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雑誌目次

論文

臨床検査47巻6号

2003年06月発行

雑誌目次

今月の主題 アルコールと臨床検査 巻頭言

アルコールの功罪

著者: 石井裕正

ページ範囲:P.569 - P.571

 ■はじめに―昔も今も変わらぬ酒の役割

 アルコール(ここではエチルアルコールを含む飲料として酒と同義に使用する)は人類の歴史とともに古く,特にわが国においては農耕文化の歴史と同じように古いものと考えてよいだろう.つまり穀物や果実を食料として貯蔵しているうちに,自然発酵を起こしてできた酒に人びとが気づいたとしても何の不思議もない.わが国では約2,000年前に,稲作を中心とした農耕文化である弥生文化が進展するにつれて酒というものを知り,さらに積極的に酒を造り出すようになったと考えられている.

 わが国の古代史の中では,酒は神に捧げる御供物であり,今でも「お神酒」という表現にその影響が残っている.古代の人びとは天変地異をはじめとする超人的な威力をそなえたものを神と称し,これを畏れ,またこれを克服することにも努力した.

 特に季節ごとに猛威をふるう「荒ぶる神」を鎮めるために「酒」を供えることが「お神酒」の始まりだと考えられている.そして荒神に酒を供する際,酒を仲介として神と人との交流が生まれ,それによって地震や台風などの天災の根源を断ち,豊年豊作として村落に平和をもたらそうとした.

 多くの人びとにとって,酒は労働の後に安らぎと解放感を与え,また死や不幸からくる不安や悲しみを慰め,さらに豊作を喜んで神への感謝を托すものであった.その点,酒の果たす役割は昔も今も大きな変わりはないようである.

 酒が現代において果たす役割(効用)としては一般的には,まず第一に日常生活における飲料・嗜好品として,第二は儀式,特に宗教儀礼に不可欠の要素として,第三は気分転換剤,刺激剤,陶酔誘導剤などの中枢神経系への作用を介しての使われ方,第四には社交上の人間関係の潤滑油としての作用をもつものとして,などの効用が考えられる.

総説

アルコール性肝障害の病型分類とその診断基準

著者: 野村文夫

ページ範囲:P.573 - P.578

〔SUMMARY〕 わが国のアルコール性肝障害は依然として増加傾向にある.アルコール性肝障害の診断においては,飲酒歴と断酒後のGOT(AST),γ-GTPの変化をみることが重要である.基本病型は,脂肪肝,アルコール性肝線維症,アルコール性肝炎,肝硬変である.一部の症例ではC型肝炎ウイルス(HCV)の関与もあるが,大酒家の肝硬変の約8割がアルコール単独によると考えられる.予後不良な重症アルコール性肝炎にも留意すべきである.

アルコール代謝関連酵素と遺伝子多型

著者: 原田勝二

ページ範囲:P.579 - P.588

〔SUMMARY〕 アルコール飲料中のエタノールは主としてアルコール脱水素酵素(alcohol dehydrogenase;ADH)により酸化され,アセトアルデヒドになる.さらにアルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase;ALDH)により酸化が進むと酢酸となる.酢酸はその後クエン酸回路に入り,10種類ほどの酵素が順次代謝を行う過程で炭酸ガスと水になる.エタノールの代謝に関与する酵素はADHのほかcytochrome P-450 2E1(CYP2E1)がある.これらの酵素はアミノ酸配列の類似性によりスーパーファミリーを構成し,それぞれの酵素蛋白(アイソザイム)は独立した遺伝子の産物であり,一次,二次,三次構造の違いから,様々な基質に対する親和性が異なってくる.例えば,エタノールに対する親和性が高いのはクラスⅡADHであり,とりわけADH2アイソザイムの代謝能が高い.アセトアルデヒドに対してはALDH2アイソザイムが最も親和性が高い.近年,ヒトADH,ALDH,CYP2E1の種類と生化学的特徴が解明されるとともに遺伝子の構造や染色体上の位置も明らかにされ,遺伝子多型の人種による違いも数多く報告されてきた.さらに,遺伝子の多型性変異とその表現型,およびアルコール代謝との関連から,日本人におけるアルコール代謝の遺伝的特異性が明らかにされてきた.

