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雑誌目次

論文

臨床検査52巻6号

2008年06月発行

雑誌目次

今月の主題 エピジェネティクスと臨床検査 巻頭言

エピジェネティクスと臨床検査

著者: 熊谷俊一

ページ範囲:P.603 - P.604

 エピジェネティクスは「epi-(onやafterの意)」と「genetics(遺伝学)」とが組み合わされた言葉で,「遺伝子の塩基配列の変化を伴わずに,細胞世代を超えて継承される遺伝子機能を研究する学問領域」である.一つの個体内では基本的にはすべての細胞が同じゲノムを有しているのに,その形態や機能は多様であり,これは遺伝子発現のパターンが個々の細胞により異なるからである.受精卵からの発生過程をみると,増殖と分化に伴い多様な細胞,組織,器官を形成し,そして個体を形作る.しかもこの個々の細胞や組織は,個体の成長とともに増殖し,損傷を受けた場合も元通りに修復される.このことは,細胞世代を超えて,遺伝子発現のパターンが記憶継承されることを意味し,それを担う機構が「エピジェネティクス制御システム」である.

 染色体の研究から,転写因子がアクセスしやすいユーロクロマチン領域においても,ヘテロクロマチンが形成され遺伝子が不活化されていることが示されている.エピジェネティクス制御の機序には,DNAメチル化,アセチル化やメチル化などによるヒストン修飾,さらにはマイクロRNAによる制御機構などが明らかにされ,これらの制御系は様々な生命現象に関係することから,進化や個体発生における大変重要な学問領域となりつつある.もちろん,エピジェネティクス制御は正常の発生や分化においても重要な機構であるので,その破綻は発生や分化異常に伴う様々な疾患を起こしうる.さらに,ある一群の遺伝子座については親の配偶子形成過程において刷り込まれたエピジェネティックな修飾パターンが子に継承される(ゲノムインプリンティング).このインプリント遺伝子は,成長や胎盤形成だけでなく,生後のグルコース代謝や母性行動の調節,さらには先天性遺伝性疾患や癌にも関係する.通常はゲノム刷り込みにより母方か父方のどちらかが不活化されている遺伝子(片親発現遺伝子)において,不活化遺伝子を二つもったり,発現すべき遺伝子を欠失したりする場合に,精神発達障害を伴った先天性疾患を起こすことも明らかにされている.

総論

染色体の構造と機能

著者: 久郷裕之 ,   押村光雄

ページ範囲:P.605 - P.612

 染色体は細胞核内にあるDNA-蛋白質複合体であるが,その染色体は細胞が複製されたゲノム情報を分裂期に2つの娘細胞に正確に分配するために必須の構造体である.染色体の構造と機能を維持するためには,クロマチン構造に基づいた遺伝子発現制御を基盤としているエピジェネティクスが重要な役割を担っている.まさに,エピジェネティクスはクロマチンや染色体という複雑な高次構造体を制御するメカニズムそのものである.

エピジェネティクスの制御システム

著者: 石原宏 ,   斉藤典子 ,   船原徹士 ,   中尾光善

ページ範囲:P.613 - P.621

 エピジェネティクス(epigenetics)は,染色体構造の変換などによって遺伝情報が選択的かつ可逆的に活用され,それが次世代に継承される現象である.DNAのメチル基修飾,ヒストンの翻訳後修飾,クロマチンのヌクレオソーム構造,ドメイン構築,クロマチンインスレーター,さらに高次元では細胞核内構造,遺伝子の核内配置,染色体間相互作用など様々な機序がかかわる.本稿では主にDNAメチル化,ヒストンの翻訳後修飾,核内構造体因子などのエピジェネティクスの分子基盤について概説する.

血液幹細胞分化とエピジェネティクス

著者: 土田晋也 ,   土田里香

ページ範囲:P.623 - P.627

 すべての血球はそれぞれ固有の寿命を有しており,失われた分の血球が絶えず供給されない限り生体内での血球数をほぼ一定に保つことはできない.1868年に初めて血球が骨髄で産生されることが報告されて以来,多分化能力をもつ血液幹細胞(HSCs)の研究が発展してきた.近年,HSCsの前駆細胞や分化した細胞の遺伝子発現を制御する転写活性・抑制因子が次々に明らかとなり,同時にこれらの因子はエピジェネティクスの影響を受けていることが明らかにされつつある.

