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雑誌目次

論文

臨床検査44巻4号

2000年04月発行

雑誌目次

今月の主題 抗原認識と抗体産生 巻頭言

抗原認識と抗体産生の異常と疾患

著者: 菅野剛史

ページ範囲:P.353 - P.353

 抗原認識と抗体産生の問題は,多くの疾患の病因を解明する基本的な機構の解析に繋がっている.その1つは,免疫不全であり,X連鎖重症複合免疫不全症など多くの遺伝性の免疫不全症の解析が新たな抗原認識機構と抗体産生の問題を明らかにしてきた.もう1つはFas/FasLの異常など自己免疫疾患に代表され関連する異常な抗体産生の機構である.今日では,これらの抗原認識と提示,そして多くの細胞間相互作用を経てB細胞での抗体産生までの過程が少しずつ明らかにされてきている.
 一方,細胞間相互作用とその機能の変化が,細胞表面の抗原発現を中心に解析されるようなフローサイトメトリーなどの方法論が確立すると,臨床検査の領域にもこれらの手法は導入され細胞間相互作用の過程での細胞の機能が解析されるようになり,1つの領域を形成しつつある.今回の特集はこのような背景から"抗原認識と抗体産生"というテーマで取り上げることにした.

総説

抗原のプロセッシングとT細胞への提示機構

著者: 西村泰治

ページ範囲:P.354 - P.365

 免疫系は異物である抗原の特異性を識別して排除するために,免疫グロブリン(抗体)とT細胞とを備えている.抗体は,丸ごとの抗原分子に直接結合することにより,主に細胞外に存在する抗原を排除する.主要組織適合抗原は,細胞内で抗原が分解されてできたペプチドを分子の先端に結合して細胞表面に発現する.T細胞は抗原を直接認識することはできず,細胞表面に発現する主要組織適合抗原―ペプチド複合体を認識する.主要組織適合抗原には2種類あり,それぞれ細胞内での局在が異なる抗原に由来するペプチドを機能の異なるT細胞に提示して活性化を促す.こうして活性化されたT細胞は,細胞外の抗原のみならず細胞内に存在する微生物などの異物を感知して,感染細胞を排除する.

T細胞と抗原提示細胞間の相互作用

著者: 小端哲二

ページ範囲:P.366 - P.372

 抗体産生にはまず,T細胞と抗原提示細胞(APC:antigen presenting cell)との細胞間相互作用が必要であり,次にこれら感作T細胞とB細胞との細胞間相互作用が必要である.T細胞活性化には抗原特異的細胞間相互作用,接着分子/共刺激分子そしてサイトカインが関与する.T細胞活性化の最も強力な共刺激分子はCD 80/CD 86である.適当な共刺激を欠くと,T細胞はクローン不応答(アナジー)に陥る.APC活性化にはCD 154―CD 40相互作用が重要である.T細胞増殖は活性化後の増殖因子受容体の発現誘導による間接的なものである.T細胞増殖因子(例えばIL-2)は主にT細胞から産生される.

B細胞の初期分化から成熟まで

著者: 真木一茂 ,   烏山一

ページ範囲:P.373 - P.381

 B細胞は骨髄の中の造血幹細胞からプロB細胞→プレB細胞→未熟B細胞→成熟B細胞という順で派生分化し,最終的には抗体産生細胞となって,さまざまな異物からわれわれの体を守っている.B細胞の初期分化において最も重要なイベントは,プレB細胞受容体とB細胞受容体の発現であるが,もしこれらの分子に形成不全やシグナル伝達に異常をきたすと,B細胞の分化障害が引き起こされ,重篤な免疫不全症の原因になる.

技術解説

フローサイトメトリーによる細胞表面抗原の解析

著者: 東克巳 ,   中原一彦

ページ範囲:P.382 - P.389

 フローサイトメトリー(FCM)とはフローサイトメターを用いて細胞表面抗原等の測定を行い,細胞単位で抗原量や細胞の機能を解析する手法の1つである.
 フローサイトメトリーは種々の抗原を認識するモノクローナル抗体の開発なくして現在のような発展はなかった.また,フローサイトメターもこれに伴って開発が進み,従来の機器とは比較にならないほど検出感度や正確度も増し,今では8カラー分析ができるような機器も作られている.
 一方,これらのすばらしい機器や豊富な抗原を使用し得られる情報もオペレーターの技量により,半減もするし,誤った結果も招きかねない.測定する種々の条件や手技に注意を払い操作する必要がある.
 臨床評価の高いFCM検査を有効利用するために一刻も速く標準化が望まれる.

