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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査52巻13号

2008年12月発行

雑誌目次

今月の主題 凝固制御 巻頭言

血液凝固学の新たな展開

著者: 池田康夫

ページ範囲:P.1521 - P.1522

 血液凝固反応は血管損傷時にみられる出血に対する重要な生体防御反応の一つであり,その破綻が重篤な出血性疾患をもたらすことは凝固第Ⅷ因子,第Ⅸ因子の欠損による血友病が如実に物語っている.一方,生体には実に精緻な血液凝固制御機構が備わっており,止血血栓形成という防御反応が過剰になり,その結果血管を閉塞するようなことが決して起こらないようになっている.この血液凝固制御機構の重要性については,その中心をなすアンチトロンビンⅢ,プロテインC,プロテインSなどの先天性欠損患者は重篤な血栓傾向を呈することからも明らかである.

 血液凝固過程はカスケード反応で構成されており,少量の刺激で大量の活性化凝固因子が生成され,最終的には,トロンビンがフィブリノゲンを不溶性フィブリンに変換する.トロンビンは同様に血小板を活性化し,血小板凝集塊を形成し,強固な止血血栓が完成する.

総論

遺伝子改変動物に学ぶ血液凝固制御

著者: 岩永貞昭 ,   中垣智弘 ,   水口純

ページ範囲:P.1523 - P.1531

 血液凝固の制御機構を分類すると,①プロテインC系による,凝固コファクター(VとVIII因子)の特異的分解と不活性化,②プロテアーゼインヒビター系による凝固プロテアーゼの活性阻害と複合体形成に大別される.②のインヒビター系は,セルピン型(アンチトロンビンやヘパリンコファクターⅡ,プロテインZ-セルピン複合体など)や外因系凝固インヒビターなどが知られている.本稿では,これらの制御系を構成する諸因子について,それらの遺伝子改変動物から得られた知見を中心に概説する.

炎症と凝固のクロストーク―その分子機序と臨床治療への応用

著者: 岡嶋研二

ページ範囲:P.1533 - P.1542

 凝固系の活性化は,侵害刺激を受けた宿主の生体防御反応の一つである.しかし,血管内皮細胞による生体防御反応の制御系が破綻すると,過剰な生体防御反応,すなわち炎症が惹起される.このような状況では凝固の活性化は炎症の増悪因子となる.アンチトロンビンなどの凝固制御物質の中のいくつかのものは抗凝固作用に加え,抗炎症作用や細胞再生促進作用を有し,重症敗血症などの炎症と血栓形成を伴う病態の治療に用いられる.

血液凝固系検査の新展開

生体内凝固能の評価

著者: 杉本充彦 ,   濱田匡章

ページ範囲:P.1543 - P.1547

 血管からの血液の漏出を防御する止血機構は,血管損傷壁への血小板粘着・凝集反応と血液凝固反応の協調作用で構成され,生命維持に必須である.しかしながら,過剰な血液凝固反応は血管内凝固による病的血栓症を引き起こし,逆に生命維持の脅威となる.したがって,生体における血液凝固能を正確に把握することは極めて重要であり,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)をはじめとした古典的凝固アッセイに加えて,近年,種々のin vitro血液凝固能評価システムが開発されている.

高感度Dダイマー

著者: 髙宮脩

ページ範囲:P.1549 - P.1554

 高感度Dダイマーは深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓症(PE)の診断に特異性のある検査ではないが,DVT/PEの除外診断や種々の凝固亢進状態の病態解析に有用である.測定法/測定キットの精度と限界を理解して適切に用いれば,侵襲的検査の負担や時間と人手を要する検査を行わないので医療経済的にも有効と考えられる.測定試薬の特性,測定物質(XDP分子)の多様性,標準物質の違いなどから測定キット間の互換性に問題を残すが,ハーモニゼーションに向けての検討が行われている.

ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)とその抗体検査

著者: 松尾武文

ページ範囲:P.1555 - P.1559

 ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は低分子ヘパリンを含めたヘパリンの重大な副作用である.HITの病因として,ヘパリンと血小板第4因子の複合体を抗原として誘発される自己抗体(HIT抗体)によるとされている.HIT抗体の検出には,酵素免疫測定法(ELISA)が本邦を含めて,広く普及しつつある.特にELISAの測定技術の改善により,日常的に安定した結果が得られ,その測定結果からHITにしばしば合併する血栓症の予測も可能となった.今回は,ELISAによるHIT抗体の意義を中心に概説する.

