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雑誌目次

論文

臨床検査53巻12号

2009年11月発行

雑誌目次

今月の主題 オートファジー 巻頭言

オートファジー研究の多様化と現在求められていること

著者: 水島昇

ページ範囲:P.1517 - P.1518

 この数年間でオートファジーの研究は爆発的に進展し,論文,学会,セミナーなどでオートファジーという言葉を耳にする機会も大変増えた.オートファジーの分子機構が明らかになるとともに,オートファジーが非常に多くの研究分野の現象と関連するというのがその大きな理由であろう.基礎的な細胞生物学はもちろんのこと,栄養・代謝学,免疫・感染学,腫瘍学,炎症学,再生・発生学など,例を挙げればきりがない.最近では,週刊少年ジャンプの格闘技系(?)の漫画にも「飢餓によって誘導されるオートファジー」が登場したほどであり(週刊少年ジャンプ[トリコ/島袋光年]),オートファジー研究の広がりには文字通り目を疑わせられる.

 しかし,その一方でオートファジーの正確な理解がまだ遅れているのも事実であろう.ひとつの例としてオートファジーと細胞死との関連が挙げられる.アポトーシス研究によってもたらされたひとつの結果は,細胞死にはカスパーゼに依存しない非アポトーシス細胞死が存在するということであった.そのような細胞には正体不明の空胞がしばしば存在するため,さらにはオートファジー(自食作用)という名前のもつ危険な響きからか,オートファジーが細胞死の実行因子であるという考えが一気に広まった.実験的根拠が乏しいままに,オートファジー=細胞死という図式が多くのトップジャーナルの総説に書かれるようになった.しかし,生理的条件下でオートファジーが細胞死を引き起こすことは非常に稀であることが徐々に理解されるようになり,現在では「オートファジー性細胞死」という名称は多くの場合不適切に使用されているという反省に至っている1).別の例としては,オートファジーを活性化することによって,永続的に栄養やエネルギーを産生できるのではないかという誤解である.オートファジーによるアミノ酸産生は過剰な自己分解による一時凌ぎであり,長期にわたる飢餓に対抗することはできないはずである.この点では,前述の週刊少年ジャンプの記載は見事に的を射ていた.

総論

オートファジーの分子機構

著者: 岸千絵子 ,   板倉英祐 ,   水島昇

ページ範囲:P.1519 - P.1525

 オートファジーとは,二重膜構造体であるオートファゴソームが細胞質の一部またはオルガネラを囲み,続いてリソソームと融合することでその内容物を分解する系である.この分解は主として非選択的であり,栄養飢餓などにより顕著に誘導される.オートファゴソームの膜形成はダイナミックな膜変化を伴うユニークな現象である.酵母を用いた遺伝学的解析から,その詳しい分子機構が明らかにされつつある.本稿では最近の哺乳類における知見を中心にオートファジーの分子機構について紹介する.

オートファジーの検出方法―原理と課題

著者: 野田健司

ページ範囲:P.1527 - P.1534

 オートファジーとは基本的に微量な分解過程であり,分解そのものを検出することは容易ではない.そこで,その活性を捉えるために,様々な方法が考案されてきている.本稿では,歴史的な方法から今日幅広く用いられている方法,さらに最新の方法まで,オートファジーの検出方法の原理,およびその課題について概説する.オートファジーにより輸送・分解される基質の量を測定する定量的な方法と,オートファジーの進行に付随して起こるLC3などの分子の変動を検出する半定量的な方法がある.オートファジーの調節機構の詳細な解析には定量的な方法が望ましい.一方,近年開発された半定量的な方法により様々な生命現象にオートファジーがかかわることが明らかにされてきた.

