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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査54巻13号

2010年12月発行

雑誌目次

今月の主題 遺伝子検査の最近の展開-ヒトゲノム多様性と医療応用 巻頭言

ゲノム医療時代の幕開けを迎えて

著者: 宮地勇人

ページ範囲:P.1599 - P.1599

 分子生物学的解析(遺伝子分析)技術の進歩は,疾患の診断に必要な病因遺伝子を検出する遺伝子検査を可能とした.今日,遺伝子検査は,感染症あるいは白血病など悪性腫瘍“体細胞遺伝子検査”を中心に,迅速な確定診断,治療適応決定,治療モニタリングなど患者管理に広く利用されている.単一遺伝子疾患では,確定診断に加え,発症前診断や保因者スクリーニングなどに用いられる.さらに,ゲノムシークエンス情報の生物学的研究が進み,疾患罹患性や薬物反応性の個体差に影響する遺伝要因としてのゲノム多様性と環境要因とが複雑に関与する生活習慣病や薬物反応性など体質に関する分子病態が解明されてきた.これら研究の成果は,様々な診療領域において,疾患の診断,治療や予防に遺伝子検査として応用が図られている.その結果,ゲノム多様性に基づく“ゲノム医療/個別化医療”の時代の幕開けを迎えている.特に,癌の領域では,分子病態の解明に基づく分子標的療法の実用化に伴い,治療薬の選択,反応性予測さらに副作用回避に用いる検査診断薬の開発,実用化は目覚ましい(ファーマコゲノミクス検査).これら新たな展開において,遺伝子検査は,その適正な利用と普及において,情報・エビデンスの集積,検査の標準化,利用者の教育,医療従事者の教育・訓練,資質評価のための枠組み作りが望まれる.

 遺伝子検査は,一般診療において不可欠となりつつある今日,特に医療従事者の教育が重要で,検査関係者や利用者において,正しい理解のもと適正に利用する必要がある.しかしながら,遺伝子検査の進歩が速く,研究から臨床応用への展開が速いこと,多様な測定法と検査項目があること,検査の複雑性などの理由から,医療従事者における知識・理解は十分ではない.そこで本企画では,『遺伝子検査の最近の展開―ヒトゲノム多様性と医療応用』を企画テーマとして,遺伝子検査の現状を総括し,ゲノム医療に向けての新たな展開について各領域の専門家に解説いただくこととした.

総論

ヒトゲノム多様性研究の基礎と臨床応用

著者: 鎌谷直之

ページ範囲:P.1600 - P.1606

 2002年に理化学研究所ゲノム医科学研究センターで世界最初に発表されたゲノムワイド関連解析は世界に普及し,多因子疾患や薬物反応性に関連する遺伝子を探索する方法として世界の標準的方法になった.一般に効果サイズの大きな遺伝子は頻度が低く,効果サイズの小さな遺伝子は頻度が高い傾向があるが,ゲノム薬理学に関係する遺伝子は例外であり,薬物反応性の予測に有用である.ありふれた疾患に関連する遺伝子は効果サイズが小さいものの,そう薬のターゲットの候補として有用と考えられる.臨床検査に関連するゲノム多様性は個別化臨床検査を実現するために有用と考えられる.

ファーマコゲノミクス検査によるオーダーメイド医療の動向

著者: 中谷中 ,   登勉

ページ範囲:P.1607 - P.1613

 遺伝情報が蓄積されるにしたがい,その活用が重要な課題となっている.遺伝子解析技術の進歩により研究室の中でしかできなかった遺伝子解析が病院検査室で可能となってきた.ファーマコゲノミクスもエビデンスの蓄積が進み,臨床現場で活用できるようになり,一部保険適用となってきている.ファーマコゲノミクス検査の考え方や実際の検査法をご紹介し,さらにファーマコゲノミクス検査の問題点などについて言及したい.