アルコールと生活習慣病

著者: 堀江義則 ,   石井裕正

ページ範囲:P.589 - P.597

〔SUMMARY〕 近年わが国においては,飲酒者数の増加のみならず,成人1人当たりのアルコール消費量も増加している.慢性的な多量の飲酒は肝機能障害はもとより,膵臓,脳,心臓をはじめとする全身の臓器障害を惹起し,栄養障害,代謝障害,免疫能低下を引き起こすが,このような飲酒に伴う臓器障害,代謝障害などは,現代日本の飲酒状況をみると生活習慣病と呼ぶにふさわしく,そのなかの重要な位置を占めている.いずれの障害においても,唯一確実な治療法は断酒であり,その他の治療法はあくまで補助療法にすぎない.また,アルコール依存症においては,早期からの精神科とのかかわりが断酒の継続に有効である.しかし,高尿酸血症などの一部の疾患を除いて少量の飲酒が疾患を誘発,増悪させるとの報告はなく,むしろ健康にプラスに働くことが疫学的研究からも広く認められてきている.生活習慣という見地からすると,ストレスの減少といった精神的な有効性だけではなく,直接的な身体的有効性の面からも適正飲酒が推奨される

各論

飲酒の生化学的マーカー

著者: 山内眞義 ,   瀬嵐康之 ,   井上貴博

ページ範囲:P.599 - P.606

〔SUMMARY〕 飲酒の生化学的マーカーとしては,アルコール性肝障害の特徴を反映するものと,肝障害とは関係なく飲酒そのものに伴う変化を反映するものの2つに分類できるが,明確に区別できないものもある.さらにアルコール性肝障害の病型の生化学的診断に有用なマーカーとして肝線維化マーカー,血清サイトカイン,接着因子濃度が挙げられる.本稿では,代表的なアルコール性肝障害の生化学的診断を中心に概説する.

線維化マーカーの測定とその意義

著者: 岡﨑勲 ,   杉岡良彦 ,   東山礼一 ,   遠藤整

ページ範囲:P.608 - P.616

〔SUMMARY〕 肝線維化マーカーは,1979年RohdeらによりⅢ型プロコラーゲンN末端ペプチドを血清で測定し,肝生検せずに線維化を評価できるとして登場した.24年経過し,Ⅳ型コラーゲン由来の2つの検査法およびヒアルロン酸は保険適用になるなど,日常臨床で使われるまでに発展した.それ以外の線維化マーカーもそれぞれ特徴があり,これらを知ることはより侵襲の少ない,それでいて治療効果を正確に把握できる方法である.特にアルコール性肝疾患の細胞外マトリックス代謝の特徴を知るうえで欠くことのできない検査法である.

血清トランスフェリン微小変異

著者: 堤幹宏 ,   高瀬修二郎

ページ範囲:P.617 - P.620

〔SUMMARY〕 血清transferrinの微小変異は,糖鎖に結合するシアル酸数が減少することにより生じ,一般にcarbohydrate-deficient transferrin(CDT)と呼ばれている.この血清CDT値は,アルコール性肝障害患者で高値を示すことから,飲酒の新たな生化学的マーカーとして用いられるようになってきている.

アルコール性肝障害におけるエンドトキシンと炎症性サイトカインの役割

著者: 竹井謙之 ,   榎本信行 ,   池嶋健一 ,   佐藤信紘

ページ範囲:P.621 - P.626

〔SUMMARY〕 アルコールの過剰摂取は腸管細菌叢由来のエンドトキシンの透過性亢進を招き,肝在住マクロファージであるクッパー細胞の活性化を惹起することでTNFαなど炎症性サイトカインの過剰産生を引き起こす.この事象がアルコール性肝障害の発症・進展に重要な役割を果たすことが明らかになりつつある.本稿では,アルコール性肝障害におけるエンドトキシンと炎症性サイトカインの関与に関して最近の知見を概説する.

血中アルコールおよびアセトアルデヒド測定法とその留意点

著者: 大洞弓子 ,   藤宮龍也

ページ範囲:P.627 - P.631

〔SUMMARY〕 血中アルコール測定は,救急医療や法医学領域でよく必要とされる.エタノール測定には気化平衡法によるガスクロマトグラフ法やアルコール脱水素酵素を使った酵素法があり,ほかに呼気を使った簡易測定法がある.血中アセトアルデヒド測定にはimproved PCA法が主に使われるが,アセトアルデヒドの消失とエタノールからの人工的な産生という難点があり,試料の迅速な処理と溶血の防止に配慮しなければならない.