オートファジーの超微形態観察

著者: 小池正人 ,   内山安男

ページ範囲:P.1535 - P.1541

 オートファジーは元々電子顕微鏡観察によって約40年前に発見された現象であり,その後のオートファジーに関する研究は電子顕微鏡観察を中心としたものであった.近年,酵母の遺伝学によりオートファジー関連遺伝子が数多く見いだされ,その分子基盤が明らかとなりつつあり,オートファジーの研究は目覚ましい発展を示している.オートファジーに関する分子レベルの研究が進むことで,超微形態学の重要性はかえって増している.特に,オートファゴソームの膜がどこに由来するかという課題は,電子顕微鏡を用いた解析なしには解明できない.電子顕微鏡解析で最も重要な点は,得られた像を正しく読み解くことであり,本総論ではその点を強調したい.

選択的オートファジー

著者: 小松雅明

ページ範囲:P.1543 - P.1549

 オートファジーは,細胞質中に出現した隔離膜が伸長し,オルガネラを含む細胞質成分をランダムに取り囲んだオートファゴソームが形成され,オートファゴソームが種々の分解酵素を含んだリソソームと融合することで細胞質成分を分解する.したがって,この分解経路は非選択的な細胞内蛋白質分解系と定義されてきた.しかしながら,近年,オートファゴソーム前駆体やオートファゴソームに局在するAtg蛋白質との相互作用を介し選択的にオートファゴソームに取り込まれる蛋白質,すなわちオートファジー選択的基質が同定された.本稿では,続々と明らかにされつつある選択的オートファジーについて概説する.

各論

オートファジーの代謝生理学的意義

著者: 上野隆 ,   江崎淳二

ページ範囲:P.1551 - P.1556

 オートファジーで遊離するアミノ酸は栄養飢餓条件下での代償的代謝に貢献する.すなわち,飢餓条件下で必要な蛋白質合成に使われる一方,エネルギー獲得のために分解される.マウス成体の肝オートファジーについては,さらにアミノ酸から糖新生によってグルコースを作りだし,血糖の維持にあずかることがわかってきた.オートファジーは血漿インスリンレベル低下が引き金になって誘導され,アミノ酸レベルの上昇(アミノ酸バースト)として起こる.このとき糖新生鍵酵素であるPEPCKが活性化される.アミノ酸バーストとこれに伴う糖新生系亢進は肝特異的オートファジー欠損マウスではみられず,血糖は野生マウスに比べて有意に低下していた.

発癌とオートファジー

著者: 髙村聡人 ,   水島昇

ページ範囲:P.1557 - P.1561

 近年,オートファジーと疾患の関係について研究が盛んである.特に,オートファジーが細胞内の恒常性維持を担っていることから,癌との密接な関係が示唆されている.しかしながら,オートファジーが発癌に対して抑制的に働いているとする説,逆に促進的に働いているとする説があり,一定の見解は得られていない.また,オートファジーと発癌を結びつけるメカニズムについても多数の仮説が提唱されているものの,不明な点が多く残されている.

オートファジーと自然免疫

著者: 齊藤達哉 ,   審良静男

ページ範囲:P.1562 - P.1568

 自然免疫は,病原性微生物の感染から身を守るうえで欠かすことのできない重要な防御機構である.自然免疫応答に特に深くかかわっているのが蛋白質分解機構であり,なかでも近年はバルク分解機構であるオートファジーの役割に関して注目が集まっている.オートファジー関連因子であるAtg16L1は,その一塩基多型がクローン病の発症と強く相関することが報告されるなど,炎症制御と深くかかわっている.また,Atg5やAtg7といったオートファジー関連因子の欠如は,ウイルス,細菌,真菌など,病原体に対する自然免疫応答の破綻に繋がることが明らかとなっている.本稿では,オートファジーと自然免疫応答の関係について解説する.

細菌感染とオートファジー

著者: 小川道永 ,   吉川悠子 ,   笹川千尋

ページ範囲:P.1569 - P.1575

 最新の研究結果から,オートファジーがミトコンドリアや,不溶性蛋白質凝集体,病原細菌などを特異的に認識し,分解しているという報告が多くなされている.赤痢菌やリステリアなど細胞侵入後にファゴソームから脱出し細胞質内で増殖する病原細菌は,常にオートファジーと対峙する危険に曝されており,菌はこれらを回避,利用するための巧妙な機構を有していることが考えられる.本稿では赤痢菌(Shigella flexneri)およびリステリア(Listeria monocytogenes)によるオートファジー回避機構に関する筆者らの研究を中心に,現在までに報告されている細胞内侵入性病原細菌において観察されるオートファジーの例を最新の知見をもとに紹介する.