遺伝子診療の展開―稀少疾患の遺伝子検査の現状と課題

著者: 小杉眞司

ページ範囲:P.1615 - P.1621

 稀少遺伝性疾患の分子遺伝学的検査を日本において実施することには多くの困難がある.それは次のような理由による.保険適用や先進医療となっている遺伝学的検査が極めて少ない.他の検査について臨床検査会社あるいは大学などの研究施設が引き受けてくれることも容易でない.研究的意義が薄れた解析を継続して実施していくには困難がある.経費の支払いにも難しい場合が多い.また,臨床検査として実施するには精度管理が不可欠であるが,一般の検体検査で実施される手順は,稀少性のために極めて困難である.

遺伝子関連検査の標準化と人材育成

著者: 舩渡忠男 ,   竹田真由

ページ範囲:P.1623 - P.1629

 遺伝子関連検査は,感染症,血液疾患,悪性腫瘍などの診断において有用な検査法とし活用されている.また,技術的には定量化が進み,微量検出ならびに自動化も可能となってきている.しかし,測定方法は十分統一されているわけでなく,標準化に向けた取り組みの総括とそれを担う人材育成の推進が急務である.

各論

造血器腫瘍の遺伝子検査

著者: 小松則夫

ページ範囲:P.1631 - P.1640

 JAK2 V617F(V617F)は古典的骨髄増殖性腫瘍(cMPN)である真性多血症,本態性血小板血症,原発性骨髄線維症に共通してみられる遺伝子変異で,これらの病態に深く関与している.2008年に発表されたWHO分類の診断基準の大項目に採用され,V617Fの検出はcMPNの診断に必須である.V617Fアレルバーデン定量法にはいくつかの方法があるが,ABC-PCR法は簡便性とコストにおいて他を凌駕する新規手法である.cMPNの遺伝子発現プロファイルではV617F依存性だけでなく非依存性の遺伝子発現もみられ,cMPNの発症にはV617F以外の関与も考えられる.

乳癌の遺伝子検査

著者: 垂野香苗 ,   津田均

ページ範囲:P.1641 - P.1648

 乳癌組織を対象とする遺伝子検査には,HER2検査,Oncotype Dx,MammaPrintなどがあり,また,乳癌のリンパ節転移を検出する遺伝子検査として,OSNA法がある.HER2検査は,免疫組織化学法とFISH法よりなり,分子標的抗癌薬trastuzumabの治療対象の決定に用いられる.OSNA法は,術中迅速センチネルリンパ節転移診断を目的に行われる.HER2検査とOSNA法は,本邦では保険収載されている.Oncotype Dx,MammaPrintは,ホルモン受容体陽性乳癌における術後補助化学療法の適応決定を目的に行われる遺伝子レベルの検査である.海外の臨床試験では,それらの遺伝子検査の有効性を示すデータがあり,本邦では保険未収載であるが,将来の導入が期待される.

肺癌の遺伝子検査

著者: 福原達朗 ,   井上彰 ,   貫和敏博

ページ範囲:P.1649 - P.1654

 肺癌は依然として日本における最も死亡者数の多い悪性腫瘍である.上皮増殖因子受容体(EGFR)の遺伝子変異陽性の肺癌に対して,EGFR阻害剤であるゲフィチニブ,エルロチニブの治療効果が明らかとなりつつある.特に最近日本より第3相臨床試験の結果が相次いで報告され,新たなエビデンスが築かれた.新規融合遺伝子EML4-ALKは肺癌で発見され,ALK阻害剤は新たな分子標的治療の手段となる可能性がある.このように肺癌に対しての個別化治療への研究と臨床応用が少しずつ進められている.

