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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査53巻4号

2009年04月発行

雑誌目次

今月の主題 妊娠と臨床検査 巻頭言

妊娠と臨床検査

著者: 伊東紘一

ページ範囲:P.397 - P.397

 正常な妊娠・出産は異常なことではないとはいえ,妊娠という状態が起きると,従来維持されていた生体の状態とは異なった問題が起きている.それは何らかのリスクを引き起こす可能性を持つ場合もあり,なんら心配のない状態のこともある.これらの妊婦の生体内部の状況は臨床検査(検体検査および生体検査)により知ることができる.検体検査は血液を採取し,その内容を生化学的,血液学的,免疫学的,内分泌学的等の分析を行ったり,尿や婦人科的分泌物等の分析を行い,多くの情報を知ることができる.生体検査は所謂生理学的検査とされる心電図,心音図,超音波法などに代表される生体内部の物理的信号を捉え,増幅し分析するものである.産科においては胎児心音や超音波画像による胎児の状態や運動の情報を得ることができる.また,分娩に際しての観察モニターとして胎児心拍数や陣痛の経時的観察等に代表される手法がある.

 妊娠すれば母体は血液循環量等が変化し,赤血球などの諸血液検査値は変ってくる.当然白血球数やその分画にも変化が起こる.総蛋白量,アルブミン,アルカリフォスファターゼなど多くの生化学的検査値も変化する.そしてホルモンの値や腫瘍マーカーにも変化が起こるのである.これらのことを十分に踏まえて臨床検査値を観察・分析し妊婦や胎児の状態を把握しなければならない.

総論

妊娠時に行われる検査

著者: 名取道也

ページ範囲:P.399 - P.401

 妊婦に行われる臨床検査は,健康診断のように,正常であることの確認や健康な状態から病的な状態へ変化する場合の早期発見を目的としている.通常の検査対象と異なる点は,妊娠の進行にともない妊婦の生理学的状況が変化し基準となる値も変化することである.

 妊娠時にルーティンに行われる検査にそれほど特殊なものはないが,胎児の画像診断は今後ますます進歩し,超音波検査における臨床検査技師の役割は大きくなっていくであろう.

妊娠と画像診断

著者: 川鰭市郎

ページ範囲:P.403 - P.408

 周産期診療の進歩は,超音波診断に代表される画像診断の進歩によるところが大きい.超音波は子宮内の胎児の様子を明らかにし,管理上必要な情報をもたらしてくれる.最近では磁気を用いたMRIや,胎児骨系統疾患にはマルチスライスCTも応用されるようになってきた.これらの画像診断技術の適応をよく理解して,最も有効な情報が得られるように検討することが重要となってくる.

胎児心拍数モニターの意義―過去から現在までを振り返って

著者: 池田智明 ,   菅幸恵

ページ範囲:P.409 - P.415

 胎児心拍数モニタリングは全米85%の分娩に使用され,日本でも臨床的に広く普及しているにもかかわらず,新生児仮死や脳性麻痺を減少させるというエビデンスはない.しかし,正常と判定したときに,ほとんど全てにおいて児の健康度は良好であるとされる.これまでの胎児心拍数モニタリングの歴史を振り返ることで,その意義,および現在のガイドラインを再確認し,その臨床的能力を限定して使用することの重要性を認識していく必要がある.

妊娠による検体検査値への影響

著者: 今井紀昭 ,   高野忠夫 ,   岡村州博

ページ範囲:P.417 - P.422

 妊娠すると母体には非常に大きな変化,循環血液量の増加に伴う生理的水血症,腎血流量や糸球体濾過率の増加による腎機能亢進,凝固系の亢進と相対的な線溶系の低下,耐糖能の低下および様々なホルモンの増減などが起こる.その結果,検体検査値の正常値も影響されるものも多い.それを知っていないと検体検査の結果の解釈で思わぬ落とし穴に陥る場合がある.本稿では,妊娠中の検体検査の変化について概説する.