RT-PCR法による抗原認識機構の解析

著者: 北川峰丈 ,   住田孝之

ページ範囲:P.390 - P.396

 T細胞が認識する対応抗原のT細胞エピトープ解析は,抗原認識機構を解明するうえで重要である.解析に当たり,抗原刺激に対するT細胞の応答を高感度に検出する手法が必要となる.RT-PCR法を応用したRT-PCR/SSCP法やTaqMan PCR法は,T細胞応答をmRNAレベルで高感度かつ簡便に検出するシステムとして有用である.

T細胞レパートリーの解析

著者: 桑名正隆

ページ範囲:P.397 - P.404

 われわれの末梢血中のT細胞は無限に近い抗原認識の多様性を持っている.自己免疫疾患,アレルギー性疾患,癌などの免疫機構の関与する疾患では,そのうちのごく一部のT細胞レパートリーが重要な役割を果たしている.これら病態と関連するT細胞レパートリーを検出し,その詳細な解析を行うことは病態の解明に有用であるのみならず,疾患活動性や治療効果のモニタリングにも応用可能である.

話題

自己免疫疾患とFas/FasL異常

著者: 小林清一 ,   浄上智

ページ範囲:P.405 - P.410

1.はじめに
 自己免疫疾患は,自己抗原に対する制御不能な免疫反応によって全身または特定臓器の障害が誘導される疾患である.その発症には遺伝的素因,環境要因,ウイルス感染,免疫異常などの関与が推測されているが詳細はいまだに不明である.しかし,免疫学的には自己抗原に対する不応答性すなわち自己寛容(セルフトレランス)が不可逆的に破綻した病態と考えられる.一般的に,自己寛容はリンパ球の分化・成熟過程から末梢における免疫応答に至るまで,多層的かつ複数の機序により成立しているが,その主体は自己反応性リンパ球の細胞死(アポトーシス,apoptosis)と不活化(アナジー,anergy)および抑制(サプレッション,suppression)である.このうち細胞死は,中枢レベルでは負の選択,また,末梢レベルでは活性化誘導型細胞死(activation-induced cell death;AICD)と呼ばれるアポトーシス機構によって遂行される.アポトーシスの機能不全は,種々の原因により不活化/抑制機構が解除された活性化自己反応性リンパ球の増加を意味し,その結果,自己免疫反応の持続・遷延化をきたして,遂には不可逆的な自己免疫疾患を発症すると考えられる.したがって,自己免疫疾患におけるアポトーシス機能の解析は,その病態を追求し新たな治療法を確立するうえで非常に重要な課題と言える.
 本稿では,アポトーシス誘導系として最も主要なFas/Fasリガンド(FasL)系の分子機構について最新の知見を紹介するとともに,自己免疫疾患におけるFas/FasL異常について筆者らのデータも含めて概説してみたい.

癌における免疫抑制とTCR複合体異常

著者: 椙山秀昭 ,   齋藤隆

ページ範囲:P.411 - P.416

1.はじめに
 遺伝子異常によって発生した腫瘍細胞(癌細胞)は,発生後のごく問もない段階では好中球やマクロファージなどを主体とした,言わば生体の原始的な防御機構により排除され得るが,この機構を回避して増殖する腫瘍細胞に対しては,T細胞を主軸とした免疫系が機能する.すなわちT細胞は,腫瘍抗原ペプチドの認識,細胞傷害性T細胞(CTL)の活性化,間接的なマクロファージ或いはNK細胞の活性化など系統的かつ多彩な機能を発揮して腫瘍細胞拒絶における中心的役割を果たすものと考えられている.
 しかし,臨床的に診断される癌はこのような免疫防御機構をもさらに回避しつつ増殖,増大し,やがて担癌期の進行に伴ってむしろ逆に宿主の免疫抑制状態を誘導することが知られている.この機序としては,むろん腫瘍細胞からT細胞への直接あるいは間接的な作用の関与があるが,一方で,T細胞の側にその活性化に伴う負の制御機構の関与があることも明かとなりつつある.このT細胞を中心とした免疫系の抑制機構についてはさまざまな研究が行われ報告も多いが,われわれは腫瘍に誘導されて生じた酸化ストレスがT細胞の機能抑制に強く関与するという知見を得るに至り,この点もふまえつつ本稿では個体の担癌状態における免疫抑制とT細胞受容体(TCR)-CD 3複合体異常について解説する.

