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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査52巻1号

2008年01月発行

雑誌目次

今月の主題 インフルエンザ診療のブレークスルー 巻頭言

インフルエンザの診断・治療・予防におけるブレークスルーとは

著者: 岩田敏

ページ範囲:P.9 - P.10

1.インフルエンザの診断におけるブレークスルー

 毎年冬季に流行を繰り返すインフルエンザの診断に関して,かつて臨床の現場では,急激な発症,高熱,全身症状,呼吸器症状,消化器症状などの特徴的な臨床症状,冬季に同様の症状を訴える患者の増加(流行の集団集積),各種サーベイランス情報,家族・施設・地域での発生,接触歴などの疫学情報から,臨床的な判断により診断せざるを得なかった.病原診断については,血清学的診断,ウイルス分離・同定によるウイルス学的診断による診断が行われていたが,いずれも確定診断までには時間を要するため,疫学的な解析には役立っても,個々の症例の診療方針を決定する診断法としてはあまり役には立っていなかった.そうしたなか,1998/1999シーズンに国内で初めて発売されたインフルエンザ迅速診断キットは,ベッドサイドや外来でのインフルエンザの迅速診断を可能とし,インフルエンザ診断における大きなブレークスルーとなった.当初はインフルエンザA型を検出する酵素免疫法(enzyme immunoassay;EIA)の試薬であったが,2001/2002シーズンにはA型とB型が鑑別可能になり,最近はより簡便なワンステップのイムノクロマト法を利用したキットが主流となっている.こうした迅速診断キットの普及は,ノイラミニダーゼ阻害薬等の抗インフルエンザ薬の開発とあいまって,臨床現場におけるインフルエンザ診療のかたちを大きく変えることに結びつくと同時に,施設内感染対策のうえでも極めて重要な役割を果たすこととなった.今後は感度の問題による偽陰性をいかに少なくすることができるかがポイントとなるであろう.一方,特殊な設備が必要ではあるが,高感度で迅速性の面でも数時間で診断可能であり,キットの設計によっては複数の呼吸器系病原微生物を同時検出することが可能なリアルタイムRT-PCR(riverse transcription-polymerase chain reaction)法もまた,インフルエンザを含む呼吸器感染症診断において今後のブレークスルーとなる可能性があると考えられる.

総説

インフルエンザの過去,現在,未来―10代のインフルエンザ患者の治療

著者: 菅谷憲夫

ページ範囲:P.11 - P.15

 ワクチン接種だけでは,高齢者のインフルエンザ被害を抑えることは困難であることが欧米で徐々に明らかにされ,幼児・学童がインフルエンザ流行拡大に大きな役割をしていることが理解されてきた.日本で実施されていた学童集団接種の有効性が注目されている.Oseltamivir投与後の異常行動が問題となり,厚生労働省は,10代のインフルエンザ患者でのoseltamivir使用を事実上禁止した.現状では,10代のインフルエンザ患者の治療には,原則としてzanamivirを使用することになる.今シーズンは,小中学生,高校生など10代でのワクチン接種が強く望まれる.

グローバルな視点からみた新型インフルエンザ

著者: 押谷仁

ページ範囲:P.16 - P.22

 新型インフルエンザが出現した場合,世界中で甚大な人的・社会的被害が生じると想定されている.このような事態に対応するためにはグローバルな視点が欠かせない.世界保健機関(WHO)では新型インフルエンザに対する基本戦略を策定して各国政府とともに新型インフルエンザ対策を進めている.しかし,封じ込めに関する技術的な問題点やパンデミックワクチンをめぐる途上国と先進国の対立など多くの課題も残されている.

わが国におけるインフルエンザの疫学

著者: 岡部信彦

ページ範囲:P.23 - P.27

 わが国のインフルエンザの疫学情報の中心は,全国の小児科約3,000,内科約2,000の合計約5,000か所の医療機関からなるインフルエンザ定点から週ごとに寄せられる患者数報告によっており,その分析を国立感染症研究所感染症情報センターで行っている.定点の約10%が検査定点となり,そこから検体が地方衛生研究所に送られて病原検索が行われる.詳細なウイルス分析については,各地研および国立感染症研究所ウイルス3部で行っている.通常のインフルエンザサーベイランスの充実は,インフルエンザパンデミックへの備えにもなり,また感染症対策全体のレベルを上げることになり,SARSのような新たな感染症の発生への備えにも結びつくことにもなる.すなわち感染症危機管理への重要なキーポイントとなる.

