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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査48巻11号

2004年10月発行

雑誌目次

特集 動脈硬化-その成り立ちと臨床検査 序文

動脈硬化―その成り立ちと臨床検査

著者: 寺本民生

ページ範囲:P.1183 - P.1184

 20世紀後半の動脈硬化研究の進歩は目覚しく,Framingham heart study(FHS)などの疫学的研究による高脂血症や高血圧・糖尿病などの危険因子の同定を起点として飛躍的な発展をみせた.疫学研究の重要性を改めて認識しているところである.この危険因子の同定は,その介入試験という臨床的手法により確認され,エビデンスに基づく医療(EBM)という領域を確立した.特に,高脂血症や高血圧に対する介入試験は続々と発表され,エビデンスを蓄積し,グローバルなガイドラインが作成され,いまや,実地医療に利用されている.

 大規模介入試験の意義

 20世紀に行われた大規模介入試験ではある程度冠動脈疾患のリスクの高い患者では高脂血症や高血圧の治療により,虚血性心疾患や総死亡の抑制効果を示すことができることが示され,これらの薬物療法が総体として有効であるという事実が示されてきた.このことは,疫学で示された危険因子を,臨床的に証明したことになり,危険因子として確立させたという意味で意義深い.

1章 動脈硬化の発症メカニズム

1. 動脈硬化性疾患とは

著者: 齋藤康

ページ範囲:P.1186 - P.1188

はじめに

 動脈硬化とは本来病理学の言葉であると思われる.病理学の世界ではこれを厳密に定義しているし,また成り立ちについてもいくつかの説が提唱されている.しかし動脈硬化によってもたらされる臨床症状や臓器機能の障害によってそれは,脳動脈硬化という表現でその症状から脳の動脈に起こる変化を基盤にして起こったものとして使われていた歴史があるように,臨床診断名としても使われていた.臨床症状から動脈硬化とはなにかを考えるとき,それは極めて多彩な症状であり,もしその症状からその臓器に起こる変化についてほかの病気を含めた鑑別診断を求められるとしたら必ずといっていいほど,動脈硬化という診断はその中に入るであろう.日常にしばしば遭遇する,頭痛,めまい,耳鳴り,息切れ,胸痛,高血圧,腰痛,歩行時の足の痛み,麻痺冷感など挙げればきりがない.動脈硬化とはそもそも動脈の閉塞に伴って血流の低下そしてそれより末梢の虚血の状態がつくられ,これが何らかの臓器障害をもたらして症状を呈するのである.そしてその症状が全身にみられるのは,動脈が全身に分布しているからであり,その分布する形態によって起こりやすさ,起こりにくさという点で,また分布する臓器の機能の特徴によって,症状は異なるのである.

 臨床的には心筋梗塞にみられるように,急激に起こる胸痛や心機能の低下などは,動脈硬化を基盤とした動脈の完全閉塞であり,心筋の局所的な虚血から,心筋の壊死などを起こしている症状である.しかしこのような症状を呈するまで,動脈硬化巣はどのようになっているかというと,動脈硬化が起こりはじめて,すこしずつ動脈壁が内腔に向かって肥厚が起こるが,その程度が,内腔の3分の2以上閉塞が起こらないと症状は呈さないといわれる.それは血管は拡張し,収縮するという機能をもっているので,多少閉塞が起こっても血液を供給するという機能は保持できると考えられているからである.すなわち,臨床的に動脈硬化という症状からの診断がなされるときには病理学的に多くの場合かなり進展しているということもできるのである.このようなことも多彩な症状を示す要因の1つであろう.

2. ヒト冠動脈硬化の病理・病態

著者: 平山道彦 ,   福島裕子 ,   上田真喜子

ページ範囲:P.1189 - P.1193

はじめに

 ヒト冠動脈には,加齢に伴って,プラークと呼ばれる内膜の肥厚性病変が形成される.このプラークの構成成分は多様であり,線維成分に富む線維性プラークから,脂質成分に富み線維成分の乏しいlipid-lichプラークまで様々な性質を有するプラークが存在している.プラークにおいて重要なことは,その肥厚度よりもむしろ安定か不安定かといった性質である.これまでの研究から,冠動脈プラークが何らかの要因で「不安定プラーク(unstable plaque)」に変化することが明らかにされており,この現象はプラークの「不安定化(destabilization)」と呼ばれている.このような不安定なプラークにみられるプラーク破裂(plaque rupture)やプラークびらん(plaque erosion)とそれに伴う内腔での血栓形成は急性心筋梗塞,不安定狭心症,心臓虚血性突然死などのいわゆる急性冠症候群(acute coronary syndrome)の主たる原因と考えられている.

 本稿では,ヒト冠動脈プラークの進展・不安定化の要因について,われわれの研究データも交えながら概説する.

3. 動脈硬化の成り立ち

著者: 北徹

ページ範囲:P.1195 - P.1199

はじめに

 生活習慣の欧米化に伴い,動物性脂肪を中心としたエネルギー摂取過多・運動不足に因るエネルギー消費不足により惹起される内臓脂肪蓄積を上流としたメタボリック症候群(高血圧,耐糖能異常,高脂血症,インスリン抵抗性などを主症状とする)が増加の一途をたどり,ひいては粥状動脈硬化を引き起こすことが明らかにされ,臨床上解決すべき大きな命題となってきた.

 一方,粥状動脈硬化研究成果は,ウサギ,イヌ,ブタ,サルなどに高コレステロール食を与えることにより病理学的にコレステロールと粥状動脈硬化の関係を明らかにされ,ヒトにおいても,低比重リポ蛋白(LDL)の受け皿であるLDL受容体の遺伝子異常によりもたらされる家族性高コレステロール血症(FH)が,高LDL-コレステロール血症と早発性粥状動脈硬化に基づく心筋梗塞症を引き起こすことから,その関係がヒトでも明らかにされてきた.高LDL-コレステロール血症がもたらす,早発性動脈硬化の機序を基礎に,今後,メタボリック症候群がいかなるメカニズムで粥状動脈硬化を引き起こすかが明らかにされるであろう.

4. 動脈硬化性疾患の疫学―わが国で増加しているのか

著者: 嶋本喬 ,   飯田稔 ,   磯博康 ,   佐藤眞一 ,   北村明彦

ページ範囲:P.1200 - P.1207

はじめに

 動脈硬化性疾患として臨床的に取り上げられる代表的なものは,脳卒中(特に脳梗塞)と虚血性心疾患(心筋梗塞,狭心症など),さらにBurger氏病のような四肢末梢の動脈病変であろう.ここでは,脳卒中と虚血性心疾患に絞って述べる.

 さて,「わが国で増えているのか」という問いかけに対してであるが,一般には増加しているという印象をもたれているようである.しかし,その根拠はどんなものであろうか?

 一般臨床医家の印象は自分の扱う患者数のなかで,脳卒中や虚血性心疾患の患者数やその割合の動向によって左右されることが多い.救命救急医療の進歩,再発防止やリハビリの進歩などにより,これらの疾患に罹患しても直ちに死に至ることは少なくなり,急性期を脱した患者は入院,あるいは継続的に受療することが多く,患者数は増えていると思われやすい.たとえ,その地域で患者の発生数や人口当り発生率が予防医学の進歩などによって減少していても,一般医家にはその情報は把握しにくいから,患者数の増加のみが印象づけられることになる.また,循環器を専門とする医師,あるいは医療機関には,循環器の患者が集中しやすく,増加しているとの印象が増幅されがちである.逆に,循環器を専門としていない医師では動脈硬化性疾患患者が減っても,専門外であるため,「減った」とは声高に発言しないようである.本稿での「わが国で増加しているのか」という問いかけであるが,このような個々の医師の印象ではわが国の全体としての姿は明らかにし難い.

