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雑誌目次

論文

臨床検査53巻6号

2009年06月発行

雑誌目次

今月の主題 食中毒 巻頭言

食中毒―古くから知られた食中毒,そして新しい食中毒

著者: 高鳥浩介

ページ範囲:P.657 - P.658

 6月は食中毒の悩ましいシーズンである.しかし,20年前とここ数年の食中毒事例を対比してみると食中毒を明確に定義することは容易ではない.食品衛生法では「飲食物そのものおよび,器具もしくは容器に起因して発生する衛生上の危害または事故」を食中毒としている.そして多くは症状として急性の胃腸炎による下痢,嘔吐,腹痛を主症状としてきた.ところが,近年様々な中毒症の病態が確認されているように食中毒の定義そのものが必ずしも従来だけの認識ですまされなくなってきた.1992年に飲食を原因とする健康被害は食品衛生法に基づく食中毒とされ,その食中毒の範囲は拡大化されるようになってきた.例えば,微生物による食中毒の対象が,細菌性に限らず,ウイルス性,原虫性も加わってきている.いずれにせよ食中毒の概念はずいぶんと変貌していることは確かである.

 厚生労働省では毎年各自治体からの報告をもとに食中毒統計をまとめている.食中毒発生状況,病因物質,原因食品,原因施設,発生規模など多面的に統計処理している.この統計処理も,かつては食中毒患者が2名以上の集団発生事例に限られていたが,1996年から食中毒がはっきりしていれば1名でも統計処理されるようになり食中毒件数は増加している.

総論

腸管細菌感染症の病態生理

著者: 余明順 ,   本田武司

ページ範囲:P.659 - P.664

 腸管細菌感染症の中で特に重要と思われるものを取り上げ,各感染症の簡単な背景とその病態生理,発症メカニズムについて現在までに明らかにされている情報を紹介する.

ノロウイルス,サポウイルス感染症

著者: 岡智一郎

ページ範囲:P.665 - P.672

 ノロウイルスとサポウイルスによる急性胃腸炎は世界各地で年齢を問わず発生している.これらのウイルスによる急性胃腸炎は臨床症状による判別が困難であるため,ウイルス学的検査によってのみ診断できる.また,これらのウイルスは同様の感染経路をとる可能性が高い.本稿では,ノロウイルスとサポウイルスについてその感染様式,ウイルス学的特徴,検出方法などについてまとめた.

自然毒食中毒(動物毒,植物毒)―生体影響と予防

著者: 中野宏幸 ,   浅川学

ページ範囲:P.673 - P.681

 自然毒による食中毒はフグ毒,貝毒のような動物性自然毒と,きのこ毒,植物毒のような植物性自然毒に大別され,件数こそ少ないが死亡率は高い.麻痺性貝毒は有毒渦鞭毛藻が生産する神経毒のサキシトキシン群で,巻貝のバイ中毒もネオスルガトキシやテトロドトキシンなど,外因性のものである.植物毒も配糖体や各種アルカロイドなど種類が多く,生体作用も多種多様である.予防には誤食せぬよう正しい知識とリスク認識が必要である.

各論 食中毒の臨床

細菌性食中毒

著者: 相楽裕子

ページ範囲:P.683 - P.687

 細菌性食中毒の主な原因菌はサルモネラ,カンピロバクター,腸炎ビブリオ,黄色ブドウ球菌,腸管出血性大腸菌である.重症例や死者が出る点でサルモネラと腸管出血性大腸菌,発生件数・患者数の点で残り3者である.赤痢菌,コレラ菌などの3類感染症原因菌も食品・水媒介性に発生している.薬剤耐性菌,特にニューキノロン薬耐性あるいは低感受性菌が世界的に増加している.第一線の医療現場に求められることは食中毒の早期発見により感染拡大防止に寄与することと思われる.

ウイルス性食中毒

著者: 小林宣道

ページ範囲:P.688 - P.692

 食品媒介性のウイルス感染症は,ノロウイルスなどによる急性胃腸炎とA型・E型肝炎ウイルスによる急性肝炎に大別される.これらは加熱不十分な貝類・肉類のほか,二次的にウイルスに汚染された通常の食品や飲物も原因となる.