癌とエピジェネティクス―Cancer epigenetics

著者: 牛島俊和

ページ範囲:P.629 - P.635

 癌には固有のDNAメチル化異常がある.特にプロモーター領域CpGアイランドのDNAメチル化異常は,癌抑制遺伝子不活化の原因(ドライバー)となりうる.癌化の随伴現象のDNAメチル化異常(パッセンジャー)も多数認められるが,診断的に有用な場合がある.癌細胞特異的なDNAメチル化異常を検出する癌の存在診断,手術材料を用いる薬剤反応性や予後の診断,一見正常に見える組織でのDNAメチル化異常を用いる癌のリスク診断は,実用化の時代を迎えつつある.

胎生期環境と成人病素因の形成機序―成人病胎児期発症説

著者: 福岡秀興 ,   向井伸二

ページ範囲:P.637 - P.641

 成人病の発症機序として,遺伝因子(特有の遺伝子配列)と環境因子の相互作用で生ずるものと従来は考えられてきた.しかしそれだけでは説明できないことが明らかとなってきており,新しい第三の説が注目されている.すなわち胎生期・乳児期の環境因子が遺伝子発現制御系を変化させ(エピジェネティクス),この時期に形成されたその制御系変化は出生後も変化せず(時に何世代にもわたって存続),この系に外界のマイナス環境因子が作用することにより成人病が形成されるという考え方である.すなわち出生体重の低下,子宮内の低栄養環境下で発育した胎児は,成人病素因をもって生まれることになる.つまり低体重児は,将来の成人病の発症リスクが高くなるという考え方が「成人病胎児期発症説」である.低出生体重児の頻度は11%を超えた地域もすでにあり,その上昇には歯止めがかからず増悪し続けており,日本は次世代の健康が先進工業国の中で最も危惧されている.妊婦の低栄養,喫煙,若年女性の痩せ願望,「小さく産んで大きく育てる」のが良いとする風潮などをいかに阻止するかなど,緊急に対応すべき状況にある.

臨床検査への展開

網羅的エピゲノム解析技術

著者: 油谷浩幸

ページ範囲:P.643 - P.648

 ヒストン修飾やDNAメチル化は,染色体からの遺伝子発現を調節する重要なエピジェネティック修飾であり,マイクロアレイや高速シークエンサーを用いたハイスループットなゲノム解析技術がその網羅的解析を可能にした.今後,疾患マーカーのみならず,ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤や脱メチル化剤などのエピジェネティック医薬の臨床開発において,症例の層別化に利用可能なエピゲノム情報に基づくバイオマーカーとしての開発も期待される.

エピジェネティクス研究に必要な手技

著者: 竹田真由 ,   舩渡忠男 ,   斉藤邦明

ページ範囲:P.649 - P.653

 エピジェネティクス研究に必要な手法としては,DNAメチル化およびヒストン修飾を検出する方法,インプリンティングの検出法,蛋白質DNA相互作用としてクロマチン免疫沈降法などがある.これらの手法が,今後エピジェネティクスが関与する各種疾患の診断に有用な検査となってくる可能性がある.

エピジェネティクスと病理

著者: 北澤荘平 ,   近藤武史 ,   松田修一 ,   森淸 ,   北澤理子

ページ範囲:P.655 - P.661

 「病的なメチル化」として検査対象になるものは,遺伝子発現との関連性のある特異的な部位におけるメチル化の状態である.そのなかでも特にCpG-islandのhypermethylationは,p16などの癌抑制遺伝子の不活化に関与することが報告されている.一方,技術的な側面からは病理で最も汎用性の高いホルマリン固定・パラフィン包埋検体を用いる場合,微量のDNAから検討せざるを得ないため,メチル化特異的PCR法の操作を効率良く行う工夫が必要となる.ここではわれわれが改良したアガロースビーズ法の概要を紹介し,結果の解釈の仕方や応用例を含め解説する.