妊娠と遺伝学的検査

著者: 林聡 ,   左合治彦 ,   名取道也

ページ範囲:P.423 - P.427

 最近の少産少子化そして妊婦の高齢化により胎児の健康状態に対する妊婦の関心は高くなってきている.また,近年の超音波診断技術の進歩,細胞遺伝学・分子遺伝学の急速な発展は,いままでわからなかった胎児異常の診断を可能とした.出生前診断は産科診療の現場において日常的に行われる検査法となってきている一方で,これらの出生前診断にかかわる倫理的な問題も含まれている.それぞれの検査の目的と欠点・利点をふまえた,患者に十分なカウンセリングの上に検査が行われることが望まれる.

各論

妊娠と子宮頸部細胞診

著者: 藤井多久磨 ,   齋藤深雪 ,   青木大輔

ページ範囲:P.429 - P.432

 子宮頸癌検診受診率の低い日本では妊婦健診における頸癌スクリーニングは早期発見の良い機会である.妊娠中の細胞診検査に際しては出血などの副作用のほか,偽陽性や偽陰性の可能性がある.異常が見つかった場合には妊娠中の子宮頸部腫瘍取り扱いガイドラインが公表されており,それに基づいて方針を決めるのが良い.浸潤癌の存在を否定できない場合には円錐切除術にて判定するが,その時期は妊娠12~16週が良い.そのためには,細胞診は可及的速やかに施行しておいたほうが方針をたてやすい.

妊娠と輸血関連検査

著者: 安田広康 ,   大戸斉

ページ範囲:P.433 - P.439

 輸血関連検査は,妊婦への安全な輸血と胎児新生児溶血性疾患(HDFN)の予見のために実施する.Rh関連の同種抗体はそれ以外の同種抗体よりもHDFNを発症しやすく,重症化しやすい.また,IgG型の抗Mや抗Jraも重症のHDFNをもたらすことがある.そのため,抗体スクリーニングは妊娠前期だけでなく妊娠中期以降にも実施する.Rh(D)陰性の妊婦に対しては,定期的に抗D産生の有無をスクリーニングする.抗Dをもたない抗C+Gを保有する妊婦はRhグロブリン投与の適応となる.

切迫早産・破水の診断

著者: 川端伊久乃 ,   中井章人

ページ範囲:P.441 - P.444

 切迫早産は妊娠22~37週未満に分娩に至る可能性が高い状態をさす.従来,切迫早産の診断は,子宮収縮や出血の有無などの自覚症状や内診所見を主体に行われていた.しかし現在では,子宮頸管長測定を中心に頸管粘液中顆粒球エラスターゼや癌胎児性フィブロネクチンなどの早産マーカーを併用した早期診断が行われている.破水は,卵膜が破綻し,羊水が子宮外に流出した状態である.臨床上問題となるのは,陣痛発来前に起こる前期破水である.クスコ診による肉眼的診断が主たるものであるが,高位破水のように破水がわかりにくい場合は,腟分泌物中のAFPやIGFBP-1を測定し診断する.

妊娠と自己抗体

著者: 北折珠央 ,   杉浦真弓

ページ範囲:P.445 - P.449

 自己免疫疾患は比較的若い女性に多いため妊娠に合併する頻度も高い.本稿では妊娠により影響を受ける自己抗体と,母体や胎児・新生児に影響を及ぼす可能性がある自己抗体について述べる.

妊婦の感染症スクリーニング

著者: 大貫裕子 ,   川名尚 ,   西井修

ページ範囲:P.451 - P.456

 母子感染を予防するために妊婦の感染症の検査が行われている.妊娠中の感染は無症候であることが多く感染の徴候がないままに胎盤,産道,母乳などを介して母子感染が成立してしまう可能性がある.特に母子感染の予防法が確立している感染症については,妊娠中のスクリーニングの意義は大きいといえる.また,HCV感染症などは,現在母子感染以外の感染経路がほとんど断たれており,母子感染の予防は疫学上も重要な役割を果たしている.