単球由来マイクロパーティクル

著者: 野村昌作

ページ範囲:P.1560 - P.1565

 活性化された細胞は微小な膜小胞体を遊離し,マイクロパーティクル(MP)と呼ばれている.MPは,血小板をはじめとして様々な細胞から生成されるが,単球に由来するMP(MDMP)は,その表面に強力な組織因子活性をもっている.MDMPは,組織因子に依存して凝固を促進する物質として働いているが,最近はそれ以外にもいくつかの機能を持っていることが判明している.なかでも重要なのが,物質の輸送作用と標的細胞に対する活性化作用である.MDMPは糖尿病,急性心筋梗塞,尿毒症,DICなどの血栓性疾患において検出されるが,最近は広範な臨床領域でMDMPの検出が報告されている.MDMPは,フローサイトメトリーによって比較的容易に検出でき,血管病変のメカニズムを考えるうえにおいて最も注目されている物質の一つでもある.

ADAMTS13

著者: 小亀浩市

ページ範囲:P.1566 - P.1570

 ADAMTS13はvon Willebrand因子を切断することで止血機能を調節する抗血栓性因子である.ADAMTS13活性の欠損は血小板の過剰凝集を引き起こし,血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)の発症要因となる.近年,ADAMTS13活性測定法の簡便化が進み,自己抗体の検出や抗原量の測定とともに,容易に検査できるようになった.TTPの確定診断や鑑別診断,除外診断などに役立つことが期待されている.

抗凝固薬の新展開

ワルファリン感受性の個人差

著者: 高橋晴美

ページ範囲:P.1571 - P.1574

 ワルファリン(WF)投与量に認められる大きな個人差・人種差には,WFの肝代謝酵素であるCYP2C9と作用蛋白であるVKORの両遺伝子変異が大きく影響している.そのため,米国FDAは2007年から添付文書にWF投与量に及ぼすCYP2C9VKORC1遺伝子変異に関する情報を追加した.今後,WFによる抗凝固効果の指標として現在用いられているINRに加えてこれらの遺伝子検査の臨床的有用性(導入投与量や出血リスクの予測性,cost-benefit関係など)について前向き試験での検討が不可欠とされている.

抗Xa薬

著者: 小嶋哲人

ページ範囲:P.1575 - P.1579

 Xaを標的にした抗凝固薬には,アンチトロンビンを介する間接抗Xa薬と直接抑制する直接抗Xa薬がある.間接抗Xa薬には,合成ヘパリン類似分子であるペンタサッカライド(フォンダパリヌクス)があり,日本においても下肢整形外科手術の静脈血栓塞栓症発症予防薬として優れた臨床効果を発揮している.また,メチル化ペンタサッカライド(イドラパリヌクス)や経口薬も含め現在数多くの抗Xa薬が臨床開発中である.

リコンビナントトロンボモジュリン

著者: 朝倉英策 ,   前川実生

ページ範囲:P.1581 - P.1586

 血管内皮には多くの抗血栓性物質が存在するが,トロンボモジュリンもその一つである.トロンボモジュリンはトロンビンと結合することでトロンビンの向凝固活性を抑制するのみでなく,トロンビン-トロンボモジュリン複合体はプロテインCを活性型プロテインCに転換することでも効率良く抗凝固活性を発揮する.従来の血栓性疾患治療薬のうち注射製剤としてはヘパリン類が頻用されてきたが,遺伝子組換えトロンボモジュリンの登場によって治療選択肢が広がった.

外因系凝固阻害薬

著者: 鈴木宏治

ページ範囲:P.1587 - P.1591

 外因系凝固阻害物質である組織因子経路インヒビター(TFPI)の組換え蛋白質tifacoginは,組織因子と複合体を形成する第Ⅶa因子および第Ⅹa因子を阻害する.播種性血管内凝固症候群(DIC)の治療薬として期待されたtifacoginについて,重症の敗血症患者を対象とした臨床試験が行われた.しかし,第Ⅲ相試験でその有効性がみられなかったため,本適応での開発は中止された.

