじめに
 細胞は細胞周期(cell cycle)を経て細胞増殖を行う(図1).この細胞周期は,以下の4期に分けられるものとされている.すなわち,DNA複製が行われるS (synthesis)期,核分裂が行われるM (mitosis)期,これらの間に位置するG1期とG2期(gap phase)である.この細胞周期の進行には,サイクリン(cyclin)と呼ばれる一群の蛋白の発現が必要とされている.正常細胞においては,これらのサイクリンは細胞周期における発現時期が決まっており,また,サイクリンの作用も各種の抑制因子により制御されているため,細胞周期の無秩序な進行,すなわち細胞の無秩序な増殖は起こらない.しかしながら,癌においてはサイクリンを含む細胞周期にかかわる多くの因子に異常がみられ,それに伴って癌細胞の無秩序な増殖が生じているということが,分子生物学的知見の蓄積に伴い,明らかとなってきた.本稿では,いくつかのサイクリンとそれらの癌との関連を中心とし,細胞周期の制御と癌とのかかわりについて概説したい.

質疑応答 臨床生理

消化器系疾患手術直後の心電図の記録方法

著者: 笠巻祐二 ,   小沢友紀雄 ,   M生

ページ範囲:P.1567 - P.1569

 Q 消化器系疾患の手術直後の心電図を記録するとほとんどの場合で胸部誘導の基線がかなり動いてしまいST-T変化はわからない状態です.四肢ではそれほどでもありません.なぜこのようになってしまうのでしょうか.また,うまく記録する方法があればお教え下さい.

その他

耳式体温計

著者: 鹿島哲 ,   MT生

ページ範囲:P.1570 - P.1571

 Q 近年耳の鼓膜の温度を間接的に測定することによって,数秒で体温を測定する温度計が使われているようです.その測定原理と他の体温計との利害得失を教えて下さい.

研究

日常の脳波検査で気づきにくいκ律動による耳朶電極の活性化

著者: 末永和栄 ,   土田誠一

ページ範囲:P.1573 - P.1577

 脳波検査における耳朶電極の活性化はしばしば見られる現象で,その原因のほとんどは側頭部に限局する棘波の波及によるものである.しかし,棘波以外による活性化は気づかないことが多く,そのため局在所見を見逃していることも少なくない.今回われわれは通常の基準電極誘導(単極誘導)に4誘導を追加することで,この問題を解決することができた.

電子レンジおよび自動免疫染色装置染太郎くん(AIS-40)を用いた迅速アザン染色法

著者: 佐々木政臣 ,   若狭研一 ,   八幡朋子 ,   杉本健 ,   田部政則

ページ範囲:P.1579 - P.1581

 電子レンジおよび自動免疫染色装置染太郎くん(AIS-40)を用いてアザン染色の自動化,迅速化および染色性の安定化を図った.染色方法は4~8倍希釈のマロリー・アゾカルミンG染色液240mlにプレパラートを入れ,マイクロウェーブを95~100秒間照射後,AIS-40にてアザン染色(アゾカルミンG染色液3分,5%リンタングステム酸水溶液10分間,アニリン青オレンジG染色液30~40分間)を行った.染色時間は1時間以内に短縮でき,染色結果も通常法と同程度に良好で安定していた.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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