食中毒の検査

食中毒の検査法

著者: 小西良子 ,   鎌田洋一

ページ範囲:P.695 - P.700

 食中毒の検査法として,細菌性食中毒および自然毒(カビ毒)の検査法に焦点をあて,紹介した.細菌性食中毒の検査法では,病原微生物の同定および毒素の分離について概説する.カビ毒の検査法では,法的拘束力を持つ通知法から品質管理で良く用いられる簡易迅速法までをまとめた.また,近年問題となっている検査法のバリデーションに対するわれわれの取り組みも紹介する.

食品中の細菌,毒物の新しい検査法の開発

著者: 宮本敬久

ページ範囲:P.701 - P.706

 生乳中のエンテロトキシンは,免疫磁気ビーズにより回収・蛍光標識してフローサイトメーターで測定することにより高感度に検出可能であった.また,セレウリド合成酵素遺伝子の解析結果から本遺伝子検出用のプライマーを設計し,遺伝子保有株および毒素発現株を検出できた.食品中の6種の主要な食中毒細菌を一斉に培養できる培地も開発した.食品中の成分による妨害や,圧倒的に多い非病原性の細菌による妨害を排除する必要があるが,さらに病原遺伝子解析や装置の開発が進むとより迅速な検出が期待される.

話題

フグ毒とその類縁体の微量分析法

著者: 山下まり

ページ範囲:P.707 - P.711

1.はじめに

 フグ毒の本体はテトロドトキシン(tetrodotoxin;TTX)である.1983年に厚生省(現在の厚生労働省)環境衛生局長通知で,食用にできるフグの種類,部位,処理する方法が定められた.フグの取り扱い資格は各都道府県により異なるが,免許制度や講習制度を制定している自治体が多い.フグ中毒は,発生件数は多くないが死亡率は高く,2007年度では食中毒の全死亡者数の約半数である3名が死亡した.食中毒の原因となる自然毒としては,キノコと並んで最も危険な毒である.最近では2009年1月下旬に,山形県鶴岡市において飲食店で提供されたヒガンフグにより7名が発症し,2名が一時重体に陥る事件が発生した.また,同2月上旬に大分県由布市で違法に販売されたマフグの卵巣で2名が中毒した.

 フグ中毒は,20~30分で発症し嘔吐などの症状の他に,くちびるや舌,手の感覚麻痺が起こり,重症になれば四肢の麻痺,呼吸困難に陥る.解毒剤はなく胃洗浄や呼吸の確保(人工呼吸),血圧の維持など対処療法が主な治療法である.致死量は,体重50kgの男性で1~2mgと推定されている.TTXは,神経や骨格筋の細胞膜に存在し神経情報伝達を担う電位依存性Naチャネルに特異的に結合してNaの細胞内流入を阻害し1),上記の症状を引き起こす.本稿では,TTXとその類縁体の微量分析法の概略について述べる.

バクテリオファージによる大腸菌O157:H7の同定

著者: 丹治保典

ページ範囲:P.713 - P.716

1.はじめに

 1996年夏,大阪府堺市で大腸菌O157:H7(以降O157と略記)による集団食中毒が発生し,約8,000人の患者と3人の死者が報告された.当初は原因食材としてカイワレ大根が疑われ,大きな風評被害をもたらしたが,結局発生源を特定するまでには至らなかった.患者に対する適切な治療と発生源を特定するためには,迅速な病原体の同定が必須である.しかし,培養を必要とする公定法は菌体の同定に3日間以上を要する.そこで,細菌に感染するウイルス(バクテリオファージ,またはファージ)の機能をうまく利用し,O157を迅速に検出する方法を開発したので報告する.

カンピロバクター感染とギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群

著者: 西本幸弘 ,   結城伸𣳾

ページ範囲:P.717 - P.722

1.はじめに

 グラム陰性桿菌であるカンピロバクター属菌は,18菌種6亜種3生物型から構成されている.なかでもCampylobacter jejuniは,カンピロバクター腸炎の95~99%を占める.C. jejuni腸炎後に続発するギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome;GBS)は,その発症機序が解明され,細菌学のみならず神経内科学や免疫学の領域においても重要な存在となっている.本稿では,分子相同性仮説の立証に果たしたC. jejuni感染とGBSとの関係について述べたうえで,その臨床像を規定するC. jejuni遺伝子について解説する.

