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雑誌目次

論文

臨床検査50巻2号

2006年02月発行

雑誌目次

今月の主題 花粉症克服への展望 巻頭言

花粉症の現況と今後の展望

著者: 石川哮

ページ範囲:P.127 - P.128

花粉症は生命を脅かす疾患ではない.しかし,花粉飛散シーズンともなれば,眼・鼻・副鼻腔・口腔・咽喉頭・下気道・皮膚へと全身の広い範囲が花粉暴露のターゲットとなり,眼鼻の痒み,くしゃみ,鼻閉,涙や鼻汁過多,咽喉の違和感や咳,口腔アレルギー,下気道過敏性亢進による喘息誘発,皮膚の発赤や痒みなど,それぞれの部位に厄介な症状を現わすのが花粉症である.命に別状はなくても,日常生活,社会生活,精神生活,戸外活動,倦怠感や疲労などの身体の調子,睡眠など,生活の質(Quality of Life;QOL)が著しく障害されることは花粉症患者の調査結果でよく知られている.しかも,毎年花粉症に悩まされる人の数は,わが国全人口の10%を越えるという見過せない社会的問題となっている.草本・雑草・樹木の花粉が大気に飛散して人に吸入,吸収され,花粉抗原に対する免疫反応へと連鎖するのだから,まさに21世紀の課題である「環境問題」の1つであり,国も厚生/行政課題として取り上げざるをえない.アレルギー・リュウマチセンターの確立,免疫アレルギー研究施設の新設など,アレルギー克服に向けての長期計画が実現し始めた.小規模ながらNPO花粉情報協会に対する援助もある.しかも2005年の大量スギ花粉飛散という「予想できた自然災害」に見舞われて注目度が急速に増した.本誌今月号の主題「花粉症克服への展望」では,花粉抗原暴露から花粉症発症までのメカニズムにかかわる遺伝要因,環境要因,病態などの分子アレルギー学的解析から臨床診断・治療にわたって医学/医療の専門家の将来展望が語られている.しかし,花粉症克服のための総戦略図には,医療関係者のみではなく,多分野の人達の参加とネットワークによってこそ全うできると認識すべきである.

 花粉抗原暴露からの回避は,最も基本的な環境因子克服対策の1つである.花粉症が特定の個体に発現する過剰免疫防御反応であり,その引き金となる抗原吸入を遮断し,回避することこそ第1に挙げられる発症予防/治療法である.しかし,抗原以外にこの過剰免疫防御反応の誘導や病態を修飾するのは,大気汚染や日常/社会生活からくる精神的ストレス,また,衛生仮説の台頭で注目されるようになった過度の清潔志向にもある.環境因子全体を花粉症克服のための重要な課題として視野を広げなくてはならない.

総説

アレルゲンとしての花粉

著者: 阪口雅弘 ,   藤村孝志

ページ範囲:P.129 - P.137

国民の10%以上がスギ花粉症であると推定されている.その主要なアレルゲン蛋白として,Cry j 1,Cry j 2が報告されている.現在,この2つのアレルゲンについて解析が進み,その成果を基に治療用ワクチンの開発も進んでいる.また,サルやイヌにも自然発症のスギ花粉症が存在し,そのアレルゲンに対する反応性はヒトによく似ている.〔臨床検査 50:129-137,2006〕

花粉症の遺伝的背景

著者: 野口恵美子

ページ範囲:P.139 - P.144

花粉症は環境要因と遺伝要因が深くかかわって発症する多因子疾患である.多因子疾患の疾患感受性遺伝子同定のためには症例対照研究と家系を用いた連鎖解析が広く用いられている.本稿では現在までに行われている花粉症・アレルギー性鼻炎の全ゲノム連鎖解析の報告と候補遺伝子の症例対照研究について詳述した.〔臨床検査 50:139-144,2006〕