 また,「わが国で増加しているか」という問いに対して,その答えは立場によっても異なってくる可能性がある.例えば,予防医学の立場にある者では新患の発生(罹患率または発生率)が少なくなるか,あるいは総数では低下しなくても,年齢別にみて発生が比較的若年者で減り,高齢にシフトすれば減少していると考える.すなわち,予防対策の効果は上がっていると考える.

 しかし,国や地域の医療計画に携わり,患者数に応じた専門機関や専門医や専門技術者を配備したりする立場からは,年齢にかかわらず患者数の増減が問題である.たとえ,罹患率が増加しないか減少した場合でも,救命救急や再発防止がうまくいけば,死亡を防ぎ,生き残った患者数(有病者数)は増加することもありうる.そうすると同じ状況下において一方では「増加」ととらえ,予防医学や疫学に携わる者は「不変」あるいは「減少」ととらえることになり,両者の見解は一致しなくなる.

 したがって,性急に増減を結論づけるのではなく,全国的に死亡統計(死亡数,死亡率),患者統計(有病数,有病率),あるいは一部の地域になるが患者発生の状況(発生数,発生率)などを総合的に検討する必要がある.

5. メタボリックシンドロームと動脈硬化

著者: 松澤佑次

ページ範囲:P.1208 - P.1212

メタボリックシンドロームの定義

 メタボリックシンドロームという症候群が近年急速に注目を浴びるようになってきた.これは決して新しい概念ではなく,1980年代の後半に提唱された高コレステロール血症以外の動脈硬化基盤として耐糖能異常,高脂血症(特に高トリグリセリド血症),高血圧,肥満(特に上半身肥満,内臓脂肪型肥満)などが一個人に集積する状態,つまりマルチプルリスクファクター症候群と本質的には一致する病態である(表1).問題はこれらの多彩な,しかも身近な病態がただ偶然合併している状態を症候群として取り上げるのか,あるいは何らかのキーファクターがマルチプルリスクの上流に存在するのか,もしそうなら何がキーファクターなのか,については当時からも論争があった.シンドロームXという名前でこの病態を提唱した,ReavenやDeFronzoらはこれらの病態の発症にインスリン抵抗性とその反映としての高インスリン血症が重要な役割を果たしている可能性を主張してきた.

 一方死の四重奏という症候名で,上半身肥満の意義を示した,Kaplanや内臓脂肪症候群を提唱したわれわれは,内臓脂肪の蓄積がマルチプルリスクの中心に存在しまた直接動脈硬化の発症にも関与する可能性を示してきた.このように種々の名前で呼ばれたマルチプルリスクファクター集積症候群のなかでも最も有名なシンドロームXについては,循環器疾患として冠動脈に狭窄を認めないのに狭心症症状を呈する病態に付けられていたシンドロームXと紛らわしいため,Reavenの提唱した症候群をメタボリックシンドロームXと呼んで区別していた時期が続いた1,2).このマルチプルリスクファクター症候群が循環器や動脈硬化の分野に拡がったのは米国NIHの呼びかけで,National Cholesterol Education Program(NCEP)のコミティーが上記のようなマルチプルリスクをもつ症例を単なる偶然の病態とはせず疾病単位として扱ってメタボリックシンドロームという診断名でコレステロールと同様の重要な対策目標としたことによる.NCEPのメタボリックシンドローム診断基準では内臓脂肪蓄積を重要な背景として捉え,高血糖,高トリグリセリド血症,低HDLコレステロール血症,高血圧,とともにウエストがコンポーネントとして採用されている(この5個のうち3つ以上存在するとメタボリックシンドロームと診断する).ただし,この診断基準では,例えば,高トリグリセリド血症,低HDLコレステロール血症に高血圧を合併しただけでメタボリックシンドロームと診断されてしまう問題点があり,現在内臓脂肪蓄積を必須項目にするべく改正の作業が進んでいる.それと併行してわが国でも,日本動脈硬化学会,日本肥満学会,日本糖尿病学会,日本高血圧学会,日本循環器学会の5学会に加え,日本腎臓病学会,日本血栓止血学会も参加して合同で診断基準の設定に向けての検討が進んでいる.

2章 主要冠疾患危険因子の診断基準と臨床検査値

1. 動脈硬化性疾患の危険因子

著者: 磯博康

ページ範囲:P.1215 - P.1220

はじめに

 わが国では,2002年現在,動脈硬化性疾患のうち,脳血管疾患は死因の第3位,冠動脈疾患は死因第2位である心疾患の約1/2を占め,両者を合わせると,死因第1位の癌を凌駕し,生活習慣病として重要な疾患である.

 本項では,主要動脈硬化性疾患である,脳血管疾患と冠動脈疾患を挙げ,それぞれの定義,死亡,罹患率,危険因子(発症要因),予防の実際と評価について述べる.

 主要危険因子の各論と検査の詳細は,本項に続くそれぞれの項を参照されたい.

2. 高脂血症―診断基準と臨床検査

著者: 末廣正

ページ範囲:P.1221 - P.1226

はじめに

 わが国のライフスタイルは急速に変遷しつつあり,食生活の欧米化とともに身体活動の低下が進んでいる.一方では,高齢社会時代となり,今後は高齢者が増加し続ける.これらのことから,将来,冠動脈疾患(coronary heart disease;CHD)をはじめとした動脈硬化性疾患の絶対数が増加することは明らかであり,その予防がますます重要になってきている.

 CHDは種々の危険因子をもとに発生してくるが,そのうち最も重要な危険因子の1つがLDLコレステロール(LDL-C)である.日本動脈硬化学会は1987年に高脂血症の診断基準値を提案し,1997年には「高脂血症診療ガイドライン」を発表した1).このガイドラインでは高コレステロール血症に対して診断基準,治療開始基準,治療目標値が設定され(表1),わが国の診療の場に広く浸透し,多くの臨床医に利用されてきた.しかし,治療に関しては,CHDの合併はないが高コレステロール血症以外の危険因子を1個以上有する患者(カテゴリーB)はすべて同じ扱いであり,一人ひとりの患者に沿った管理目標を求めるには必ずしも適したものでなかった.その後,わが国独自のエビデンスも徐々に集積されるようになり,また,CHDのリスクとしてマルチプルリスクファクター症候群(メタボリック症候群)が注目されるようになった.このような状況で日本動脈硬化学会は,日本のデータを中心に検討を重ね,2002年に「動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002年版」2)を発表した.本ガイドラインも臨床の場において,徐々に活用されるようになってきている.本稿では本ガイドラインの基準,管理目標を中心に,高脂血症の診断とその検査について述べる.

3. 高血圧―診断基準と臨床検査

著者: 佐々木晴樹 ,   浦信行 ,   島本和明

ページ範囲:P.1227 - P.1233

はじめに

 高血圧は心血管疾患の最も重要なリスクファクターの1つであり,高血圧の治療の目的は,血圧をコントロールすることにより,高血圧に伴う心血管合併症の予防,あるいはその進展を阻止することにある.血圧のレベルに基づいて高血圧の診断がなされ,その診断に基づいて高血圧の治療が行われる.血圧値は性,年齢,人種などの因子により影響を受ける連続性のある値なので,正常と高血圧を明確に規定することは困難であるが,これまでの疫学調査では血圧上昇に伴って心血管合併症の頻度およびその死亡率が上昇すること,さらに,種々の大規模介入試験により,血圧をコントロールすることで心血管合併症に対するリスクが減少することが明らかにされている.したがって,これらの疫学調査や介入試験の結果に基づき,心血管疾患の発症に関与する血圧レベルをもって正常血圧と高血圧を分けることになる.以下,高血圧の診断基準,高血圧性臓器障害の臨床検査などについて,最近の報告も交えて解説する.