アルコール性肝障害の病理学的診断―病型分類と問題点

著者: 中野雅行

ページ範囲:P.632 - P.637

〔SUMMARY〕 アルコール性肝障害の組織診断は,“肝細胞の変化”と“間葉系の変化(線維化)”が独立して生じ,それを指標にするのがポイントである.アルコール性肝炎はマロリー体と多核好中球という特徴ある所見が基準であるが,肝細胞の変性と線維化でも診断される.肝細胞周囲線維化から肝硬変への進展,断酒による線維化の改善についても説明した.最近注目されているNASH(nonalcoholic steatohepatitis)の診断についても触れた.

話題

アルコール性膵障害

著者: 大槻眞

ページ範囲:P.639 - P.643

1.はじめに

 1878年Friedreichが大酒家の剖検症例で,膵実質細胞が減少し,慢性間質性炎症像が存在することを報告して以来,アルコールが膵炎の重要な成因であることが知られている.厚生労働省特定疾患対策研究事業難治性膵疾患に関する調査研究班がまとめた研究結果によると,急性膵炎の約40%,慢性膵炎の約55%がアルコールによることが報告されている.アルコールと膵障害の間には強い因果関係が示唆されているが,大酒家で明らかな膵障害を呈するものは1%以下であることから,アルコールの膵障害に対する直接的な証明や機序については不明な点が多い.本稿では,ヒトにおけるアルコールの膵外分泌に対する作用と,アルコールの膵炎発生機序について概説する.

糖尿病患者と飲酒

著者: 渥美義仁

ページ範囲:P.644 - P.646

1. はじめに

 飲酒は糖尿病患者にとっても,糖尿病専門医にとっても悩ましい問題である.まず,臨床では飲酒はしばしば糖尿病患者の血糖コントロールを悪化させる.しかし,基礎的な検討ではアルコール摂取は必ずしも血糖値を上げるとは限らないとされている.そこで,一般的には飲酒が食事療法を乱すことが多いから飲酒を避けるように患者に説明するが,説得力に欠ける場合がある.もちろん,飲酒が入るほど糖尿病治療の根幹である食事指導が困難であることはいうまでもない.飲酒のもう1つの悩ましい面は,糖尿病患者の合併症の1つである冠動脈疾患に対してアルコールの長所が強調されるからである.

飲酒と脂質代謝

著者: 山本匡介

ページ範囲:P.647 - P.650

1.はじめに

 わが国においては近年アルコール総消費量は増加傾向にあり,飲酒の若年化,女性飲酒家の増加,アルコール依存症などが社会的な問題となっている.

 大量飲酒は肝炎,肝硬変を含めて高血圧,脳卒中,膵炎,糖尿病などを引き起こし,諸臓器に影響を与え余命を短くさせる.一方,少量飲酒は心身をリラックスさせる効果があり,代謝面でも従来より“酒は百薬の長”といわれる好ましい作用が報告されている.

 実際,少量飲酒は虚血性心疾患などの動脈硬化性疾患による死亡率を減少させることが報告されている.本稿では,動脈硬化症の危険因子としての脂質代謝に及ぼす飲酒の影響について最近の知見を述べたい.

アルコールと栄養障害

著者: 加藤眞三

ページ範囲:P.651 - P.653

1.はじめに

 飲酒に伴う栄養障害に関して,ある栄養素の欠乏や低栄養が長く取り上げられてきた.一方,現代の先進諸国では過栄養に伴う肥満や糖尿病が健康上の大きな問題となっており,その重要性は今後ますます増大してくると考えられる.さらに,アルコール性肝障害,ウイルス性肝障害ともに,低栄養であるよりはむしろ過栄養の患者が肝硬変へ進展しやすいことなどが明らかにされている.

 本稿では,アルコール摂取に伴う栄養の問題として,まず低栄養についてふれ,次に今後重要になってくると考えられる飲酒に伴う過栄養について述べたい.