ヒト化モノクロナール抗体

著者: 諏訪昭 ,   三森経世

ページ範囲:P.417 - P.421

1.モノクロナール抗体開発の進歩
 1975年にモノクロナール抗体作製技術が発表され,生物学,生化学,免疫学などの広い分野で応用されるようになった1).一方で,抗体遺伝子に関する研究では,抗体の構造遺伝子がクローニングされ,抗原認識の多様性獲得の機構が明らかにされた2)
 こうした免疫学研究の進歩と並行して,当初マウスモノクロナール抗体を治療薬として応用する研究が進められた.しかし,マウスモノクロナール抗体には,①分解されやすく半減期が短いこと,②マウスモノクロナール抗体そのものに対する抗体(HAMA)ができやすいこと,③エフェクター機能の低下,などの問題があった.これらの問題点は,主として抗体がマウス由来の蛋白であることに起因する.そこで,マウスモノクロナール抗体をヒト抗体へ近づけるため,キメラ抗体やヒト化モノクロナール抗体が開発された3,4)

自己免疫疾患発症と抗体変動

著者: 網野信行 ,   日高洋 ,   多田尚人 ,   泉由紀子

ページ範囲:P.422 - P.430

1.はじめに
 近年,基礎免疫学の進展には目覚ましいものがある.それに比較し実際のヒト疾患においてはまだまだ不明なことが多い.そもそも自己免疫疾患がなぜ女性に多いのかも明確でないし,自己免疫疾患の発症が具体的にどのような形で捉えることができるかも不明である.従来より血中の自己抗体存在と臨床的な自己免疫疾患とを区別して取り扱う必要性がかなり強調されてきている.また臨床レベルでの疾病の診断基準は,自己免疫病態が不可逆的な状態まで進展した比較的典型的な症例のみを把握するため作成されたものが多い.
 本稿では血中自己抗体検査の変動を中心に,自己免疫疾患の概念を根底から考え直し,具体的な自己免疫疾患の増悪因子としてどのようなものが捉えられるか,またその自己免疫疾患の発症予測がどこまでできるかをまとめてみた.

症例

Sjögren症候群でのbcl-2発現

著者: 菅井進 ,   竹下昌一 ,   正木康史

ページ範囲:P.431 - P.436

1.症例呈示
 1)症例
 64歳,女性.

今月の表紙 帰ってきた寄生虫シリーズ・4

横川吸虫・肺吸虫

著者: 藤田紘一郎

ページ範囲:P.350 - P.351

 東京都内病院でのドック健診時の糞便検査の結果,寄生虫感染率は1991年の0.95%から年々増加を続け,1992年1.61%,1994年3.30%,1996年6.01%そして1997年には7.95%を示し,1999年にはついに10%を超えた.検出された寄生虫の種類では横川吸虫Metagonimus yokogawaiが全体の56%と最も高率であった.現在,日本で最も寄生率の高い寄生虫である.横川吸虫は第1中間宿主はカワニナ,第2中間宿主はアユ,シラウオ,ウグイなどの淡水魚で,これらの刺身やあらい,あるいはシラウオのおどり食いなどによって感染する.横川吸虫症は,近年のグルメブーム,輸送手段の発達によって全国的に感染が拡大している.成虫は1mmくらいのゴマ粒大(図1)で,虫卵も30μm (図2)と非常に小さい吸虫である.ヒトは,メタセルカリアが寄生しているアユなどを食べて感染し(図3),約1週間で成虫になる.少数寄生ではほとんど無症状である.多数寄生で,下痢,腹痛などカタル症状を起こす.
 人体寄生の肺吸虫は世界で7種類が知られている.このうち日本でみられるのはウエステルマン肺吸虫Paragonimus westermaniiと宮崎肺吸虫P.miyazakiiである(図4,5).ウエステルマン肺吸虫は,主にサワガニが第2中間宿主で両性生殖を行う2倍体型(2n=22)と,単為生殖を行い,モクズガニにより感染する3倍体型(3n=33)とに分けられるが,ヒトに寄生するのはほとんど3倍体型ウエステルマン肺吸虫である.ヒトはモクズガニやサワガニ中のメタセルカリアまたは,イノシシ肉中の幼虫を経口摂取して感染する.