花粉症発症の分子的機序

著者: 羅智靖

ページ範囲:P.145 - P.156

花粉症などのアレルギー炎症の局所には,IgE-FcεRI-マスト細胞枢軸を中心に増悪サイクルが形成され,過敏で過剰な反応が惹起されている.その機序の解明には,マスト細胞の分子的活性化機構の研究が重要となる.〔臨床検査 50:145-156,2006〕

花粉症の症状と診断

著者: 岡本美孝

ページ範囲:P.157 - P.162

花粉症は発作性のくしゃみ,水様性鼻漏,鼻閉を三主徴とする代表的Ⅰ型アレルギー疾患であるが,同時にアレルギー性炎症反応としての性格もクローズアップされている.また,口腔,耳,喉頭,気管,皮膚,胃腸やさらに頭重,頭痛など種々の全身に合併症を伴う.診断には原因抗原の検索が重要であり,また鼻内所見,鼻汁スメア検査の意義も高い.〔臨床検査 50:157-162,2006〕

技術解説

花粉症におけるIgE測定

著者: 荻野敏 ,   菊守寛 ,   馬場謙治

ページ範囲:P.163 - P.169

花粉症は典型的なⅠ型アレルギーであり,その発症にIgEは密接に関係している.特異的IgE測定には多くの方法があるが,最近は皮膚テストに替わり世界的にCAP-RASTが基本となっている.原因アレルゲンの同定に当たって,特異的IgE測定は極めて有用であるが,しばしば臨床症状との不一致,鼻誘発テストとの不一致などを経験する.また,花粉植生の地域差,抗原交差性(共通抗原性)も考慮する必要がある.このように花粉症の診断における特異的IgE測定の意義は極めて高いが,患者の病歴が最も重要であり,特異的IgE測定は重要な補助診断として位置づけられる.〔臨床検査 50:163-169,2006〕

花粉症におけるケモカイン測定

著者: 菅原由人 ,   山下哲次 ,   寺田修久

ページ範囲:P.170 - P.176

ケモカインは白血球遊走活性をもつサイトカインであり,これまでに様々な疾患への関与が報告されている.花粉症は吸入された花粉抗原の感作により産生された特異的IgE抗体が花粉抗原と反応することに始まる局所での炎症反応である.その機序としては,マスト細胞から産生されるケミカルメディエーター遊離および炎症局所に存在する好酸球からのメディエーター遊離により病態が形成されるが,局所への好酸球遊走にケモカインが重要な役割を果たしている.また,最近Th2細胞(helperT細胞type2)選択的な遊走活性をもつケモカインが鼻アレルギーに関与していることが報告され,ケモカイン測定は花粉症の病態解明,さらには治療モニタリングマーカーとしての有用性が示唆されている.〔臨床検査 50:170-176,2006〕

花粉症における好酸球測定

著者: 本田耕平 ,   石川和夫 ,   茆原順一

ページ範囲:P.177 - P.182

花粉症を含めたアレルギー炎症において,局所の好酸球集積および活性化が重要であることは広く認識されているが,好酸球は局所のみならず末梢血においてもすでに活性化され病勢を反映する.今回,本稿では病勢を反映する好酸球活性化の指標測定法について,局所検体を用いた検査から末梢血分離好酸球を用いた解析法,さらに簡便な全血法による解析法まで概説する.〔臨床検査 50:177-182,2006〕

話題

花粉症の外科的療法

著者: 久保伸夫

ページ範囲:P.183 - P.187

1.はじめに

 花粉症を含む,鼻アレルギーは確実な根治療法がなく難治性だが,命にかかわることはない典型的な慢性疾患である.現在,スギ・ヒノキ森林は,北海道と沖縄を除くわが国の国土面積の18%を占める.その森林が産生する花粉を抗原とするアレルギー性鼻炎は国民の20%が発症しており,さらに20%が未発症抗体陽性者であり,早春の同時期に国民の20%に上気道過敏症状が出現する.しかも世界最大のメガロポリスで,世界経済の中心でもある関東・東海地方に花粉飛散が多く,特に20~50歳代の生産世代に好発するため,都市型自然災害ともいえ,社会経済活動への影響の大きさから考えると世界的にみても特異的な風土病といえる.しかし,同様に空間的時間的に限局された疾患であるインフルエンザが,時として致死的で恐れられているのに対し,患者には疾患としての恐怖感や重症感が乏しい.