アルコールと心血管疾患

著者: 上島弘嗣

ページ範囲:P.655 - P.658

1.はじめに

 アルコールは,高血圧,脳卒中,冠動脈疾患などに対して複雑な影響を与える.もちろん,多量飲酒は健康障害をきたすことは論を待たないが,少量の飲酒は少なくとも,冠動脈疾患(心筋梗塞や狭心症)に対しては予防的に作用する.

 ここでは,アルコールの心血管への影響について,飲酒量・頻度,アルコールの種類などにも焦点を当て,健康に障害のない飲酒習慣,アルコール摂取量について述べる.

PIVKA-Ⅱとアルコール

著者: 丸山勝也

ページ範囲:P.659 - P.663

1.PIVKA-Ⅱとは

 凝固因子のうちⅡ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ因子の産生臓器は肝臓であるため,肝硬変などの重症肝疾患では減少を来たす.これらの凝固因子の産生にはビタミンKが必要となり,またこれらの因子は活性化の際にカルシウムイオンを必要とする点,さらにN末端にγ-カルボキシグルタミン酸(Gla)を有するなどの共通点がみられる.したがって,これらの凝固因子はビタミンK欠乏症や,クマリン系抗凝固剤(ワーファリン)などのビタミンK拮抗物質の投与では正常な凝固機能を呈しない不活性な凝固因子蛋白,すなわちprotein induced by vitamin K absence or antagonist(PIVKA)となって産生される.PIVKA-Ⅱとは,凝固因子のうちの第Ⅱ因子であるプロトロンビンのPIVKAすなわち異常プロトロンビンを意味する.

 PIVKA-Ⅱの産生機序は以下の通りである.血液凝固因子の第Ⅱ因子であるプロトロンビンは肝細胞内で前駆体として産生されるが,その後肝細胞内でNH2末端近傍10個のグルタミン酸残基(Glu)が,還元型ビタミンK存在下においてビタミンK依存性カルボキシラーゼによりγ-カルボキシグルタミン酸(Gla)に変換される.Glaになるとカルシウムイオンと結合しやすくなり生物学的な活性が出ると同時に,hinge region(Glaドメインと結合している4個のアミノ酸部分)という蛋白分解酵素に弱い部分が奥に引っ込み分解酵素に影響を受けにくくなってくる.しかし,これがビタミンK欠乏状態,あるいはワーファリンなどのビタミンK拮抗物質の投与によるビタミンKエポキシレダクターゼ,ビタミンKキノンレダクターゼの非可逆的な阻害時には,ビタミンK欠乏状態になるためプロトロンビンの前駆体のGluが十分にGlaに変換されず,カルシウムイオンと十分に結合できない,すなわち正常な凝固能を有さない異常プロトロンビン(PIVKA-Ⅱ:des-γ-carboxyprothrombinとも呼ばれる)が生ずる.

今月の表紙 電気泳動の解析シリーズ・6

低温保存により出現する異常LDH症例の解析Ⅱ

著者: 堀井康司

ページ範囲:P.566 - P.568

 前回に引き続き,当検査室職員A君に認められた異常LDH(乳酸脱水素酵素)について解析した結果を紹介する.前回述べたように,A君の血清LDHは採血直後には異常は認めないが,一度低温保存すると図1に示すようにLDH1からLDH3にかけて異常な活性が出現した.前回は,この異常活性は確かにLDHであるがLDHそのものの異常ではないこと,正常LDHより高分子量であり,血清中の何らかの成分と結合したために出現した異常と考えられたこと,また分子量的に複雑な異常であることから単一の蛋白との結合ではないことが推定されたところまでお話しした.

 さて,LDHはH型サブユニットとM型サブユニットが組み合わさって五量体となる構造をとっているが,今回検出された異常LDHは低温処理により初めて形成が開始されると考えられたため,あらかじめH型優位またはM型優位の状態を作成しておくことにより結合LDHを解析できる可能性がある.このため,次にM型LDH優位であるヒト肝ホモジネート上清とH型LDH優位であるヒト溶血液を室温で症例血清に添加し,低温処理する実験を行った.実験条件の詳細は割愛するが,図2に示すようにヒト溶血液添加では症例と同一の変化であったが,ヒト肝ホモジネート上清添加ではLDH1,2間の異常バンドは著減し,代わりにLDH3の陰極側に異常バンドが出現しLDH2,3間にテイリング状の異常活性が検出された.ヒト肝ホモジネート上清の代わりにLDH5がほとんどである急性肝炎患者血清を用いてもこの変化は同様であり,この現象はM型LDHの添加による変化と考えられた.つまり,H型異常とM型異常が存在するようなのである.

