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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査49巻4号

2005年04月発行

雑誌目次

今月の主題 脳脊髄液 巻頭言

空白の20年を埋める

著者: 大林民典

ページ範囲:P.351 - P.352

脳脊髄液は脳・脊髄の表面を覆って外力に対する緩衝作用を果たすほか,脈絡叢においては毛細血管との間の物質交換を介して中枢神経系のホメオスターシスを保つ重要な体液である.また,病態時には頭蓋内病変に関する様々な情報をわれわれに伝えてくれる貴重な検体でもある.しかし不思議なことに,脳脊髄液が本誌のテーマとして取り上げられたのはこの20年間で初めてのことである.この間,臨床神経学の発達は目覚しく,新しい疾患概念,疾患単位が次々と生まれ,CT,MRIなどの画像診断法が圧倒的な迫力をもって他の検査法を凌駕してきた.しかしながら,その陰にあって,脳脊髄液の知見にも着実な発展が数多くあったのも見逃せない.このような状況のなか,脳脊髄液の生理をもう一度基礎から見直し,最近のトピックスを検査医学の立場からいくつか概観してみるのも意義あることと思う.

 そこで「総説」ではまず,脳脊髄液のはたらきと循環動態について神経生理学がご専門の有田秀穂先生に解説をお願いし,次いで中枢神経系の物質交換の要ともいうべき血液脳関門,血液脳脊髄液関門について薬物動態の立場から,この分野のリーダーである杉山雄一先生の研究室から最新の情報を提供していただいた.脳脊髄液の検査が診断上最も重要な役目を果たすのが脳脊髄膜炎であることは今も変わりなく,この方面について経験豊富でご造詣の深い庄司紘史先生には,新しい知見を含めて幅広くまとめていただいた.

総説

脳脊髄液のはたらきと循環動態

著者: 有田秀穂

ページ範囲:P.353 - P.357

〔SUMMARY〕 脳脊髄液の第一の働きは,脳実質を水枕のように物理的な衝撃から守ることである.この働きについて,髄膜の形態,脳脊髄液の産生・循環・排泄の面から情報を整理した.脳脊髄液の第二の働きは,脳の内部環境のホメオスタシス維持である.それは髄液を産生する脈絡叢細胞と血液および髄液との相互作用によって営まれる.本稿では,脳脊髄液pHの恒常性維持を例に解説した.〔臨床検査 49:353-357,2005〕

血液脳関門,血液脳脊髄液関門と薬物動態

著者: 遠山季美夫 ,   楠原洋之 ,   杉山雄一

ページ範囲:P.358 - P.366

〔SUMMARY〕 血液脳関門および血液脳脊髄液関門は,形質上の特性から静的な障壁として中枢神経系を循環血から隔てている.近年,これら関門にはトランスポーター(P-gp,Mrp,Bcrp,Oatp1a4,Oat3)による異物の排出機構が存在しており,動的な障壁としての働きも明らかになってきた.実体が明らかになるにつれて,トランスポーターを介した薬物間相互作用,遺伝子多型によるトランスポーター機能の個人差が注目されている.〔臨床検査 49:358-366,2005〕

髄液所見による脳脊髄膜炎の鑑別

著者: 庄司紘史

ページ範囲:P.367 - P.373

〔SUMMARY〕 各種髄膜炎,脳炎,脊髄炎の髄液所見における細胞数増加は有力な診断根拠となり,蛋白,糖値,病原診断などから鑑別診断の手掛かりが得られる.塗抹・培養検査など基本的検査に加え,ポリメラーゼ連鎖反応(PCR),酵素抗体法(EIA)などの高感度検査が導入され,迅速診断に威力を発揮している.髄液でのdataは,血液における変化に比べ,より直接的に脳脊髄膜炎の病態を反映する.各種髄膜炎,脳炎,脊髄炎などの脳脊髄膜炎における髄液所見からの鑑別などを解説した.〔臨床検査 49:367-373,2005〕

各論

マススペクトロメトリー法による脳脊髄液の病態解析

著者: 田渕和雄 ,   白石哲也 ,   鈴山堅志

ページ範囲:P.375 - P.386

〔SUMMARY〕 髄液蛋白質のプロテオーム解析は,病態の解明や治療法の開発に欠かせない技術となってきた.プロテインチップ・システム(SELDI-TOF MS)はごく微量の未精製試料中の蛋白質プロファイルを短時間で得ることができるのみならず,一度に多くの試料について経時的変化を捉えることも容易である.本稿では,ヒト成人正常髄液,グリオーマ患者髄液およびラット脳梗塞モデルにおける髄液の研究結果を紹介し,他のプロテオーム技術との比較や将来の課題について論じた.〔臨床検査 49:375-386,2005〕