 スギ花粉症そのものが知られていなかった20年前には,季節はずれのくしゃみ,鼻閉,水様性鼻汁をきたした患者は不安になり,医療機関を受診した.しかし,近年では膨大なマスコミ情報が毎日のように流れ,民間療法を含めありとあらゆる医療情報が氾濫するため,患者意識からも疾患としての恐怖感が薄れるうえ,毎年の経験から症状も数週間で合併症もなく収まることを知った患者は,年々医療機関を受診しなくなり,未治療で我慢する患者やマスクや薬局の市販薬(OTC)に頼る患者が最も多くなっている.医家向け薬剤の市販薬への転換(switch OTC)も進み,インタールも抗ヒスタミン薬と血管収縮薬の合剤として薬局で売られている.そのため,首都圏での調査でも,医療機関を受診する患者は35%であり,今後医療費の患者負担が増えればさらに医療機関離れは進み,大量飛散年などOTCでは無効なときだけ受診するようになるだろう.つまり,今後患者や社会が期待している花粉症治療とは,時間的肉体的経済的に最小の負担で長期間症状を制御することに尽き,対症療法であろうが原因療法であろうが大した問題ではない.そのような観点から考えると,減感作療法も時間的余裕のある一部の患者に限られた治療となるだろう.またステロイド以外の薬物療法も次第に医師の手を離れ,OTCに変わっていくだろう.さらに入院の必要な手術療法などの肉体的負担の大きな局所療法も,根治性がなければ患者に支持されるとは考えにくい.現時点での費用対効果を考えると,花粉症の手術治療は,保険治療の対象となりone day office surgeryとして行える各種のhot knifeによる下鼻甲介粘膜表層の蒸散術と,電極刺入による粘膜固有層の減量手術に限られる.ここ数年,各種hot knifeはいくつかの革新的技術も手伝って急速に安価となり,かつ高性能になった.中空誘導式の炭酸ガスレーザーやアルゴンプラズマコアギュレータ(APC)も300万円以下になった.

スギ花粉症に対する抗原特異的免疫療法

著者: 大久保公裕 ,   後藤穣

ページ範囲:P.189 - P.193

1.はじめに

 スギ花粉症は,国民病とも呼ばれるⅠ型アレルギーの代表的疾患である.その本態は季節性アレルギー性鼻炎・結膜炎であり,内科,耳鼻科,眼科を問わずに積極的に治療が行われている.しかし,行われている治療は多くが薬物療法であり,対症療法である.本来のアレルギー治療の基本はアレルゲンの除去,回避であるが,花粉症の場合,完全に行うことは不可能であり,過度の抗原暴露が生じると症状が出現する.現在は抗原特異的免疫療法Ag-ITが唯一,アレルギー疾患に対する根本的な治療法であり,治癒させうる治療法と認識されている.

 Ag-ITは1911年にNoonによって米国に紹介されて以来1),現在まで続いている治療法で,日本より欧米でその評価が高い2).また,日本においては通年性アレルギー性鼻炎に対し,その高い治療効果が認められているが,スギ花粉症に対しての効果が低かった.これは従来品であるスギ治療用エキスの力価が低かったためと考えられている.それでも当科のアンケートの調査ではAg-IT終了後,花粉症の症状は約60%が軽快したと答えている3).現在は,わが国でも唯一の標準化エキスである標準化アレルゲン治療エキス“トリイ”スギ花粉(標準化スギ花粉エキス)が作成され,過去のこの力価の問題を解決している.