トピックス

血友病患者インヒビターの産生と制御

著者: 瀧正志

ページ範囲:P.1593 - P.1597

1.はじめに

 血友病の止血治療は20世紀後半大きく進歩し,重篤な出血の止血管理および大手術も可能となった.しかし,21世紀に残された課題もまだ多く,その一つは根治療法である.その方略の一つとして遺伝子治療に大きな期待が寄せられているが,臨床応用までには解決すべき問題が多い.もう一つの大きな課題は,インヒビターに関連することで,インヒビター発生時の止血治療,インヒビターの消失をはかる治療法,さらにインヒビターを発生させない治療法の確立である.インヒビターに関していまだ不明な点が多く,本稿ではインヒビターの産生と制御について,最近の知見を中心に概説したい.

生体肝移植後の血液中の血栓止血系因子の変動

著者: 和田英夫 ,   臼井正信

ページ範囲:P.1599 - P.1602

1.はじめに

 近年,生体部分肝移植の生存率が著しく向上し,基礎疾患が肝炎や肝癌に伴う肝硬変例にも積極的に施行されるようになった1,2).このため,術前の状態が不良な症例も多く,肝移植後の合併症も増加してきている.肝移植後の合併症には出血傾向や血栓傾向が含まれ,合併症に十分対処するためには,肝移植後の血栓・止血系の変動を理解しておく必要がある.

 肝臓はvon Willebrand factor(VWF),tissue type plasminogen activator(t-PA),plasminogen activator inhibitor-Ⅰ(PAI-1),thrombomodulin(TM)を除く,ほとんどすべての凝固因子(フィブリノゲン:FⅡ,FⅤ,FⅦ,FⅨ,FⅩ,FⅩⅠ,FⅩⅡ)と抗凝固因子(antithrombin;AT,protein C;PC,protein S;PS)ならびに線溶/抗線溶因子(plasminogen, plasmin inhibitor;PI)を産生する.このため,肝不全や肝移植後には血栓・止血系因子は低レベルであるが,微妙なバランスで均衡を保っている3).これらに急性肝不全,ビタミンK不足,播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation;DIC),血栓性微小血管障害(thrombotic microangipathy;TMA),敗血症などが合併すると,急激に出血あるいは血栓症へと傾く.急性肝不全では,通常半減期の短いFⅦ,FⅤ,FⅡならびにFⅩの血中濃度は低下し,血中のFⅧやVWFは増加する.VWF,PAI-Ⅰ,TMなどは血管内皮細胞で作成されているので,これらは血管内皮細胞障害で放出されて,臓器障害例では血中濃度が著しく増加する.肝移植後の血栓・止血系に影響する因子としては,肝移植の基礎疾患,術前の病態,感染症,DIC,TMAなどの合併,免疫抑制剤などの薬剤の使用,肝移植に対する拒絶反応や種々の原因による肝不全などがある.また,脳死ドナーからの移植と生体部分肝移植では,血栓・止血系因子の変動パターンは異なる.

血友病の遺伝子治療

著者: 窓岩清治

ページ範囲:P.1603 - P.1607

1.はじめに

 遺伝子治療の究極的な目標は,欠損あるいは変異した遺伝子配列を正常配列に戻すことにより生涯にわたり病気を除去することである(図)1).血友病は,凝固因子の定量により治療効果が客観的に評価できること,有効性が発揮される閾値が比較的低いことすなわち正常の数%程度で長期発現ができるならば出血症状が劇的に改善できることなど,遺伝子治療に適した疾患といえる.本稿では,血友病に対する遺伝子治療の現状と今後の展開について概説する.

今月の表紙 臨床微生物検査・12

多剤耐性緑膿菌

著者: 平泻洋一

ページ範囲:P.1518 - P.1520

1.多剤耐性緑膿菌とは?

 緑膿菌は黄色ブドウ球菌とともに臨床材料から最も高頻度に分離される細菌である.敗血症,肺炎,慢性気道感染症,胆道系感染症,皮膚軟部組織感染症,眼科領域感染症など,多彩な感染症の原因となる.図1は慢性気道感染症の患者の喀痰のグラム染色像であるが,慢性・持続性感染症では緑膿菌はしばしばこのようにムコイド状の外観を呈する.現在,緑膿菌感染症に対しては,一部のセフェム系薬(モダシンTMなど),カルバペネム系薬(メロペンTMなど),フルオロキノロン系薬(シプロキサン注TMなど),アミノ配糖体系薬(アミカシンなど)が使用されるが,これらに耐性を示す場合,現存の抗菌薬では治療効果が期待できない.