4. 糖尿病―診断基準と臨床検査

著者: 柏木厚典

ページ範囲:P.1235 - P.1240

はじめに

 糖尿病患者が急増し,糖尿病予備軍の対象者を入れると1997(平成9)年の調査から5年後の調査で250万人増加した.糖尿病は全身の血管を障害し,その治療が糖尿病治療の目標である.特に高血糖と高血圧を基盤として発症進展する細小血管障害(網膜症,腎症,神経障害)は患者のQOLの大きな障害因子となっているが,本章の検討課題である動脈硬化症については,糖尿病患者は非糖尿病患者に比べて2~3倍高頻度であると指摘されている.その理由として高血糖が直接的に進行を促進する機構が報告されているが,別の重要な機構として糖尿病患者に冠危険因子が重複するいわゆる“メタボリックシンドローム”を呈する症例が多いことも指摘されている.しかも最近の研究から糖尿病予備軍(impaired glucose tolerance;IGT)から動脈硬化症が進行することが指摘され,その理由として食後高血糖,インスリン抵抗性と遅延型高インスリン血症,食後高中性脂肪血症の意義が指摘されている.その結果,糖尿病患者における冠動脈硬化症,脳動脈硬化症,閉塞性動脈硬化症は患者の生命予後決定の重要な因子となり,糖尿病臨床上かつてないほど重要な位置を占めるようになってきた.このように初期からIGTや糖尿病を診断し,生活習慣を改善しその進展因子を改善することによって動脈硬化の発症・進展を抑制することが期待できると報告されている.そこで本稿では動脈硬化発症進展を抑制する視点から糖尿病の診断基準と臨床検査の実際について概説する.

5. 肥満症―診断基準と臨床検査

著者: 流谷裕幸 ,   船橋徹

ページ範囲:P.1241 - P.1248

はじめに

 肥満症は,糖尿病,高血圧,高脂血症,冠動脈疾患,虚血性脳疾患といった成人に合併する疾病の多数を占めるいわゆる生活習慣病全般に大きな影響を及ぼす病態であり,近年,わが国においてもライフスタイルの変化によりその頻度が増加してきている.さらに,これらの疾患の発症には単なる脂肪の蓄積ではなく,蓄積部位の違いが重要であるとされている.つまり,腹腔内に脂肪が蓄積する内臓脂肪型肥満が種々の危険因子の基盤となり,動脈硬化性疾患の発症に深くかかわっていることが明らかとなった.これらのことを踏まえて日本肥満学会は疾病と関連する病態として肥満症の診断基準を作成した.また,脂肪組織は単なるエネルギー貯蔵臓器ではなく,様々な生理活性物質(アディポサイトカイン)を分泌し,代謝的に活発であることが明らかとなり,動脈硬化性疾患などの肥満合併症との直接的な関連も解明されつつある.本稿では動脈硬化性疾患危険因子の関連として,肥満症の診断と内臓脂肪蓄積の測定法を中心に解説する.また,内臓脂肪型肥満でしばしばみられるように,危険因子が重積した病態をメタボリックシンドロームとして捉える考え方が最近一般的になってきている.メタボリックシンドロームの診断基準およびメタボリックシンドロームの成因として注目される脂肪細胞の機能異常についても概説する.

6. 喫煙と検査値異常

著者: 石川俊次

ページ範囲:P.1249 - P.1253

はじめに

 2003年の日本たばこ産業株式会社の全国たばこ喫煙者率調査によると,20歳以上の喫煙者率は男性48.3%,女性13.6%であり,経年的にみて男性は低下傾向であるが,ほかの先進国に比べて高率である.女性の喫煙者率はほかの先進諸国と比べて低率であり,横ばい傾向であるが,20歳代,30歳代の若い女性の喫煙者率が近年上昇している.たばこの煙にはわかっているだけで4,000種以上の化学物質が含まれており,喫煙者では各種の癌,虚血性心疾患,肺疾患,消化器疾患などの危険性が増加する.喫煙は能動,受動にかかわらず,動脈硬化性疾患のリスクとして極めて重要である.また,喫煙はほかの動脈硬化危険因子にも影響を与え,それが動脈硬化を促進する機構となっている.そこでここでは主に喫煙の脂質代謝,酸化ストレス,糖代謝などに対する影響についても述べる.

3章 より繊細な診療を求めて―これからの冠疾患危険因子

1. レムナントとsmall dense LDL

著者: 平野勉

ページ範囲:P.1257 - P.1262

はじめに

 低比重リポ蛋白(LDL)コレステロールが動脈硬化,とりわけ冠動脈疾患(CHD)の最も重要なリスクファクターであることは大規模な疫学調査や薬剤の介入試験によって明らかとなっているが,最近レムナントとsmall dense LDL(sdLDL)が新しいCHDのリスクファクターとして注目されている.レムナントやsdLDL TG(トリグリセリド)の増加を規定する最も強い因子は血清TG濃度である.コレステロールとは異なりTGは食事の影響を強く受ける.食後の増加が著しい場合は食後高脂血症といわれ,CHDの危険因子とされる.食後高脂血症にもレムナントの増加,LDLの小型化が深く関与する.TG代謝はインスリンの影響を受けるが,レムナントの増加,LDLの小型化も同様である.インスリン抵抗性を示す肥満や2型糖尿病ではレムナントやsdLDLが増加する.本論文ではレムナントとsdLDLの代謝,測定法,測定意義につき概説する.

2. Lp(a)

著者: 一瀬白帝

ページ範囲:P.1263 - P.1270

Lp(a)とアポ(a)

 脂肪は単独では血液に溶けないので,脂質粒子はアポリポプロテインに周囲を包まれて血中に存在する.したがって,高脂血症と高リポプロテイン血症は,ほぼ同じ意味である.「悪玉脂肪」である低密度リポプロテイン(LDL)では,親水性のアポリポプロテインB-100が疎水性である脂質粒子の外側を覆っている.リポプロテイン(a)[Lp(a)]は,さらにLDLのアポB-100と高分子糖蛋白質アポリポプロテイン(a)[アポ(a)]がジスルフィド(S-S)結合した脂質粒子である(図1).血中Lp(a)濃度は優性遺伝し,一般人の1/4~1/3では高値で,独立した動脈硬化/血栓症の危険因子であることから,近年特に注目されている.

 アポ(a)はヒトや旧大陸の霊長類(とヨーロッパハリネズミ)のみに存在することや,Lp(a)の血中濃度に個人間のみならず人種間でもかなりばらつきがみられることが特徴である(黒人が白人,黄色人種に比べて高い).

3. コレステロール逆転送系関連因子

著者: 中田佳延 ,   脇川友宏 ,   池脇克則

ページ範囲:P.1271 - P.1276

はじめに

 高比重リポ蛋白(HDL)は動脈硬化の負の危険因子であり,HDLコレステロール濃度が1mg/dl増加すると,冠動脈疾患リスクが2~3%減少するといわれている.HDLは抗酸化作用,およびコレステロール逆転送系(reverse cholesterol transport;RCT)への関与により抗動脈硬化作用を有しており,この機能を果たすために様々な因子が関与している.RCTにおいて,関与している因子の量的および質的異常によりHDLの濃度が変化し,同時にRCT自体の機能も変化する.ここでは,RCTおよび,RCTに関与する代謝調節因子であるコレステロールエステル転送蛋白(CETP),肝性トリグリセライドリパーゼ(HTGL),スカベンジャー受容体クラスBタイプI(SR-BI),そしてレシチンコレステロールアシルトランスフェラーゼ(LCAT)について最近の知見を含め解説する.