花粉症に対する新しい治療法

著者: 藤枝重治

ページ範囲:P.194 - P.202

1.はじめに

 現在の花粉症治療は,内服薬物療法,局所療法,免疫療法,手術療法である.内服薬としては,第2世代の抗ヒスタミン薬を中心に,抗ロイコトリエン受容体拮抗薬,抗トロンボキサンA2受容体拮抗薬,サイトカイン産生抑制薬が使用される.局所療法としては,鼻噴霧用ステロイド薬と抗ヒスタミン薬が使用される.免疫療法としては,抗原特異的減感作療法が代表的であるが,手術療法とともに本稿の前にその詳細が記載されていることと思う.本稿では,まだ一般に使用されていない治療法で,既に臨床治験が終了しているもの,施行中のもの,動物実験中のものについて紹介する.最新の治療薬は,原則として1)新規化合物,2)リコンビナントなヒト化抗体,3)オリゴヌクレオチドなどの遺伝子(RNA,DNA)となっている.

 通常ヒトの蛋白質に対する抗体は,マウスで作られる.このマウスの抗体をヒトに投与すると必ずアナフィラキシーショックを起こす.そこで,マウス免疫グロブリン(抗体)の抗原を認識する抗原認識部位(Fab部位)とヒト免疫グロブリンのヒンジ部分とFc部分を結合させた.これがキメラ抗体である.またヒトのFab部位にマウス抗体の抗原を認識する部分を散りばめたものが,ヒト化抗体である.この2つのタイプの抗体は,ヒトに投与してもアナフィラキシーショックを起こさないので,治療薬として使用されている.

 オリゴヌクレオチドとしては,最も簡単なのがアンチセンスオリゴである.これは一本鎖約20塩基前後のRNAであり,目的とする遺伝子の蛋白合成を阻害する.簡単に効果を発現できるが,特異性や効果時間の点で問題がある.それをさらに進歩させたのが,RNA干渉である.多くは,small interfering RNA(siRNA)として2本鎖であり,いろいろな化学物質をつけたり,形態を短いヘヤピン状にすることで効率上昇と長期間の効果が得られる.ウイルスベクターに組み込ませたりすることより,いろいろな分子標的治療も生まれている.それ以外に,後述する合成の短鎖DNAが存在する.

BCGを用いた抗スギ花粉症治療の試み

著者: 田中ゆり子 ,   中山俊憲

ページ範囲:P.203 - P.208

1.はじめに

 近年,アレルギー性鼻炎や喘息などのIgE抗体を介したⅠ型アレルギー疾患の増加が問題となっている.特にスギ花粉を原因抗原とするスギ花粉症の増加は著しく,成人のみならず小児における発症の増加も認められ,日本の全人口の約2割が罹患している.アレルギー疾患の増加の原因は様々な面から検討されており,スギ花粉やダニなどのアレルゲン,大気汚染,ストレスなどの増加や,食生活の変化に伴う腸内細菌の変化などが主な原因と考えられている.また,感染症全般の罹患率の低下も一因とされ,結核感染の減少と同時期にアレルギー疾患の増加が認められている.生活環境の衛生状態が向上したことによる,細菌感染症の減少や乳児期に抗生剤を使用することは,生体内におけるヘルパーT細胞サブセットであるTh1細胞とTh2細胞のアンバランスを引き起こし,特にTh2細胞優位の状態を誘導すると考えられている.さらに,このTh2細胞が過剰に反応するとアレルギー疾患が発症する可能性も指摘されている.以上のことから,Th2細胞の分化や反応を制御することにより,アレルギー疾患の発症や病態をコントロールすることが可能であると推測される.そこで本稿では,人為的にTh1細胞を誘導することでTh1/Th2細胞のバランスをコントロールし,Th2細胞の過剰な反応により起こるとされるⅠ型アレルギーの代表的な疾患であるスギ花粉症の治療を行う試みについて述べる.