妊娠と糖代謝異常スクリーニング

著者: 杉山隆

ページ範囲:P.457 - P.462

 スクリーニングとは安価で簡便に,かつ精度が高く,再現性のある検査が理想的である.妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus;GDM)が臨床的に重要な疾患であることは知られているが,妊娠時のスクリーニングに関する根拠は,わが国では十分になされているとはいえないのが現状である.ここではGDMのスクリーニングに関する背景や現状について概説したうえで全国多施設共同研究であるJapan assessment of GDM screening(JAGS)のデータを紹介する.

話題

膣内細菌培養の意義

著者: 齋藤滋

ページ範囲:P.463 - P.465

1.はじめに

 妊婦検診で膣鏡診をした際,膣分泌物の性状をチェックし,不快な臭いがないかどうかをチェックされておられることと思う.アミン臭のある灰色で漿液性帯下は細菌性膣症の特徴であるが,約50%の患者は無症状である.膣内細菌培養検査の施行について,産婦人科診療ガイドライン産科編2008では妊娠33~37週に膣周辺の培養検査を行いB群溶連菌(GBS)の検出を行うことを推奨している(推奨レベルB)1).GBSの保菌者に対しては分娩時にペニシリン系薬剤を静注し母子感染を予防することができる.GBS保菌者の多くは無症状であるため,スクリーニングは全妊婦を対象とすることが望ましい.

 一方,妊娠初期の膣分泌物培養検査については一定の見解は得ていないが,日本産科婦人科学会周産期委員会が周産期2次,3次医療機関に対して行ったアンケート調査では,54/122(44.3%)に膣分泌物細菌培養が行われている状況にあった.後方視的検討ではあるが膣内細菌培養を施行している施設のほうが早産率が有意に低いとするデータが得られている.またCochran Reviewにおいても妊娠20週までに膣内細菌培養を行い治療すると早産率を半減させることが紹介されている2).本稿では妊婦における膣内細菌培養の意義につき解説する.

妊娠とHIV感染

著者: 佐野(嶋)貴子 ,   山田里佳 ,   谷口晴記 ,   近藤真規子 ,   今井光信 ,   塚原優己

ページ範囲:P.467 - P.471

1.はじめに

 日本のHIV感染者は年々増加し続けており,2004年以降は年間1,000件を超えるHIV感染者およびエイズ患者数が報告されている.現時点においては,HIV感染者は男性が9割以上を占めており,女性の割合は1割に満たないが,母子感染予防の点から多くの妊婦が妊娠初期検査の一環としてHIV検査を受検している.本稿では,妊婦におけるHIV検査の実態および実施上の問題点,HIV感染妊娠と母子感染の現状などについて概説したい.

ウイルス感染症の胎児治療

著者: 松田秀雄

ページ範囲:P.472 - P.480

1.はじめに

 先天感染の原因となるウイルスは多岐にわたる.表11)に本邦における主なウイルス感染症を示す.多くのウイルス疾患において,感染予防を目的とした管理が行われてきたが,一部のウイルス疾患においては,胎児治療が試みられている.本稿においてはサイトメガロウイルス(cytomegalovirus;CMV),パルボウイルスB19(以下PB19)を中心に紹介する.