4. 酸化LDLの測定法と診断価値

著者: 木下誠

ページ範囲:P.1277 - P.1283

はじめに

 粥状動脈硬化症の形成には,血管内皮下に蓄積した泡沫細胞が重要な役割を果たしていることが知られている.泡沫細胞は,マクロファージや血管内膜の平滑筋細胞に低比重リポ蛋白(LDL)に由来するコレステロールエステル(CE)が過剰に蓄積して形成されると考えられている.しかしマクロファージにはLDLを取り込むLDL受容体がほとんど存在しないことや,平滑筋細胞に存在するLDL受容体は細胞内のコレステロール含量が増加すると発現が抑制されることが知られていたため,これらの細胞にコレステロールが過剰に蓄積する機構は明らかでなかった.

 そこでこれらの細胞にコレステロールが過剰に蓄積する機構として提唱されたのが,変性したLDLがスカベンジャー受容体を介して取り込まれる機構である.人為的にアセチル化したLDLがマクロファージを泡沫化する事実1,2)が報告されて以来,種々の変性LDLの存在が提唱されてきた.現在,生体内で存在すると考えられている変性LDLが酸化LDLである.

5. 修飾蛋白と糖尿病合併症

著者: 為本浩至 ,   川上正舒

ページ範囲:P.1285 - P.1291

はじめに

 生体内での種々のストレスの影響で蛋白が化学的修飾を受けると機能的変化を生じる.その代表的なものがAGE(advanced glycation end product)であるが,ニトロチロシンも食後高血糖との関係で注目を集めた.

6. 酸化指標

著者: 澤田布美 ,   井口登與志

ページ範囲:P.1293 - P.1298

はじめに

 動脈硬化症などの生活習慣病の一成因として活性酸素やそれに由来するフリーラジカル・過酸化脂質などの酸化ストレスが注目されている.高脂血症の病態では,酸化ストレス亢進によって生成された酸化LDLはマクロファージに取り込まれて泡沫化し,不安定プラークを形成して心筋梗塞や不安定狭心症の発症誘因となる.また,酸化LDLやスーパーオキシドを含めたフリーラジカル自身が内皮細胞を障害し,さらにNOの産生低下や炎症を惹起し動脈硬化の進展に関与することが推定されている.このように動脈硬化症発症,進展の危険因子として酸化ストレス亢進の重要性が示唆されることより,臨床応用可能な酸化ストレスマーカーの開発が期待される.現在酸化ストレスマーカーとして,酸化ストレス環境下で酸化的修飾を受ける細胞成分,すなわち核酸,蛋白質,脂質の酸化物の有用性が検討されている(表1).マーカーとしての要件として,生体内の酸化ストレスの大きさによく応答するもので,かつ生体内に蓄積されにくく,また他の生体成分との化学反応の解析が容易である生理活性物質であること,また測定が簡便であることが望ましい.本稿では,これらのなかでもその有用性が期待され,また臨床的検討が進んでいる酸化ストレスマーカーについて詳述する.

7. 高感度CRP

著者: 久保木幸司 ,   芳野原

ページ範囲:P.1299 - P.1305

はじめに

 わが国において,虚血性心疾患や脳血管障害などの血管障害の死因が高頻度に認められるのみならず,心筋梗塞や脳血管障害の発症増加に関与する糖尿病,高脂血症,高血圧,痛風および肥満などの生活習慣病が増加している.そこで,原疾患の治療と共に虚血性心疾患などの動脈硬化性疾患の発症予防ならびに早期発見が重要となってきている.

 一方,動脈硬化の発症・進展のメカニズムには炎症反応が深く関与しており,その動脈硬化を基盤に引き起こされる冠動脈疾患の発生およびその予後に対する予知因子として様々な動脈硬化の危険因子とともに炎症マーカーが検討されている.炎症マーカーとしては,高感度C-反応性蛋白(C-reactive protein;CRP),IL-6,TNF-α,ICAM-1およびVCAM-1などが報告されてきている1,2)

 本稿では,動脈硬化症,特に冠疾患危険因子としての炎症マーカーである高感度CRPの臨床的な測定意義について概説する.

8. アディポネクチン

著者: 熊田全裕 ,   下村伊一郎

ページ範囲:P.1307 - P.1311

はじめに

 最近の分子生物学の発達により,脂肪細胞が単にエネルギーを蓄積しているだけでなく,様々な生理活性物質(アディポサイトカイン)を分泌していることが明らかになってきた.アディポサイトカインの血中濃度が測定可能になり,その分泌異常が容易に把握できるようになったことから,アディポサイトカイン分泌異常とインスリン抵抗性や動脈硬化発症進展との関連性を示した臨床データが数多く報告されるようになった1).またそれらのメカニズムについても解明されつつある.このような医学の進歩に伴い,冠動脈疾患危険因子が,従来から唱えられている糖尿病,高脂血症,高血圧,喫煙といった古典的なリスクファクターだけにとどまらず,アディポサイトカイン分泌異常そのものが冠動脈疾患危険因子の1つであることが明らかとなってきた.

 本項ではアディポサイトカインのなかでも脂肪組織特異的に高発現しているアディポネクチンの作用について解説するとともに,低アディポネクチン血症が新しい冠疾患危険因子の1つであるという観点から,血中アディポネクチン濃度の測定意義について述べることとする.

9. インスリン抵抗性指標

著者: 浦信行 ,   茂庭仁人

ページ範囲:P.1313 - P.1318

はじめに

 高血圧(HT),糖尿病(DM),高脂血症,肥満は相互に合併しやすく,これらがメタボリック症候群を形成して虚血性心疾患をはじめとする動脈硬化性疾患の発症・進展に関与することは多くの疫学的研究であきらかにされている.近年,これらに共通する遺伝的背景因子としてインスリン抵抗性(IR)の存在があきらかとなった.IRは2型DMの基本病態であるが,これが種々の機序を介してHTなどを発症・増悪させる.日常臨床でこれらの疾患に遭遇する機会は多く,したがって,その病態や治療効果判定の点からもIRを評価することは,意義のあることと考えられる.そして,最近ではIR自身が動脈硬化の独立した危険因子である可能性も注目されている.本稿ではIRの評価法,IR/高インスリン血症の疾患発症の機序と,動脈硬化・臓器障害との関連について概説したい.

10. 血小板機能

著者: 佐藤金夫 ,   尾崎由基男

ページ範囲:P.1319 - P.1324

はじめに

 心筋を養っている冠動脈に狭窄や血栓性の閉塞が起こると狭心症や心筋梗塞となる.これらの病態には冠動脈の動脈硬化が深くかかわっており,このプロセスでの血小板のかかわりとして,➀冠動脈硬化の発症・進展に及ぼす血小板および血小板由来因子の役割,➁冠動脈の閉塞をきたす血栓形成における役割,が挙げられる.最初に動脈硬化と血小板とのかかわりについて解説し,続いて動脈硬化と血小板機能検査について述べる.

11. 凝固線溶系因子

著者: 丸山征郎

ページ範囲:P.1325 - P.1328

はじめに

 凝固線溶系,血小板系と動脈硬化の接点は,次の諸点から重要である.このうち血小板系に関しては別項に譲り,本稿では凝固線溶系について述べる.

 まず第1点は,凝固線溶系が動脈硬化のリスクファクター/促進因子となるという視点である.凝固線溶系活性化の結果,生じた活性型X因子(FXa),トロンビンも動脈硬化の促進因子となり,トロンビン生成の結果,生じた血栓もまた動脈硬化を促進する.