心臓でのオートファジーの意義

著者: 山口修 ,   大津欣也

ページ範囲:P.1577 - P.1583

 電子顕微鏡を用いた観察から,オートファジーと心肥大や心不全などの心臓病態との関連が古くから報告されていたがその意義は不明であった.オートファジー必須分子であるAtg5(autophagy-related 5)の心筋特異的ノックアウトマウスを用いた研究から,恒常的オートファジーは心臓の機能維持に必須な機構であることが明らかとなった.また心不全期に増加するオートファジーは心不全の原因ではなく,不全に陥りつつある心臓に対して保護的な効果を有していることも示された.

話題

膵炎発症とオートファジー

著者: 大村谷昌樹 ,   廣田昌彦 ,   山村研一

ページ範囲:P.1585 - P.1589

1.はじめに

 急性膵炎は良性疾患であるにもかかわらず,重症化すると生命維持が困難な場合も少なくない.そのため,厚生労働省の特定疾患(いわゆる難病)に指定されている.急性膵炎の救命率の向上を図るためには,その発症機序,重症化機序の把握は極めて重要である.

 急性膵炎は古くから,膵内においてまず,膵消化酵素前駆体であるトリプシノーゲンがトリプシンに活性化され,そして今度はその活性型トリプシンがほかの消化酵素を活性化することにより始まる,消化酵素による“自己消化”とされてきた.

オートファジーと糖尿病

著者: 綿田裕孝

ページ範囲:P.1591 - P.1596

1.はじめに

 欧米風のライフスタイルの蔓延により,栄養摂取量の増加と消費の不足(運動不足)が起きている.この結果,過栄養状態が引き起こされると,活動に不要な余剰のエネルギーは,中性脂肪という形で脂肪細胞に蓄積される.脂肪細胞は,中性脂肪の蓄積度に応じて,アディポサイトカインの分泌量と種類を変化させる.メタボリックシンドロームの人に認められる中性脂肪の蓄積度が高い脂肪細胞からは,アディポネクチンなどのインスリン感受性を増加させるアディポサイトカインの分泌量が低下し,代わりに,インスリン抵抗性を誘導するTNFαなどのアディポサイトカインの分泌量が増加する.このため,過栄養状態では,インスリンの作用が低下する.

 簡単にいうと,過栄養状態は脂肪細胞内の脂肪蓄積量を変化させ,脂肪細胞からのホルモン分泌動態を変え,インスリンの効きを悪化させる.このインスリン抵抗性状態がメタボリックシンドロームの根本病態である.

 インスリンは骨格筋や脂肪細胞にブドウ糖を取り込ませる以外に,数多くの生理作用を有している.その結果,インスリン抵抗性状態では,中性脂肪の増加,HDLコレステロール(善玉コレステロール)の低下といった脂質異常症,高血圧,血糖値のわずかな増加が起こりやすくなる.さらに,メタボリックシンドロームで認められるアディポサイトカイン分泌状況自体が直接動脈硬化を促進させることが知られているため,メタボリックシンドロームでは,様々な作用を介して動脈硬化が進展し,心血管イベントの発症率が増加する.このメタボリックシンドロームに糖尿病が合併すれば,さらに,心血管疾患の発症頻度が高くなる.