化学発光反応による脳脊髄液物質の測定

著者: 眞重文子 ,   西丸宏 ,   角田誠 ,   今井一洋

ページ範囲:P.387 - P.392

〔SUMMARY〕 化学発光反応は,蛍光の10~1,000倍の感度を有しており,イムノアッセイや高速液体クロマトグラフィーの検出反応に活用されている.髄液中物質の測定では,従来検査されている物質の高感度測定法の開発や,中枢神経系疾患の新たなマーカーの測定に化学発光反応が利用されている.本稿では,化学発光反応を使用した髄液中物質の,①カテコールアミンとその3-o-メチル塩基性代謝物,②単純ヘルペスウイルス抗原,③胎盤型アルカリホスファターゼ,④S-100蛋白,の定量法について概説する.〔臨床検査 49:387-392,2005〕

自動血球測定装置による髄液細胞分画検査―ADVIA120/2120によるCSF Assay

著者: 秋葉俊一 ,   山田巻弘 ,   有賀仁美

ページ範囲:P.393 - P.400

〔SUMMARY〕 中枢神経系感染症の迅速な診断は,治療とその効果に大きく影響するといわれており,この診断に髄液細胞数算定と分類検査は欠かすことができない.しかし,本検査は緊急性が高いことに加え,髄液細胞の変性が早いことや施設間差,技師間差があることなどの難題が多く,自動化が望まれていた.これらの背景を受け,バイエル社では自動血球測定装置を用いて髄液中の細胞数算定と分画測定を行うアプリケーションを開発したので,その詳細を紹介する.〔臨床検査 49:393-400,2005〕

脳脊髄液の画像動態検査

著者: 拵信博 ,   水田正芳

ページ範囲:P.402 - P.408

〔SUMMARY〕 脳脊髄疾患における水頭症,くも膜嚢胞,Chiari奇形,脊髄空洞症などの診断,治療に脳脊髄液(CSF:cerebrospinal fluid)の循環動態を知ることは臨床上大変重要なことである.従来,それらはX線CTを使用するCT cisternography(CT脳槽造影)や核医学検査の脳槽シンチグラフィによって診断されてきた.近年,さらに放射線被曝のない非侵襲的MRIによる脳脊髄液の画像動態検査が普及してきた.

 本稿では,MRIを用いた脳脊髄液の画像動態検査の撮像法について基本的な原理を中心に述べる.〔臨床検査 49:402-408,2005〕

話題

HAMの診断と治療の進歩

著者: 松﨑敏男 ,   斉藤峰輝 ,   納光弘

ページ範囲:P.409 - P.414

1. はじめに

 HTLV-1(human T lymphotropic virus type 1)は,主にCD4陽性Tリンパ球に感染するヒトレトロウイルスの一種である.HTLV-1-associated myelopathy(HAM)は,HTLV-1無症候性感染者(キャリアー)の一部から発症する慢性の膀胱直腸障害を伴う痙性脊髄麻痺であり,1986年に納,井形により新しい疾患単位として提唱された1)もので,後にカリブ海沿岸を中心に報告された熱帯性痙性脊髄麻痺(TSP)の一部と同一の疾患であることが確認された2).HAM発見後すでに19年が経過し,この間に臨床像3~5),発症病態6~8),治療9)について精力的に研究が進められた.本稿では,特にHAMの臨床診断,検査所見,治療指針について,自験例をもとに最近の知見を加えて述べる.

家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)と髄液

著者: 安東由喜雄 ,   中村政明

ページ範囲:P.415 - P.418

1.はじめに

 トランスサイレチン(TTR)は,127個のアミノ酸からなる分子量13,761Daの蛋白で,4量体として血中に存在し,1分子に8個のβシート構造を有する(図1)1).血中でレチノール結合蛋白(retinol binding protein;RBP),サイロキシン(T4)に結合し,それらを輸送する機能をもつ.TTRの血中濃度は20~30mg/dlであり,肝臓で90%以上産生されるが,そのほか,網膜の網膜色素上皮細胞,脳室脈絡叢,膵臓などにおいても産生されることが知られている2,3).血中では反急性期反応蛋白として機能し,炎症,妊娠,腫瘍,低栄養などで血中レベルが低下することから,近年,在院日数の短縮などで重要視されているnutrition supporting team(NST)で指標として活用される重要な蛋白の1つとなっている4,5)

 髄液においてはTTRは2番目に濃度の高い蛋白であり,その役割が様々な疾患で重要視されている.本稿では,FAPの臨床を通してTTRの髄液での機能と重要性について言及する.

