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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査47巻2号

2003年02月発行

雑誌目次

今月の主題 病原微生物の迅速検査 巻頭言

病原微生物の迅速検査

著者: 猪狩淳

ページ範囲:P.125 - P.126

 感染症の診断は,その疾患が感染症であるかどうかを確認することである.

 そのための臨床検査は,①感染症であるかをスクリーニングする病態検査,②感染部位の検査,③起炎病原体の決定あるいは推定のための検査である.このうち,治療に直結するものとして重要な検査は,微生物学的に起炎病原体を明らかにすることである.

 それには,従来より,①塗抹鏡検法による病原体の推定あるいは確認,②分離培養法による病原体の同定,が細菌や真菌の検出に日常的に行われてきている.ウイルスの検出も,基本的にはウイルスの分離同定であるが,これは検査に関する諸条件が整った限られた施設でのみ検査を行うことができ,どこでも行うというわけにはいかないなどの理由で,抗体検査が一般的である.

総論

微生物迅速検査の活用

著者: 栁原克紀

ページ範囲:P.127 - P.135

〔SUMMARY〕 原因微生物を推定し,最も適した抗菌薬を選択することが抗菌化学療法の基本である.また,感染症に対する治療は,早期に開始するほど予後が良いことが知られており,原因微生物を迅速に推定することは重要である.原因微生物の迅速検査としては,塗抹染色,抗原検出,遺伝子診断などが行われている.呼吸器感染症において喀痰のグラム染色は極めて有用な検査である.また,喀痰,尿,血液からの各種抗原検出法や遺伝子診断は,近年大きく進歩した.抗酸菌の迅速培養検査であるMGITも臨床応用され,微生物の迅速検査は感染症の診療に大きく貢献している〔臨床検査 47:127-135,2003〕

検体直接塗抹標本鏡検の重要性

著者: 山中喜代治

ページ範囲:P.137 - P.144

〔SUMMARY〕 顕微鏡を用いた検体の直接塗抹鏡検法は最も古くから行われている感染症検査の1つであり,特別な装置や高価な試薬および広い作業スペースを必要とせず経済性,簡便性,迅速性に優れた基本的検査である.実際にはグラム染色,抗酸染色,特殊染色などを駆使して各種細胞成分の種類,量および質などから炎症像を推察するとともに,多くの感染症起炎微生物を推定(決定)し,早期診断と治療薬選択に貢献している.〔臨床検査 47:137-144,2003〕

DNAチップ/マイクロアレイ法の応用と今後の展望

著者: 山田博子 ,   江崎孝行

ページ範囲:P.145 - P.150

〔SUMMARY〕 感染症の病原体を数時間で迅速に検出し臨床医に報告する体制が構築されることは,感染症の診断と治療法を大幅に変革する可能性を秘めている.なかでもDNAチップ/マイクロアレイ法は病原微生物の網羅的診断への利用が期待できる方法である.本稿では,臨床検査への応用と展望について述べる.〔臨床検査 47:145-150,2003〕

各論 消化管感染症起因菌の迅速検査

ヘリコバクター・ピロリ

著者: 長田太郎 ,   三輪洋人 ,   佐藤信紘

ページ範囲:P.151 - P.157

〔SUMMARY〕 ヘリコバクター・ピロリ菌の感染診断が迅速かつ簡便にできるようになっている.内視鏡で得られた生検組織を用いる迅速ウレアーゼ試験は,病変のある患者に対し短時間にその場で感染診断ができる方法として,特に除菌前診断では有用性の高い検査である.尿素呼気テストはヘリコバクター・ピロリ菌のウレアーゼ活性を利用する検査で,非侵襲的で精度も高く除菌判定に最も有用な検査と考えられており,最近では赤外分光分析装置により短時間で測定できるようになっている.血液や尿を用いた診断法では,ヘリコバクター・ピロリIgGを測定し診断する.数分から数十分で診断できる簡易キットが市販され,最近では国内由来株を用いたELISAキットが開発され,高い精度での診断が期待される.いまだ保険適用にはなっていないが,便中抗原を直接測定することにより尿素呼気テストと同様,除菌後の判定にも利用できると考えられている.〔臨床検査 47:151-157,2003〕