ゲノム解析からみたインフルエンザウイルス遺伝子の変異と流行―遺伝子変異に着目して

著者: 信澤枝里

ページ範囲:P.28 - P.34

 インフルエンザウイルスは,変異が著しいウイルスとして知られている.ウイルスの抗原性が変化すると,ヒトが保有する既存の抗体による感染防御が成立しないため,その抗原変異ウイルスは,ヒトの間で流行する.この抗原性の変化は,ウイルスの主要抗原であるHA上にアミノ酸変異が生じて起きる.一方,HA以外の遺伝子がウイルス間で頻繁に交換され,ウイルスが多様な遺伝子の組み合わせのセットを持つことが,最近報告されている.このような遺伝子再集合は,より環境に適応したウイルスの出現を可能にし,インフルエンザウイルスの制圧をさらに難しくしている.

検査・診断

インフルエンザ検査・診断の今後

著者: 川上千春 ,   七種美和子

ページ範囲:P.35 - P.40

 ウイルス分離は臨床検体中のウイルスが感染性を失わないように細胞接種することがポイントで,検体採取用培地や検体の保存条件等が大切である.遺伝子診断法は従来のPCRに加え,リアルタイムPCR技術や新しい遺伝子増幅法による検査法が開発され,迅速な対応が可能となった.感染症検査領域における遺伝子検査は早期診断による院内感染予防のほか,抗菌薬や抗ウイルス薬投与後の耐性検査,培養困難な病原体や未知の病原体検出など応用範囲が幅広く,今後普及する可能性が期待される.

インフルエンザの迅速診断―「鼻かみ液」検体の可能性

著者: 三田村敬子 ,   清水英明 ,   渡邉寿美 ,   川上千春 ,   菅谷憲夫

ページ範囲:P.41 - P.45

 インフルエンザ迅速診断キットの検体として,患者に鼻をかませて採取した「鼻かみ液」が使用可能か検討した.ウイルス分離と比較した感度は,鼻咽頭拭い液に比べてやや低いが,A型で86%,B型で77%と良好な数値であった.鼻かみ液の量が少ない場合には検出率が低くなるため,検体量の確認をすることが必要である.鼻かみ液の採取は,侵襲もなく痛みも伴わないため採取は円滑に行われ,有用な検体であると考えられる.

治療と対策

抗インフルエンザ薬の特徴と使い分け

著者: 林純 ,   柏木征三郎

ページ範囲:P.47 - P.51

 現在,使用可能な抗インフルエンザ薬は3剤である.アマンタジンは経口投与で,A型インフルエンザのみ有効であるが,耐性ウイルス出現のためその使用は勧められない.ノイラミニダーゼ阻害剤はA型およびB型インフルエンザに有効であり,予防効果も認められている.このうちザナミビルは吸入投与で,もう一方のリン酸オセルタミビルは経口投与である.両剤ともにA型に対しては同等の臨床効果を示すが,B型に対してはザナミビルが優れている.ザナミビルは吸入剤であることから使用されることは少ないが,ザナミビルの使用経験者の調査では80~90%は容易に吸入できることが判明しており,B型に対してはザナミビルの使用が勧められる.

インフルエンザワクチンの有用性

著者: 中野貴司

ページ範囲:P.53 - P.56

 ワクチンの有用性は,有効率と安全性とにより評価される.現行の不活化インフルエンザワクチンは,高齢者に対して死亡回避80%以上,罹患予防30~50%台の有効率であり,米国のデータとほぼ一致する.小児に対しても統計学的に有意に罹患予防効果があるが,わが国の全国多施設共同研究では有効率20%台であった.今後さらに有効なワクチンの開発が待たれるが,現行ワクチンの副反応は全年齢層で概ね軽微であり,インフルエンザ特異的な予防手段として有効に活用したい.