脳脊髄液タウ蛋白

著者: 瓦林毅 ,   東海林幹夫

ページ範囲:P.419 - P.424

1. はじめに

 アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)はわが国の痴呆(認知症)の約半分を占め,人口の高齢化とともにその数は増加し続けている.ADの治療薬としてわが国でもドネペジルが登場し,早期投与でより高い効果が得られるためADの早期診断の必要性は高まっている.また,mild cognitive impairment(MCI)と呼ばれる正常と痴呆の境界領域の患者が存在し1),高頻度でADに移行することから,これらの患者が将来ADを発症するかどうかの予測が重要になってきている.AD脳の病理学的特徴はリン酸化タウからなる神経原線維変化とamyloid β protein(Aβ)からなるAβアミロイドである.ここ数年間のADの診断検査法研究の進歩から,脳脊髄液のタウとAβ42はADの有用な診断マーカーであることが明らかとなった.タウはその診断感度および特異性でAβ42より優れるという報告が多い.本稿では,脳脊髄液タウによるAD診断について述べる.

β-トレース蛋白と髄液漏

著者: 斉藤憲祐 ,   伊藤喜久

ページ範囲:P.425 - P.429

1.はじめに

 近年CTやMRIの出現により脳脊髄液(CSF)検査は著しく実施頻度が減少し,現在では外観観察,比重,細胞数,好中球/リンパ球(N/L)比,総蛋白量,ブドウ糖,クロール,IgG定量などが日常検査として行われ,髄膜炎,脳炎,Guillain-Barré症候群,多発性硬化症など炎症疾患の鑑別,補助診断に利用されている.

 鼻内髄液漏は,交通事故,墜落などの頭部外傷,副鼻腔手術,内視鏡検査などの損傷により,頭蓋底骨折により髄液が鼻腔に漏出する病態である.髄液漏の存在を確認することは,髄膜炎,脳炎などの予防に極めて重要である.

 これまで簡易検査としてテストテープによるブドウ糖検査,髄液特異性の高いβ2-トランスフェリンの検出,より精密な診断法としては111In-DTPAによるシンチグラフィー,鼻液の放射活性の検出が行われているが,血液,涙液の混在による特異性や検査の煩雑性などに課題が残されていた.

 これまで利用されてきたβ2-トランスフェリンは,確かに脳脊髄液に特異的に存在することから,髄液漏の補助診断として有用である.しかし,免疫固定法やウエスタンブロットで検査法が煩雑な欠点がある.Papadeaら1)の報告では必要検体量が2mlを要するとされ,Mecoら2)によれば,オーストラリアでの検査費用は50ドル(約4,000円)と高価であることが指摘されている.

 最近,血清と比べ脳脊髄液中に高濃度に存在することに着目して,特異抗体を作製,免疫学的測定法によるβ-トレース蛋白(BTP)による髄液漏の検査が注目されている.

症例

低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症)

著者: 喜多村孝幸 ,   寺本明

ページ範囲:P.431 - P.434

1.はじめに

 低髄液圧症候群とは,脳神経外科医,神経内科医,麻酔科・ペインクリニック医にとっては,以前から腰椎穿刺後に髄液漏出によって低髄液圧を生じる病態としてよく知られている.一方で最近,外傷後や特発性の髄液漏出によって低髄液圧となったり,時には髄液漏出は認められるが髄液圧は正常であるケースも報告されている.また,低髄液圧症候群は従来知られている以上に極めて多彩な症状を呈したり,再発する両側性慢性硬膜下血腫を引き起こすことも報告されており,その病態はかなり複雑な機序が関与していることが知られてきた.本稿では,その代表例を提示して,その病態の診断と治療に関するポイントを述べる.