ロタウイルス抗原

著者: 岩田敏

ページ範囲:P.159 - P.161

〔SUMMARY〕 ロタウイルス抗原迅速診断キットには,検出方法としてラテックス凝集法(LA法),酵素抗体法(EIA法),イムノクロマトグラフィー法(IC法)があり,LA法では凝集の有無,IC法では発色したラインの有無,EIA法では吸光度の測定によりそれぞれ判定を行う.LA法は感度の点でやや劣っている.これらのキットではA群ロタウイルスのみが検出可能であるが,適切な感染予防対策および治療を行ううえで,臨床的価値がある.〔臨床検査 47:159-161,2003〕

腸管出血性大腸菌O157抗原,ベロトキシン

著者: 河野原吾 ,   本田武司

ページ範囲:P.163 - P.168

〔SUMMARY〕 臨床検査の分野では,迅速に精度良く,臨床に即した検査結果を報告することが求められている.腸管出血性大腸菌O157:H7感染症の治療においても,迅速な検査結果が求められる.ここでは,基本的な分離培養法を解説するとともに,今後さらに重要となるであろう各種迅速診断法の臨床的有用性について解説する.〔臨床検査 47:163-168,2003〕

クロストリディウム・ディフィシル毒素

著者: 加藤はる

ページ範囲:P.169 - P.174

〔SUMMARY〕 Clostridium difficile関連下痢症/腸炎の細菌学的検査には,糞便検体中の毒素検出および毒素産生性C. difficileの分離培養がある.現在日本では,糞便中の毒素検出にはモノクロナール抗体を用いた酵素免疫法によるtoxin A検出キットが利用でき,施行が簡便かつ迅速であるが,感度が高くないことと,toxin A陰性toxin B陽性菌株が検出されないこと,院内感染が疑われた際には疫学的調査に菌株が必要であることから,毒素産生性C. difficileの分離培養を並行して行うことが必要である.〔臨床検査 47:169-174,2003〕

話題

白血球中細菌核酸同定検査

著者: 松久明生 ,   嶋田甚五郎

ページ範囲:P.175 - P.180

1.敗血症(セプシス)の細菌学的診断の位置

 敗血症(セプシス)とその関連病態〔セプティックショック,播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation;DIC),急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS),多臓器機能障害症候群(multiple organ dysfunction syndrome;MODS)を含む〕は,一般に予後が悪く,また死亡率も高いので迅速かつ的確な診断が行われ,患者の予後を高める治療につなげなければならない.

 このような緊急診断を要する敗血症の細菌学的検査には,従来から患者血液を用いた血液培養法が実施されている.血液培養法の改良の方向は,いかに迅速に感度よく細菌を分離・同定するかに主力が置かれてきた.しかし現状では,培養法に基づいた診断は日数を要し(分離に2~3日以上,同定・薬剤感受性検査を含めれば3~5日以上),しかも,その陽性例は10%前後と低い1)

 このように,血液培養法を基礎とした菌血症あるいは敗血症の診断方法では感染症治療に十分には対応しきれておらず,新しい感染症の概念に立脚した迅速診断法が常に要請されてきた.

 1990年代初頭,アメリカではBoneらがSIRS(systemic inflammatory response syndrome;全身性炎症反応症候群)という炎症概念をsepsis(敗血症)の病態に導入することで(SIRSの概念に基づいた敗血症は日本の敗血症定義とは必ずしも同一ではなく,セプシスと区別する),敗血症(sepsis)および感染症とSIRSの相互関係を定義づけた2)(図1).この概念によって,細菌などによって起こる感染症が侵襲(この場合septic SIRSと呼ぶ)という炎症メカニズムとして把握され,敗血症の治療はこの炎症反応をいかに初期で抑えるかに重点が移っている.そこでは敗血症の診断には菌血症の確定診断(血液培養陽性)を必須としなくなっている.日本でもこのような考え方は緊急医療分野を中心に浸透し始めており,敗血症の病態を把握できるような迅速細菌診断法が考案・実施されつつある.ここでは,感染防御初期の主要なディフェンスラインである好中球などの敗血症へのかかわりに着目した,筆者らの開発した白血球中細菌核酸同定検査法を紹介する.