新型インフルエンザ対策―公衆衛生の観点から

著者: 安井良則

ページ範囲:P.57 - P.63

 本稿では各種新型インフルエンザ対策ガイドラインのなかでも,公衆衛生にとって最も重要であると思われる「積極的疫学調査ガイドライン」および「早期対応戦略ガイドライン」について,その概略を解説・紹介した.前者は,この調査結果に基づいて他の各種対策が実行されるといっても過言ではない.また,後者は対策の中心に位置付けられるべきであるが,わが国ではこれまで類似の対策について検討された経験がなく,現段階においてはまだ専門職者の間ですら理解が広まっておらず,具体的に検討されるべき課題は山積している.対策に関して,公衆衛生の果たすべき役割は極めて大きいものであり,本稿がこの両ガイドラインの理解と普及の一助となれば幸いである.

新型インフルエンザ対策―医療機関の立場から

著者: 川名明彦

ページ範囲:P.64 - P.68

 医療機関では,膨大な数の新型インフルエンザ患者に対応するため,平時からの準備が必要である.本稿では,厚生労働省の指針に基づき,新型インフルエンザ流行に対する医療機関の対応をまとめた.WHOのフェーズ1~2は医療機関にとっては平時と変わらない時期であり,準備を整える時期といえる.フェーズ3はヒトの鳥インフルエンザA(H5N1)感染症を対象とした封じ込めの時期であり,感染症指定医療機関が入院医療の中心となる.フェーズ4以降は,新型インフルエンザ流行の時期であり,特にパンデミックになるとすべての医療機関がかかわって医療体制を支える必要がある.

トピックス

インフルエンザ脳症―これまでわかったこと,わからないこと

著者: 河島尚志

ページ範囲:P.69 - P.74

1.はじめに

 1994年の予防接種法の改定後インフルエンザワクチンの定期接種は任意接種となった.その後にワクチン接種者は前年度比で約2%までに激減し,インフルエンザの流行が増加することが予想されていた.こういった状況のなか,インフルエンザ流行中の短期間に多くの急死症例が小児を中心に全国的に経験されるようになった.当初原因は不明であったが,後にほとんどがインフルエンザ脳症によるものであることが判明した.われわれの施設でも1998/99年度は1週間に4例,99/2000年度は1例,2000/01年は2例のインフルエンザ脳症による死亡症例を経験した1).全国的にみても98/99年に217例がインフルエンザ脳炎・脳症として報告され,500例以上の実数患者がいたことが知られた2).また,当初はわが国にのみ発症しているということがいわれ,また,薬剤との関連を示唆することも報道された.しかしながら,その後,米国・欧州でも同様に急激な経過から死にいたるインフルエンザ脳症が多数報告3),また解熱剤の服用をしていない患者も多くいることが知られた.また,病理解剖などの結果から,中枢神経系に炎症反応はなく,ウイルスも検出されることは稀であることから,脳炎という名称は外れ,インフルエンザ脳症という呼称になった.今のところ,脳症を起こしやすい特異的ウイルスの流行は報告されていないが,H3N2(香港型)が流行した時期に発症者はより多く,H領域に特徴的な領域の報告がされている4).しかし,H1N1やB型でも脳症を発症し同様に予後不良の経過をとる.また,ワクチン未接種者の発症例が多かったが,その後わが国でのワクチン接種者例が増加し,ワクチン2回接種を受けている患者でも多数発症していることから,ワクチンによる脳症予防効果は疑問視されている.本稿ではこれまでに知られたことと,いまだ議論の段階にあることについて整理し報告する.

インフルエンザウイルスの耐性化

著者: 畠山修司

ページ範囲:P.75 - P.78

1.はじめに

 インフルエンザは本質的に一過性の熱性疾患であり,自然治癒するものであるが,冬季の一般人口,とりわけ高齢者や小児などの死亡率を毎年押し上げる一因となっていることも間違いない.加えてインフルエンザウイルスは,新型ウイルスに変化することによるパンデミック(世界的大流行)を数十年に一度引き起こすという,憂慮すべき特性も持ち合わせる.高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)が世界の広い地域に拡大し,鳥からヒトへの感染事例も後を絶たない現在,新型インフルエンザの発生に備えるべく,抗インフルエンザ薬は以前に増して重要なものとなっている.現在,M2蛋白質阻害薬およびノイラミニダーゼ(neuraminidase;NA)阻害薬という2種類の抗インフルエンザ薬が利用できる.近年,これらの薬剤に対する耐性を獲得したインフルエンザウイルスに関する知見が増えつつある.インフルエンザウイルスの薬剤耐性獲得機序と耐性ウイルスの現状について概説する.