羊水塞栓症の血清補助診断

著者: 木村聡 ,   金山尚裕

ページ範囲:P.481 - P.484

1.はじめに

 羊水塞栓症(amniotic fluid embolism;AFE)は産婦人科周産期領域において,母体死亡を起こす重要な疾患である.近年の産科医療の進歩によりわが国の妊産婦死亡率は漸減しているが,その中でAFEは減少しておらずAFEの占める割合は増加傾向にある.妊婦が分娩中や分娩直後に突然の息苦しさを訴えたり不穏状態となったりした場合,AFEの発症を念頭に置かねばならず,すばやい救命措置をとらなければその死亡率は50%前後に及ぶ.AFEは羊水成分が母体血中に流入して起こると推定されるが,いまだに明確な発症機序がわかっておらず,その解明が急がれている.AFEの危険因子として,羊水が母体血中に流入しやすい状態が考えられる.具体的には子宮内圧の高くなる状態,つまり陣痛促進剤投与による分娩誘発例や,羊水成分の入りやすい状態,つまり子宮を切開する帝王切開の症例や産道裂傷の大きな症例などが挙げられる.他のリスク因子としては母体の高齢(35歳以上),アレルギー体質,アトピー患者などが知られている.

癒着胎盤と画像診断

著者: 長谷川潤一 ,   松岡隆 ,   市塚清健 ,   関沢明彦 ,   岡井崇

ページ範囲:P.485 - P.487

癒着胎盤とは

 胎盤は,子宮腔内の脱落膜の上の絨毛膜から形成される.この時,脱落膜は絨毛の侵入を適度に食い止め筋層まで達しさせない.そして胎児の分娩後は,脱落膜が存在することによって胎盤が容易に剝離,娩出される仕組みとなっている.何らかの原因による脱落膜の欠損によって,胎盤は直接子宮筋に侵入して癒着胎盤となる.侵入の程度によって楔入胎盤(placenta accreta),嵌入胎盤(placenta increta),穿通胎盤(placenta percreta)に分類される.妊娠子宮には母体の多量の血液が循環しているため,胎盤のトラブルは出血多量の原因となり,妊産婦死亡が胎盤異常に起因するものは約1割に達すると言われている1).癒着胎盤もその異常のひとつである.頻度は2,500例に1例と言われているが,穿通胎盤などの侵入程度の深い症例以外は,分娩前の診断が困難である.診断がついていないため胎盤の剥離処置を行うことによって急激な多量出血やDICの発症をきたし,母体死亡に至ることがあること,また,止血のために子宮全摘を余儀なくされる場合もあることなどから,高次の医療施設でのインテンシブな管理が必要なハイリスク疾患である.

 癒着胎盤は,初めての妊娠や正常な子宮体部に付着する胎盤には合併しにくく,子宮下部に胎盤のある前置胎盤や既往帝王切開を含む子宮手術既往のある症例に発症しやすい2).これには脱落膜の形成不良が関連すると示唆されている.また,Clarkeらの報告には3),前置胎盤における癒着胎盤の頻度は1回の既往帝王切開での24%に対し,3回以上の既往帝王切開では67%に上昇すると述べられている.近年の帝王切開率の上昇から,癒着胎盤は今後増加する可能性があり,診断と管理の重要性も高まると思われる.

今月の表紙 帰ってきた真菌症・4

Paecilomyces-Penicillium

著者: 矢口貴志

ページ範囲:P.394 - P.396

1.Penicillium属(図1~3)

 Aspergillus属と同様に世界的に広く分布し,土壌,果実・野菜などの農作物,各種加工食品などから分離される.西洋では,P. camembertiP. roquefortiなどをチーズの熟成過程で使用している.真菌症原因菌としての報告は少ないが,輸入真菌症のひとつであるマルネッフェイ型ペニシリウム症の原因菌はP. marneffei(図2)である.本菌種は各種培地上で赤色色素を生成する.本症は東南アジアにおいてエイズの日和見感染症として大きな問題になっている.