消化器癌の遺伝子検査

著者: 日野田裕治

ページ範囲:P.1655 - P.1659

 消化器癌の遺伝子検査として,UGT1A1遺伝子多型,KRAS遺伝子変異,C-KIT遺伝子変異の3つが臨床応用されている.UGT1A1遺伝子多型検査は2つの主要な多型を検出し,イリノテカンによる重篤な副作用予防を目的とする.現状では変異アリルを有する患者におけるイリノテカンの適切な用量が不明であり,臨床試験によるエビデンスの蓄積が必要である.KRASおよびC-KIT遺伝子変異検査は癌の体細胞変異を検出する.分子標的治療薬の臨床効果を予測できるため,今後検査数の増加が予想される.

出血凝固系疾患の遺伝子検査

著者: 柴田優

ページ範囲:P.1661 - P.1667

 先天性凝固因子欠乏症のなかでは血友病A,Bおよびフォンヴィレブランド病(VWD)の頻度が高い.血友病A,Bとも様々な変異がデータベースに報告されている.血友病においては患者の遺伝子異常をもとに信頼性の高い保因者診断が可能である.type 2N VWDでは遺伝子解析が臨床診断において非常に有用である.先天性凝固阻止因子欠乏症の中でPS,PC,AT欠乏症は血栓症発症との因果関係が明らかであり,遺伝子異常の検索が診断に有用な場合がある.近年,ワルファリン投与量の個人差はVKORC1およびCYP2C9遺伝子のポリモルフィズムと関係することが明らかになった.

神経疾患の遺伝子検査

著者: 高橋祐二 ,   後藤順 ,   辻省次

ページ範囲:P.1669 - P.1675

 神経疾患の臨床において遺伝子検査は重要な位置を占めており,2010年現在13疾患の遺伝子検査が保険収載されている.遺伝子検査においては,疾患の分子疫学を考慮に入れながら,変異の種類に応じた適切な解析方法を選択する必要がある.変異の同定は,確定診断に有用であるのみならず,遺伝子型表現型連関や分子病態の解明に寄与する.遺伝子検査における現在の課題は増大するニーズに応えるための診断システムの維持である.

糖尿病の遺伝子検査

著者: 大沼裕 ,   大澤春彦

ページ範囲:P.1677 - P.1681

 糖尿病は,遺伝因子,環境因子が関連する代表的な多因子疾患である.これまでに,糖尿病の素因として単一の遺伝子変異や糖尿病感受性多型が明らかにされてきたが,近年,ゲノムワイド関連解析(GWAS)により20種類を超える2型糖尿病感受性SNPが同定された.糖尿病のリスクの判別,糖尿病発症予測,糖尿病に対する予防への応用が期待されるが,これらのSNPの2型糖尿病リスクへの効果は弱い(オッズ比:1.1~1.5)こと,発症予測については,従来の肥満歴や家族歴などの情報のほうが有用性は高いことも明らかにされた.rare variantやCNVに着目した新たな原因遺伝子多型の同定が試みられている.

話題

アトピー性皮膚炎の遺伝子検査

著者: 梅本紘子 ,   秋山真志 ,   清水宏

ページ範囲:P.1683 - P.1688

1 . はじめに

 われわれの体表面を覆っている皮膚の最も重要な働きの1つが,バリア機能である.哺乳類の先祖は,海中で生活していたが,陸上で生活するようになり,乾燥した外界に対する皮膚のバリア機能を獲得してきた.それが,“角化”というメカニズムである.皮膚の角化によって,体表面からの水分蒸散量はコントロールされ,かつ,外界からのアレルゲンなどの異物の侵入が防がれている.

 近年,この角化によるバリア機能に重要な蛋白,フィラグリンの遺伝子変異がアトピー性皮膚炎の発症因子の1つであることが明らかになった1).本稿では,フィラグリンの遺伝子変異とアトピー性皮膚炎の関連について,その発症メカニズムに着目して述べたい.