 1999年に施行され,2003年10月に改定された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」では,カルバペネム,フルオロキノロン,アミノ配糖体の3系統の抗菌薬に耐性を示すものを多剤耐性緑膿菌(multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa;MDRP)とし,これによる感染症を「薬剤耐性緑膿菌感染症」として5類感染症に分類し,定点報告の対象とした.表1に感染症法による検査室での判断基準を示す1)

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 糖鎖と臨床検査・12

グライコミクスの今後と検査とのかかわり

著者: 笠原靖 ,   濱﨑直孝

ページ範囲:P.1609 - P.1616

はじめに

 最新医学講座,「糖鎖と臨床検査シリーズ」は本号で終了する.この間にも糖鎖に関する研究論文や総説が多数報告されておりこの分野の研究が注目されていることを示している.本シリーズも執筆された各専門の先生方のわかりやすい教育的な総説を拝読して,日本の糖鎖研究の進歩性と層の厚さを実感されたことと思う.

 しかし指摘されているように複雑な分子構造を持つ糖鎖は,遺伝子のように短時間で解析が終わることはありえない.個々の糖鎖について病態生理機能の解析など,各分野の研究は着々と進んでいるが,なお不明確な点が多い.本質的なところでは糖鎖修飾後を糖蛋白分子の翻訳生成物とすると,糖鎖はどのような形で発現調節にかかわっているのか.癌などで同じアポ蛋白分子に対し,糖鎖変化が生じるのはなぜかなど,知りたいところである.

 最近,糖鎖は特異的な分子間認識や接着などに加え,糖鎖の新しい機能として,シグナル伝達分子としての側面を持つことが明らかになってきた.その一つは図1に示すように,核内蛋白のスレオニンやセリンのリン酸化サイトに糖のβ-N-アセチルグルコサミン(β-N-acetylglucosamine)が競争反応的にO-型結合反応1)をし,蛋白の発現や輸送に直接関係しているとの報告である.表1のようにこの糖鎖の乱れがいくつかの疾病を引き起こすことがわかる.

 検体検査の分野でも糖鎖は癌,感染症関連のマーカーなど,すでに古くからかかわりをもっている.しかし最近の基礎分野における急速な研究成果の蓄積を考えると,少し注意が不足していたように思われる.本稿ではグライコミクスの今後に対する2,3の期待を述べるとともに,近い将来,臨床検査にかかわりを持ちそうな糖鎖の研究分野を予測し,取り上げてみた.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ 臨床検査用に開発された分析法および試薬・12

核酸増幅技術と遺伝子検査

著者: 米川俊広 ,   納富継宣

ページ範囲:P.1617 - P.1622

1.はじめに

 遺伝子検査は,検体にごく少量しか含まれない遺伝子(核酸)を増幅し検出する方法であり,PCR(polymerase chain reaction)法1~3)に代表される遺伝子(核酸)増幅技術の発明によって,高感度,迅速な検体検査が可能となった.遺伝子検査は遺伝子増幅法が開発される以前にもクローニング技術を利用したハイブリダイゼーション法,シークエンシング法などによって行われていた(遺伝子解析).しかし,対象となる遺伝子そのものがごく微量であるため,研究室レベルの手法に止まり,手軽な検査とはなり得なかった.遺伝子検査が検査室において通常の検査として用いられるようになった背景にはいくつかの技術的進歩がある.例えば,遺伝子を100万倍にも増幅可能なPCR法の開発,蛍光,化学発光などの非放射性標識プローブによる検出方法の開発,ヒトをはじめとする検査対象の遺伝子データベースの充実である.近年,遺伝子検査(診断)の高感度,迅速な特長を生かした検査方法は,検査対象によっては従来の免疫反応,培養法に代わりスタンダードとなりつつある.遺伝子増幅法に関してはPCR法以後,今日に至るまで様々な増幅法が開発されており,それぞれの特長を生かした製品化がなされている.本稿では,PCR法をはじめとする臨床診断に応用されている遺伝子増幅法を中心に概説する.

 PCR法以後の遺伝子増幅法は,大別するとDNAを初期鋳型にDNAポリメラーゼの鎖置換活性を利用した方法,RNAを初期鋳型にT7 RNAポリメラーゼのプロモーター配列をプライマーに付加し,RNAを増幅産物とする方法の2つである.装置の簡易化のために等温増幅を特長とするものが多い.そのほかにもDNAリガーゼ活性を利用した方法4),鋳型そのものではなくターゲットにプローブを結合させシグナルとして増幅させる方法5,6)も考案されている.