尿中肺炎球菌抗原検出

著者: 小林隆夫 ,   松本哲哉 ,   山口惠三

ページ範囲:P.181 - P.183

1. 市中肺炎で最多の起因菌である肺炎球菌

 肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)はグラム陽性球菌であり,細胞壁の外側に多糖からなる莢膜をもち80以上の型に分類されている.肺炎球菌は日本を含む諸外国での市中肺炎での起因菌のうちで30~50%と最多を占めている.本号で別に取りあげられているレジオネラと同様に,肺炎球菌による肺炎は重症化するとしばしば致命的となり,特に血液培養で陽性となった場合に死亡率が上昇することが報告されている1).さらに,最近はペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae;PRSP),ペニシリン中等度耐性肺炎球菌(penicillin insusceptible Streptococcus pneumoniae;PISP)が臨床分離検体の約半数を占め,ペニシリンなどの抗菌薬への耐性化が問題となっている2)

 2. 肺炎球菌の検査上の問題点

 特に小児では肺炎球菌はヒト上気道にも常在することがあり,喀痰培養で肺炎球菌が検出された場合でも即肺炎の起因菌とは断定できない.気道由来の検体では品質が問題となり,肺炎患者であっても上気道由来の検体が採取された場合は培養では検出されない可能性もある.また,肺炎球菌は自己融解酵素autolysinを有し,検体の取り扱いによっては,検体中の菌が死滅してしまう.日本の検査室での肺炎球菌の喀痰からの検出率は約5~10%と欧米の30%より低いとされる2).肺炎球菌の培養同定には2~3日を要する.実際には抗菌薬の投与後に喀痰の検査がなされることも多く,これは検査の感度を低下させる.肺炎球菌の検出の感度を高めるためPCR(polymerase chain reaction)法3)などの検査法が検討されたが,コストや手間といった点から普及していない.血液培養は特異度の高い検査であるが,肺炎球菌の血液培養の検出率は10%程度4)と高くない.肺炎球菌はグラム染色で陽性の双球菌連鎖状に特徴的である.グラム染色は,迅速に起因菌を検出できる点は優れているが,手間やコストなどの点から必ずしもすべての医療施設で施行されているとは限らない.従来わが国でもよく利用されていた1993年のアメリカ胸部疾患学会(ATS)の市中肺炎のガイドライン5)では,診断に必須ではない,としている.日本や諸外国での市中肺炎での起因菌の同定率は40~70%前後であり6,7),市中肺炎の患者の30~60%では起因菌不明のまま治療を行わざるを得ないが,このような患者のなかにも肺炎球菌肺炎が多数含まれていることが想像される.起因菌が不明のままの治療は失敗の一因であり,また,広域スペクトルの抗菌薬の濫用に陥りやすい.

尿中レジオネラ抗原検出

著者: 小林隆夫 ,   舘田一博 ,   山口惠三

ページ範囲:P.184 - P.186

1. レジオネラとは

 レジオネラ(Legionella spp.)は好気性グラム陰性桿菌の1つで,自然界中の土壌や水系(河川,湖,温泉など)に広く分布している.人工的な環境すなわち空調冷却水,給水設備にも存在し,このような環境に多いアメーバや藻類の中で共生して増殖可能な性質をもつ.Legionella pneumophilaが主要菌種で,これはさらに15以上の血清型に区別される.レジオネラにはそのほかにもL. bozemaniiなど48菌種が報告されている.レジオネラで汚染された水や蒸気を吸入することにより肺炎や軽症型のポンティアック熱を起こす1,2).なお,レジオネラは,ヒトからヒトへは感染しないといわれている.

 1976年の米国での在郷軍人大会での集団発生3)以来,「在郷軍人(Legionnaires)」と「肺を好む(pneumophila)」というラテン語からレジオネラLegionellaと命名され,市中肺炎や院内肺炎の起因菌の1つとして知られるようになった.その主要菌種がLegionella pneumophilaである.欧米では市中肺炎,院内肺炎の約10%を占めるとされている.日本では1981年に斉藤らにより初めて報告4)されたが,1994年の日本の市中肺炎の調査5)ではレジオネラはごく少数であった.しかし,温泉や入浴施設での集団感染例がしばしばマスコミでも報じられ,1999年の感染症新法では第4類感染症に分類されて報告が義務づけられた.感染症新法の施行後は,わが国でも毎年100名以上の患者が報告されている6).レジオネラや肺炎球菌による肺炎はいったん重症化すると致命率も高く,迅速な診断が望まれる.しかし,レジオネラ肺炎は他の微生物による肺炎と比較して特徴的な症状に乏しく,特異的診断法が必要であるが,以下に述べる問題点があり,実際の診断は容易ではない.