抗インフルエンザ薬と異常言動

著者: 横田俊平

ページ範囲:P.79 - P.84

1.はじめに

 インフルエンザは,肺炎,クループ,気管支炎,中耳炎,Reye症候群などの随伴症状を伴う疾患である1).特にわが国では1990年代中頃より,インフルエンザの罹患に伴い脳症を発症する乳幼児が注目されるようになり,1998年以来厚生労働省研究班(班長:森島恒雄)が組織され頻度調査および病態の解明にあたっている2,3)

 厚労省研究班では,インフルエンザ・シーズン終了後に全国の小児医療施設に対してインフルエンザ脳症発生の報告を依頼する方法で調査を行ってきたが,他の随伴症状とともに発生した頻度の実体は調査の対象とされていない.一方で,迅速診断キットが普及しインフルエンザの確実な診断が行われるようになり,診断を根拠にした抗インフルエンザ薬の処方が広範に行われるようになってきたが,その使用実態も不明のままである.特にオセルタミビルはわが国での使用頻度が著しく高く,その副作用についての注意喚起が行われるようになってきた.

 他方で,世界的規模で鳥インフルエンザH5N1による人的被害の報告が増加しており,歴史的なインフルエンザ・パンデミックの経験から,H5N1ウイルスが新たにヒトへの感染性を獲得することが危惧される時代となった4).免疫を獲得していない人類は容易にパンデミックの犠牲になり,特に小児に最も被害の及ぶことが懸念されている.単にウイルスの浸潤だけでなく,併発症,特にわが国では脳症の発生が危惧され,あらかじめ調査を行い,パンデミックに対する対策を樹立しておく必要があることもインフルエンザに関する最近の課題である.

 そこでわれわれは厚労省研究班を組み,インフルエンザ併発症の頻度,特に異常言動の実体について調査を行った.この調査研究の過程で明らかになったことを報告したい.

新型インフルエンザワクチンの開発

著者: 来海和彦 ,   原田精一 ,   城野洋一郎

ページ範囲:P.85 - P.88

1.はじめに

 2003年以降,現在までにWHOで把握されているヒトでのH5N1インフルエンザウイルスの累計感染者数は328人で,死亡者数は200人に達した.昨年と比較し,2007年は小康を保っているものの,インドネシアにおけるヒトへの感染はいまだに終息をみない.また,2006年は感染者ゼロであったベトナムにおいて,5月,突如としてヒトへの感染者が認められ,これまで死亡4人を含む7人の感染例が報告されている.ウイルスの多様性も富み始めており,異なる抗原性を有するH5N1ウイルスが地域ごとに発生しているのが現況である.脅威であるのは50%を超える高い致死率で,病原性は依然として衰えていない.

 ワクチンは,わが国における新型インフルエンザ対策の柱の一つとして,2004年から国内ワクチン製造所により,国立感染症研究所の主導の下,国立病院機構との共同,医薬品医療機器総合機構のバックアップを受け,国家プロジェクト体制で開発が進められてきた.本年10月,このアルミニウムゲルをアジュバントとした全粒子ワクチンについて,国内2社が「沈降新型インフルエンザワクチン(H5N1株)」として製造販売承認を受けた.また,2006年には,ワクチン原液1,000万人分が備蓄され,新型インフルエンザ対策におけるワクチン施策は大きく前進した.本稿では,これまでのワクチン開発の経緯と備蓄ワクチンについて解説したい.

インフルエンザの暴露後発症予防

著者: 新庄正宜

ページ範囲:P.89 - P.91

1.はじめに

 インフルエンザ予防の基本は毎年のワクチンであるが,インフルエンザ患者に接触後(暴露後)にワクチンを接種しても無効である.ワクチン接種から免疫獲得までは成人で通常2週間程度であるが,感染から発症まではわずか1~3日程度であるためである.このため,暴露後(接触後)予防,いわゆるpostexposure prophylaxisの基本は,抗インフルエンザ薬となる.抗インフルエンザ薬には,M2イオンチャネル阻害薬であるアマンタジン(シンメトレル(R))と,ノイラミニダーゼ阻害薬であるオセルタミビル(タミフル(R))・ザナミビル(リレンザ(R))がある.