 第2点は,凝固線溶系が動脈硬化の最大の合併症である血栓塞栓症の直接的な引き金となる,という視点,すなわち凝固線溶系が動脈硬化における血栓塞栓症のリスクファクターでもある,という視点である.そして,

 第3点として,凝固線溶系が動脈硬化/血栓塞栓症の診断・治療のマーカーともなりうるという視点である.しかしこれらは生体内ではお互いに密に連関しているため,上のおのおのに分けて論ずるよりも,これらはトータルにみたほうがよりわかりやすいので,ここではこれらを交じえつつ論ずることとする.

12. ホモシステイン

著者: 塚本和久

ページ範囲:P.1329 - P.1335

はじめに

 高血圧,高脂血症,喫煙,糖尿病,肥満,年齢,性といった,従来の動脈硬化危険因子に加え,レムナント,高感度CRP,クラミジア感染症などとともに,高ホモシステイン血症が動脈硬化症の新たな危険因子として注目されている.本稿では,最初にホモシステインの産生・代謝について述べた後,動脈硬化症に関与する臨床のデータについて触れ,最後に動脈硬化発症の分子生物学的機序について述べることとする.

13. 感染因子

著者: 安藤秀二 ,   岸本寿男

ページ範囲:P.1337 - P.1342

はじめに

 動脈硬化症や心血管疾患の患者の約40%が,高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病,喫煙などの動脈硬化に関する古典的危険因子をもたないことが知られている.1993年,RossはNature誌に傷害反応説を提唱した1).特に,Rossは1999年「アテローム性動脈硬化症は炎症疾患である」とし,慢性炎症や炎症の繰り返しが動脈硬化症を惹起,進展させていると指摘したことから2),古典的動脈硬化危険因子以外の炎症性病原因子として感染因子が注目された.これまでにChlamydia(Chlamydophila) pneumoniae(以下C. pneumoniae),サイトメガロウイルス(CMV),単純ヘルペスウイルス(HSV),Helicobactor pyloriなどをはじめとする慢性感染,持続感染を起こす病原体を中心に動脈硬化との関連が検討されてきている.そのなかでもC. pneumoniaeと動脈硬化に関する研究は,最も多くの知見が蓄積されているといってよい.本稿では,主にC. pneumoniaeを取り上げ,感染因子の動脈硬化症への関連性について考察する.

14. 血清ホスホリパーゼA2

著者: 川端健一 ,   久木山清貴

ページ範囲:P.1343 - P.1348

はじめに

 血管は1層の内皮細胞と,その周囲に血管平滑筋細胞や周皮細胞からなる細胞群と細胞外マトリックスによって構成されている.病的刺激に反応した血管内皮細胞の機能が破綻することで血管壁の構成細胞が再構築され,動脈硬化の進展が始まる.粥状動脈硬化病変巣は,コレステロールエステルを有する泡沫細胞によって主に構成されているが,単核球およびT細胞などの炎症性細胞も多く存在している.泡沫細胞自身もそのほとんどが血中の単核球由来で,それが血管内膜下に移動し低比重リポ蛋白質(low density lipoprotein;LDL)を貪食する一連のプロセスにはサイトカイン,ケモカインや成長因子などの極めて多くの炎症性メディエーターが重要な役割を果たしている.このように粥状動脈硬化の病態を慢性炎症性変化としてとらえる概念が受け入れられつつある1)

 近年,分泌型ホスホリパーゼA2が炎症部位に発現増強し,その病態に深く関与していることが知られている.本稿では,膜リン脂質からアラキドン酸遊離に続く脂質メディエーターの産生を介して炎症病態に関与するホスホリパーゼA2について概説するとともに,筆者らが報告したIIA分泌型ホスホリパーゼA2について,動脈硬化・心血管病の発症・病態に関する知見を紹介する.

4章 動脈硬化性疾患発症の臨床検査値異常

1. 心筋梗塞の臨床検査値異常

著者: 小島貴彦 ,   代田浩之

ページ範囲:P.1351 - P.1357

はじめに

 急性心筋梗塞(acute myocardial infarction;AMI)の概念・診断そして治療法は,過去20年間に大きな変化を遂げた.1992年に急性冠症候群(acute coronary syndrome;ACS)という概念が提唱され1),その病態は不安定プラークの破裂と血栓形成であり,不安定狭心症(unstable angina;UAP)とともにAMIがこの概念に包括された.ACSとは,脂質に富む皮膜の薄い不安定プラークが,ストレスや炎症などを機転として破綻し,その周囲に血栓が形成され,急激に血管内腔が閉塞をきたすことにより心筋の高度な虚血・壊死をきたす症候群である.その病態から,UAP,AMI(非ST上昇型,ST上昇型),心臓突然死に分類されるが,その診療においては,いかに早く診断し,病態に応じた治療方針を決定するかが重要である.最近開発された心筋トロポニンなどの新しい心筋生化学マーカーは,そのための有力な検査法である.

 本稿では,ACSの病態とその診断に不可欠な心筋生化学マーカーの特徴を概説する.

2. 脳梗塞の臨床検査値異常

著者: 北村健 ,   松本昌泰

ページ範囲:P.1359 - P.1364

はじめに

 わが国が医療の進歩や生活環境の改善のもと高齢化社会を迎え,生活様式が欧米化されるにつれ,疾患も様変わりした.しかし脳卒中発症数は増え続けており,なかでも近年脳梗塞などの虚血性脳血管疾患は,脳出血が減少しているにもかかわらず増加している.虚血性脳血管疾患には種々の病態が含まれるが,その分類として現在国際的に最も広く用いられているのが1990年のNational Institute of Neurological Disorders and Stroke(NINDS)分類IIIである(表1)1).このなかで動脈硬化性変化を背景とするものには,アテローム血栓性脳梗塞とラクナ梗塞がある.アテローム血栓性脳梗塞では頸動脈や脳底動脈など主幹動脈の動脈硬化性変化が主因となり,高血圧のほか,他の動脈硬化性疾患と同様,糖尿病,喫煙,高脂血症などが動脈硬化の促進因子となる.これに対し,穿通枝領域の梗塞であるラクナ梗塞はlipohyalinosisという高血圧性変化を主体としており,高血圧以外の因子の関与はアテローム血栓性脳梗塞に比べると少ない.このように虚血性心疾患と比較して虚血性脳血管障害は種々の病態が含まれることもあり,虚血性心疾患と比べると動脈硬化の種々の危険因子についての知見は全体的に少ない.しかし,高血圧や糖尿病のような従来知られている動脈硬化促進因子のほかにも,ホモシステイン値や,高感度CRP(high sensitivity CRP;hs-CRP),種々の感染症による炎症も動脈硬化を介して脳梗塞でも発症にかかわることが示されつつある.一方,塞栓症の場合,多くは非弁膜症性心房細動に続発するものであり,血栓性脳梗塞と比較すると,動脈硬化の関与は少ないと考えられている.したがって,以下には血栓性脳梗塞を中心に述べることとする.

 脳梗塞の実地臨床上は,病型や部位診断は理学的所見や画像診断が主体となるが,血液検査上の臨床検査値異常はその病態を把握し二次予防を考えるうえで重要である.脳梗塞患者にみられる臨床検査値の異常としては動脈硬化を促進する因子,凝固線溶系の異常と,遺伝子異常などのその他の異常に分けることができる.凝固線溶系の異常については,凝固系の亢進として脳梗塞の発症にかかわるものと,脳梗塞発症直後の凝固線溶系の変化の2通りが考えられるだろう.一般的に脳梗塞の危険因子として知られる因子を表2に示す.通常の中壮年以降の血栓性梗塞の場合は,高血圧や糖尿病などが動脈硬化の促進因子となっていることが多いが,若年者の脳梗塞や家族性のみられる場合は特殊な異常を伴っていることが少なくない.以下に,個々の臨床検査値異常について述べる.