シリーズ最新医学講座―遺伝子診断 Technology編

遺伝子クローニング

著者: 康東天

ページ範囲:P.437 - P.440

はじめに
 遺伝子のクローニング1,3)は大きく2つに分けることができる.つまり新規遺伝子のクローニングと既知遺伝子クローニングである.方法論も両者で異なる.新規遺伝子の場合は新規蛋白質の精製から始まるものと,発現クローニングやツーハイブリッド(TwoHybrid)法3,4)といった機能や蛋白質―蛋白質相互作用に基づくスクリーニングから始まるものとに大別できるが,前者は精製とアミノ酸配列決定,後者はスクリーニングそのものが最も重要なステップであり,詳述すればそれぞれで独立した稿を必要とする.臨床検査の目的にはほとんどの場合が既知遺伝子のクローニングであると思われるので,ここではそれに絞って記述したい.
 既知遺伝子のクローニングの目的は,遺伝子検査の際の陽性コントロール作製,定量化のための内部標準の作製,サザンプロッティングやノザンプロッティングのプローブ作製といったDNAそのものを用いる場合と,発現ベクターにクローニングし蛋白質を発現させて,抗体作製用抗原としたりウエスタンブロッティングの陽性コントロールとしたり,さらには発現蛋白質を活性のコントロールにするなど蛋白質の発現を目的にする場合とに分けることができる.研究者はもちろん,少なくとも新たな遺伝子検査法の開発や改良に携わる検査技師にとっても,既知遺伝子のクローニングは既に日常的に行うべき方法論の1つになっていると言えるほど簡便化している.

用語解説編

用語解説・4

著者: 巽圭太 ,   網野信行

ページ範囲:P.441 - P.442

遺伝子発現
 遺伝子の持っ遺伝情報が転写・翻訳されること(図1).遺伝子の本体であるDNA全体(ゲノム)は個体のすべての細胞に共通であるが,発現する遺伝子の違いにより細胞の性質が決まる.
 遺伝子DNAは転写因子などの調節遺伝子により核でmRNAに転写される.mRNAはリボソームで蛋白に翻訳される.蛋白は析りたたまれ,糖鎖付加などの修飾を受け,シグナル配列により輸送され,機能する.

トピックス

寄生虫アニサキスとアレルギー

著者: 木村聡

ページ範囲:P.443 - P.445

1.魚介類アレルギーの意外な黒幕
 サバ,イカ,マグロなど,海産物は日本人に欠かせない食材です.しかし,不幸にしてこれらにアレルギーを持ち,せっかくの海の幸を楽しめない人も少なくありません.蕁麻疹,気管支喘息など,海産物によるI型アレルギーへの関与は広く知られており,その診断には血中の特異的IgE抗体測定が広く行われています.なかでもサバアレルギーは注目度が高く,検査部へ測定依頼もたくさん来ますが,以外と陽性率が低いことにお気づきの方も多いのではないでしょうか.
 私たちは,海産物に高率に寄生しているアニサキスに注目しました1).一般にアニサキス亜科の線虫は,イルカなど海産哺乳動物を終宿主とし,ヒトへの感染は中間宿主である魚介類(つまりサバ,イカなど)の生食により成立します.刺し身を食べた後激烈な腹痛をきたす"急性胃アニサキス症"は有名ですが,アニサキス幼虫が胃粘膜に迷入することで起こります.ところがこれとは別に,アニサキス虫体によるI型アレルギー反応が知られており,命にかかわる重症例も報告されています2).アニサキスと魚介類,ほんとうはどちらに感作された症例が多いのでしょうか? そこで私たちは,全国より集めたのべ3万余の検体を用いて,特異的IgE抗体の観点から,アニサキスと魚介類の陽性率を比較してみました.