 予防投与の方法には,流行期予防投与(長期予防投与),暴露後予防投与(短期予防投与)の二つがある.前者はシーズン中,患者との暴露の有無にかかわらず常に予防しておくという考えであり,後者は暴露後にだけ予防するという考えである.今回は後者,特に院内感染予防について述べる.

新型インフルエンザ:長野県の対策戦略と課題

著者: 高橋央

ページ範囲:P.93 - P.96

1.次のインフルエンザ大流行は甚大な災害となるか?

 人類は前世紀の百年間だけでも1918年のスペインカゼ(A/H1N1),1957年のアジアカゼ(A/H2N2),1968年の香港カゼ(A/H3N2)と,世界的な大流行(パンデミック)を3度も経験している.今世紀に大流行が再び起こる可能性は十分にある,と考えるのが妥当であろう.日本人にとっては大震災とともに,避けられない災難なのである.自然災害の多くは,被害が地域や国単位に限局され散発的に発生する.感染症の大流行は同時に全世界へ拡がるので,諸外国からの救援もそう期待できない.

 感染症による災害のなかで,性感染症のように個人によってリスク差が大きい感染症の流行では,梅毒の場合は世紀単位,今日の新興感染症の代表格であるHIV(human immunodeficiency virus)エイズでも十年単位で,世界中に拡散した.ところがインフルエンザの場合,潜伏期が1~2日と短い呼吸器感染症であるため,感染リスクの個人差は比較的小さく,爆発的に流行する.最近十年間に最大規模で流行した2004~05年のインフルエンザ・サーベイランスデータをみても,病院受診者は1~2週間で数十倍(対数表示で1目盛超)になっている(図1).また2004年にアウトブレイクしたSARS(serere acute respiratory syndrome)と同時期から散発している鳥インフルエンザA/H5N1を比較しても,患者の年齢層や死亡率に違いがあることがわかる(表1).

今月の表紙 臨床微生物検査・1

ESBL産生菌

著者: 石井良和

ページ範囲:P.4 - P.7

 基質特異性拡張型βラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase;ESBL)は,1983年にKnotheらによって,臨床材料から分離されたセフォタキシム,セフォキシチン,セファマンドールおよびセフロキシム耐性Klebsiella pneumoniaeおよびSerratia marcescensから検出された1).この論文の中でKnotheらはこの耐性因子をコードする遺伝子がプラスミド上に存在することを明らかにし,このプラスミドが院内感染の原因菌に伝達され問題になるであろうことを指摘した.彼の指摘どおり,その後ESBL産生菌による院内感染が欧米で多発して大きな社会問題となった.

 ESBLを含むβラクタマーゼは,DNA塩基配列が簡単に決定できるようになったこととあいまって多くの酵素が報告された.2007年8月21日現在,TEM-型酵素が161,SHV-型酵素が104種類,CTX-M-型酵素が69種類登録されている(http://www.lahey.org/Studies/).これらの酵素の多くのものがESBLに分類されるβラクタマーゼである.

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 糖鎖と臨床検査・1

概説

著者: 笠原靖 ,   濱﨑直孝

ページ範囲:P.97 - P.103

はじめに

 本シリーズ最新医学講座では「糖鎖と臨床検査」と題し,今後12回にわたり専門の先生方から各トピックスの紹介がある.本稿ではその巻頭に当たり,理解の一助になればと思い,糖鎖研究の現状に関し広く概説を試みた.

 医学のなかで糖鎖の研究は構造解析が複雑かつ困難なために遅れていた分野である.現在はヒトゲノム解析が達成されたのを期に,ターゲットが遺伝子から転写調節や翻訳後の蛋白レベルに移行し,遺伝子産物のプロテオミクス,メタボロミクスへと進展し,糖鎖が注目されるに至った.今では蛋白質の修飾や代謝に関連し,糖鎖に特化した概念としてグリコプロテオミクス1),グライコミクスへと発展している.