コーヒーブレイク

ヤマの診療所

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.588 - P.588

 今から44~50年前の頃,大学臨床科に席をおいていたが時々県北の山間の診療所の応援に出かけることがあった.盆や正月にたった1人の常勤医師が不在になり,むしろ好んで留守番を買って出たというべきだろう.昔クローニンという作家の描いた「城砦」という作品に描かれたような山間の鉱山集落の風景に魅かれるものがあったのである.

 それは飯豊(いいで)朝日連峯の山麓の赤谷という地にあった日鉄という会社に属する鉱業所の集落に設けられた診療所で,医師と私より10歳位年上の看護婦Yさんが勤務していた.Yさんは戦時中は大陸にも転戦したバリバリの日赤出身ナースで,慎み深く行き届いた人であったが,腕と度胸のアネゴでもあった.

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 免疫機能検査・30

Guillain-Barré症候群と抗ガングリオシド抗体

著者: 薄敬一郎 ,   結城伸泰

ページ範囲:P.665 - P.673

はじめに

 Guillain-Barré症候群(GBS)は,急性に発症する四肢筋力低下と深部腱反射消失を主徴とする末梢神経疾患である.急性に四肢筋力低下をきたす神経・筋疾患のなかで最も頻度が高い.多くのGBS例で,神経症状発現の1~3週間前に感冒様症状や下痢などの先行感染症状を認めることから,各種ウイルスや細菌による感染が引き金となり,自己免疫的機序を介して発症する可能性が,以前から考えられてきた.近年,末梢神経の構成成分のうち,ガングリオシドに対する抗体が,GBSおよびその関連疾患の病因物質として注目されている.特定の種類のガングリオシドと臨床像との相関も明らかになってきた.

 本稿では,GBSおよびその類縁疾患における,抗ガングリオシド抗体に関連する最近の進歩について概説する.さらに,臨床の現場でも広く応用されるようになった抗ガングリオシド抗体検査に関し,測定方法や実際の症例呈示を交えて紹介する.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ シグナル伝達・6

蛋白質分解シグナル伝達

著者: 嘉村巧

ページ範囲:P.675 - P.680

はじめに

 細胞内の蛋白質の発現量は,合成と分解によって規定されており,それぞれの蛋白質で緻密に調節されている.蛋白質分解機構には,①異常蛋白質や不要になった蛋白質の除去,あるいは抗原提示の際に働くユビキチン-プロテアソーム系,②細胞がアポトーシスに陥る際に動因されるカスパーゼカスケード,③エンドソーム内蛋白質を分解し,アミノ酸のリサイクルに働くリソソーム系,④細胞外からの刺激に応答してカルシウムによって活性化されるカルシウム-カルパイン系,⑤発生や形態形成に重要なADAM(A Disintegrin and Metalloprotease)ファミリーによるプロセッシング,の5つに分けられる.これらの細胞内蛋白質分解機構のなかで,ユビキチン-プロテアソーム系は,半減期の短い蛋白質群の発現量調節に最も寄与している機構の1つである.

 ユビキチン-プロテアソーム系の役割は,大きく2つに大別される.第1の役割としては,特定の蛋白質を特定の時期に破壊することにより積極的に細胞機能を制御することであり,これにより,細胞周期,免疫応答,転写,DNA複製と修復,癌遺伝子産物の分解による増殖制御,抗原提示のための蛋白質分解など多くの生命活動の重要な局面に関与している.第2の役割としては,不要蛋白質を細胞内から除去するという,いわゆるゴミ処理機関として機能していることである.ストレス,環境変化,あるいは合成不良などによって生じた異常蛋白質は,速やかにこの機構を介して分解される.このように,ユビキチン-プロテアソーム系を介した蛋白質分解は細胞の生命活動の中心的役割を果たしているということができる.