3. 動脈硬化発症時の細胞機能

著者: 三浦伸一郎 ,   朔啓二郎

ページ範囲:P.1365 - P.1368

はじめに

 動脈硬化は,脂質をはじめとする様々な因子により血管内皮細胞が傷害され活性化されることに始まり,炎症反応の重要性が指摘されている1,2).活性化された内皮細胞では,接着因子が発現され,単球が遊走付着し,内皮下へ侵入する.さらに,単球はマクロファージへと分化し,マクロファージは,修飾された低比重リポ蛋白(LDL)を貪食し泡沫化する.また,平滑筋細胞は,合成型へと形質転換・泡沫化が引き起こされ,種々の血管構成細胞や血球細胞に対する生理活性物質の増加,血管壁脂肪蓄積や線維塊の形成,最終的に不安定プラークの形成と破綻を伴う血栓形成へと進展する3,4).各種細胞(血管内皮細胞,単球/マクロファージ・リンパ球,平滑筋細胞)は,お互いが動脈硬化発症に相互に関連し合っている(図1).本稿では,動脈硬化発症にかかわる各種細胞の働きと因子(表1)について概説する.

4. 分子マーカー可溶型受容体

著者: 久米典昭

ページ範囲:P.1369 - P.1371

酸化LDL,炎症と粥状動脈硬化プラークの破綻

 血中LDLコレステロール値の上昇は,虚血性心疾患などを中心とした粥状動脈硬化を基盤とする疾患の主要な危険因子であることはよく知られている.スタチンなどの薬剤による肝臓でのLDL受容体の発現誘導と血中LDL値の低下が明らかにされ1),LDLの低下による心血管イベント発症の予防が報告されている.さらに,近年の病理学的,分子細胞生物学的研究により,酸化ストレス,酸化LDLと炎症が,心血管イベントの原因となる粥状動脈硬化の進展とそのプラーク破綻に重要な役割を担うことが明らかとなってきた2).特異的なモノクローナル抗体を用いた免疫組織染色により,粥状動脈硬化の病変部位には,酸化LDLのみならず,酸化ストレスにかかわるp22phox,炎症にかかわるC反応性蛋白(C-reactive protein;CRP)などが存在することが示されている.またCRPは主に肝臓にて産生される蛋白であるが,一部には血管壁でも産生される3).そして,酸化LDLはコレステロールエステルの血管壁内での蓄積に寄与するのみならず,種々の炎症性の変化を惹起してプラークの破綻へと誘導する.また,催炎症性の変化は,さらに酸化ストレスを誘導するという,悪性の増幅サイクルが形成される.

 このように,LDLの酸化変性と催炎症性の変化は主に血管壁内で惹起されるものと考えられるが,酸化LDLの一部(特に酸化変性の程度の軽度なもの)は血中にも漏出して存在し,ELISAによるその測定法が確立されている.血中の酸化LDL濃度は,抗酸化ホスファチジルコリン抗体と抗ヒトアポB抗体のサンドイッチELISAにて確立されているが,虚血性心疾患,糖尿病で上昇し,急性冠症候群では特に高値を示す4~6)

5. プラーク破綻と炎症マーカー―MCP-1,TNFα,MMP,HGF,VEGF,TGFβ

著者: 今井豊 ,   下門顕太郎

ページ範囲:P.1372 - P.1378

はじめに

 心筋梗塞発症の機序は,動脈硬化巣(プラーク)が破綻し同部位で凝固のカスケードが活性化される結果,新たな血栓が形成され冠動脈が閉塞することによる.脂質成分に富む動脈硬化巣や,炎症性細胞浸潤が多い動脈硬化巣は破綻しやすいことが知られており,不安定プラークと呼ばれる.心筋梗塞の原因となる不安定プラークは,冠動脈撮影や負荷心電図で検出されるとは限らず,非侵襲的にこれを診断する方法の確立が求められている.プラークの破綻には炎症反応が強く関与しており,現に高感度CRPが破綻の良いマーカーであることが示され,炎症関連物質の測定が注目されている.本稿では,MCP-1,TNFα,MMP, HGF,VEGF,TGFβなどのプラーク破綻のマーカーとして検討が進んでいるサイトカインなどについて,最新の報告を中心に取り上げた.

6. 動脈硬化発症とendothelial progenitor cell(EPC)

著者: 横手幸太郎 ,   髙田亜紀 ,   齋藤康

ページ範囲:P.1379 - P.1382

Endothelial progenitor cells(EPC)の概念

 胎生期に新しい血管系が作られるとき,その源となるのは未分化中胚葉に由来する血島(blood island)と呼ばれる細胞集団である.血島の中央部分に位置する細胞群が造血幹細胞(hematopoietic stem cells)に,周辺部の細胞が血管芽細胞(angioblasts)へと分化し,やがてそれぞれが血球細胞および血管内皮細胞へとさらなる分化を遂げる.このように,もともとは存在しない血管が新規(de novo)に生み出される過程をvasculogenesis(脈管形成または血管形成)と呼ぶ(図1).これに対して,出生後の完成した個体では新しく血管系が作り出されることはなく,すでに存在する血管壁の内皮細胞が増殖や遊走・再構築を重ねて新しい血管を派生するangiogenesis(狭義の血管新生)のみが起きると考えられてきた1).この考え方に革命をもたらしたのが,endothelial progenitor cells(EPC,内皮前駆細胞)の発見である.なお一般的には,上述の脈管形成と血管新生を合わせた概念を,広い意味での“血管新生”と呼んでいる.

 1997年,Asaharaらは,造血幹細胞のマーカーの1つであるCD34あるいは初期の造血幹細胞や内皮細胞にみられるFlk-1を細胞表面に発現する単核球を末梢血から単離し,一定条件のもとに培養すると内皮細胞に特有な種々の性質を示すことを見出した2).そして,これらの細胞が骨髄に由来すること,生体内で血管新生の盛んな部位に集まって新しい血管の形成に寄与することなどを明らかにし,内皮の前駆細胞としてEPCと命名した.

5章 動脈硬化性疾患の画像検査

1. 頸動脈エコー

著者: 半田伸夫

ページ範囲:P.1385 - P.1396

頸動脈エコーとは

 頸動脈エコー(頸部血管超音波検査のこと.一般的には頸部エコーと呼ばれるが,内容的には頸動脈エコー検査を指す)は,血管超音波検査の1つで,主に頸動脈の動脈硬化性病変を調べる検査法である.血管超音波検査(血管エコー検査)は断層画像をとることができるため,血管壁内の状態,血管表面の状態,血管内腔の状態を見ることができ,動脈硬化を視覚的にとらえ非侵襲的に診断できる方法である.検査可能な表在動脈のうち頸動脈病変は➀評価が容易,➁動脈硬化性疾患のうち脳血管障害と直接的に関係する,➂冠動脈疾患と関係が深いこと,などから欧米を中心として動脈硬化診断として汎用されている.実際,WHOの高血圧性臓器障害の診断に血管エコー検査(頸動脈,大腿動脈)が採用されている.また,わが国でも生活習慣病対策の一環として高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満を有する人やその前段階と考えられる人に対して労災保険における二次健康診断給付事業が行われていて,その動脈硬化判定に頸動脈エコー検査が取り上げられている.評価の方法などは,日本脳神経超音波学会のガイドライン作成委員会と厚生労働省循環器病研究委託費「動脈硬化性疾患のスクリーニング法」に関する研究班が共同でまとめた「頸動脈エコーによる動脈硬化性病変評価のガイドライン(案)」がある.今回はその内容を中心として解説する1)