花粉対策用のグッズ

著者: 榎本雅夫

ページ範囲:P.209 - P.213

1.はじめに

 花粉を吸入することで,アレルギー体質の人ではその花粉に特異的なIgE抗体が産生され,鼻の粘膜などにある肥満細胞上に固着する.このような状態を感作が成立したという.再度,同じ花粉抗原が入ってくると,肥満細胞上の特異的IgE抗体と反応し,肥満細胞からヒスタミンやロイコトリエンなどの化学伝達物質が遊離され,くしゃみ,水性鼻汁,鼻閉などの花粉症症状が出現する.花粉症の発症には,このように特異的IgE抗体とアレルゲンである花粉が反応することが重要である.

 花粉アレルゲンの除去・回避などのセルフケアは,メディカルケアに比べややもすれば軽視されがちだが,感作成立の予防(一次予防)と発症の予防(二次予防)の2つの面から究極の花粉症対策である.

 スギ花粉症に対する花粉の回避の重要性が,鼻アレルギー診療ガイドライン1)に,①花粉情報に注意する,②飛散の多いときの外出は控える,③花粉の多いときは窓,戸を閉めておく,④飛散の多いときは外出時にマスク,メガネを使う,⑤表面がけばけばした毛織物などのコートの使用は避ける,⑥帰宅時,衣服や髪をよく払い入室する.洗顔,うがいをし,鼻をかむ,⑦掃除を励行する,などが記載されている.これらの手段をとることで,症状の発現時期を遅くさせたり,軽減させることが可能である.このようなセルフケアを補助するため様々なグッズが市場に供されている.しかし,それらの製品の有効性は十分に実証されているとはいえないものも多く含まれている.日本では約60種の花粉症が報告されているが,スギ花粉症の有病率は約16.2%とされ,非常に多い花粉症であるので,ここではスギ花粉対策用グッズの紹介と得られているエビデンスなどを報告したいと考えている.

花粉飛散の予測

著者: 村山貢司

ページ範囲:P.215 - P.220

1.はじめに

 わが国でスギやヒノキの花粉飛散数が観測されるようになったのが1965年,その後花粉症患者の増大に伴って,1980年代からは各地で花粉に対する情報が出されるようになり,現在は沖縄を除く各地で何らかの花粉情報が出されている.一方で,花粉の観測は,長年にわたって人間が顕微鏡で1個ずつ計測する方法が行われ,花粉観測者にとって大きな負担が続いていた.数年前からレーザー光を使って花粉を自動的に計測する機械が設置されるなど,花粉情報も新しいシステムへの移行が進んでいる.花粉の予測,情報は現在はダーラム法による観測によって行われているが,将来は自動計測器のデータを用いたものに変わることも考えられる.なお,スギやヒノキの花粉は,日本の林業の衰退や地球の温暖化によって今後さらに花粉数が増加する懸念が大きい.

花粉症のアレルギー疾患における特殊性と共通性―スギ花粉症は日本の風土病?

著者: 出原賢治

ページ範囲:P.221 - P.224

1.はじめに

 花粉症は気管支喘息,アトピー性皮膚炎,通年性アレルギー性鼻炎などとともに,アレルギー疾患の1つとして分類される.花粉症はアレルギー疾患としての共通性をもつ一方で,他のアレルギー疾患にはない特殊性ももち合わせている.その代表的なものとして,花粉症の発症には時間的,地理的特徴が存在することが挙げられる.本稿では,この花粉症のアレルギー疾患における共通性と特殊性に焦点を当てて述べていきたい.なお,本稿で述べる花粉症とは,わが国で最も患者数の多いスギ花粉症を主に指し,一部ヒノキ花粉症を指すことをあらかじめお断りしておく.