 Penicillium属の形態的な特徴は,ペニシリと呼ばれるほうき状の分生子形成構造である.ペニシリはフィアライドのみのもの(単輪生),メトレとフィアライドから形成されるもの(複輪生),さらに分岐してラミ,メトレ,フィアライドから形成されるもの(多輪生)がある.コロニーの色調は,青緑~灰青色となり,37℃で生育できる種は多くない1,2)

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 死亡時医学検査・4

死亡時画像(Ai)とMRI

著者: 神立進 ,   岸本理和

ページ範囲:P.489 - P.494

はじめに

 われわれが,1999年に死亡時画像検査すなわち現在Autopsy imaging(以下,Ai)と呼ばれている検査を開始するにあたって,いくつかのことが問題となった.それは,見た目には問題ないとはいえ,検査による遺体への損傷である.X線や電磁波を当てるので,影響がゼロというわけにはいかない.生体とは違うものを,生体と同じ装置で検査しても良いかどうかも問題となった.また,誰が検査するかも重要な問題であった.これらの問題について書く機会がなかったので,Ai MRIについて述べる前に,簡単に記載しておくことにする.これは,われわれが,CTとMRIの両方の検査を常に同時に行っていることにつながっているからである.なお,当院は,悪性腫瘍の放射線治療を対象とした病院であり,外傷の患者さん,循環器疾患による死亡の患者さんは存在しないことを断っておく.

 ここでは,“Aiとは,死後に,MRI,CT,超音波,一般X線などの画像検査を生体と同様に行い,患者さん(遺体)の病状,状態を検索すること”,と定義する.核医学系の検査は,外部からのアイソトープの投与が必要なので,生体でなければ,原理的に無理である.Autopsy imaging(Ai)という表現は日本独特のものであり,諸外国では,Postmortem examination, Cadaver examinationといった表現が用いられることが多い.Ai CT,Ai MRIは正式の略語ではないが,Ai by MRI, Ai by CTという意味である.

 われわれが,Aiを開始した当時,日本でも,すでに筑波メディカルセンターでは,主に外傷死,不審死を対象にCT検査を行っていた.われわれはそれを知らなかったのだが….また,諸外国では,1990年代からPostmortem MRI検査の報告が行われている1).特に新生児・胎児の場合に有効であるという評価の報告がされている2,3).新生児において良く用いられてきたのは,以前から,胎児・新生児の遺体のX線撮影が頻繁に行われていたことと無縁ではないと思われる4~6).システムとしてのAiが確立する以前は,特定の疾患,新生児を対象とした報告が多く,一般的な死亡原因の追及のためのシステムとしてのAiの確立は,比較的最近の概念である.

 Aiが日本だけでなく,諸外国でも普及してきたのは,全世界的に剖検率が下がっていることと,画像検査の質が向上したことで,少なくともMacroレベルでは,剖検とほぼ同等の診断ができるところまで向上したことが非常に大きな要因と言える.

 諸外国では,法医学領域で主に発達してきたが,日本では当初,病理部門で構想され,これに法医学部門が重大な関心を寄せているのが現状と思われる.病理よりも法医学部門で関心をもたれている理由の一つは,疾患が判明している患者さんの死亡の場合,死亡間際の画像検査で,死亡時の状態を予測できてしまうのが実情で,担当医の剖検に対する意欲が低下しているという要因があると解釈している.不審死(法医学担当)については,拒否されると言うよりは,人手が足りないために,剖検の数が少ないという面がある.剖検もAiも行わなかった場合,死因推定は,人間の目で行うしかなく,信頼性は低いであろうと言える.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ iPS細胞・4

iPS/ES細胞による血液疾患治療の可能性

著者: 中島秀明

ページ範囲:P.495 - P.499

はじめに

 2006年のマウスiPS(induced pluripotent stem)細胞の作製成功を皮切りに,今,未曾有の幹細胞ブームが世界中を席巻している.iPS細胞は「万能細胞」とよばれ,まさに夢の細胞として世界中から大きな期待が寄せられている.しかしiPS細胞があればどんな再生医療も可能になるかといえば,決してそうではない.確かにiPS細胞は「多能性」をもつ細胞ではあるが,臨床的に「万能」ではない.iPS細胞から様々な組織細胞を誘導することは現時点でもかなりなところまで可能であるし,近い将来すべての組織で可能になるかもしれない.しかしこれが患者さんの治療に実際に役立つか,となると話は別である.iPS細胞から分化誘導した細胞や組織が,生体内で既存の組織・臓器と機能的に連携し必要とされる機能を発揮できるか,あるいは欠損した組織を修復・補完できるかどうか,そこには越えなくてはならない大きなハードルがいくつも存在する.