DNAメチル化の検査―大腸癌をモデルに

著者: 鈴木拓 ,   豊田実 ,   篠村恭久 ,   今井浩三

ページ範囲:P.663 - P.667

 遺伝子転写開始点のCpGアイランドの高メチル化は,癌における遺伝子異常のメカニズムとして重要である.癌細胞でメチル化する遺伝子は,変異する遺伝子よりも多彩であり,癌の早期発見や質的診断のためのマーカーとして応用が期待される.しかしDNAメチル化は塩基配列の変化を伴わないため,通常の遺伝子検査法では検出できない.これまで様々なメチル化検査法が開発され,臨床応用へ向けた癌研究に用いられている.

疾病とエピジェネティクス

精神発達障害とエピジェネティクス

著者: 久保田健夫

ページ範囲:P.669 - P.673

 エピジェネティクスは,細胞の分化や維持に必須の遺伝子調節機構である.この異常がヒトに病気をもたらすことが,精神発達障害疾患の研究を通じてはじめて明らかにされた.この知見をもとに,新しい遺伝子検査が考案され,さらに基礎的理解が進むにつれてエピジェネティクス異常はこれまで原因が未知であった精神発達障害疾患の原因になっていることも判明した.近年,種々の動物実験により,エピジェネティクスは後天的にも変化することが明らかにされ,生後の環境要因がエピジェネティクスを介して精神発達障害を発症させている可能性が想定されている.

小児アレルギーとエピジェネティクス

著者: 小林靖子 ,   荒川浩一 ,   森川昭廣

ページ範囲:P.675 - P.678

 近年アレルギー疾患患者は増加している.その発症には遺伝的背景に加え,環境因子の変化が複雑にかかわっていることが予想される.エピジェネティクスとはゲノムDNAの後天的な修飾・制御によって,ゲノム情報を活用する高次の生体システムである.アレルギー疾患のように遺伝的因子や環境因子のような異なる複数の病因が同時に関与する疾患で,エピジェネティクスはその二者の橋渡しをする要素としても注目されている.また,主要免疫担当細胞であるヘルパーT細胞の分化やアレルギー疾患発症に深く関与していることが明らかになってきた.

膠原病とエピジェネティクス

著者: 森信暁雄 ,   熊谷俊一

ページ範囲:P.679 - P.682

 膠原病は遺伝因子と環境因子の相互関与による免疫異常を背景に起こる疾患である.ゲノムは変化しないがエピゲノムは様々な要因により変化することが明らかとなり,膠原病においてどのような変化が起こっているかが注目される.特に全身性エリテマトーデス(SLE)ではDNAメチル化低下が指摘されている.またDNAメチル化阻害剤でSLE様の病態が起こることも知られており,膠原病とエピジェネティクス研究の展開が期待される.

トピックス

ゲノムインプリンティング機構と疾患

著者: 副島英伸

ページ範囲:P.683 - P.688

1.はじめに

 ゲノムインプリンティングは,両親から受け継いだ一対の対立遺伝子のうち,その親の性に従って一方の親由来の遺伝子のみが発現する現象である.ゲノムインプリンティングを受ける遺伝子(インプリント遺伝子)は,胎児や胎盤の発育・成長にかかわるものが多い.インプリンティングに異常が起きると様々な疾患が発症する.本稿では,現在までにわかっているゲノムインプリンティング調節機構とヒト疾患との関連を解説する.

レトロウイルスとエピジェネティクス

著者: 松岡雅雄

ページ範囲:P.689 - P.692

1.はじめに

 レトロウイルスは感染後,逆転写酵素の働きによりウイルスゲノムRNAから相補性DNAを合成し,さらにインテグラーゼがDNAを宿主ゲノムに組み込む.この状態をプロウイルスと呼ぶが,プロウイルスからウイルス遺伝子が転写されウイルス粒子を形成する蛋白質が翻訳されるとともにウイルスゲノムRNAが転写され,アッセンブリーされた後にウイルス粒子として細胞外へと出芽していく.レトロウイルスの生活環において宿主ゲノムへの組み込み(インテグレーション)は必要不可欠なステップであり,プロウイルスは必然的に組み込まれる周囲のゲノムからの影響を受けることになる.ヒトに病原性を有するレトロウイルスはエイズを起こすヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)と,成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia;ATL)の原因であるヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus type 1;HTLV-1)であるが,組み込み部位,エピジェネティック変化に関して両者は大きく異なる特徴を有する.