筋ジストロフィー症は筋成長障害(逆説)成長指向性の善玉病変

著者: 戸塚武 ,   渡辺貴美 ,   佐久間邦弘 ,   浦本勲

ページ範囲:P.445 - P.449

1.はじめに
 筋ジストロフィー症(MD)は,筋線維(筋細胞は多核の細胞体で糸のように細長いので線維と呼ばれる)が変性・脱落するために筋が委縮する病気と考えられてきた(筋変性説).Duchenne型MD (DMD)の責任蛋白としてジストロフィンがHoffmanらによって予言され,今度こそは成因が解明され,治療法が開発されるだろうと,期待されて11年経った.しかし何も解泱されず,ジストロフィンが欠損しても必ずしも発症しないことなどもわかり,DMD遺伝子/ジストロフィンの検査結果を基に確定診断するのは危ないことが警告されている1).抗ジストロフィン抗体による組織検査について,Hoffmanを含む研究グループ2)も女性保因者で結果にばらつきがあり誤診の心配があると報告し,別の専門家は筋生検の解説で話題にしなくなった.
 男子患者と女子保因者の変異DMD遺伝子は母親から受け継いだものとされてきたが,発症した女子の場合はほとんどが健康な父親から受け継いだものであることがわかり,遺伝様式がわからなくなってきた.

質疑応答 臨床生理

胸部低電位差をきたす疾患

著者: 岩永史郎 ,   岩永亮子 ,   Y生

ページ範囲:P.450 - P.451

 Q 心電図検査の結果が出て胸部低電位でした."心筋障害"ということですが,①原因,②経過,③予後として考えられること,また,今後の予防法があればお教えください.

学会だより 第46回日本臨床病理学会総会

21世紀の臨床検査に向けての課題

著者: 宮地勇人

ページ範囲:P.452 - P.452

 第46回日本臨床病理学会総会は,去る1999年11月10~12日の3日間,熊本市において熊本大学医学部臨床検査医学の岡部絋明教授を総会長として開催された.本総会のテーマは,"医療革命"であり,学会内容はまさに21世紀の臨床検査に向けての地殻変動を感じさせるものであった.医療を取り巻く環境は著しく変貌し,従来とは異なる新たな価値基準が必要とされる.情報化,国際化,高齢化など医療を取り巻く環境変化を反映した臨床病理,検査医学に関するさまざまな講演,シンポジウム,ワークショップ専門部会講演会が企画された.一般演題にも,これからの医療における検査について,貴重な発表が多数みられた.
 特別講演「AIDS発生病理とその治療:明日への課題」(満屋裕明先生,熊本大学免疫病態学)では,HIV-I感染症の発生病理に関する最新の知見とそれに基づく治療の進歩について報告され,今後の臨床検査の在り方に示唆に富む内容であった.HIV-I感染症では,発生病理としてHIV-Iの増殖動態と細胞内への侵入機構が解明されつつあり,それに基づく治療の進歩は目覚ましい.ウイルスの治療薬として逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤による強力な化学療法の導入により,HIV-I感染症は病勢を一定期間コントロールし得る慢性疾患的性格を有するようになった.一方,治療薬により一度は増殖抑制されていたウイルスも耐性を獲得し,さらに他の薬剤にも交差耐性を示す多剤耐性の出現が問題となりつつある.ウイルスは,抗ウイルス剤作用を排除するため抗ウイルス剤の標的となる酵素の構造と機能を遺伝子変異により変化させ巧みに増殖を続ける.治療抵抗性を獲得したウイルスの治療薬の開発には,ウイルスと酵素の相互関係を分子レベルで解析することで有効な治療薬の設計が可能となった.このように今後しばらくの間,ウイルスの巧みな増殖の継続と科学の進歩またはヒトの英知との攻めぎ合いが続くと予想される.診断においては,HIV-Iの増殖動態や細胞内侵入機構の解明が患者診断に利用できるよう臨床検査の開発・普及が迅速,継続的に行われる必要性がある.検査の対象は,治療薬の選択において,耐性に関する遺伝子変異を検出する核酸検査,病勢進行の個体間差を説明し得る細胞内侵入に必要な蛋白発現の多様性(多型)検出などである.HIV-I感染症だけでなく多くの診療領域において,研究室レベルで明らかとなった知見,開発された技術は,迅速に患者診療に応用することが求められ,研究室から検査室への流れは,今まで以上に迅速性と高度技術が要求される.科学の進歩をいかに迅速に患者診断に利用し診療の質向上につなげるか,21世紀の臨床検査へ向けて臨床病理/臨床検査医学に課せられた使命は大きい.