 また,iPS細胞は体細胞から自由に作り出すことができるため倫理的な問題がなく免疫学的拒絶がおきない,疾患特異的な細胞を得ることが可能などの利点はあるが,一方でウイルスベクターや導入した遺伝子の安全性の問題などES(embryonic stem)細胞にはない問題点や臨床応用への障壁がある.これに対しES細胞には,遺伝子導入による危険性がないなどiPS細胞にはない利点がある.iPS細胞の性質はES細胞と本質的な違いはない.そろそろこのあたりでiPS細胞とES細胞の利点と欠点を冷静に見つめ直し,これらの細胞をどのように使い分けていくかも整理しておいたほうがよいだろう.

 本稿は「iPS/ES細胞による血液疾患治療の可能性」と題しているが,上に書いたような理由からiPS細胞とES細胞の双方を含めて,現時点でどこまで研究が進み,将来的にどのような臨床応用が考えられるかを血液疾患を例にとって述べていきたい.

研究

Bacillus属によるリネン汚染を解析するための培地の比較検討

著者: 林俊治 ,   笹原鉄平 ,   吉村章 ,   森澤雄司 ,   髙岡恵美子 ,   平井義一

ページ範囲:P.501 - P.506

 加熱処理済みのリネンがBacillus属の芽胞によって汚染されていることがある.さらに,Bacillus cereusによるリネン汚染が院内感染を起こすことがある.しかし,Bacillus属によるリネン汚染を解析するための標準法は確立されていない.そこで,Bacillus属によるリネン汚染を解析するための培地の比較検討を行った.B. cereusのみの検出を目的とする場合は,MYP培地やPEMBA培地などの選択培地が有用であった.しかし,B. cereus以外のBacillus属も検出したいのであれば,血液寒天培地のような非選択培地を用いる必要があった.

血中メトトレキサート濃度測定用キット「TDXメトトレキサート―Ⅱ・ダイナパック®」の脳脊髄液検体への適用の妥当性の検討

著者: 後藤薫 ,   銭元樹男 ,   神白和正 ,   大林民典

ページ範囲:P.507 - P.510

 癌性髄膜炎に対する抗癌剤の脳脊髄腔内持続注入療法には脳脊髄液中のメトトレキサート(MTX)濃度の管理が欠かせない.しかし髄液中のMTX濃度を測定するための検査試薬はなく,血液用の試薬で代用しているのが実情であるが,その妥当性を検証した報告はない.今回の検討で血中MTX測定試薬「TDXメトトレキサート―Ⅱ・ダイナパック®」を用いて髄液中のMTX濃度を正確に再現性よく定量できることが示された.髄液MTX濃度測定の必要性は今後ますます高まると予想されることから,特定薬物治療管理料の算定要件に血中だけでなく,髄液中MTX濃度の測定も早急に取り上げられることが望まれる.

学会だより 第55回日本臨床検査医学会学術集会

病気の予防・診断から治療選択までを可能にする臨床検査を目指して

著者: 登勉

ページ範囲:P.511 - P.512

 第55回日本臨床検査医学会学術集会は2008年11月27日から30日まで,名古屋国際会議場において開催されました.11月27日には各種委員会,評議員会,全国検査部長・技師長会などの会議が開かれ,11月28日に学術プログラムが開始されました.開催までの準備もさることながら,学術集会長が主催者として最も気にすることは会期中の天候であり,テレビや天気図からの情報と11月末の天気の周期性を総合判断しては,1週間前から天気予報を見ては一喜一憂の毎日でした.学術プログラム初日の午前中は雨,午後は曇りという予報でしたが,会期を通して天候に恵まれ,参加者数も日本臨床検査医学会単独開催としては主催者の予想を大きく上回る1,659名でした.