2. マルチスライスCT,RI

著者: 佐藤裕一

ページ範囲:P.1397 - P.1402

マルチスライスCTによる冠動脈疾患診断の意義

 近年の報告では,急性心筋梗塞症,不安定狭心症など急性冠症候群(ACS)の約70%では急性期における冠動脈造影検査上,冠動脈狭窄率が50%以下の軽度狭窄であることが指摘されている1).したがって,ACS患者の多くは発症まで無症状であることが多く,このため適切な予防を行うことが困難であるのが現状である.ACSの発症機序として,冠動脈プラークの破綻と,それに引き続く血栓形成が挙げられる.破綻をきたしやすい冠動脈プラークの形態学的特徴として,脂質コアが大であること,線維性被膜の菲薄化,病変部冠動脈のリモデリング現象の存在が知られている2~4).したがって,これらの形態学的異常を検出することがACSの予防戦略としては最も合理的であろう.従来,血管内超音波(IVUS)や血管内視鏡が冠動脈プラークの性状評価には欠かせない検査法とされてきたが,いずれもカテーテルを用いた観血的検査法であり,スクリーニング検査としての応用は現実的ではない.マルチスライスCT(MSCT)は優れた空間解像度(0.4~0.5mm)を有し,このため冠動脈病変を非観血的に描出することが可能となった.MSCTによる冠動脈有意狭窄の診断精度は感度94%,特異度97%と高く5),冠動脈造影検査に代替可能な検査法として認知されつつあるが,MSCTの有用性はむしろ冠動脈プラークの検出およびその質的評価が可能であるという点であろう.

3. MRI,MRA

著者: 林田稔 ,   岡田宗正 ,   松永尚文

ページ範囲:P.1403 - P.1410

はじめに

 動脈硬化とは,動脈壁の内膜が肥厚し,弾性線維や平滑筋細胞からなる中膜が変性し,本来動脈壁がもっている弾力性の減衰とともに,石灰沈着などにより硬化を生じた状態である.

 動脈硬化は全身疾患であり,長い経過で発生,進展してくるが,その進展に伴って様々な病態が生じ,症状が発現する.その画像診断には,超音波,CT(computed tomography),MRIなどが行われる.

 MRIはmagnetic resonance imagingの略で,核磁気共鳴現象(NMR現象)という物理学的現象を用いて人体内の水素原子からNMR信号(電磁波)を得て,それを画像にしたものである.通常,超電導磁石を用い,0.5~1.5テスラの強い磁場の静磁場と傾斜磁場からの信号をコイルで受信し,得られたデータをフーリエ変換し画像化している.組織からNMR信号を得てそれを画像とする方法は撮像法(パルスシークエンス)と呼ばれるが,効率良く,短時間に,良好な,または特殊な目的に合った画像を得るために多くの撮像法が開発されている.組織間コントラストがCTと比較して高く,特に体動によるアーチファクトが生じにくい頭頸部領域においては必須の画像診断法として確立されている.

 MR angiography(MRA)は,MRIによる血流イメージングの総称であり,撮像法の進歩に伴って非侵襲的な血管描出法として診断能の向上が進み,現在では頭部から軀幹部,四肢に至る広い領域で用いられている.CT angiography(CTA)では,造影剤使用が必要であるが,MRAでは非造影で撮像可能な部位もあり,CTAより低侵襲と思われる.しかし,造影MRAの画質は非造影MRAより優れている場合もあり,特に大血管MRAの場合には造影検査が必須である.しかし,装置や技術の進歩に伴い,全身撮影ができるMR装置も登場してきており,全身の血管を一度に評価できる時代も遠くはないと思われる.

 MRIは磁気共鳴画像であるため,CTと異なりX線被曝がなくより低侵襲的に動脈壁や血栓の状態を,各種シークエンスを用いることで造影剤を用いずに評価できる利点がある.また造影MRAでは造影剤の投与量がCTAの約1/10程度ですみ,用量依存性の副作用も比較的低く,腎機能への影響も少ない.しかしMRIでは,CTで明瞭に描出される石灰化病変は評価できず,特に内膜の石灰化の評価にはCT撮影は欠かすことはできない(図1).またMRIは撮像対象の動きに弱く,呼吸や心拍動などにより画質が低下することがある.このような部位の撮像には呼吸や心拍動に合わせた撮像(呼吸同期,心電図同期)方法を選択すると,画質低下を軽減できる.

 全身の動脈硬化に伴う変化としては,動脈壁のプラーク形成,動脈内腔の狭小化,動脈瘤形成などが主であり,MRIおよびMRAを用いて壁の性状や血管内腔の形態,また壁在血栓の状態も評価可能である.また,動脈硬化による各種末梢臓器の血流障害像などもMRIでは描出可能である.

 以下,動脈硬化によって起こる主な変化について,➀頭頸部血管狭窄と脳梗塞,➁冠動脈狭窄と虚血性心疾患,➂大血管およびその分枝の動脈硬化,➃下肢動脈狭窄・閉塞(閉塞性動脈硬化症)の4分野に分け,部位ごとに適切と思われる撮像法も含めて概説する.

4. 血管内エコー(IVUS)

著者: 矢嶋純二 ,   斎藤頴

ページ範囲:P.1411 - P.1420

はじめに

 血管内エコー法(IVUS)は,非観血的なCTやMRIなどとは異なり,血管内腔および血管壁の性状や形態を直接観察する観血的診断方法である.本法は動脈硬化病変の定量的・質的評価が可能であることから,冠動脈形成術の治療法の選択やエンドポイントの決定,さらには虚血性心疾患の病態の解明など,幅広く応用されている.現在では,新しいデバイスに対する大規模臨床試験において不可欠な評価法として利用されるに至っている.本稿ではこのIVUSについて,基礎原理から実際の臨床まで詳述する.

5. 血管内視鏡

著者: 水野杏一

ページ範囲:P.1421 - P.1427

はじめに

 血管内視鏡は,血管の中を体外より肉眼的に観察できる唯一の方法である.それゆえ,血管内視鏡は血管内病変の肉眼病理診断ができ,動脈硬化と血栓の鑑別のみならず,動脈硬化および血栓の性状診断も可能である1,2).冠動脈において,狭窄の程度も重要であるが,急性心筋梗塞や不安定狭心症を発症するプラーク(不安定プラーク,vulnerable plaqueと呼ばれている)の臨床診断の重要性が指摘されている3,4).不安定プラークの診断法は,種々の観血的診断法,非観血的診断法があるが5),血管内視鏡はそのなかでも最も優れた方法の1つである.

 本稿では,主として血管内視鏡の技術的な面を重点に述べたい.

6章 動脈硬化性疾患の生理学的検査

1. 負荷心電図(トレッドミルテスト)

著者: 原和弘

ページ範囲:P.1431 - P.1436

はじめに

 負荷心電図は狭心症の診断および治療効果の判定や急性心筋梗塞後のリハビリテーションに有用であり,簡便で費用の点でも優れているため現在でも多くの病院や診療所で用いられている.以下に,検査施行の方法と得られた心電図の判読および診断について述べる.

2. 脈波速度(PWV)

著者: 小路裕 ,   冨山博史 ,   山科章

ページ範囲:P.1437 - P.1446

はじめに

 心血管疾患の増加は高齢化社会を迎えたわが国の重大な問題であり,その主原因である動脈硬化を早期の段階で適切に評価することは重要な課題である.