Epigeneticsの基礎と臨床応用

著者: 前川真人

ページ範囲:P.1689 - P.1692

1 . エピジェネティクスとは

 エピジェネティクス(epigenetics)とは,DNAの塩基配列に依存しないで遺伝子発現制御に関与する後成的な修飾と定義づけられる.Epiという接頭語は元来upon,on,over,afterという意味を有しているため,epi-genesis:後から創造,epi-genetics:後成的な遺伝学という意味で名付けられた.

 個体発生や細胞の分化において,その後成的な修飾として,遺伝子配列以外にヒストン修飾によるクロマチンの変化とそれによる遺伝子発現制御も重要であり,DNA塩基配列以外のDNAのメチル化とヒストン修飾で維持・伝達される遺伝情報をエピゲノムと呼ぶ.このように,1個の受精卵から発生する1個体当たり40兆個のすべての細胞が,ほぼ同じ設計図であるDNA配列を持っているにもかかわらず200種類ほどの細胞に分化していくのは,発生の種々の段階でタイミング良く遺伝子発現のオン・オフが調整されているからで,それをエピゲノム,エピジェネティクスが担当している.蝶が卵からあおむし,さなぎを経由して成虫に変わる完全変態をするのも,オタマジャクシが外観で似ているナマズの孫ではなくカエルになるのも,時期それぞれで必要な遺伝子発現のオン・オフが調節されて初めて可能であり,エピジェネティックな機構の関与が大きい.また,この修飾は環境要因によっても変動し,様々な生命現象にも関与する.

 このエピジェネティックな機構には,DNAメチル化にかかわる酵素,メチル化DNA結合蛋白質,ヒストン蛋白質の修飾酵素など蛋白質成分だけでなく,non-coding RNAなどRNAも含めた種々の分子が関与し,DNAのメチル化,ヒストンのメチル化・アセチル化・リン酸化・ユビキチン化などを引き起こす.エピジェネティックな機構が破綻すると,発生・分化異常,インプリンティング異常,老化,癌,生活習慣病,免疫疾患,精神神経疾患など多様な疾病の原因となる1,2)

遺伝子情報サービス産業―体質検査の現状と課題

著者: 高田史男

ページ範囲:P.1693 - P.1698

1 . はじめに

 21世紀に入り,われわれ人類はヒト1人分の全ゲノム塩基配列を決定する“ヒトゲノム計画”を2003年に達成し,続いて個々人の差,すなわち多型を調べる“国際ハップマップ計画”へと進んだ.そしてそれからさほどの時間も経ずに,世界中から様々な人種1,000人規模の検体を収集し,それらの全ゲノム配列決定を行い,人種差も含めたより精細な多型,多様性を明らかにしようという,通称“1,000ゲノムプロジェクト”の流れへと進んでいる.

 このように人類は,近年のバイオテクノロジーとITの急速な発展を背景に,自らの種の個体差を見極めようと,より精細にそして,より大規模なプロジェクトへと歩を進めつつある.ただしこの1,000ゲノムプロジェクトについては,アジアからは中国が手を挙げ新規参加することになり,それまで中心的役割を担い大きく貢献してきた本邦は,驚くべきことに参加を見送った.ヒトの全ゲノム塩基配列を解読するヒトゲノム計画が終わった時点でゲノム研究は完了したという,一部の人々の誤った解釈により,日本は1,000ゲノムプロジェクトへの参画を見送ったのである.政府のこのポスト・ゲノム時代の重要な柱の一つとなるプロジェクトへの不参画という誤った判断は,それまで国際協同プロジェクトで非常に大きな役割を果たし,みずから科学技術創造立国を目指し,かつ標榜してきているわが国としては由々しき事態どころか当該分野で取り返しのつかない致命的な後れを取ることになった.一方で,今後,人類遺伝学,遺伝医学は日常診療を越え,国民生活の様々な分野に急速に浸透してくることが予測されている.まさにこれから収穫期に入ろうという,これまでの成果の「実用」化を目指す時代を迎えようというなかで,日本が明らかにしてきた膨大な知見,日本の開発したテクノロジーや機器,日本の押さえた特許,知財,こういったものが今後極めて少なくなり,欧米や中国に席巻されることになるのは不可避となりつつある.そのような情勢のなか,先端生命科学分野と一般市民生活との距離感は情報量・知識量としてはこれまで以上に乖離していく一方で,そのテクノロジーと現実の市民生活とはますます近くなり切り離すことができなくなっていく.