 参加された会員に「あの名古屋での学術集会の講演は素晴らしかった,あの発表で自分の何かが変わった」と後々まで思い出していただけることを願って企画しましたが,学術プログラム2日目の2つの招請講演は,個性豊かな講師の巧みな話術と深い示唆に富んだ内容であり,特に好評でした.招請講演1は熊本大学大学院医学薬学研究部病態情報解析学教授の安東由喜雄先生が「トランスサイレチンーそのミラクルな機能と役割」と題して講演されました.講演では,まずトランスサイレチン(transthyretin;TTR)の生化学的性状を紹介し,栄養アセスメントにおけるTTRの役割について,急性期の指標としての重要性とともに反急性期蛋白である点に注意することを強調しました.次に,TTR遺伝子の変異による異常TTRがアミロイドとなって全身の臓器に沈着し,臓器障害を起こす家族性アミロイドポリニューロパチーへと話を進めていきました.治療法としての肝移植やプロテインチップを用いた診断法について述べ,正常TTR沈着による老人性アミロイドーシスや早期卵巣癌マーカーの可能性,さらにはインスリン強化蛋白質としての作用など,最近の知見についても紹介しました.一つのテーマを追い続け,探求する研究者のロマンを感じさせる講演でした.招請講演2「時間を生きる―生物学的時間論」は東京工業大学生命理工学研究科生体システム専攻の本川達雄教授よるもので,具体的な動物の時間の例から東洋と西洋における生命観の違い(西洋の直線的生命観と東洋のめぐる生命観)について述べ,現在のわれわれの生き方に関連する示唆に富んだ講演であった.最後には,自作の歌を披露された.講師が歌う講演を聞いたのは初めてでしたが,生物学者の詩には哲学性があり,唄う歌は人格を表すことを教えられました.

一つの蛋白質から切り開く臨床検査医学

著者: 大林光念

ページ範囲:P.513 - P.513

 第55回日本臨床検査医学会学術集会が,2008年11月27日(木)~30日(日)の4日間,愛知県名古屋市の名古屋国際会議場で開催された.登勉集会長のもと,「進化する臨床検査」をテーマに,病気の予防・診断から治療選択までを見据えた発表,ディスカッションが繰り広げられた本会は,学術的にも非常にハイクオリティーで,かつ日常業務に対する示唆にも富む,すばらしいものであった.中でも今回注目を集めた発表の一つが,「トランスサイレチン―そのミラクルな機能と役割」と題した,熊本大学大学院医学薬学研究部・病態情報解析学分野の安東由喜雄先生による招請講演であった.

 トランスサイレチン(transthyretin:TTR)は,その名の由来のとおりサイロキシンおよびレチノール結合蛋白を介し,ビタミンAの担体として機能する蛋白質として古くから知られてきたが,安東先生は,このTTRについて,上記のような古くから知られる機能のみにとらわれず,①わが国に大きなフォーカスを持つ常染色体優性遺伝の疾患,家族性アミロイドポリニューロパチー(Familial Amyloid Polyneuropathy;FAP)の原因蛋白質としての側面(異型TTRが関与),②高齢者の心臓や肺,消化管,大動脈系,甲状腺などにアミロイドが沈着し,臓器障害に至る老人性アミロイドーシス(senile systemic amyloidosis:SSA)の原因蛋白質としての側面(野生型TTRが関与),③早期卵巣癌における腫瘍マーカーとしての側面,④インスリン強化蛋白質としての側面,⑤急性期の栄養評価蛋白質としての側面,からもそれぞれ詳細に基礎的,臨床的検討をなさっており,その蓄積されたデータから,この蛋白質が臨床検査上いかに有用な物質の一つであるかを今回われわれに教授されたのである.このほか,最近の研究からTTRには神経組織保護作用があることも明らかにされてきたようで,さらに脈絡叢で産生されるTTRは,アルツハイマー病の進行に抑制的に働くとする報告もあるらしい(他方でこれを否定する論文もあり,この点に関する議論は現在も分かれているとのこと).TTRがこれほどまでに多面性を持つことを知り,多くの聴衆は驚いたのではなかろうか.