 動脈硬化は日本語では単に動脈が硬くなると書くが,正確にはatherosclerosisであり,内膜に起こる粥腫形成(atherosis)とおもに中膜に起こる動脈壁硬化(sclerosis)の両者が存在する.動脈硬化は,まず内皮の機能障害が起こり,それに引き続いて内膜および中膜に変化を生ずるが,粥腫(プラーク)破綻(plaque rupture)をきっかけとする血栓性閉塞が急性冠症候群の本態として紹介されて以来,atherosisが注目されている.しかしながら,中膜に生ずる変化も動脈壁硬化(arterial stiffness)あるいは動脈コンプライアンス低下を生じ,臨床的に重要である.本稿では,動脈コンプライアンスの指標として重要な脈波速度(pulse wave velocity;PWV)について概説する.

3. プレチスモグラフィー,サーモグラフィー

著者: 宮澤幸久 ,   富原健 ,   小須田美和

ページ範囲:P.1447 - P.1451

はじめに

 近年,「生活習慣病」という概念が一般に受け入れられ,特に食習慣という面から,動脈硬化症は糖尿病とならんで最も注目される疾患の1つとなった.動脈硬化が進むと,虚血性心疾患,脳血管疾患,大動脈瘤などを引き起こすことになるため,動脈硬化を診断するための検査が注目を集めている.動脈硬化度を無侵襲的に評価する方法には生理学的検査と画像診断があり,脈波速度(pulse wave velocity;PWV),超音波断層法(duplex scanやcolor Dopplerを併施)がそれぞれ代表的な検査である.

 動脈硬化を原因とする疾患のなかで,下肢に慢性の動脈閉塞症を呈するものが閉塞性動脈硬化症(arteriosclerosis obliterans;ASO,上肢では比較的稀)であり,他の動脈硬化性疾患と同様,近年増加傾向にある1).診断にはまず下肢動脈拍動の触診を行い,閉塞性動脈疾患の存在が疑われれば,ドプラ血流計を用いた足関節血圧/上腕動脈血圧比(ankle brachial pressure index;ABPI)測定から検査を進めていく.欧米では血管疾患に対する認識が高く,古くからvascular laboratoryを中心に検査が行われてきたが,わが国でも閉塞性動脈疾患に対して,前述の検査のほか,プレチスモグラフィー,サーモグラフィー,アイソトープを用いた検査,トレッドミル運動負荷試験,近赤外線分光法などの無侵襲診断法が活用されるようになってきた.

 本稿では動脈硬化性疾患,特に閉塞性動脈硬化症におけるプレチスモグラフィー,サーモグラフィーの意義について述べる.

4. 血管内皮機能検査

著者: 宮本宣友 ,   松田康章 ,   川嶋成乃亮

ページ範囲:P.1453 - P.1458

はじめに

 血管内皮は血管壁の内張りをしている1層の血管内皮細胞群で構成されており,多様な働きを介して,血管の恒常性を保つとともに抗動脈硬化に働いている.近年,血管内皮の機能測定を通じて動脈硬化度をより早期から評価しようとする試みがなされるようになっている.さらに,内皮機能評価の用途は,治療に対する評価法や予後を予測する因子としての広がりもみせるようになってきている.本稿では,血管内皮機能の代表的な評価法である血流依存性血管拡張反応による血管内皮機能検査を紹介するとともに,その動脈硬化評価における臨床的意義と今後の展望について述べる.

7章 動脈硬化関連遺伝子―どこまで解明されたか

1. 高血圧関連遺伝子

著者: 柳内和幸 ,   加藤規弘

ページ範囲:P.1461 - P.1465

はじめに

 高血圧は心血管系障害の最大のリスクファクターであり,世界中では約10億人と推定される高血圧罹患者のうち,心疾患や脳卒中を発症して死亡する者は年間で700万人を超える.したがって,その予防と治療に向けた遺伝素因の解明は重要な課題である.これまでに,罹患頻度の低いメンデル型遺伝様式を示す高血圧性疾患(いわゆる二次性高血圧)については,原因遺伝子が次々と見つかり,特定の遺伝子変異による簡明な病態メカニズムであることがわかってきた.一方,本態性高血圧は,環境要因と複数の遺伝子とが複雑に相互作用して発症する多因子疾患であり,いまだ素因遺伝子として確定的なものは報告されていない.本稿では,本態性高血圧の遺伝子解析研究におけるこれまでの成果を概説したい.

2. 糖尿病関連遺伝子

著者: 鈴木進

ページ範囲:P.1467 - P.1473

はじめに

 糖尿病はインスリン作用不足により惹起される慢性の高血糖を主徴とする代謝疾患群である.その成因により,1型,2型,その他の特定の機序,疾患によるもの,および妊娠糖尿病に分類されている(表1)1).近年,単一遺伝子変異が原因の糖尿病が数多く同定されてきた.

 1型糖尿病,および2型糖尿病は環境因子と遺伝因子が複雑に関連した多因子疾患である.近年,多因子疾患に適用可能な罹患同胞対を対象とした全ゲノムマッピング法が開発され,1型糖尿病や2型糖尿病と連鎖する座位の同定が試みられている.さらに今日100万個以上のSNP(single nucleotide polymorphism)が同定され,SNPによる全ゲノム相関解析も可能となった.現在,1型糖尿病,2型糖尿病の原因遺伝子に関する全ゲノムマッピングやSNPによる全ゲノム相関解析が進行しており,今後糖尿病原因遺伝子の解明が進むことが期待されている.

 本稿では単一遺伝子変異による糖尿病を紹介するとともに,1型糖尿病および2型糖尿病のゲノム医学研究の新知見を概説したい.

3. 高脂血症関連遺伝子

著者: 丸山貴生 ,   山下静也

ページ範囲:P.1474 - P.1480

はじめに

 高脂血症が動脈硬化性疾患の最も重要な危険因子であることは周知の事実であるが,生活習慣の欧米化に伴い高脂血症患者数は増加の一途であり,その病因,病態の解明は極めて重要な課題である.厚生省(現・厚生労働省)特定疾患「原発性高脂血症」調査研究班(北班)では,わが国における原発性高脂血症および関連疾患における病態解析の一環として,遺伝子変異の全国調査を実施し,データベースを作成した1).本稿では,遺伝子異常の観点から,高脂血症を含めた原発性脂質代謝異常症の病因・病態について概説する.

4. メタボリックシンドローム関連遺伝子

著者: 後藤田貴也

ページ範囲:P.1481 - P.1487

はじめに

 メタボリックシンドローム(metabolic syndrome;MS)は,共通の成因的基盤のもとに複数の危険因子が重複し,高率に心血管疾患を引き起こす病態として近年特に注目されている.重複する危険因子としては,耐糖能異常や2型糖尿病,脂質代謝異常(特に高トリグリセリド血症や低HDLコレステロール血症),高血圧,そして肥満(内臓肥満)の4つが主要なものであるが,最近ではCRPなどの炎症マーカーやPAI-1などの凝固系マーカー,尿中微量アルブミン,血中の尿酸やレプチン,small, dense LDLなどの増加も重要視されている.MSは生活習慣(すなわち環境因子)と複数の遺伝因子がその発症に関与する,いわゆる複合遺伝形質(多因子遺伝性疾患)であるが,環境因子としては動物性脂肪や単純糖質の摂取過多,食物繊維の摂取不足,運動不足やそれに伴う肥満,不規則な生活サイクルに起因する自律神経系のアンバランス,あるいは子宮内発育遅延などが指摘されている.関与する遺伝因子に関してはいまだ不明な部分が多いが,本稿ではMSに関連するとされる遺伝子および遺伝子座に関して述べる.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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