 21世紀に入って以降の急速な技術革新により,人類は超大量のDNAシークエンス解析をごく短時間で行うことを可能にしてきており,たった1台でconventionalなDNA sequencer数百台分以上の処理能力を有する次世代sequencerが開発され,既に実用されている.さらには,喫緊の内にヒト1人分の全ゲノムDNA配列決定をわずか数分で行う解析装置も実用化されるという.また,コストについてもヒトゲノム計画の際に組まれた予算が米国だけで15年間分で約30億ドル組まれ,日本が投入した費用は約1,260億円といわれているが,この日米2か国だけでも4,000億円以上を費やしたシークエンス解析コストを,わずか10万円程度にまで下げると表明する企業も出てきている.1,000ドルゲノム時代の到来である.たった数年でヒトゲノム解読を,時間で1,700万分の1に短縮し,費用面で少なくとも400万分の1未満へのコストカットを実現するという次世代・次々世代sequencerの開発は,多因子遺伝や体質といったこれまで不可能であった領域の解明を可能にしつつある.

 このようにバイオインフォマティクス技術の急速な進歩が人類遺伝学,遺伝医学のドラスティックな進歩・発展を下支えしているが,実用面,つまり既述した一般市民生活,人々の健康増進や医療などに役立てようとするには,単にこういったgenotype(遺伝子型)の解析面での発展を押し進めるだけでは不十分で,車の両輪の関係に当たるphenotype(表現型)との関連を丹念に明らかにするという比較検討が必要条件となる.多因子遺伝がかかわるphenotype,すなわち癌や生活習慣病などのcommon diseaseや精神疾患,膠原病などの疾病易罹患性,またアレルギー体質,肥満体質といった体質や素因,これらphenotypeとgenotypeの関係を明らかにするとなると,実際にはメガコホートとでも呼び得る大規模前向き調査とGenome-Wide Association Study(GWAS)を組み合わせた大規模研究が不可欠である.つまり膨大な人数の協力を得て,彼らのゲノム情報の解析とともに病歴・生活歴,環境曝露などの追跡調査を行っていく必要があるということである.多因子遺伝形質のgenotype-phenotype correlationを,高い科学的信頼性をもって明らかにしようとするには,それだけのことが求められるのである.

 このように,ゲノムの個体差にまつわる情報を人類一人ひとりの健康増進や医療などの実用面で高い信頼度をもって役立てるまでに持っていくには,まだいくつもの高いハードルを越える必要がある.これは換言すれば多因子遺伝形質の範疇に入る個人の特性,すなわち上記の疾病易罹患性や体質といったものについては,現時点においては臨床実践の場で予測したり示唆するにはいまだ科学的根拠に乏しいと言わざるを得ないことにほかならない.

 大学病院の遺伝診療部など臨床遺伝の現場でも,遺伝カウンセリングを実施する際にも,多因子遺伝性疾患のそれについては,いまだ茫漠とした説明しかできないのが現実である.多因子遺伝性疾患や体質に関する精度の高いオーダーメイド医療または予測医療の実現には,少なくとも臨床の現場では今しばらくの時間が必要といえる.

 こういった人類遺伝医学を包含するアカデミア,または遺伝医療領域の現状を踏まえ,以下の本題へ入っていく.

今月の表紙 代表的疾患のマクロ・ミクロ像 悪性腫瘍・12

悪性リンパ腫のマクロ・ミクロ像

著者: 海野みちる ,   小松京子 ,   坂本穆彦

ページ範囲:P.1594 - P.1597

 悪性リンパ腫の病理組織分類は,リンパ球をT細胞とB細胞に分けることを基本としたREAL分類が世界で広く用いられている.ホジキン病も悪性リンパ腫の一型に扱われる.