 糖鎖に比べると,当然遺伝子の直接産物である蛋白質は生理機能に決定的な役割を果たしているが,糖鎖も従来の期待を超えた重要な役割があることがわかってきた.現時点で糖鎖は臨床検査とのかかわりは少ないが,将来を考えるとぜひ理解を深めておきたい対象である.

 臨床検査と糖鎖というと,血液型やレクチンの研究などを考えるが,糖鎖の癌関連抗原の発見は脚光を浴び検査項目としても定着した.免疫の分野でも糖鎖は,感染症において自然免疫の主役を担うマクロファージや樹状細胞のレセプター,トールライクレセプター(toll like receptor;TLR)のリガンド2)として注目されている.

 糖鎖抗原の発見はモノクローナル抗体技術の成果で,測定対象が分子全体ではなく,その一部を構成している糖鎖構造,すなわち,エピトープ単位となった.抗原に対する認識を一変させたのである.従来は蛋白質上に結合した糖鎖の議論であったが,糖鎖の構造単位のみがターゲットで,その結合母体がどんな蛋白質,脂質でもよいのである.

 モノクローナル抗体が最初に応用された,膵臓癌のマーカーCA19-9は糖鎖,シアリルLeaを認識するモノクローナル抗体である.したがって抗体は膨大な分子量分布を持つ種々ムチン上の糖鎖と,脂質上の糖鎖も合わせて検出する.他の検査では肝癌のα-Feto蛋白質の修飾糖鎖,アルコール性肝炎のトランスフェリンの測定もある.

 その後,単なる癌マーカーではなく機能としての癌関連糖鎖が注目される.さらに糖鎖は癌性と合わせて癌抑制作用なども明らかとなり,いま糖鎖は抗癌剤開発のターゲットとなっている.

 図1に遺伝子(ゲノミクス)にはじまる糖鎖研究,グライコミクスの位置付けを略図で示した.遺伝子情報の蓄積,発展とともにゲノミクスからトランスクリプトミクス,プロテオミクス,メタボロミクスと生理作用に迫るなかで,プロテオミクスの修飾体,あるいは独立に糖鎖を中心とするグライコミクスの概念も確立した.糖鎖の研究は当然グライコミクスの中心をなすものであるが,歴史は古いが全く新しい分野といえる.そこで本シリーズはまず糖鎖の全体が把握でき,将来得られた成果がすぐにでも臨床応用に役立つことを願い,本シリーズを企画した.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ 臨床検査用に開発された分析法および試薬・1

概説

著者: 片山善章

ページ範囲:P.105 - P.110

 臨床検査試薬の開発や改良は下記の3本柱がきっかけになることが多い.

 すなわち,企業が開発・改良した臨床検査薬の評価を行い,問題点を指摘することによって,企業とタイアップして改良法,新測定法の開発をする.

 また,現在利用している測定法に対する問題点(特異性,迅速性,簡便性など)を解決するための改良法や新測定法を考案する.

 さらには新規検査項目に対する測定法の考案と開発などである.

 以下に筆者が臨床検査試薬の開発や改良にかかわったことを,過去を振り返り紹介して本講座シリーズの概説とする.

研究

国内で販売されている抗HBs抗体定量用体外診断用医薬品の評価:国内標準品を用いた検討

著者: 水落利明 ,   小高千加子 ,   山口一成

ページ範囲:P.111 - P.115

 国内で販売されている8種類の抗HBs抗体測定キットを用いて,抗HBsヒト免疫グロブリン(以下,抗HBs抗体)国内標準品の希釈系列検体を測定した.6種類のキットにおいてはほぼ期待される測定値を示した.しかしながら,期待値に比較して約0.5倍と1.5倍の測定値を示すキットが各1種類あった.このような乖離の原因を調査しその修正が行われた結果,1種類のキットは新規申請に向けて開発中であり,もう一種類のキットでは一部変更の手続きが行われている.これにより今後はHBV感染防御の基準と考えられる抗体価の“10mIU/ml”という数値について,いずれのキットを用いてもほぼ均一な定量が可能になることが期待される.