アトピー性脊髄炎の髄液所見

著者: 小副川学 ,   吉良潤一

ページ範囲:P.435 - P.438

1. はじめに

 アトピーとは,ダニやスギ花粉などの環境中に普遍的に存在する抗原に対して高IgE応答を呈する状態をいう.これら種々のアレルゲンに対するアトピーを基盤として,気管支喘息,アレルギー性鼻炎,アトピー性皮膚炎などのアトピー性疾患を生じる.これまでアトピーに伴って脊髄炎が起こることを指摘した報告はなかったが,われわれは成人のアトピー性皮膚炎患者で頸髄炎がみられることを明らかにした1).また,脊髄炎において血清全IgEおよびアレルゲン特異的IgEが健常対照より有意に高値であることを見出した.そこでわれわれは,アトピーを基盤として脊髄に炎症を生じる病態があるのではないかと考え,アトピー性脊髄炎(atopic myelitis;AM)との病名を提唱している2~4).アトピー素因と脊髄炎の発生に何らかの関連があることをわれわれが報告して以来,他施設からも同様の症例報告が相次いでおり,全国的に類似の症例が分布していると指摘されている5).一方,われわれはイヌ回虫やブタ回虫による,全身症状を欠くか乏しい寄生虫性脊髄炎(parasite myelitis;PM)の存在を報告している6,7).PMにおいては症状が軽微である点,末梢血にて高IgE血症を呈することが多く,Th2にシフトしている点などAMの類似点があり,鑑別が必要となる.そこで本稿では,アトピー性疾患後に生じる脊髄炎(AM)について概説すると同時に,髄液上の両疾患の鑑別に関して述べる.

正常圧水頭症

著者: 石川正恒

ページ範囲:P.439 - P.444

1. 水頭症とは

 水頭症とは,脳室ないしその他の頭蓋内腔(主としてくも膜下腔)に,異常な大量の髄液が貯留し,これらの腔が拡大した状態(症候群)である.ふつう頭蓋内圧亢進を伴うが,正常頭蓋内圧例が稀ならずみられる.

 髄液は1日に約500mlほど産生されており,産生部位は脈絡叢が主体であるが,脈絡叢外の毛細血管からも産生される.一方,髄液吸収は矢状静脈洞近傍のくも膜顆粒から行われるが,これ以外の毛細血管からも吸収される.髄液は全体として一定の流れがあり,側脳室や第3脳室で産生された髄液は中脳水道を経て,第4脳室へ至り,これより脳室外へ出て,脳底槽から次第に上行し,大脳の外側面,内側面を通って上矢状静脈洞に至り,くも膜顆粒で吸収される(図1).この流れが障害されると,それより近位部が拡大することになる.

今月の表紙 臨床生理検査・画像検査・16

表在リンパ節

著者: 小野倫子

ページ範囲:P.348 - P.349

 頸部・腋窩・鼠径部などの表在リンパ節は,超音波で容易に描出することができる.正常のリンパ節は,境界明瞭な楕円形を呈し,エコー輝度は周囲の筋肉とほぼ同じである.中央部に認められる高エコー領域は,血管の出入り口であるリンパ節門に相当する.この高エコー領域は,頸部では線状であるが,腋窩や鼠径部では幅の広い楕円形を呈することが多い.

 超音波像からみたリンパ節腫脹は,反応性と腫瘍性および感染性に大別される.病理学的には感染性は反応性に含まれるが,超音波上は独立して扱ったほうがわかりやすい.

コーヒーブレイク

中越震災のあとさき

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.374 - P.374

 昨年7月の本誌に,40年前の新潟大地震を想起して「天災と人間」という題で執筆した.それから3か月もたたない10月下旬,上下に突き上げられるような衝撃に見舞われ,すわ再来と机の下にもぐりこんだ.本棚から数冊こぼれ落ちたり執拗な余震が続き不安を抱かされたりしたが大事はなかった.そのうち震源がやや南の中越地区であることが判明し,時を経るごとに惨状が報道されるようになった.

 被災地の病院や医療班の活躍をテレビで見ていると,かつて一緒に働いた後輩や教え子の顔が出てきて必死に救援に当たっていた.母と姉を同じ車中で失い,4日後に奇蹟的に救出された2歳の子(優太君)が運ばれ,治療をコメントした院長も研究室の後輩であった.それにしてもしっかりした子で,何となく神の手が感じられた.

シリーズ最新医学講座 臨床現場における薬毒物検査の実際・2

迅速検査法・総論―迅速検査法で何がわかるか

著者: 奈女良昭 ,   西田まなみ ,   屋敷幹雄 ,   木村恒二郎

ページ範囲:P.446 - P.452

はじめに

 われわれの身の回りには,何十万,何百万もの化学物質が存在しているが,すべてが有用なものとは限らず,安全と考えられていたものでも使用法や使用量によっては有害なものとなる.例えば,アセトアミノフェンは解熱鎮痛作用を示し,風邪症状を抑えるには有用な化学物質であるが,多量に服用すると肝臓に悪影響を及ぼし,肝障害を引き起こす.また,農薬は害虫や雑草を駆除するには有用であるが,ヒトが誤って摂取するとヒトに対しても神経毒性などの悪影響を及ぼし,死に至らしめることもある.このように,化学物質はわれわれが快適に生活するうえで不可欠なものとなったが,健康を害することも少なからずあり,諸刃の剣である.現に,わが国で医療機関を受診する化学物質による中毒患者は,年間数十万人発生しており,一次救急患者の1~2%を占めている.このうち5万人程度が入院加療しており,救命救急センターでの収容数の4~8%にも達している.さらに,中毒死亡例は,全国で年間数千人と把握されている1)