 悪性リンパ腫の治療後の5年生存率が50%以上の腫瘍を低悪性度,50%以下を高悪性度に分ける臨床経過が加味された分類もある(表1,2)1)

随筆・紀行

幕ひき

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.1676 - P.1676

 本誌(臨床検査)に毎月1頁エッセイを載せていただくようになってから,あっという間に20年近くが過ぎ去った.最初の頃の読者は今や斯学のベテランとして活躍されているに違いない.私自身知らぬ間に馬齢を重ね,昔は夢のようだった米寿に手が届きそうである.

 本人は楽しみながらの執筆であったが読者は清新なエッセイを希望されているに違いない.名残りは尽きないがこの辺で幕ひきをさせていただくことを決心した.ちょうど直接の関係はないのであるが,永年会員として身をおいてきた日本エッセイストクラブから,今年(2010年)より特別会員として処遇するという報せもあり,これにも後押しされた.本人としては一生の仕事になった臨床検査という分野を,永年エッセイという形で表現させていただいた読者の皆さんに心から御礼を申し上げたい.

シリーズ-ベセスダシステム・11

ベセスダシステム判定の実際―ASC-H

著者: 小松京子 ,   坂本穆彦

ページ範囲:P.1699 - P.1704

ASC-Hとは

 HSILを除外できない異型扁平上皮細胞(atypical squamous cells,cannot exclude HSIL)とされている.実際は,HSILを疑うが数が少ないものや,HSILの基準を満たさないが,HSILである可能性を否定できない場合に用いられる.

 ベセスダシステム2001アトラスでは,細胞の出現形態より

シリーズ-検査値異常と薬剤・10

―投与薬剤の検査値への影響―中枢神経系作用薬・Ⅳ

著者: 片山善章 ,   澁谷雪子 ,   米田孝司

ページ範囲:P.1705 - P.1712

中枢性筋弛緩薬

 1 . メトカルバモール

 白色結晶性粉末でわずかに特異な臭いと苦味を有する.メタノールに易溶であるが水には溶けない.骨格筋弛緩作用と弱い鎮静作用をもつ中枢神経抑制薬である.構造式は図1に示した.プロパンジオールの誘導体(図2)の鎮咳去淡薬であるグアイフェネシン(図3)のカルバミン酸(カルバメート,図4)であり,体内では反応式(図5)に示したように加水分解されてグアイフェネシンとカルバミン酸になる.カルバミン酸自体は通常の状況下では不安定であり,アンモニアと二酸化炭素に分解してしまう.

 臨床検査への影響と副作用は表1に示した.反応式に示したようにグアイフェネシンの臨床検査への影響も同じである.

研究

ニプロフリースタイル新旧2機種の比較検討―測定時間短縮による結果への影響

著者: 吉野正代 ,   三浦文子 ,   富岡光枝 ,   長谷川美彩 ,   田中康富 ,   嶺井里美 ,   尾形真規子 ,   佐藤麻子 ,   岩本安彦

ページ範囲:P.1713 - P.1718

 簡易血糖測定器は,血液量の微量化,測定時間の短縮化など様々な改良が計られている.ニプロフリースタイルもフラッシュに次いでフリーダムが出された.測定原理は同じで,測定時間の短縮化と結果表示拡大の改良がされている.両機種とも同一センサー・同一使用方法で機種交換は容易である.環境因子や検体因子などによる測定値への影響を比較検討したが,2機種間には差がなく,測定結果は安定していた.

