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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査54巻9号

2010年09月発行

雑誌目次

今月の主題 糖尿病の病態解析 巻頭言

糖尿病治療の新時代と糖尿病の病態解析

著者: 戸塚実

ページ範囲:P.968 - P.969

 糖尿病は一般に最もよく知られた疾患の1つであろう.厚生労働省の「2007年国民健康・栄養調査」によると,本邦では“糖尿病が強く疑われる人”が約890万人,“糖尿病の可能性が否定できない人”が約1,320万人いると推計されている.全人口の6人に1人は,糖尿病と何らかのかかわりがあるという驚くべき調査結果である.まさに国民病とも言うべき糖尿病への対策は,医療面に限らず,本邦の重要課題の1つであると言っても過言ではない.

 糖尿病の診断そのものに関与する臨床検査は空腹時血糖検査,グルコース負荷試験(OGTT),あるいはHbA1c測定など広く世間に認識されている.それらの検査はいずれも確立された方法によって,どこの検査施設でも比較的容易に実施可能である.すなわち,糖尿病の診断そのものは比較的容易といえる.しかし,糖尿病の病態を正確に把握するための臨床検査は必ずしも十分であるとは言えない.近年,多くの研究者の努力によって糖尿病発症の分子機構をはじめとする膨大な新知見が明らかにされ,糖尿病の本質が解明されつつある.それに伴って治療も飛躍的に進歩していることに驚かされる.従来,糖尿病は治らない病気と理解され,不幸にして糖尿病と診断された人は,いかにうまく糖尿病と付き合っていくかが主要テーマに据えられていた.しかし将来,糖尿病が治る病気になることも夢ではないように思われる.

総論

糖尿病の成因

著者: 田港朝彦

ページ範囲:P.970 - P.975

 糖尿病は,成因と,糖代謝異常を表す病態・病期とから分類される.糖尿病の1型と2型とでは成因が明らかに異なるが,ともに遺伝因子と,後天的・環境因子とが複雑に組み合わさって発症する.1型糖尿病は,正常耐糖能から種々の段階の膵β細胞破壊が持続的に進展し,最終的には絶対的インスリン欠乏に陥る.細胞破壊の原因としては,自己免疫性と特発性が挙げられる.前者は,class Ⅱ HLAが1型糖尿病の疾患感受性と強く関連する.1型糖尿病発症に関与する環境因子として,ウイルス感染(コクサッキーB4,流行性耳下腺炎[ムンブス],EBウイルスなど)が疑われている.2型糖尿病の成因として「インスリン分泌不全」と「インスリン抵抗性」,があり,前者は特に遺伝的に規定され,その数パーセントが,MODY(maturity-onset diabetes of the young),ミトコンドリアDNA異常,インスリン受容体異常症,など単一遺伝子の異常である.また,2型糖尿病は,多くは,複数(多因子)遺伝病異常が重なって発病する.この場合の個々の遺伝子異常は,ヒトゲノムの個人による違い特に1塩基多型(SNP)から,アミノ酸の変異,蛋白の機能の変化,膵ラ氏島の再生不良が生じる.それに過食,運動不足や肥満などの生活習慣が加わって2型糖尿病が発症する.人類が長く,生存競争に有利にしていた仕組み(「倹約遺伝子」)が,飽食の時代ではカロリーを余剰に蓄積し,肥満,インスリン抵抗性をひき起こし糖尿病などの遺伝的背景となる(「Thrifty Genotype(倹約遺伝子)仮説」).

糖尿病の病態・診断・治療

著者: 宇野立人 ,   金谷由紀子 ,   小橋親晃 ,   浦風雅春 ,   戸邉一之

ページ範囲:P.976 - P.985

 糖尿病は,インスリンの作用不足(供給不全and/or感受性低下)から慢性の高血糖状態を主徴とする代謝疾患群である.糖尿病の新診断基準(2010年7月)では,血糖値(①空腹時血糖値126mg/dL以上②75g糖負荷試験で2時間値200mg/dL以上③随時血糖値200mg/dL以上のうちいずれか)にHbA1c値〔JDS値で6.1%(国際標準値で6.5%)以上〕が加えられた.糖尿病は自覚症状に乏しいものの,高血糖がコントロールされない状態が放置されると様々な合併症をきたす致命的な疾患である.日常の外来では個々の患者の食生活の癖や生活習慣をよく把握し,糖尿病のどのstageにあるかを評価して,糖尿病の悪化要因,合併症に対して最適な介入手段を選んで診療を行っていくことが大事である.