 メタボリックシンドロームではインスリンの効果が減弱している.ということは,血糖値が上昇し,糖尿病になりやすくなるわけであるが,メタボリックシンドロームの人すべてが糖尿病になるわけではない.なぜなら,健常な膵β細胞は,インスリン抵抗性が出現したときに,それを代償すべく,適切なタイミングで,多くのインスリンを分泌することができるからである.この代償機構にはインスリン抵抗性に対する膵β細胞容積増加作用も重要な役割を果たす.すなわち,インスリン抵抗性があるが糖尿病になっていない人では膵β細胞容積が増加している.一方,糖尿病の人ではインスリン抵抗性に対する代償作用が減弱し,インスリン抵抗性の存在にもかかわらず膵β細胞容積が低下している.これは膵β細胞代償不全の状態と考えられる.

 以上から,糖尿病発症の鍵は,膵β細胞がインスリン抵抗性を代償することができるか否かにかかっている.膵β細胞がどのようにインスリン抵抗性を感知し,どのように代償するかの全容はいまだ明らかではないが,この全容が明らかになると,2型糖尿病の根本病態の解明を通じて,新規治療法の開拓が可能となる.そのような背景のなかで,最近,健常な膵β細胞機能にオートファジー機構が不可欠であることが明らかになってきた.本稿では,2型糖尿病の膵β細胞機能不全とオートファジー不全との関係に関して概説する.

胚発生におけるオートファジーの役割

著者: 塚本智史

ページ範囲:P.1597 - P.1601

1.はじめに

 体外受精によって産まれた子ども,いわゆる試験管ベビーの誕生から30年が経過したが,この間に体外受精や顕微授精法(卵細胞質内精子注入法)などの人工授精によって誕生した子どもの数は,全世界で100万人以上と推定されている1).不妊症の割合は年々増加しており,人工授精によって誕生する子どもの数は今後さらに増加すると思われる.しかし,不妊にかかわる分子メカニズムの多くは明らかになっていないのが現状である.したがって,不妊にかかわる分子メカニズムの解明は,不妊症のための新たな治療戦略となるかもしれない.

 最近,筆者ら2)は,受精直後のマウス胚でオートファジーが活発に誘導されることを発見した.これまで初期胚発生におけるオートファジーの役割については,あまり議論されていなかった.なぜなら,オートファジーが全身で機能しないマウスでも出生に至ることから3),それまでの発生段階にオートファジーは必要ないと考えられていたからである.しかし,卵子でのみオートファジーを欠損するマウスを作出し,受精直後に起こるオートファジーを抑制した場合,この受精卵は着床前の4~8細胞期の致死となることが明らかとなった2).ヒトの胚でもオートファジーが必須かどうかは定かではないが,オートファジーの生理機能は酵母や植物からヒトに至るまで広く保存されており,ヒトの胚でも同様の役割を担っている可能性は十分に考えられる.本稿では,哺乳動物の胚発生におけるオートファジーの新しい生理機能を解説する.

パーキンソン病遺伝子産物Parkinが損傷ミトコンドリアを駆除する

著者: 田中敦

ページ範囲:P.1603 - P.1608

1.はじめに

 ミトコンドリアは酸素を用いて細胞内のエネルギー産生のほとんどを司る一方,アポトーシス(プログラム細胞死)においても重要な役割を担っていることから,細胞の生死を決定づける重要な細胞内小器官であると言える.近年の研究から,ミトコンドリアの機能維持は,細胞のみならず個体においても重要であることがわかりつつあり1),その分子機構を解明することは,基礎研究のみならずミトコンドリアに起因する一連の疾患に対する医療など,臨床応用の分野においても重要である.

 一方でミトコンドリアはその代謝経路で生じる様々なストレスや,独自のゲノムに生じる変異などの要因により,正常な細胞内においても常に機能不全に陥る危険性をはらんでいる1).そこで,細胞の恒常性にとって重要な機能を保持するために,ミトコンドリアには積極的な機能維持機構が必要になってくる.例として正常ミトコンドリアが損傷ミトコンドリアに形態的に融合することで障害を相補する機構2)や,損傷ミトコンドリア上の蛋白質の選択的消化が挙げられる2).また一方では,救いようがなくなった損傷ミトコンドリアの問題が細胞内に広がるのを防ぐための,ミトコンドリアそのものの駆除機構が存在する2)