医療変革の時代の道標を掲げる

著者: 木下幸子

ページ範囲:P.453 - P.453

 第46回日本臨床病理学会は,去る1999年11月10~12日に熊本市において,総会長熊本大学臨床検査医学講座岡部紘明教授のもと開催された.
 今回は,総会長講演をはじめとして,高齢化社会に対応すべき医療の在り方を示唆した取り組みが印象的であった.そのなかで,長寿になるに従い増加している生活習慣病について予防につながる検査と病因の解明につながる研究報告を聞き,高齢者の基準範囲設定についてのシンポジウムに参加した.また,医療費膨張の抑制策としてDRGなどが提唱されているなかで,病院全体が自己改革を迫られ検査業務も外部委託の問題など厳しい状況下に置かれている.検査室から院内検査の有川性を前面に押し出していかなければならない時代となった.それに時宜を得たテーマとして,ワークショップ[造血器腫瘍の血液検査システム化]と専門部会講演会[診療サービスとしての造血器腫瘍の遺伝子検査]があり,今後,検査室の進むべき道が示されていた.ここでは,以上について紹介したい.

私のくふう

エンテランニュウ封入剤を用いての細胞転写法―細胞診領域への応用

著者: 金子千之 ,   舟橋正範

ページ範囲:P.454 - P.454

1.はじめに
 体腔液細胞診では,パパニコロウ染色,ギムザ染色,PAS反応およびアルシアン青染色を併用している.しかしながら,体腔液細胞診では上述の染色を併用しても鑑別が難しい場合がある.特に悪性中皮腫細胞と腺癌との判定に苦慮するときがある.このような場合は数種類のモノクローナル抗体を用いて診断している.そこでわれわれはエンテランニュウ(EN)封入剤からの細胞転写法を試みた.
 細胞転写はBrownら1)により報告され,すなわち,スライドガラス上に塗抹された細胞を剥がして他のスライドガラス上に移すことを言い,またスライドガラスが破損して元の標本と同じように修復する方法として知られている.Shermanら2)はこの細胞転写法を応用し,1枚の標本を数枚に分割して,種々の免疫染色を実施している.

資料

EMIT法によるジゴキシン測定に及ぼす胆汁酸の干渉

著者: 奥田優子 ,   難波俊二 ,   佐野將也 ,   鈴木徳二 ,   小島鉄巳 ,   時田哲男 ,   浦山功

ページ範囲:P.455 - P.459

 EMIT法ジゴキシン(DGN)測定では,内因性ジゴキシン様免疫反応因子(DLIF)による干渉が知られている.われわれは,DLIFが出現した症例のうち,肝疾患患者,新生児のDLIFは胆汁酸ではないかと考え,ケノデオキシコール酸添加実験やDLIFの出現を伴った上記症例の血中総胆汁酸(TBA)を測定した.ケノデオキシコール酸添加では有意の正誤差を示し,DLIFが出現した症例のTBAはいずれも高値であったことから,DLIFと胆汁酸の関連性が示唆された.

コーヒーブレイク

(続)忘れ難きひと・ところ

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.461 - P.461

 昔の臨床検査仲間に私より数歳年長の川出という面白い人物がいた.定年時は岐阜大学教授でその後継の野間,清島教授らと同じ脂質検査の大家であった.それ以前は三重碗大学,北里検査センターなどに在籍したがひとときニューヨークに留学していた.そのころ私が訪ねたら大歓迎してくれあちこち案内してくれた.ところが彼の愛川の車がまことにオンボロでひやひやして乗っていたら,繁華街の道の真ん中でとうとうエンコしてしまった.彼もあわててあちこちいじるがびくともしない.当時のニューヨークはのんびりしていたとみえ通行人が数人寄って来て道の端に寄せてワイワイ試みるが駄目である.ふとホテルに前後して滞在していた高原という検査仲間を思い出し電話したら早速.とんできてメカ好きらしくたちまち直してくれた.その後ニューヨークに行くと必ず川出氏の顔が浮かぶようになった.
 彼が岐阜で総会長をやることになり事前視察に行ったら名物の鵜飼などを見せてくれたが,当時の技師長さんが"はしりのアウディ"で案内してくれるのに驚きかつ安心した.岐阜は山上に名城があり,長良川の水も清いのに感銘した.最近娘の夫のI君が新潟から岐阜大学に移りにわかに身近くなったから縁は異なものである.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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