血清中抗抗酸菌抗体測定

著者: 河野弘明

ページ範囲:P.187 - P.191

1.はじめに

 1950年以降順調に減少してきたわが国の結核罹患率は,最近その減少率が鈍化し,再興感染症としての結核が再び注目を集めている.結核の診断は,喀痰などの臨床材料からの結核菌直接検出(塗抹染色法・培養法)が基本であったが,前者は検出感度が低く,後者は長時間を必要とすることから,臨床症状や胸部画像所見・ツベルクリン反応などの臨床的診断が行われて治療が開始される場合も多かった.最近PCR法をはじめとする遺伝子増幅法が取り入れられ,排菌陽性者の診断は著しく改善されたが,わが国では実際に菌を検出しないままに抗結核化学療法を開始する症例が,肺結核症と診断された患者の約半数に存在している1).これらの症例に抗酸菌症としての根拠を与え,適切な治療と処置を行うことは重要な問題である.

ブドウ球菌ペニシリン結合蛋白2'(PBP2')の迅速検出

著者: 中臣康雄

ページ範囲:P.193 - P.196

1. はじめに

 これまで日常の細菌学的検査におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の判定には,オキサシリン(MPIPC)やセフチゾキシム(CXZ)を用いた薬剤感受性試験が広く用いられているが,培養法のため翌日まで判定を待たなければならず,また,用いる薬剤,試験方法,手技などによりしばしば判定が変動し混乱を来たすこともあった.

 本稿では,MRSAの多剤耐性機構の本態であるペニシリン結合蛋白2'(PBP2')の検出によるMRSA判定法と,PBP2'検出用スライドラテックス凝集試薬について述べる.

生物発光を用いた結核菌の迅速薬剤感受性測定

著者: 山崎利雄

ページ範囲:P.197 - P.199

1.はじめに

 1%小川培地を基礎培地に用いているわが国の現行結核菌薬剤感受性試験法は,判定までに2~4週間を要し,判定にも技術者の熟練を要し,また個人差が出やすい.さらに,判定時期を遅らせると耐性と判定されやすいなどの問題がある.米国疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention;CDC)は,結核菌薬剤感受性試験結果は,検体が検査室に提出されてから15~30日以内に報告されなければならないと勧告している1).結核菌薬剤感受性試験の迅速化のために,バクテック法(ベクトン・ディッキンソン),ミジット法(ベクトン・ディッキンソン),ブロスミックMTB-1法(極東製薬工業)といった,液体培地を用いた迅速な試験法が報告され実用化されている.しかし,バクテック法は,放射能を用いるため,わが国では導入されていない.ミジット法は,供試菌液調整条件と判定日が厳格に規定されているし高価である.ブロスミックMTB-1法は,感性菌と耐性菌の明確な判定基準濃度が確立されていないなどの問題がある.そこでわれわれは,生物発光による結核菌の薬剤感受性試験法の実用化をめざし検討2~4)を重ね,簡便で数値化による客観判定ができ,しかも5日間で判定可能な方法を確立した.この新しい結核菌の迅速薬剤感受性試験法について紹介する.

今月の表紙 電気泳動の解析シリーズ・2

クリオグロブリン(cryoglobulin)とその解析

著者: 橋本寿美子

ページ範囲:P.122 - P.123

 Cryoglobulinは4℃で白濁沈殿し37℃で溶解する可逆性の温度依存性蛋白であり,臨床上,重篤な症状を発現することの多い蛋白質である.Cryoglobulinは,①1種類の単一クローン(monoclonal;M-蛋白)性免疫グロブリンのみからなる単一成分型,②数種の蛋白成分よりなり,1種類の成分がM-蛋白である混合型,③混合型であるがM-蛋白を含まない型,の3群に大別される.

 図1はcryoglobulin血症例で,②のM-蛋白を含む混合型の白濁沈殿物(右)である.図2は上記症例の1) セルロース・アセテート(セ・ア)膜電気泳動,2) 寒天ゲル電気泳動,3) 寒天ゲル免疫電気泳動像である.各泳動像は,a:原血清,b:寒冷沈殿物除去後上清血清,c:精製寒冷沈殿物である.