クロマチン構造変換因子と癌―Brm型SWI/SNF複合体と胃癌

著者: 山道信毅 ,   伊庭英夫

ページ範囲:P.693 - P.697

1.はじめに

 ヒトゲノム計画が終了し全遺伝子配列を入手可能になった昨今,生物学・医学の理解にエピジェネティクスの概念が不可欠であることが,クローズアップされるようになった.“one-hit/two-hit theory”に代表されるように,これまでジェネティクスの異常が引き起こす代表的疾患と考えられてきた癌(悪性腫瘍)も例外ではなく,近年,遺伝的変化を伴わずに癌の発生・進展に影響を与える機構が次々と明らかにされてきている.エピジェネティクスの全貌は広汎にわたるが,現時点では,「メチル化」「ヒストン修飾」「クロマチン構造変換」が3本柱であると考えられている.

 本稿ではヒト細胞中のクロマチン構造変換因子の中で特に重要と考えられているSWI/SNF複合体に焦点を当てて概説し,胃癌との関連を発見したわれわれの最新の知見を紹介したい.

今月の表紙 臨床微生物検査・6

レジオネラ・ニューモフィラ

著者: 竹村弘

ページ範囲:P.600 - P.602

 Legionella pneumophilaは好気性,ブドウ糖非発酵性のグラム陰性桿菌で,レジオネラ症(在郷軍人病)の主要な原因微生物である.レジオネラ症は中年から壮年の男性に多い比較的重症の肺炎で,L. pneumophilaを代表とするレジオネラ属菌による感染症である.レジオネラ属菌は,ヒトからヒトに直接は感染しないが,空調設備,温泉水,噴水などの不潔な水を含むエアロゾルを介して感染し,しばしば集団発生を起こす.シャワー,加湿器,吸入器などからのエアロゾルからも感染し,病院内感染症としても注意をしなくてはならない.レジオネラ属菌は,2005年現在で50菌種(72血清群)が知られている1)が,ヒトに肺炎を起こすのはL. pneumophilaの血清群1が圧倒的に多い.レジオネラ属菌の発見は比較的新しく,1976年に米国フィラデルフィアのホテルで行われた在郷軍人集会における重症肺炎の集団発生2)が契機となっており,この事件が属名の由来になっている(在郷軍人会:Legionレジオン).レジオネラ症は肺炎型と風邪様のポンティアック熱型に大別される.フィラデルフィアで起こった在郷軍人病は肺炎型のレジオネラ症である.これまでの報告例では肺炎型がほとんどであるが,ポンティアック熱型のレジオネラ症の集団感染も知られている.

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 糖鎖と臨床検査・6

癌における糖鎖異常と臨床検査―フコシル化を中心に

著者: 森脇健太 ,   三善英知

ページ範囲:P.699 - P.704

はじめに

 糖鎖は翻訳後修飾を担う分子の中でもとりわけ重要な生体高分子であり,すべての組織・細胞に存在している.個体の発生・分化の段階でみられる糖鎖構造の劇的な変化はその生理的重要性をうかがわせるが,それだけでなく,癌・神経疾患・糖尿病などの数多くの疾患において異常な糖鎖が出現することから,各種疾患の病因・病態と糖鎖との深い関係が示唆されてきた.現在,臨床現場で使用されている腫瘍マーカーの多くは癌患者血液中にでてくる異常糖鎖に対するモノクローナル抗体を用いて測定されており,CA19-9やCA15-3がその代表例である.昨今隆盛を見せているプロテオミクスによるバイオマーカーの探索は蛋白質の量的変化に基づいて行われているが,早期癌における異常蛋白質の量的変化は極めて微量であるためその検出は困難と考えられる.しかし,そこに糖鎖修飾という概念を取り入れると(グライコプロテオミクス),蛋白質の質的変化をも捉えることができ,より疾患特異的マーカーを同定することが可能になる.