新データマイニング手法を用いた健常成人の性差・加齢変化の解明

著者: 爲近美栄 ,   市原清志 ,   岩谷良則 ,   片岡浩巳 ,   通山薫

ページ範囲:P.1719 - P.1728

 主として電解質検査値の加齢変化を分析する目的で,自己組織化マップ(SOM)法を併用して効率化した新潜在基準値抽出法を用い,大規模日常検査データから,生化学・電解質・末梢血液検査29項目の性差・加齢変化の解析を行った.その結果,患者データからでも既知の検査値の加齢変化プロフィールを的確に得ることができた.ナトリウム,無機リンは女性で加齢増加を,カルシウムは男性で加齢低下を認めた.電解質以外では,アルブミン,赤血球数,ヘモグロビン,血小板数は男女ともに加齢低下を,グロブリン,LDH,クレアチニンは男女ともに,ALP,コリンエステラーゼは女性で加齢増加を認めた.

Coffee Break

3年間にわたって私が書いた“Coffee Break”を振り返って―お礼と反省

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.1630 - P.1630

 3年以上前になるが,私は「臨床検査」編集室から“Coffee Break”欄を引き受けてくれないかとの声をかけられた.文人の誉高い屋形新潟大学名誉教授の後任と知り,私は初め責任が重過ぎるとの懸念を抱いたが,最終的に「自分のできる範囲内で担当させてもらうこと」となった.

 その結果,実際原稿を書く際には,①常時期日に遅れないよう早目にテーマを決め,原稿を作り直ちに編集部へ送るよう努力した.②回を重ねるとその内容は矢張り自分の経験や想い出を紹介する様な場合が多くなったと思われる.③また執筆中正確を期すため古い資料を調べることが多くなり,そのせいか材料となり得る話題が次々と出てきて,一時期「もう半年位担当してもよいかな」と思ったこともあった.しかし校正の時期や私自身の年齢からみて無理と考えた.④執筆した私自身は「果して読者はどんな評価を……」と日頃懸念を抱いていたが,たまたま出逢ったかつて親交のあった検査技師に「毎月楽しみにして読んでいる」と好い評価を耳にして,一安心したことは事実であった.

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あとがき

著者: 片山善章

ページ範囲:P.1730 - P.1730

 疾病の発症に関与する要因に生活習慣要因,環境的要因,そして遺伝的要因がある.生活習慣病は遺伝的に糖尿病,高脂血症,高血圧症,肥満になる要因をもっていても全く健康であるが,それに食事,運動,喫煙,飲酒などの要因が加わって病気が発症する.遺伝的要因を有する患者に対しては生活習慣改善,環境要因への曝露を極力避けることによって有効な予防対策がとれる.遺伝的要因とは遺伝病ほどではないですが,ほかの人に比べれば病気になりやすいと言える遺伝的素因と言われてきたことである.例えば,その遺伝的素因は喫煙などの特定の生活習慣をしている人に対して影響力が強いということもわかってきた.このような遺伝的素因の多くは遺伝子多型によるものであると考えられている.すなわち,ある集団でDNA配列の変異が1%以上生じており,しかもその集団の多数のヒトと異なる場合をいい,生物機能に何ら影響を与えず遺伝マーカーになるだけのものから,疾患の原因や易罹病性に関係のあるものまで様々である.

 遺伝的素因と喫煙,飲酒ことについて話題を少し述べる.タバコを吸うと誰でも癌になりやすくなるが,特定の遺伝子多型の型をもった人では,特になりやすいということがわかってきた.どうしてタバコを吸うようになるのか.どうしてタバコを止めることができないのか.本人の意志が大きな決定要素ではあるが,特定の遺伝子型をもった人に喫煙者が多いということがわかってきた.また,アルコールを飲むと少量で胸がドキドキし気分が悪くなる人がいる.このような人のアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の遺伝子はグアニンがアデニンに置き換わり,ALDH2の487番目のグルタミン酸がリジンに置き換わっているからであると言われている.日本人では20人に1人ぐらいがリジンのホモの遺伝子型をもっていて,お酒が飲めないことがわかっている.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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