今月の表紙 細胞診:感染と細胞所見・2

ガードネレラ

著者: 水谷奈津子 ,   海野みちる ,   坂本穆彦

ページ範囲:P.124 - P.125

腟には腟カンジダ症(candidiasis)などの病原体が特定される腟炎のほか,特定の微生物が検出されない細菌性腟症があり,腟ガードネレラ(Gardnerella vaginitis)は後者にあたる.ガードネレラは,ヘモフィルス属(Haemophilus)やコリネバクテリウム属(Corynebacterium)に分類されていたが,1980年に最初の報告者であるH.L. Gardnerにあやかり,ガードネレラ属として独立した.大きさは1.5~2.5×0.5μmで,嫌気性のグラム陰性あるいは不定の小短桿菌で,多形性・非運動性である.細菌性腟症は,妊婦の約20%にみられ,妊娠16週よりも前に細菌性腟炎に感染している妊婦の早産率は約5倍であるなど,早産の原因の1つとされている.細菌性腟炎の原因は,病原性の弱いガードネレラ・ウレアプラズマ(Ureaplasma)・マイコプラズマ(Mycoplasma)・バクテロイデス(Bacteroides)・クレブジェラ(Klebsiella)・B群溶連菌などの複合感染により腟炎がおこると考えられているが,中でもガードネレラが高頻度に分離される1,2).正常の子宮腟内には,常在菌であるデーデルライン桿菌(Döderlein bacillus)が,腟の扁平上皮細胞が含有するグリコーゲンを分解し,乳酸菌を作ることにより腟内を酸性(pH3.5)に保つことで,自浄作用を行っている.細菌性腟炎は,様々な理由でデーデルライン桿菌が減少し,ガードネレラや腸内の細菌などが増加することで,腟内の酸性度(pH4.5以上)が低下した状態である.感染者の約70%は無症状であるが,灰色帯下・アミン臭・外陰部の刺激症状などを訴える患者もみられる.未治療であっても生死にかかわることはないが,再燃しやすく,早産の原因の1つとなる3,4). 子宮腟部スメアにみられるトリコモナス(Trichomonas)などの感染症では,背景に多数の好中球を伴い,細胞の炎症性変化が目立つことが多い.しかし,ガードネレラが標本中に多数みられる場合であっても,炎症性細胞の増加は軽度であり,図1~4のようにほとんどみられない症例も多く存在する.また,先に述べたようにデーデルライン桿菌は,減少・消失している.扁平上皮細胞への影響は,核周囲にわずかに白くぬけるハロー(halo)や錯角化が見られる.ガードネレラが扁平上皮細胞の上に多数付着している所見を,細胞診ではクルー細胞(clue cell,図1~4)と称し,細菌性腟炎の可能性が推定される.臨床的には,①均質で乾燥した帯下,②腟内pHが4.5以上,③腟分泌物に10%KOHを加えるとアミン臭が発生,④クルー細胞の存在,の4項目のうち3項目をみたした場合,細菌性腟症と診断されている.クルー細胞の存在は,臨床的にも重視されており,トリコモナスやカンジダなどと同様に細胞診の報告書に記載することが,細菌性腟炎の早期治療,および早産予防につながるものと考えられる.

コーヒーブレイク

(続)ひばり讃

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.188 - P.188

時は盛夏のお盆ということで,十数年前に故人になった美空ひばりのことを思い出すことになってしまった.当時医事新報という雑誌のエッセイ欄に“ひばり讃”という文を書き“持ち唄は勿論お座敷の小唄や端唄,それにジャズ,ブルースのジャンルまでそれぞれの詩の心を的確に把えて歌に表現しているのに気付いてから,急速にファンの一人にさせられた”などと記したことがあった.

 最近その思いをまた蘇らせられたのは,その文章を敬愛している国際日本文化研究センターの山折哲雄所長の「美空ひばりと日本人」という一書を読んだせいである.この方は「日本文明とは何か」「悲しみの精神史」「いのりの旅」等々多数の著書のある宗教,哲学,日本史の大家であるが,目に触れる文章はわかり易く平易で,目からうろこが落ちるといった感をいつも味わされた.