 数多くある糖鎖の構成成分の中でフコースという単糖が付加されるフコシル化と呼ばれる反応は癌化に伴い変化し,癌における糖鎖構造の変化の中で最も重要なものの1つである.この現象を反映している代表例が肝癌におけるAFP(α-fetoprotein:α-フェトプロテイン)-L3分画(フコシル化AFP)の増加である.本稿では,なぜ肝癌特異的にAFP-L3分画が出現するのかという観点からフコシル化の分子機構について概説し,また,糖鎖を標的とした腫瘍マーカーとして近年新たに同定され,その臨床応用が期待されているいくつかをご紹介したい.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ 臨床検査用に開発された分析法および試薬・6

酵素法による脂質測定―血清脂質分析(中性脂肪,総コレステロール,リン脂質,脂肪酸)を中心に

著者: 美崎英生

ページ範囲:P.705 - P.716

はじめに

 脂質分析は酵素法が開発されるまでは,脂質の有機溶媒抽出,分離操作,酸やアルカリ処理や加熱など危険で煩雑な操作を必要とした.それゆえに,これらの操作から開放され,微量,迅速,簡便,そして正確性の向上を実現した酵素法の開発は臨床検査に革命をもたらすとともに,酵素的分析法の歴史でもある.ここでは中性脂肪,総コレステロール,リン脂質,遊離脂肪酸について述べる.なお,臨床的意義については他書をご覧いただくとして,測定法のみに限定した.

海外文献紹介

肥満および2型糖尿病の血清vaspin濃度

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.635 - P.635

 Vaspin(visceral adipose tissue-derived serpin)はインスリン鋭敏効果を有するアディポカインと見なされ,2型糖尿病のラットモデルにおいては内臓脂肪組織から主に分泌されている.著者らは最近脂肪組織のvaspin mRNA発現が肥満とグルコース代謝のパラメーターに関係があることを示した.しかし,ヒトの肥満および2型糖尿病における血清vaspin濃度の調節については不明であるので,この点について検討した.血清vaspinの測定はELISA法を開発し,これにより広範囲の肥満,体脂肪分布,インスリン感受性,グルコース耐性を有する187人の横断研究および4週間の身体トレーニング前後の正常グルコース耐性者(NGT),異常グルコース耐性者(IGT),2型糖尿病者の60人における循環vaspin濃度を評価した.血清vaspin濃度は男性に比べて女性で有意に高値であり,NGTと2型糖尿病者間に有意差は認められなかった.NGTにおける血清vaspin濃度はBMIおよびインスリン感受性と相関していた.さらに,4週間の身体トレーニングは血清vaspinの有意な増加をもたらした.高血清vaspin濃度は肥満およびインスリン感受性の悪化と関係があり,低血清vaspin濃度は健康状態の良好さと相関していた.

非糖尿病女性における高グルコース濃度はエピソード記憶と関係する

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.648 - P.648

 2型糖尿病と種々のタイプの認識障害との関係は十分に確立されているが,その背後のメカニズムはまだ明らかにされていない.実験研究では,グルコース調節の低下と認識テスト成績の低下との関係が示されている.著者らは血漿グルコースがすでに非糖尿病者においてエピソード記憶および意味記憶の低下と関係するという仮説について研究した.研究では,35~85歳の対象者に対するエピソード記憶および意味記憶を含む認識機能に関する調査研究データと,40,50,60歳の血漿グルコースの空腹時および2時間値,糖尿病および冠状動脈疾患の危険因子に関する調査研究データを組み合わせた.女性は男性よりも良好にエピソード記憶および意味記憶を保っていた.多変量回帰モデルでは,血漿グルコースの空腹時および2時間値は女性では意味記憶と負相関しており,この相関は男性にはなかった.また,この関係は意味記憶には認められなかった.このように,血漿グルコース濃度の増加は女性では意味記憶の障害と関係し,このことは血漿グルコース濃度の増加により引き起こされる海馬への負効果により説明できると考えられた.