コーヒーブレイク

トキの舞う里

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.191 - P.191

 2002年9月の日朝首脳会談で,北朝鮮に拉致された日本人のうち8人の死亡が伝えられ,日本中に衝撃が走った.このとき5人の生存も判明したが,その一人曽我ひとみさんは佐渡真野町の出身であった.それも拉致とは知られず1978年8月に母親と2人突然行方不明となり捜索するも手がかりなく,86年9月に裁判所の失踪確定宣告でお葬式もすまされていた.

 母親の生死は不明で,真野町に一人残った老いた父親の驚きは察するに余りある.真野は順徳帝の真野御陵のある静かな田園地帯で,私も数度美しい真野湾を眺めたことがあった.失踪当時この湾に数度不審船の出没するのが認められたという.曽我さんの勤務先だった佐渡病院も近くの真野療養所も馴染み深かっただけに,静けさに乗じて行われた国家主権の侵害には怒りを禁じ得ない.

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 免疫機能検査・26

先天性無ガンマグロブリン血症の病因分類

著者: 峯岸克行

ページ範囲:P.201 - P.206

はじめに

 無ガンマグロブリン血症は,ヒトにおいて最初に発見された原発性(先天性)免疫不全症で,1952年にBrutonによって報告された1).この最初の症例は8歳の男児で,生後4歳半より肺炎球菌による敗血症を10回以上繰り返した.この疾患がこのとき初めて同定されたことには,抗生物質の開発の寄与が大きく,それ以前には診断前に敗血症などにより死亡していたものと考えられる.さらには,新たに開発された血清蛋白の電気泳動により,ガンマグロブリン分画の欠損が示され,免疫学的な検討により抗原特異的抗体の産生の障害も証明された.ヒト濃縮免疫グロブリン分画の皮下投与により,易感染性の改善を証明しており,50年以上前にこれだけ優れた検査,診断,治療まで含めた臨床免疫学が存在していたことは大変感銘深い.その後,細胞免疫学の進歩により,無ガンマグロブリン血症のほとんどすべてが末梢血中のB細胞を欠損するB細胞欠損症であることが明らかにされ,後述するように,分子生物学,遺伝学の進歩により,B細胞欠損症の原因遺伝子が次々と明らかにされた.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ シグナル伝達・2

MAPキナーゼファミリー

著者: 白壁恭子 ,   澁谷浩司

ページ範囲:P.207 - P.212

はじめに

 多細胞生物を構成する個々の細胞は,細胞外の様々なシグナル分子を感知してそれに応じた細胞増殖・細胞分化・細胞死などの細胞運命を決定する.細胞外シグナルから最終的な細胞運命の決定が導かれる過程で重要な役割を果たしているのが,細胞内シグナル伝達経路である(図1).細胞外シグナル分子は主に細胞膜上に存在する受容体によって感知され,受容体が特定の細胞内シグナル伝達経路を活性化することによって,遺伝子の発現誘導もしくは発現抑制,細胞内骨格の再構築,蛋白質の分解など細胞運命の決定にかかわる様々な事柄が制御される.現在までに非常にたくさんの細胞内シグナル伝達分子が明らかにされているが,本稿ではそのなかでも特に古くから研究が行われ,かつその理解が最も進んでいるシグナル伝達分子であるMAPキナーゼファミリーに注目し,その概要を解説したい.

 キナーゼとは蛋白質中のOH基をもつアミノ酸(セリン,スレオニン,チロシン)のOH基にリン酸を付加する(リン酸化する)酵素である.リン酸化を受けるとそのアミノ酸の電荷が変わるので,蛋白質全体の構造や化学的性質が変化して蛋白質がもつ生理活性も変化する.また,付加されたリン酸基は脱リン酸化酵素(ホスファターゼ)によってはずすこともできる.これらのことから,リン酸化および脱リン酸化は蛋白質の機能を可逆的に制御できる翻訳後修飾の1つとして細胞内シグナル伝達経路において中心的な役割を果たしている.

