試料採取から保存まで
著者:
眞名子順一
,
秀島里沙
,
長谷一憲
,
穂坂直美
,
田中絵梨
,
小宮山豊
ページ範囲:P.333 - P.341
はじめに
薬毒物検査において貴重な中毒症例の試料中起因物質を検査するに当たり,採取方法や保存法を間違えると得られる結果に大きな違いが生ずることがあり,これは薬毒物検査実施において留意せねばならない最も重要な部分の1つである.本稿では,薬毒物検査開始に際してまず必要とされる薬毒物検査用検体の採取保存法とその周辺での情報収集などについて臨床検査の現場から具体的に記載する.
1999年,当時の厚生省から全国の高度救命救急センター8か所と65か所の救命救急センターに薬毒物分析用にHPLCと蛍光X線分析装置などが配備され,飯塚病院でも中央検査部で対応することとなった.フェノバルビタールなど汎用機器で分析できる薬物を除くほとんどの薬毒物分析は通常の臨床検査とは異なり,分離分析である点が従来の検査室になじみが少ない分析方法である.またその結果は治療方針を見極めるうえで非常に重要となる.このような薬毒物分析の特性から,飯塚病院における分析法確立を完了し,実際に分析結果を臨床に報告できるようになったのは約1年後のことであった.現在,分析開始から約5年が経過し,救命救急でのわれわれの役割が少しずつではあるがわかってきたように思える.日本全国の薬毒物分析を担当する検査部門や薬剤部門の状況は様々であり,臨床の現場での薬毒物分析への対応は,臨床医の考え方や保有する分析機器など個々の施設で異なっているのが現状である.一見,一様な対応は難しい状況にあるように思えるが,臨床情報と4月号および5月号に詳細が書かれる迅速分析法検査を利用して原因物質のふるい分けを行い,その薬毒物分析結果を他の臨床検査結果とともに迅速に報告することはどの施設でも可能である.そして,得られた情報を基に,自施設で分析できるものと,他の施設に分析を依頼するものなど,個々の施設の事情にあった対応を行うことが肝要である.救急救命センターがある多くの病院薬毒物検査室では迅速分析法に免疫学的測定法や呈色反応,確定・定量検査には機器分析を使用している.例えば,飯塚病院ではHPLCや蛍光X線分析装置,原子吸光光度計を使用し,少なくとも日本中毒学会がまとめた「分析すべき15項目」は分析できるようにしている.しかし,その他多くの原因物質の分析を自施設で行うことは,標準物質や保有する分析機器,事件性の有無などの理由により難しい.このような場合は薬毒物分析施設間のネットワークを利用し,日本中毒センター,高度救命救急センター,法医学教室,科学捜査研究所などに分析を依頼できるよう,地域でのネットワーク作りを日ごろから心がける必要があり,北部九州ではこの試みを進めている.この際,発生する薬毒物分析用検体の搬送のために,分析に適した検体や臨床情報の収集・保存を確実に行うことも臨床検査技師の重要な役割である.