トピックス

虚血性神経細胞死におけるカルシニューリンの役割

著者: 内野博之 ,   石井脩夫 ,   芝崎太

ページ範囲:P.681 - P.689

はじめに

 カルシニューリンはカルモジュリン(CaM)dependent cyclic phosphodiesteraseのinhibitorとしてWangら1)によって1976年に発見された.その後,この酵素が注目を浴びた理由としては,この酵素が免疫抑制剤の1つであるサイクロスポリン(cyclosporine A;CsA)およびFK506のターゲットであることが報告され2),T細胞活性化に伴う免疫機構制御に不可欠な酵素としてその役割が重要視されてきたためである.その後,Ca2+/CaM依存性のセリン/スレオニン脱リン酸化酵素2Bとして脳内全蛋白量の1%も存在する酵素であることがわかり神経細胞内での多様な役割が期待されてきた.

 これまでの精力的な機能解析により,この酵素がシナプス可塑性の調節,シナプス伝達を介した学習や記憶の制御,NMDA(N-methyl-d-aspartate)受容体の脱リン酸化に伴う脱感作,IP3受容体のCa2+流入抑制,nNOS(neuronal nitric oxide synthetase)を介する神経細胞死誘導などに関与する報告3,4)がなされ,この酵素の担う多彩かつ重要な機能が脳においても脚光を浴びつつある.

質疑応答

臨床生理・胃炎,胃潰瘍における内視鏡検査とX線検査

著者: 西園孝

ページ範囲:P.690 - P.693

Q

 胃炎,胃潰瘍の診断には従来からX線検査,内視鏡検査(病理組織)などがあります.通常はX線検査を実施した後に内視鏡検査を行いますが,X線検査は単にスクリーニング検査との位置付けなのでしょうか.内視鏡検査を用いれば,X線検査は必要ないのか,また,内視鏡検査でわからないものが,X線検査でわかるということもあるのでしょうか.

 内視視鏡検査とX線検査の長所,短所も含めてご教示下さい.(宮域県・M生)


A

1.胃X線検査と胃内視鏡検査の現況

 胃X線検査と胃内視鏡検査における画像診断は,これまで,双方の長所,短所を補い合い,進歩して来たもので1),どちらか一方がもう一方の補助検査というわけではない.しかし近年,組織生検や内視鏡的粘膜切除術,出血に対する内視鏡的止血術などの施行目的も含め,内視鏡検査の普及は著しく,内視鏡優位の立場をとる施設は明らかに増えており,時代の趨勢とも考えられる.

 X線検査で異常を指摘されると内視鏡検査を受けなければいけないということは一般的に常識的なことと受けとめられているが,なぜそうしなければいけないのかについての具体的解説はなされていないように思う.現在行われているX線検査の大半は,集団検診や人間ドッグにおける間接撮影である.間接撮影はできあがったフィルムが小さいこともあって,画像としては直接撮影に比べてやや劣ると考えられており,間接撮影で異常が疑われれば,要精密検査となる.もちろんこの場合の異常とは,単に慢性胃炎があるだけではなく,それ以外の所見,例えば,潰瘍性病変や悪性所見などがあるかまたは疑われる場合ということになろう.ただ,検診での要精検率は10~20%といわれており,検診を受けたほとんどの人はX線検査だけで終了ということになる.ところで,集検やドッグの間接撮影で要精検といわれ病院を受診した人に対し,「直接撮影でもう一度X線検査をやりましょう」という施設がどのくらいあるかということである.ほとんどの施設では,受診者へ「それでは内視鏡で精密検査をしてみましょう」というのではないかと思われるし,また,受診者も,「精査のためもう一度X線検査を受けて下さい」といわれたら,「え,またバリウムを飲むんですか」というだろう.つまり,現在の通例では,X線検査で異常を指摘されたら,次は内視鏡検査というのが一般的となっている.また,二次検診ではなく,自覚症状などのため受診した場合,まずX線検査を施行し異常があれば内視鏡検査を施行する施設もあるが,はじめから内視鏡検査を施行する施設が増えているものと思われる.X線検査で存在診断を施行し,質的診断は内視鏡でという考え方があるのかもしれないが,なぜ最終的に内視鏡検査を施行しなければならないのか,X線検査だけでは診断できないのかについて次項以降で述べたい.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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