超音波検査による甲状腺結節の新しいクラス分類とその妥当性

著者: 伊藤康弘 ,   太田寿 ,   豊田千穂子 ,   三村善美 ,   大下真紀 ,   村田直 ,   宮本智子 ,   河合岳郎 ,   藤本智子 ,   小嶋千絵 ,   山口翔子 ,   上善友美 ,   森田新二 ,   横沢保 ,   小林薫 ,   網野信行 ,   宮内昭

ページ範囲:P.117 - P.122

 甲状腺結節の超音波診断に新しいクラス分類を導入し,穿刺吸引細胞診と病理組織検査を対比させてその妥当性を検討した.結節を超音波所見により,USC1~5に分類し,さらにUSC2~5の間は,クラスの両方にまたがる所見をもつ結節については,0.5刻みで中間のクラスを設け,USC3.5以上が悪性,3はボーダーライン,2.5以下は良性と判定した.検討対象の結節1,145個(900症例)のうち,超音波検査で悪性と判定された結節は233個であった.このうち179個(76.8%)が細胞診でも悪性と診断された.142個が外科的に切除され,136個(95.8%)が病理組織検査で甲状腺癌と診断された.超音波検査で良性と判定された結節710個のうち,683個(96.1%)は細胞診でも良性であった.われわれの新しい超音波検査診断のクラス分類は細胞診および病理組織診ともよく対応しており,日常の臨床検査として普遍性のある優れた方法と言える.

海外文献紹介

原子間力顕微鏡によるDNA分子における紫外線損傷の検出

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.22 - P.22

 著者らは原子間力顕微鏡(atomic force microscope;AFM)を用いた分子レベルでの DNA における紫外線(UV)損傷の検出および定量について検討した.AFM画像と超螺旋プラスミド弛緩分析とを組み合わせることにより,中波長紫外線(UVB)および短波長紫外線(UVC)の高照射は環状ブタンピリミジン二量体(CPDS)を生成するのみならず,著しい DNA の分解を引き起こすことがわかった.特に,12.5kJ/m2 のUVC および 165kJ/m2 の UVB はそれぞれ pUC18 超螺旋プラスミドの 95% および 78% を直接弛緩させた.また,超螺旋プラスミド弛緩分析と光照射したプラスミドの T4エンドヌクレアーゼ V 処理および低UVB照射により引き起こされる損傷を検出するための弛緩のAFM画像を組み合わせることにより,極低UVB照射では CPDS 分子数と UVB 照射量にはほぼ直線関係があることがわかった.これらの AFM による結果は UV 照射およびエンドヌクレアーゼ処理のプラスミドのアガロースゲル電気泳動により証明できた.AFM とゲル電気泳動法の結果は他の従来法を用いて得られた,これまでの結果と一致していた.AFM は UV による DNA 損傷を高分解測定する従来法を補完できると考えられた.

薄層フィルム光学センサーによる血液グルコース連続モニタリング

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.63 - P.63

 著者らは最近,フェニルボロン酸受容体を含む薄層ポリマーハイドロゲルを基盤にした,フルクトースよりもグルコースに選択性を高めたホログラフィク光学センサーについて報告した.本研究では,このセンサーによるヒト血液グルコースの測定について検討した.光学センサーはアクリルアミド,N,N′-methylene bisacrylamide,3-acrylamidophenylboronic acid,(3-acrylamidopropyl) trimethylammonium chloride を含み,異なるグルコース濃度のヒト血漿試料7 例の測定を行った.グルコース濃度はフローセルを用いて,0.17.0.28 mmol/l/min の範囲で変化させ,センサーのグルコース連続モニタリング能力を長期にわたり調べた.その結果,このフェニルボロン酸を基盤にしたセンサーのヒト血液グルコース測定への応用性が生体外で初めて実証された.ホログラフィクセンサーは再検量なしに使用することができた.この測定法は堅固な性質を有し,糖尿病患者のグルコースをモニターする従来法の電気化学的な酵素法に代わりうるものであると考えられた.