糖尿病関連遺伝子

著者: 岩﨑直子

ページ範囲:P.987 - P.997

 糖尿病領域における遺伝素因の解明は,最近20年間で飛躍的な発展を遂げた.MODY遺伝子の解明,ミトコンドリア異常症による糖尿病とその表現型の解明,全ゲノムスキャンによる1型糖尿病ならびに2型糖尿病における多数の感受性座位の同定などである.このような原因遺伝子/感受性多型の発見は,糖尿病の病態解明や遺伝子診断において画期的な進歩をもたらした.本稿では,糖尿病に関連した遺伝子研究成果の現状をまとめるとともに,遺伝子検査を臨床場面に取り入れるに当たって配慮すべき懸案事項についてご紹介する.

糖尿病の疫学

著者: 紀田康雄

ページ範囲:P.998 - P.1006

 Okamoto Diabetes Studyは1991年から1,122例の2型糖尿病患者を対象に生命予後や死因に及ぼすマクロアンギオパチーとミクロアンギオパチーの意義を明らかにするために行われてきた.Cox比例ハザードモデルを用いると両合併症のスコアが年齢や性別,糖尿病歴と独立した心血管死の予後決定因子であることが示された.全身の合併症初期評価は患者の予後を占ううえで重要である.糖尿病歴と高血圧はマクロとミクロ共通の危険因子であるが,加えて加齢や脂質異常,喫煙はマクロの独立した危険因子でありミクロには高血糖がより重要であった.糖尿病教育と,これら危険因子の制御は晩期合併症予防のためにも可能な限り早く始めるべきで,その結果が心血管死の予防につながる.

各論

脂質代謝異常

著者: 竹光秀司 ,   岡島史宜 ,   及川眞一

ページ範囲:P.1007 - P.1012

 糖尿病と脂質異常症はともに心血管疾患の危険因子であり,両者の合併はさらに心血管疾患のリスクを増大させるため,その管理は非常に重要である.糖尿病患者における脂質異常症は臨床的に高コレステロール血症,高TG血症,低HDL-C血症としてとらえられる.脂質異常症の検査では,検診などの一般的な測定項目である総コレステロール,HDL-C,中性脂肪のほかに,リポ蛋白分析やアポ蛋白の測定などがある.これらの検査を組み合わせることで,病態を把握し,適切な治療を行うことが必要である.

大血管障害

著者: 泉山肇

ページ範囲:P.1013 - P.1016

 糖尿病および糖尿病予備軍患者は増加の一途をたどり,2007年の国民栄養調査では2,200万人を超える勢いである.糖尿病患者の生命予後にとって大血管障害をいかに抑制するかが重要となる.様々な大規模介入試験により大血管障害を抑制するためには重症低血糖の危険性のある厳格な血糖管理よりも,糖尿病あるいはその前段階であるIGTに対し可能な限り早期に介入し治療開始することが重要である.さらに血糖のみならず血圧,脂質,肥満,喫煙といった多くの危険因子を総合的かつ厳格に管理することが大切である.

細小血管障害―特に腎症について

著者: 馬場園哲也

ページ範囲:P.1017 - P.1022

 糖尿病性腎症の診断には,尿中アルブミン排泄量の測定が必須である.24時間蓄尿ではなく,随時尿を用いたアルブミン・クレアチニン比(ACR)で評価されることが多いが,用いる尿検体は,日差変動がより少ない早朝尿を用いることが勧められる.一方近年内外のガイドラインで提唱されている慢性腎臓病(CKD)は,推算糸球体濾過量(eGFR)によってステージが分けられているが,日本人糖尿病患者におけるeGFRの評価は今後の課題である.

末梢神経障害

著者: 佐々木秀行

ページ範囲:P.1023 - P.1029

 糖尿病神経障害は“糖尿病患者にみられ,ほかの原因を除外できる自覚的あるいは他覚的な末梢神経障害”と定義され,様々な病型がある.糖尿病特有の神経障害は,全身性対称性の多発神経障害(DPN)で主に感覚,自律神経障害の症状を呈する.DPNをベッドサイドで診断するには簡易診断基準を用いるが,神経伝導検査や客観的・定量的感覚・自律神経検査は早期診断,経過観察,治療効果の判定に有用である.明らかな自覚症状出現後のDPNは治療に難渋することが多く,早期に診断し厳格な血糖コントロールの達成,適切な薬剤使用などの対応が重要である.