 古典的なMAPキナーゼ(Mitogen Activated Proteinキナーゼ)は,種々の増殖因子や発癌プロモーターによって共通に活性化するセリン/スレオニンキナーゼとして見出された.その後,古典的なMAPキナーゼと相同性をもつJNK(c-Jun N-terminal Kinase)やp38といったセリン/スレオニンキナーゼが報告され,これらのキナーゼが1つのファミリーを構成していることが明らかになった.そこで本稿では,混合をさけるために古典的なMAPキナーゼをヒト遺伝子の名称であるERK(Extracellular signal Regulated Kinase)と呼び,ERKとJNKとp38からなるキナーゼファミリーをMAPキナーゼファミリーと呼ぶことにする.

トピックス

細菌性腟症の診断

著者: 松田静治

ページ範囲:P.214 - P.217

1.はじめに

 細菌性腟症(bacterial vaginosis;BV)は,以前には非特異性腟炎,ガードネレラ腟炎,ヘモフィルス腟炎,嫌気性菌腟症などとして知られていたが,現在では乳酸桿菌(Lactobacillus)が優勢の腟内細菌叢から好気性菌のGardnerella vaginalis,嫌気性菌のBacteroides属,Mobiluncus属,Peptostreptococcus属,そのほかMycoplasma hominisなどが過剰増殖した複数菌感染として起こる病態と考えられている1,2).また腟自浄作用の低下,化学的,器械的刺激,エストロゲン機能の失調などの誘因が細菌増殖に関連するのであろう.しかし本症の診断基準に合致する例の1/3から半数が帯下感がなく無症状であり,病因はいまだ完全には解明されていない.

 近年BVが注目されるのは,本症を有する妊婦で絨毛膜羊膜炎(chorioamnionitis;CAM),早産,前期破水が頻度が数倍高くなることや,子宮内膜炎(産褥含む),子宮附属器炎(pelvic inflammatory disease;PID)罹患の危険率が上昇することで,時に腟トリコモナス症や子宮頚管炎とも合併する.BVを腟炎(vaginitis)とせず腟症(vaginosis)なる名称にした背景には,腟炎を分離される細菌で規定せず,腟分泌物の性状所見などに主眼をおいた事情が存在しよう.なお,BVをSTD(sexually transmitted disease)に含めることに反対の意見が多く,現在ではむしろsex associated diseaseとして捉えたほうがよい.

IT技術と微生物検査

著者: 田辺一郎

ページ範囲:P.217 - P.219

 1. はじめに

 情報技術(information technology;IT)の充実は,「IT基本戦略」として,2000年7月,当時の森首相が内閣府に設置した「IT戦略会議」から,国家戦略として掲げられるほどの重要な命題となっている.(http://www.kantei.go.jp/jp/it/index it.html)

 ここでいうITとは単なる情報処理・通信の技術としてのものではなく,コンピュータの進歩に基づくところによる技術のことである.この報告のなかで,ITの進歩によりめざすべき社会の具体的な例の1つ,医療に関する部分として「医療・介護:在宅患者の緊急時対応を含め,ネットワークを通じて,安全に情報交換ができ,遠隔地であっても質の高い医療・介護サービスを受けることができる」とある.

 医療においては「緊急」「安全」「高品質」がキーワードとなろう.

 なお,本題とは関係ないが,この報告のなかには昨今社会的に話題となった国と地方自治体のオンライン化に関する提言も含まれている.批判も多いなか,この施策の実施に踏み切ったということは,本報告の実現化に政府も腰を入れて取り組んでいるという1つの表れかもしれない.

 さて,「微生物検査」はITによってどのように変われるであろうか.以下に具体的な例とともに考えていきたいと思う.また,政府が唱える「緊急に対応」でき,「ネットワークを通じた安全な情報交換」,「質の高い医療」の恩恵をどう日常の業務のなかに生かすことができるであろうか.

乳癌のHER-2免疫組織化学的検査法―ハーセプテスト

著者: 黒住昌史 ,   松井武寿 ,   小林康人

ページ範囲:P.220 - P.223

 1.はじめに

 2001年からわが国においてもHER-2に対するモノクローナル抗体であるトラスツズマブ(ハーセプチン)を用いる抗体療法が,乳癌の新しい薬物療法として行われるようになった.この薬剤を使用するためには乳癌組織におけるHER-2過剰発現の有無を検査することが必須であり,その検査法としてハーセプテストが広く用いられている.本稿では乳癌におけるHER-2蛋白過剰発現の検査法であるハーセプテストの実際と問題点を中心に述べることとする.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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