 DNAポリメラーゼの鎖置換活性を利用する方法として,SDA法(strand displacement amplification)7), LAMP法(loop-mediated isothermal amplification)8),ICAN法(isothermal and chimeric primer-initiated amplification of nucleic acids)9)などがある.また,T7 RNAポリメラーゼを利用し,RNAを最終増幅産物とする増幅法として,NASBA法(nucleic acid sequence-based amplification)10),TMA法(transcription-mediated amplification)11),TRC法(transcription-reverse transcription concerted)12)などがある.いずれの方法も増幅サイクルの起点に至るまでの過程が工夫されており,使用するプライマー,酵素などの違いが各方法の特徴となっている.なお,上記増幅法のほとんどは診断薬企業などのメーカーで独自開発されている点は特筆すべきである.

研究

アテローム血栓性脳梗塞における血中ADAMTS13(VWF-cleaving protease)濃度の測定意義

著者: 岡﨑智治 ,   新名主宏一 ,   山口直喜 ,   吉重幸一 ,   鳴海誠 ,   山口一考 ,   白川堅太 ,   谷貝朋美

ページ範囲:P.1623 - P.1627

 慢性期アテローム血栓性脳梗塞(ATBI)50症例を対象として血漿ADAMTS13濃度をELISAにて測定した.アテローム硬化度別に4群に大別し(Ⅰ~Ⅳ群の順にrisk大)比較検討した.血中ADAMTS13はアテローム硬化度のより強いⅢ~Ⅳ群において有意に低値を示し,さらにⅢ群よりⅣ群において有意に低値であり,対応基質である因子(VWF)抗原量と有意に逆相関した.以上の結果よりATBIを代表とするアテローム血栓性病態においてはアテローム硬化度に応じて血中ADAMTS13は減少し,VWFの増加を介してアテローム硬化の形成・増悪進展因子として作用しているとともに,血中ADAMTS13濃度はアテローム硬化度を反映する分子マーカーの1つになり得ることが強く示唆された.

海外文献紹介

植物由来化合物によるヒト大腸癌細胞の成長阻害

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.1547 - P.1547

 植物由来化合物(phytochemical)の抗癌作用に関する知見が蓄積されている.著者らはresveratrol,cinnamaldehyde,piperine(それぞれ赤ぶどう,シナモン,黒こしょうに由来)が大腸癌細胞(DLD-1)に対する増殖抑制作用をもつか検討した.実験では,培養ヒト大腸癌細胞に植物由来化合物を最終濃度で1~200μmol/lを加え,24,48および72時間後に生細胞の染色を行い,濃度応答と経時的変化を分光光度法により定量的に測定した.植物由来化合の増殖抑制作用は濃度と時間により異なっていた.cinnamaldehydeは24時間(200μmol/l),48時間(100~200μmol/l),72時間(200μmol/l)に増殖抑制作用を示した.piperineは48時間および72時間(100~200μmol/l)に増殖抑制作用を示した.resveratrolは24時間(50~200μmol/l),48時間および72時間(10~200μmol/l)に増殖抑制作用を示した.いずれの植物由来化合物もDLD-1に増殖抑制作用を有したが,resveratrolは低濃度を一定時間間隔で投与することが著しく効果的であった.これらの植物由来化合物の規則的な低量摂取は,大腸癌予防に有効であると考えられた.

血清グリカンプロファイルの定量的測定による乳癌の診断と予後

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.1586 - P.1586

 糖化蛋白質はグリカン構造の高次機能を介して細胞間相互作用などの役割を担っており,異常な糖化は癌に関係している.著者らは乳癌患者(StageⅠ~Ⅳ82人)および疾患のない女性27人を対象として質量分析法により血清グリカンの糖化プロファイル分析を行った.血清糖化蛋白質は酵素学的に脱蛋白化し,遊離グリカンは質量分析前に活性炭マイクロカラムを用いて精製し,定量的に過剰メチル化した.質量分析データの解析には,分散分析法や主成分分析法を含む種々の統計学的方法を適用した.ROC分析および分散分析法による統計学的解析により,いくつかのシアル化およびフコース化N-グリカン構造が有望なバイオマーカーとして意味付けられた.癌の病期(stage)に関係した定量的変化はグリカンを分子サイズ,オリゴマー分岐数および糖鎖残基量により分類したときに認められた.8種のN-グリカンの相対強度変化は乳癌に特有であることが異なる統計学的評価により独立的に確認された.グリカン構造におけるシアル化およびフコース化の増加は癌進行を示唆するものと考えられた.