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 法医学の遺伝子検査・2

法医学試料の問題点と抽出・精製法

著者: 赤根敦

ページ範囲:P.225 - P.230

法医学試料の性状
 法医学試料とは,事件・事故現場で発見される血痕,精液斑などの斑痕試料や,犯罪死体,変死体から得られる試料をさし,個人識別などの目的でこれらからDNAを抽出し,分析する.斑痕試料は屋内,屋外などの不衛生な汚染された環境で,場合によっては長期間放置されているし,死体も発見までに時間がかかれば腐敗が進行する.その結果,試料採取時にすでに試料内のDNAの分解が進行していたり,体外,体内の物質に汚染されていたりして,DNA検査に悪影響を及ぼすことがしばしばある.

 DNAは基本的にフェノール・クロロフォルム法で抽出する.試料が新鮮血の場合は白血球沈渣を,組織片の場合は事前に裁断し,血痕などの斑痕試料は切断片をそのまま用いる.これらの試料を蛋白分解酵素と界面活性剤の入ったバッファーで蛋白質,脂質を消化する.次にフェノール・クロロフォルム溶液を等量添加して,混和・遠心分離して分解した蛋白質,脂質をフェノール層に移す.水層のみをとってこの操作を繰り返し,最後に水層を2倍量の70%エタノールと混和すればDNAが析出し,遠心分離して回収することができる.通常はこの方法でDNA以外の不純物は除去されるが,法医学試料ではDNAとともに抽出される不純物が少なくないし,分解しているDNAは除去されず,これらがPCR増幅を阻害する.このような阻害因子の種類とその精製法について説明する.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ 耐性菌の基礎と臨床・1

今問題となっている耐性菌

著者: 大野章

ページ範囲:P.231 - P.239

はじめに

 サルファ剤,ペニシリンの発見およびその臨床への導入以降およそ70年あまりが経過した今,抗菌薬を取り巻く環境は大きな曲がり道に来ている.サルファ剤,キノロン系の合成抗菌薬を除いて,ほとんどの既存抗菌薬は土壌中の放線菌あるいはカビが作り出した抗生物質に由来している.抗生物質の生理的な役割は正確にはわからないが,土壌中の微生物間の動的生態制御に働いていると考えられる.この機構に働く正の制御の一つが抗生物質であるとすれば,負の制御に働いている要因の一つは抗菌薬耐性因子である.そして抗生物質産生菌が,同時にその抗生物質に対する耐性因子を保有している事実も知られている1).すなわち抗菌薬の開発とその臨床導入は,いわば土壌微生物から,抗菌薬をピックアップしそれを大量に増幅して環境中にフィードバックするようなものである.その結果反映として,その抗菌薬に対する耐性因子保有菌株が選択されてくるのは自然の摂理であり回避することはできない.抗菌薬の開発と耐性菌の出現,現在まで繰り返されてきたこの過程の次のステップは多種類の抗菌薬に同時に耐性を獲得した多剤耐性菌の出現である.耐性の蔓延や多剤耐性化には,自然界において微生物の間に普遍的に見られる積極的な遺伝子の相互流通,すなわち遺伝子の水平伝播が関係する2)

 遺伝子の水平伝播にはプラスミドによる伝達,ファージによる伝達,死細胞から漏出したDNAの取り込みによる相同性遺伝子組換え,さらには転移性DNAトランスポゾンやインテグロンよる遺伝子組み込みなどが関与する3).特に多剤耐性化には,多数の遺伝子をカセットのように次々と嵌め込む能力をもつインテグロン構造のDNAが大きく影響する.また一方で耐性遺伝子そのものにも突然変異が生じ,耐性遺伝子産物の耐性スペクトルを拡大し,旧来の耐性からアップグレードさせている.

 現在感染症治療に大きく立ちはだかっている耐性菌には,ペニシリン耐性肺炎球菌,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌,グリコペプチド耐性菌(腸球菌,黄色ブドウ球菌),基質特異性拡張型βラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌,メタロ要求性βラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌,フルオロキノロン耐性カンピロバクター,多剤耐性アシネトバクター,多剤耐性緑膿菌,多剤耐性結核菌などであるが紙面の都合上その一部を個々に解説する.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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