 これらの化学物質によるリスクをゼロにすることは困難であるが,科学的知見に基づきリスクを最小限に抑えて共存していく方法を工夫することが不可欠である.化学物質による中毒事故は一刻を争う人命にかかわる問題であり,治療にあたっては刻一刻と変化する状況を的確に判断し迅速に対応しなければならない.いかなる化学物質(起因物質)が関与しているかが判明すれば,拮抗剤を使った積極的な治療を行うのか,経過観察でよいのかなどの治療方針を立てるうえで参考となる.この起因物質の推定を患者搬入時に行えば,患者の救済や治療に貢献できると考える.特に,原因がわからない中毒の場合,化学物質が関与しているのか,細菌が関与しているかなど,何が原因で中毒を起こしているかを推定できれば,その後の治療方針を大きく左右するだけでなく,治療を施す医師や看護師自らを防護する方策(二次災害の防止策)を講じるための情報となりうる.

 この起因物質を推定するには,古くから利用されている化学反応(呈色反応:表1)を利用し2,3),あるいは最新のガスクロマトグラフや高速液体クロマトグラフなど高精度の分析機器を使用する4).機器分析は確実な結果が得られる反面,操作が煩雑であることや,結果を得るまでに時間を要するなどの要因で,救急医療現場での利用は敬遠されている.そこで,ベッドサイドで検査できる簡便で迅速な方法(point of care test;POCT)が要求される.病原性大腸菌O-157やインフルエンザウイルス,ノロウイルスなどの細菌やウイルスを検査する迅速検査法(キット)は,事件の発生とともに数多く開発されているが,生体試料中のヒ素などを検査するキットは,社会的に大きな影響があったにもかかわらず開発されていない.特に,尿や血液など生体試料中の起因物質を検査するキットは数少ない(表2).その用途が特殊であることも指摘されるが,検査技師に限らず医師自らが検査できるような方法を開発し,安価で迅速な検査法となれば,直接治療に貢献できなくとも医療現場での二次災害予防の手法となることが期待される.

 表3には,医療現場で役立つ可能性のある環境分析用キットを示した.生体試料中の微量起因物質が検査できるか否かの検証は行っていないが,吐物や胃内容物など濃度の高い試料の検査には有効であると考える.結果の判断に多少経験が必要な検査法もあるが,多くは30分以内に検査結果が得られる簡便な方法である.本稿では,迅速検査法で何がわかるか,について触れるとともに,日本中毒学会(分析のあり方検討委員会)が提唱した,分析結果が治療に役立つ15種類の起因物質の迅速検査法について紹介する.

トピックス

プロテインチップシステムを用いた臨床診断への応用

著者: 若田部るみ ,   志和美重子

ページ範囲:P.454 - P.461

1. はじめに

 ポストゲノム研究の時代を迎え,プロテオミクスの技術進歩が飛躍的に進んでいる.それに伴って,網羅的解析がタンパク質レベルで盛んに行われ,膨大な情報が蓄積されつつある.一方,診断,予防医学,創薬研究といった分野に特化したクリニカルプロテオミクスに関する研究も急速に活発化している.プロテインチップシステムは,このクリニカルプロテオミクスに応用すべく開発された技術であり,これまでバイオマーカー探索の分野で多くの成果が発表されている1~3).プロテインチップシステムを用いたバイオマーカー探索は,「Pattern TrackTMプロセス」と呼ばれるコンセプトに基づいており,バイオマーカーを探索する目的だけではなく,臨床応用可能な診断アッセイを構築・実施するカスケードとして提唱されている(図1).このプロセスでは,バイオマーカー探索・同定から実際の臨床現場で用いられる診断アッセイまでを4つのステージに分けて,見出されたマーカーの信頼性を上げる工夫がなされている.重要なポイントは,多サンプルアッセイにより見出された複数のバイオマーカーを検証する“バリデーションアッセイ”を行うことである.このステップは,臨床応用可能なマーカーであるか否かの判断材料として大切なプロセスであるが,比較的規模の大きな実験となることから,再現性の良さやスループットの高さが必要条件となる.プロテインチップシステムはこれらの要素を兼ね備えており,この評価試験を迅速に実施することが可能である.

 本稿では,プロテインチップシステムの特徴と原理について述べたあとに,臨床診断の分野へどのように応用できるのかについて紹介する.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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