女性における血漿デヒドロエピアンドロステロンと心筋梗塞のリスク

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.1591 - P.1591

 著者らは女性におけるデヒドロエピアンドロステロン(dehydroepiandrosterone;DHEA)およびデヒドロエピアンドロステロン硫酸塩(DHEA-S)の血漿濃度と心筋梗塞との関係について検討した.血液試料は女性32,826人が43~69歳の時(1989~1990年)に採取されたものを用いた.1998年までの追跡期間に239人が心筋梗塞と診断された.解析は年齢,喫煙状況,空腹状態,採血日を一致させた症例対照を選択し,人体測定学的因子や食事を含む交絡因子を調整したロジスティック回帰分析を用いて行った.DHEAの基準メディアン濃度(10,90パーセンタイル値)は心筋梗塞を発症した女性では17.1(4.3,46.7)nmol/l,対照では16.6(6.1,37.9)nmol/lであった.心筋梗塞の危険率はDHEAおよびDHEA-Sの血漿濃度の増加とともに高まった.DHEAの高四分位の女性と低四分位の女性における心筋梗塞の率比率(rate ratio)は1.27であった.この結果は閉経状態や閉経後のエストロゲン療法,空腹状態,採血時の年齢により変化しなかった.同様の関係はDHEA-Sにも認められ,高四分位の女性と低四分位の女性における心筋梗塞の率比率は1.58であった.

Coffee Break

終戦時まで援農に従事していた長沼町の自然

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.1548 - P.1548

 昭和20年3月私は北大豫科に入学したが,4月から長沼町に援農動員され,終戦まで農作業に従事した.もちろん作業はそれなりに辛い労働であったが,この長沼町の自然の幽玄さに強いインパクトを受け,心の安らぎを覚えることができたのは何よりであった.

 長沼町は石狩平野の中央部に位置し,札幌および千歳の中心地よりほぼ10数km,かつて海であったとされている平地を灌漑整地し,平坦な中縦横に真っ直ぐな道路を設けた広い整理された牧歌的田園地帯であった.そして私たちの泊まった農家は水量豊かな千歳川に懸る舞鶴橋からほぼ1kmの距離にあった.目の前には葦が密生している「長都沼」と称する湖沼が広ろがり,その2~3km奥には標高40~50m程度の「馬追山」と呼ぶなだらかな丘が横たわっている.

随筆・紀行

せんべい考

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.1592 - P.1592

 春の連休のあと静けさを求めて老妻と京都へ行った.八坂神社の下に有名な祇園の花見小路があり,夕食時に前に度々行った割烹を探したが閉まっていた.近くに薬研堀という名の割烹を見つけ,江戸の昔から東京にある懐かしい地名(薬研は時代劇によく見る薬を砕く舟形の器具)なので入ってみた.職人が目の前で作る京料理も美味しかったが,珍しい煎餅状のものを見つけて聞くと,やはり京名物のゆばをせんべい用に特別作らせたものという.早速焼いてもらったがまことに風雅である.立て続けに注文し,3日間毎日食事に通う破目になった.

 元来煎餅には目がなく幼年時のわが家の思い出というか風景の一つは母が座っている長火鉢と,その底の引き出しに常時保存されていたせんべいであった.よく乾いたかき餅せんべいと呼ばれるものであったが,今でも浪花あられとかふっくら餅とか呼ばれて入手できる.関東の草加煎餅とか新潟の柿の種なども今は広く普及して上越新幹線往復時のビールの友である.最近,栃木の那須温泉で求めたがんこ煎餅も食感が甚だよく時々取りよせる程である.

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あとがき

著者: 池田康夫

ページ範囲:P.1630 - P.1630

 本号の特集「凝固制御」は,この領域においてわが国の第一線で活躍している方々に執筆していただいたおかげで読みごたえのある論文が掲載され,特集の企画者として大変嬉しく思っている.

 血液凝固学は基礎研究において多くの興味深いテーマを提供してくれるが,最近,新規の抗凝固薬が相次いで開発されたことによってこれまで多くの臨床医・臨床検査技師にとって苦手とされ,距離を感じていた血液凝固学が身近に感じられるようになったのではないかと思う.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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