ボツリヌス神経毒素を用いた尿失禁,尿排出障害の治療

著者: 渡辺豊彦 ,   公文裕巳

ページ範囲:P.723 - P.726

1.はじめに

 頻尿,尿意切迫感,切迫性尿失禁を呈する過活動膀胱(overactive bladder;OAB)に対する治療には,抗コリン薬が広く用いられ比較的高い効果が得られている.しかしながら,口渇,便秘,羞明感といった副作用のため継続投与が困難となる場合や,抗コリン薬に対し抵抗性を示す症例も多く存在する.近年,難治性OABに対し,ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法が脚光を浴びているので,紹介したい.

電子線滅菌

著者: 田村直幸

ページ範囲:P.727 - P.730

1.はじめに

 放射線による殺菌は,放射線の電離作用によって微生物のDNA鎖を直接切断する直接作用か,周囲の水分子に発生した活性の高いOHラジカルによってDNAに損傷を与える間接作用によって起こるとされている.

 現在医療機器の滅菌に使用できる放射線としては,ガンマ線,電子線,制動X線があるが,実用的には60Co線源からのガンマ線と電子加速器からの電子線が利用されている.制動X線は電子加速器からの電子線を原子番号の大きい金属に照射して生成されるが,変換効率が低いことなどもあって国内では実用的には試験段階にある.

 ガンマ線,電子線による滅菌施設は試料のどこにでも放射線が確実に透過して殺菌するなど多くの利点があることから,建設費が高いのにもかかわらず現在まで多くの施設が国内各所に設置され,従来の酸化エチレンガス(EOG)滅菌,高圧蒸気滅菌に対して,滅菌バリデーションが容易という特長のある滅菌法としてその地位を占めるようになった.放射線滅菌の中でも,電子線滅菌は,5~10MeV高エネルギー大電流の加速器の出現などもあって滅菌法の地位を確立しつつある.

今月の表紙 帰ってきた真菌症・6

新興真菌症原因菌

著者: 矢口貴志 ,   西村和子

ページ範囲:P.654 - P.655

 真菌による日和見感染症は,白血病など悪性腫瘍,臓器移植,HIV感染などのため,免疫能が極端に低下した患者に感染する.原因菌の多くは,通常,腐生菌として土壌,植物,空気中など生活環境に生息し,一部の菌は宿主に常在している.カンジダ症,アスペルギルス症,クリプトコックス症,接合菌症が主要な疾患である.

 これらに加えて,近年,Pseudallescheria boydiiと関連無性型種,Paecilomyces属(4月号),Fusarium属,Schizophyllum commune(スエヒロタケ,12月号予定)などによる真菌症が報告され,新興真菌症と呼ばれている.これらの病原性はそれほど強くはないが,抗真菌剤に対する抵抗性がある菌種もある.今後,原因菌の同定,診断技術が高まるとともに,症例の報告数も増加すると考えられる1~4)

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 死亡時医学検査・6

外表検査でわかること

著者: 早川秀幸

ページ範囲:P.731 - P.736

はじめに

 死亡時医学検索は医学の基礎であるといわれる.系統立った,精度の高い死亡時医学検索を実施することにより,医療の質の向上や社会秩序の維持が期待される.診断技術の進歩に伴い,死亡時医学検索にも様々な手法が導入されるようになっているが,生きた患者に対する医療の基本が理学所見にあるのと同様,死亡時医学検索の基本をなすのは外表検査であるといえる.

 病院内で死亡が確認された症例では,死後の画像検査や血液検査などを併用して死因や法医学的異状の有無を判断している施設も増えているようであるが,病院外で死亡して警察の検視の対象となった症例では,いまだに外表検査のみで死因判断を求められることが多い.

 本稿では,外表検査における注意事項,注目すべきポイント,そして得られた所見から何がわかるのかなどについて概説する.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ iPS細胞・6

ヒトiPS細胞からの赤血球誘導

著者: 辻浩一郎

ページ範囲:P.737 - P.743

はじめに

 当初再生医療の最終兵器のように思われたヒト胚性幹細胞(embryonic stem cells:ES細胞)には,生命観,宗教観に根ざした倫理的な問題があり,その臨床応用が社会的に容認されるまでには,まだ少し時間が要すると予想される.また技術的にも,移植免疫の克服という課題があり,その解決のための核移植技術がクローン胚という新たな倫理的問題を生み出している.そうした状況の中で,ヒト体細胞である線維芽細胞からES細胞と類似する性質を有するヒトiPS細胞(induced pluripofent stem cells)の作製が報告された1)

 われわれは,これまでにヒトES細胞から赤血球への分化誘導について研究をしてきた2,3).もしヒトiPS細胞がES細胞と同等の性質を有する細胞であるならば,われわれが開発したヒトES細胞から赤血球への分化誘導法は,iPS細胞にも応用可能であると考えられ,現在その検討を行っている.本稿では,われわれが開発したヒトES細胞から赤血球への分化誘導法を紹介するとともに,ヒトiPS細胞由来赤血球の臨床応用の可能性にも言及する.