過剰体重および肥満の学童における心臓代謝マーカーの状態と集合化

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.653 - P.653

 肥満は本質的な代謝変化や潜在的炎症と関係する.著者らは過剰体重および肥満の学童におけるBMIと心臓代謝バイオマーカー,およびその集合化との関係について研究した.10歳児450人の研究において,アディポネクチン,レプチン,炎症マーカー,アポAI,Bおよびリポ蛋白質関連ホスホリパーゼA2(lipoprotein-associated phospholipase A2;Lp-PLA2)を測定した.アディポネクチンおよびアポAIを除き,90パーセンタイルをカットオフ点とした.直線回帰分析において,アポBを除くすべての心臓代謝マーカーは過剰体重と関係していた.ロジスティック回帰分析では,過剰体重はレプチン,CRPおよびフィブリノーゲン濃度の増加およびアポAIの低下と関係していた.過剰体重はIL-6,Lp-PLA2およびアポB濃度と正相関,アディポネクチン濃度と負相関していた.肥満学童では,35%が1つ,20%が2つ,10%が3つ,15%が4つまたはそれ以上の心臓代謝マーカーの異常を示した.異常心臓代謝マーカー数は過剰体重および肥満学童で増加していた.学童の過剰体重および肥満は若年期に冠状動脈疾患や動脈硬化を誘因すると考えられる.

Coffee Break

昭和22年ニセコで猛吹雪のなか遭難しかかった想い出

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.636 - P.636

 私が北大スキー部に入った昭和22年,「第1回ニセコ滑降大会」に出場した.当時終戦直後で,食糧持参で麓の鯉川温泉に宿泊したが,朝から吹雪模様であった.当時は特定の滑降コースもなく,早朝ゴール地点のテラスと呼ぶ平地から,役員・選手一同スキーにシール(アザラシの皮)を付け,横に並び話をしながらコースを踏き固めつつ約5時間もかけて,出発点の頂上に到達した.

 頂上は樹一本なく白一色の猛吹雪で,役員達は完全装備で掘った雪洞の中,ウイスキーの角瓶を口にしながらゴールと電話で連絡を取り頑張っていた.われわれもその辺りで冷たい握り飯を食べて出発を待った.正午きっかりにゼッケン1番の選手から30秒ごとにスタートしたが,皆直後吹雪のなかに消えて行く.方向もわからず白い吹雪のなか,ただ下へ向かって飛び降りて行くが,完全盲目の独り滑降でやがて1,000m台の大きな雪庇に突きささると,そこから直ちに下界へ直降滑するのみで,スピード感も全くないが,徐々にコース脇の樹木がポツポツ目に入る様になり,方向とスピードとをやっと実感できるようになった.

随筆・紀行

『雪国』を読む

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.642 - P.642

 “国境の長いトンネルを抜けると雪国であった.夜の底が白くなった”という名文で始まる川端康成の小説『雪国』は何人にとっても身近な文学といえよう.

 昭和17年に旧制高校に入るとすぐに寮の読書会でも取り上げられた.それ以前から有名だった『伊豆の踊り子』のただ叙情的のみの文章に比べても格段の名作であると口を揃えて評価した記憶がある.

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あとがき

著者: 濱崎直孝

ページ範囲:P.718 - P.718

 “エピジェネティクス”という言葉は1900年代後半に出版された生化学辞典や分子細胞生物学辞典の初版に掲載がないので,耳慣れない新しい言葉と感じる方も少なくないと思われる.生化学辞典 第4版(東京化学同人)によれば,「エピジェネティクス(epigenetics)とは,遺伝学(genetics)にエピ(epi-)という接頭語(外,あるいは,上の意味)を付けた新しい用語.遺伝学が遺伝子(変異)に直接起因する表現型を扱うのに対して,遺伝子配列だけでは決まらない表現型,または同一の遺伝子から異なる表現型が生じる機構などの解析を対象とする学問領域」と定義してある.硬い説明で要を得ないが,エピジェネティクスは哺乳類のゲノムインプリンティングや個体発生,細胞分化などの機序に対する研究領域で重要な概念である.要するに,エピジェネティクスは固有の遺伝子配列をもつ受精卵から成体にいたるまでの分化の過程で,同じ遺伝子から顔や手足の形成,頭部の方向性や各臓器の位置決定などに支配的な役割を果たしているものである.この過程はエピ(epi-),すなわち,遺伝子の外の機能で原則的にDNA配列の変化を伴わない,転写因子の選択や発現調節を通してなされる.経験的にわれわれは,「われわれの存在は根本的なところでは遺伝子で規定されているけれども,それだけではない」ことを肌で感じている.その感じがエピジェネティクスで説明できはじめたのである.エピジェネティックの機能は分化発生の完成とともに原則的には消失する.しかしながら,エピジェネティクスは成体においてもなお生理機能や疾病,老化現象などに関係することが明らかになり,いまや最も注目されている研究領域である.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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