血清レチノール濃度低下は腎移植者の死亡率増加と関係する

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.84 - P.84

 腎移植の成否は拒否反応を避けるための十分な免疫抑制の達成と感染または腫瘍発生から腎移植患者を保護する十分な免疫能力レベルの維持との間のバランスに依存する.腎移植後の主要死亡原因は冠状動脈疾患,感染,腫瘍である.ビタミンAは上皮統合性および免疫機能において中心的役割を担っており,適当なビタミンA濃度は腎移植患者において重要と考えられる.著者らは腎移植患者における血清レチノール濃度とすべての死亡との間に関係があるかどうかについて検討した.血清レチノール濃度は追跡中に生存していた移植患者よりも死亡した移植患者のほうが低値であった.Kaplan-Meier分析により,血清レチノール濃度は死亡率の高度予測因子であることが示された.また,Cox多変量回帰分析においては血清レチノール濃度低下は従来の冠状動脈疾患危険因子,高感度CRP値および推定GFR値の調整後に全死亡の高度予測因子として有意であった.血清レチノール濃度は腎移植患者における全死亡の独立的な高度予測因子であり,その濃度増加は抗炎症機構または抗感染機構を介して生存利得をもたらすと考えられた.

Coffee Break

鰊漁に湧き「江戸にもなかった春」を謳った江差の繁栄

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.52 - P.52

 私は北海道小樽市で生まれ,父は道南の漁村,熊石村出身であった.一方,母は同じ道南の乙部村の大きな漁場の娘として育った.それで私は小学校入学前の3年間ほど,夏は母の実家で1か月ほど過ごし,日々地元の子供達と海で過ごした楽しい想い出がある.それゆえ乙部村は私の第2の故郷と思っている.

 この乙部村は江差町の10数キロ北にあり,静かな入江,緩やかな清流「姫川」,白い断崖に囲まれた美しい漁村で,松前藩時代の多くの史蹟や伝説にも恵まれていた.例えば姫川は昔蝦夷地に逃れた源義経がこの地で姫と別れ,その時の姫の涙が川名の由来になったとか,また川向こうのハマナスの咲く砂丘からは幕府軍追跡から逃れてここで倒れた松前藩士達の人骨や,武具および刀剣等がかなり発見されていたと伝えられている.また川沿いの奥地には茂った草に隠れた白崖があり,そこには貝化石が畳層して見つかり,地元では「きゃっこ(具っこ)沢」と呼んでいる.

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あとがき

著者: 岩田敏

ページ範囲:P.124 - P.124

 国によるサーベイランス開始以降最も早いインフルエンザの流行が全国的に始まっています.流行の中心はソ連型のA型インフルエンザウイルス(A/H1N1)で,最近ではあまり流行がみられなかったウイルスです.免疫のない小児を中心に流行が進んでいるようですが,これを受けて,職員のインフルエンザワクチン接種の時期を早めた医療機関は多かったことと思います.今後成人や高齢者の方に流行がさらに広まるかどうかは,もう少し様子をみないとわかりませんが,できるだけ早めに予防接種を受けることをお勧めしたいと存じます.ちなみにわが国の2007/2008シーズンインフルエンザワクチンについては,A香港型とB型のワクチン株は2006/2007シーズンと同じ株ですが,Aソ連型に関しては2006/2007シーズンのA/New Caledonia(ニューカレドニア)/20/99(H1N1)株からA/Solomon Islands(ソロモン諸島)/3/2006(H1N1)株に変更されております.ワクチン株の変更が今シーズンのインフルエンザ流行に対して有効であることを期待したいと思います.

 52巻新年号の主題は「インフルエンザ診療におけるブレークスルー」です.まさに現在流行中のインフルエンザに関する話題を,様々な観点から取り上げてみました.インフルエンザの診療においては,診断面では迅速診断法の普及が,治療面ではオセルタミビル,ザナミビルなどのノイラミニダーゼ阻害薬の開発と臨床適用が,それぞれ大きなブレークスルーとなりましたが,一方では,診断上の偽陰性の問題,耐性ウイルスの出現や異常行動という予期せぬ現象の出現などが認められ,今後検討されなければならない問題点として指摘されています.また近い将来の出現が予想される新型インフルエンザに対しては,ノイラミニダーゼ阻害薬による治療・予防,新型インフルエンザに対するワクチン開発が,新たな治療・予防手段として提示されています.毎年のインフルエンザ流行に関しては,毎年のインフルエンザワクチン接種が予防の中心となりますが,このワクチンに関しても,より有効性の高いワクチンの開発が求められています.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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