血小板機能亢進

著者: 高野勝弘 ,   尾崎由基男

ページ範囲:P.1031 - P.1034

 糖尿病患者においては,血小板機能が亢進していることが報告されており,その特徴は血小板刺激アゴニストに対するhypersensitivityということにまとめられる.この血小板hypersensitivityは糖尿病の早期から認められることから,心血管イベントや脳梗塞の発症に寄与していることが示唆される.その機序として,高血糖による血小板膜蛋白や血管内皮細胞の機能異常,インスリン抵抗性,glycated LDL,血小板turn over亢進などが考えられている.本稿では糖尿病における血小板機能亢進の機序につき概説する.

白血球機能低下

著者: 宮本聡 ,   四方賢一

ページ範囲:P.1035 - P.1039

 糖尿病患者では,感染症が発症・重症化しやすく,健常者に比し死亡率も高い.高血糖状態では白血球機能の障害,特に遊走能・走化性,貪食能,殺菌能の低下をきたすことがこれまでに報告されている.血行障害や神経障害なども易感染性に寄与しており,合併症の進行した糖尿病患者では特に留意する必要がある.高血糖により低下した白血球機能は血糖の是正により改善することが報告されており,感染症の発症・増悪を防ぐためには良好な血糖コントロールが必要である.

膵β細胞死

著者: 太田康晴 ,   谷澤幸生

ページ範囲:P.1040 - P.1047

 膵β細胞量は,複製,アポトーシス,新生のバランスによって決定されるが,2型糖尿病における膵β細胞量の減少はアポトーシスの増加によるとされている.しかし,実際にはアポトーシスの定量は困難であるため,残存膵β細胞量を解析することで,アポトーシスの定量を代用するというのが現状である.グルコース負荷後のインスリン反応が,空腹時のデータを元に算出するHOMA-βなどに比べて,より鋭敏に膵β細胞量を反映する指標であることが示されている.現時点では,in vivoで膵β細胞量を定量する技術は実用化されていないが,MRI,PETが,将来実用化が期待される侵襲のない,膵β細胞量イメージングの代表的な方法である.OPTは,3D画像によるイメージングの方法として期待が大きい.

話題

アディポサイトカイン

著者: 山内敏正 ,   門脇孝

ページ範囲:P.1048 - P.1054

1 . はじめに

 肥満はインスリン抵抗性を基盤としてメタボリックシンドローム・糖尿病をきたし,本邦の死因の上位を占める心血管疾患(心筋梗塞,脳梗塞など)の主要な発症・増悪の原因の1つになっていると考えられる.したがって,肥満とインスリン抵抗性の原因の解明とそれに立脚した予防法や治療法の確立が糖尿病・心血管疾患予防のために極めて重要である.

 肥満がインスリン抵抗性を惹起するメカニズムは長らく不明であった.インスリン抵抗性や心血管疾患の原因となる肥満は,もっぱら脂肪細胞肥大によって生ずると考えられる(図1)1,2).脂肪細胞は余剰のエネルギーを中性脂肪の形で貯蔵するという従来から知られている機能に加えて,レプチンを筆頭にTNFαやFFAなど種々の生理活性分子“アディポカイン”を分泌する内分泌器官としての機能を有することが知られるようになり,注目されるようになった.肥大した脂肪細胞からはTNFα,FFAが多量に産生・分泌され,骨格筋や肝臓でインスリンの情報伝達を障害し,インスリン抵抗性を惹起することが明らかとなってきた.

レチノール結合蛋白4(RBP4)

著者: 正木孝幸 ,   加隈哲也 ,   吉松博信

ページ範囲:P.1055 - P.1057

1 . はじめに

 近年,糖尿病は本邦においても増加しており,重要な健康課題の1つである.糖尿病の発症にはインスリン分泌低下とあわせてインスリン抵抗性が深く関与している.そのインスリン抵抗性にかかわる因子として,脂肪細胞由来因子アディポサイトカインが挙げられている.代表的なアディポサイトカインにはレプチン,アディポネクチンなどがあるが,今回のレチノール結合蛋白4(RBP4)もアディポサイトカインの1つであり,糖尿病やインスリン抵抗性に関与していることが指摘されている.

 そこで本稿では,RBP4の概論とあわせて糖尿病またインスリン抵抗性へのかかわりについて主に述べる.