 本稿ではミトコンドリアがその機能を正常に保つ機構,いわば「ミトコンドリアの品質維持」が細胞内においていかに行われているかを,パーキンソン病遺伝子産物であるParkin蛋白質をモデルに述べたい.そこには損傷ミトコンドリアを選択的に認識し細胞内から排除するために絶妙な仕組みが働いており,近年さらに注目を集める細胞内自食作用,オートファジーも関与していた3).まず基礎研究の立場からミトコンドリアの品質維持を担うParkinの機能解析による筆者らの研究成果を紹介した後,パーキンソン病の病態と発症メカニズムに対する作業仮説を提示することで臨床応用への可能性を論じたい.

今月の表紙 帰ってきた真菌症・11

深在性皮膚真菌症

著者: 矢口貴志

ページ範囲:P.1514 - P.1516

 深在性皮膚真菌症は,感染が表皮にとどまらず,皮下組織,稀に血流にのって脳などに侵入する.その主要なものはスポロトリコーシス,クロモミコーシス(黒色真菌症)である.

 スポロトリコーシスの原因菌は,Sporothrix schenckiiである.

 集落の色調が黒褐色ないしそれに近い色調を示し,有性型の知られていない菌群を黒色真菌と呼んでいる.顕微鏡的には菌糸あるいは多くの場合,菌糸,分生子の両方が淡褐色から濃褐色を呈する.主要な病原性黒色真菌は,Fonsecaea属,Exophiala属,Phialophora属などである.

映画に学ぶ疾患

「グラン・トリノ」―「男」遺伝子

著者: 安東由喜雄

ページ範囲:P.1584 - P.1584

 ウォルト・コワルスキーは,アメリカの田舎町に住む退役軍人である.無骨なこの男は,子育てには失敗したが,妻だけには愛された.しかしそんな妻にもとっくに先立たれていて,充ち足りない日々を送っていた.「俺は人には嫌われたが,女房には愛された」とぶっきらぼうに話すところが,この男の暖かさを伝えてくれていて,見ているものは次第に彼を好きになっていく.映画「グラン・トリノ」(クリント・イーストウッド監督)の話である.そんな彼の家の隣に中国系の少数民族,フン族の一家が越してくる.退役後,フォードで自動車の組み立てを40年もしていた彼は,72年製の名車グラン・トリノを宝物のように大事にしながら,アメリカの繁栄とともに生きてきた.だから人種には偏見があった.当然のように隣のスー,タオ姉弟につれない対応をしていたが,スーが通りでフン族の不良にいたぶられそうになったり,タオがいじめられている場面を目の当たりにすると,彼の男気ががぜん首をもたげ,体を張って助けてやったりする.しかし,ウォルトにはタオ青年が物足りない.不良と群れないことは大いに評価できるが,体は小さく,何事も控え目で女にも奥手,男は余りしないガーデニングを好んだりする.だからウォルトはタオに,「男」を教えようとする.タオに対するこうした思いやりが,思いもかけない方向へと展開していくことを,ウォルトはこの時点で気付いていない.

 アメリカの銃社会は,判断のつかない不良たちにしばしば凶悪な犯罪をひき起こさせてきた.ウォルトの仕打ちに怒ったフン族の不良たちはやがて凶暴化し,タオ,ウォルトに執拗に暴力行為を仕掛ける.ついにある夜,タオの家に銃弾を浴びせたばかりか,外出していたスーを捕まえ,全身に打撲を与えたうえ,強姦までしてしまう.愕然とするウォルト.行き着くところは殺し合いしかない,と悟ったウォルトは,一晩考え抜いたあくる日,散髪をし,衣服を整え,復讐心に燃えるタオを地下室に閉じ込めた後,遺書を書き,不良たちの家へ向かった.「グラン・トリノはタオへ」.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ iPS細胞・10

iPS細胞から肝細胞を分化誘導する意義

著者: 谷口英樹

ページ範囲:P.1609 - P.1613

はじめに

 ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞は,受精卵に匹敵する潜在的な多分化能を有しており,原理的にはすべての機能細胞を作り出すことが可能である.そして,これらの幹細胞は培養系において多分化能を維持したまま自己複製させることが可能であり,ヒト肝細胞のような機能細胞を大量に生産するための細胞源(ソース)として大きな期待が寄せられている.