臨床検査の未来への提言

著者: 竹村正男

ページ範囲:P.514 - P.515

 平成20年11月27日から30日までの4日間,名古屋国際会議場で第55回日本臨床検査医学会学術集会(登 勉教授:三重大学)が開催された.開催期間中は天候にも恵まれ,初日だけでも約900名の会員の出席があり,談論風発のごとく議論の輪が広がっていた.学会のテーマは「進化する臨床検査」となっており,まさに混迷する医療業界で特に臨床検査分野に「喝」を入れる思いが込められたテーマでありました.一般演題は400題近い研究報告をすべて口演形式で行われ,スタッフの方々の努力で実現されたものと思われます.すでに臨床検査分野は第三の波をまともに受け,羅針盤をなくした難破船のようにも見え,今後の進むべき道標が必要かと考えるのは小生だけでしょうか?

 この学会では一つの方向性を探る試みが,サブテーマとして「病気の予防・診断から治療選択まで」が付け加えられており,まさにこれからの臨床検査が進むべき課題を示されたものと思われました.

Coffee Break

戦後小樽海岸に来た最後の群来(クキ)

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.428 - P.428

 北海道の日本海沿岸,特に寿都~積丹~小樽~石狩~留萌の海岸は鰊漁場として有名で,事実明治初期から昭和の初め頃は常に大豊漁に湧いていたことが知られていた.それは先人の昔話のみでなく,これら海岸線沿いに古い番屋(漁夫達の作業場兼泊り場)が結構残っている点からも伺われる.例えば,小樽祝津の鰊御殿や今なお高級料亭として有名な「銀鱗荘」,そして増毛海岸安平町の花田家等があり,かつての繁栄を物語っている.

 私は平成4年「第32回日本臨床化学会年会」会長に指名され,生まれ故郷の小樽市で行った時,学会前夜のお偉方の先生方をこの「銀鱗荘」に招いて,眼下の小樽市や石狩湾の夜景を見ながら会食をしたほか,最終日の会員懇親会で近郊の忍路,高島の保存会の皆さんが「鰊漁網起こし大漁節」を実演してくれたのも,昔の鰊漁全盛期を再現するに十分なものであった.

随筆・紀行

国上山秋行

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.466 - P.466

 毎年2回程小さいグループで必ず1泊2日の旅をするのが恒例となっている.1回は内科教室にいた頃私の創設した内分泌研究室(略称13研)の医師たちの集いで,これは30年以上必ず十数名が参加して続いている.住居が東京,新潟,山形,秋田,福島に散在しているからそれぞれに設定されて楽しんでいる.もう1つはこれも私の創設した検査診断学教室の医師(私の弟子たち)の集いである.これはその家族たちも参加したりして最初は幼な子だったのが今は大学生になって闊歩しているというから思い出の多い旅である.

 2008年秋の前者の旅は馴染み深い越後弥彦山に連なる国上山近くの探勝であった.高令の私には一寸きついところもあったが,若かった同学たちもかなり老いたせいか歩調を合わせて秋の紅葉を楽しんだ.

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あとがき

著者: 池田康夫

ページ範囲:P.518 - P.518

 妊娠は母体に非常に大きな変化をもたらす.

 妊娠を順調に経過し,無事出産に至ることは母親は云うに及ばず,家族にとってもこの上もない喜びであり,その意味で臨床各科のなかで,産科医ほど周囲から感謝される臨床医はなく,医者冥利に尽きるというものであるのに,近年産科医不足が大きくクローズアップされてきているのは何故であろうか?

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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