研究

マムシ咬傷症例の血液・生化学検査値に関する検討

著者: 工藤裕美 ,   柳澤智彦 ,   熊谷ぎんよ ,   春原はるか ,   林秀高 ,   塚越美恵子

ページ範囲:P.745 - P.749

 当院のマムシ咬傷症例33例を対象に重症度と日常ルチン血液検査値との関連について検討した.血液・生化学検査37項目のうち異常値を認めたのは28項目であり,すべて基準値であったのは9項目であった.また,重症度と異常値の割合,重症度別の検査数値についての検討より,重症度が上がるにつれて異常値の割合が増加した.特にCPK,ASTに顕著であり重症度を反映する有用な指標と考えられた.

Coffee Break

外国で体験した変った床屋さん

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.693 - P.694

 髪を苅る店を台湾の様に「理髪廰」と厳めしく呼ぶ例もあるが,私たちが通常使っているのは近くの顔見知りで,安くしかも身近の話題も出る「床屋さん」という庶民的な響きの店が普通である.現役時代の私は海外出張も多く,長期になる場合には旅先で髪を苅る必要も起こってくる.そこの国や大都市ならば一流の理髪店がHotelなどにあるが,私はむしろ地元の人たち同様庶民的な「床屋」を探して利用する様にしてきた.その結果種々の体験をしたが,その中から数か国での例を紹介してみよう.

 1.Bangkokの下街の床屋:1968年初めて東南アジアを歴訪し,Bangkokを訪れた折,Hotel近くの仲小路で小さい床屋を見付けて飛び込んだ.先客もなく雑然とした店は案外広く,私は“Please, cut hair!”と言って1台の椅子に座った.しかし店にいた主人と家族はびっくりしたらしく,店の奥のほうに隠れてしまった.私も仕方なく椅子に座り,正面の鏡を見ながら待っていたが,時々奥の入口のカーテンの蔭から彼らは何か珍しそうに,あるいは変な外国人と訝りながら覗いていた.やがて主人が恐る恐る現われ,私と手真似で話しながら髪を切ってくれた.タイの下街でも私は見なれない外国人であったらしい.

随筆・紀行

血潮の流れ

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.712 - P.712

 年頭の5日間を皇居が間近に見える帝都のホテルで過ごした.白く聳えるお城と対称的に静かなお堀が心落ちつく風景であった.ただ隣接した森に囲まれた日比谷公園は,不況の波で職や家を失う破目になった人々が仮の食と住を提供されて集まってきており,平和の中に波瀾含みの新年の雰囲気を醸していた.

 戦後60年以上が流れたが,戦争を経験したわれわれ世代にとって忘れられないここの風景は,敗戦後暫くこの広場に続々と集まり,皇居に向って平伏していた多くの日本人の姿である.廃墟と化した帝都と共に目に灼きつけられて残っている.

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あとがき

著者: 伊藤喜久

ページ範囲:P.752 - P.752

 本特集が出まわる梅雨から夏にかけて,本格的な食中毒のシーズンを迎えます.2008年度の農林水産省の統計によると年間1,300件,33,000人で,因果関係が不明で軽い腹痛,下痢程度で届けがなされないものを含めると,実際の発症数はかなりのものに上るものと思われます.一人当たりの頻度はやはり夏季の高温多湿な宮崎,兵庫など西日本に集中しますが,暖房が完備された冬の時期にも毎月1,000人以上の食中毒患者が出ていると言われています.

 これまでは細菌感染がほとんどでしたが,最近ではウイルス6割,細菌4割と様変わりし,とりわけ医療施設,老人介護施設などでのノロウイルスが席巻し続けています.以前から考えられたような貝類の生食による本来の食中毒としての感染に加え,キャリアー状態から施設内感染としてアウトブレイクするものが少なくありません.コレラ感染もしかり.食品中で増殖した病原微生物が直接原因にかかわる古典的なものから,ヒトが介在する集団感染症として変貌したことも見逃せません.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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