 ところが,iPS細胞の分化誘導については,神経系細胞など発生過程の初期段階で作り出される細胞を除くと,特定の成熟した機能細胞への分化誘導は簡単ではない.特に,内胚葉由来細胞のように複数の細胞群の相互作用によって作り出される機能細胞の分化経路を人為的に再現することは現状では困難である.実際,iPS細胞から肝細胞への分化誘導では生体内における肝発生プロセスを再現する必要性があるが,現時点においてそのような手順を踏んで肝細胞の分化誘導に成功したという報告はない.

 本稿では,iPS細胞から肝細胞への分化誘導の実現化に向けて,その最も基本的な情報となる肝臓の器官形成プロセスについて述べるとともに,当面の分化誘導の到達目標となる肝幹細胞(hepatic stem cell)の選択的分離法を紹介し,iPS細胞から肝細胞への分化誘導の現状と課題を考えてみる(図1).

Coffee Break

検査部内でヒトデの研究―その経緯と成果(その1)

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.1550 - P.1550

 実は1969年から3年間,私は検査部内で「ヒトデの研究」をするはめになった.何故そんなことになったか,その経緯と膨大な研究の結果の概要を紹介してみよう.

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あとがき

著者: 岩田敏

ページ範囲:P.1616 - P.1616

 今月の主題となったオートファジー(Autophagy)は,細胞がもっている,細胞内の蛋白質を分解するための仕組みの一つです.真核生物にみられる機構であり,細胞内での異常な蛋白質の蓄積を防いだり,過剰に蛋白質を合成したときや栄養環境が悪化したときに蛋白質のリサイクルを行ったり,細胞質内に侵入した病原微生物を排除したりすることで生体の恒常性維持に関与しています.このほか,胚発生の過程でのプログラム細胞死や,ハンチントン病などの疾患の発生,細胞の癌化抑制など,生命活動の様々な場面に関与していることが明らかにされてきているようです.今月号では東京医科歯科大学の水島昇先生に企画をお願いし,オートファジー研究に関する最近の話題について様々な視点からまとめていただきました.臨床医である私にとっては耳慣れない分野ではありますが,様々な疾病の発症と関連性がある点で,とても興味深く読ませていただきました.臨床検査医学に携わる読者の皆さまにも,それぞれの専門分野との関連性を思い浮かべながらお読みいただければと考えます.

 さて,本年4月にメキシコで発生が確認され,以降全世界に伝播したブタ由来インフルエンザウイルスA(H1N1)による新型インフルエンザは,わが国においても流行が広がり,沖縄での大流行に続き,9月下旬になって首都圏を中心に急速に患者数が増えつつあります.このままでいくと10月に全国的な流行の来ることが現実になりそうです.ブタ由来新型インフルエンザワクチンが接種できるようになるのは11月以降になる見込みなので,どうやらワクチンなしに流行に突入してしまうという計算になります.ブタ由来新型インフルエンザは,致死率の高いトリインフルエンザA(H5N1)とは異なり,従来の季節性インフルエンザとほぼ同様の病原性といわれていましたが,これまでの臨床例の集積から,肺で増殖しやすく,喘息,妊娠,腎疾患,糖尿病,免疫不全などの基礎疾患のある症例や小児では重症化しやすく,季節性インフルエンザより致死率の高いことがわかっております.マスク,咳エチケット,手洗い,うがいなどの基本的な感染防止対策に努め,発熱・咽頭痛などの症状を発症した際には,慌てずに医療機関を受診し,インフルエンザが疑われれば早めに抗インフルエンザ薬による適切な治療を受けることが重要です.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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