インクレチン

著者: 森豊

ページ範囲:P.1058 - P.1062

1 . インクレチンとは

 1964年,健常人に対するブドウ糖の経口投与が経静脈投与に比べ,インスリン分泌をより効果的に促進することが,Elrickら1)とMcIntyreら2)により報告された.この現象は,ブドウ糖に応答して腸管から何かの因子が分泌され,膵内分泌細胞を刺激してインスリン分泌を促進するためと理解され,インクレチン効果と名付けられた.

 “インクレチン”とは,食事摂取に伴い消化管から分泌され,膵β細胞に作用してインスリン分泌を促進するホルモンの総称で(INCRETIN=INtestin seCRETion INsulinの略語で,1929年に命名3)),これまでにGIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide)とGLP-1(glucagon-like peptide-1)の2つのホルモンが“インクレチン”として機能することが認識されている.これらはいずれもグルカゴン/セクレチンファミリーに属し,お互いに類似したアミノ酸配列を有するホルモンで,GIPは上部小腸に存在するK細胞から,GLP-1は下部小腸に存在するL細胞から分泌される(図1)4).食物を摂取したという情報がインクレチンの分泌を介して速やかに膵β細胞へと伝達され,インスリン分泌を刺激し,食後の血糖上昇を抑え,血糖値を一定に保っている.GIPとGLP-1は,血中ブドウ糖濃度が高い場合にはインスリン分泌を促進するが,血中ブドウ糖濃度が低い場合にはインスリン分泌を促進しない(図2)5).すなわち,低血糖のリスクが低く,安全に食後高血糖を是正することが可能である.

膵β細胞定量法の開発―糖尿病の診断・治療,移植療法における役割

著者: 豊田健太郎 ,   稲垣暢也

ページ範囲:P.1063 - P.1070

1 . はじめに

 膵島からのインスリン分泌は,膵β細胞量と個々の膵β細胞機能によって規定される.1型糖尿病においては,急速に膵β細胞が特異的に破壊され,発症時にはすでに膵β細胞量は著明に減少しており,やがて完全に廃絶する.2型糖尿病においても,死後の剖検例における検証から糖尿病を有さないヒトに比して膵島量が減少していることが報告されている.一方,2型糖尿病の発症は,膵β細胞に備わる代償能の機能的あるいは量的な破綻によると考えられるが,その発症,進展の過程における膵島量の推移は不明な点が多い.さらに,インクレチン関連薬のように膵β細胞量を増加させる,あるいは減少を抑止する可能性のある薬剤も登場した.このような背景から,糖尿病発症・進展の病態,さらには治療薬選択や効果の理解のために,膵β細胞量を定量する技術の開発が強く求められている.

 また,臨床膵島移植では長期間良好な血糖コントロールを維持させるために,移植された膵島の生着を促進・維持させる重要性が指摘されている.現在,膵島保護や生着を促進させる補助療法の研究が行われているが,それらの効果判定のためにも膵β細胞量の定量評価が必要である.

今月の表紙 代表的疾患のマクロ・ミクロ像 悪性腫瘍・9

脳腫瘍のマクロ・ミクロ像

著者: 小松京子 ,   海野みちる ,   坂本穆彦

ページ範囲:P.964 - P.967

 脳腫瘍の年間発生率は人口10万人当たり10~12人と言われており,半数が原発性,半数が転移性である.年齢や性などによって好発する組織型に違いがみられる.脳腫瘍には神経外胚葉性組織・髄膜・末梢神経・血管・リンパ組織・下垂体・頭蓋骨など様々な発生母地が存在し,組織型も多岐にわたる.WHO分類は最新の知見と考え方を取り入れ2000年に改訂され,国際的標準分類としての地位が確立されている.日本の分類としては,「日本病理学会小児腫瘍組織分類図譜第6篇中枢神経腫瘍」(2001),「脳腫瘍臨床病理カラーアトラス第2版」(1999),「脳腫瘍取扱い規約第2版」(2002)などがあり,いずれもWHO分類に準拠した分類体系を採用している.

 本稿では大脳に発生した悪性腫瘍のうち,astrocytic tumor gradeⅣに分類されるglioblastomaと転移性腫瘍(肺原発腺癌)ならびに悪性リンパ腫を解説する.

シリーズ-ベセスダシステム・8

LSIL

著者: 海野みちる ,   坂本穆彦

ページ範囲:P.1071 - P.1074

 異形成および上皮内癌(carcinoma in situ;CIS),あるいはCIN(cervical intraepithelial neoplasia)を子宮頸部上皮内病変(squamous intraepithelial lesion;SIL)と表現している.SILは,軽度扁平上皮内病変(low grade squamous intraepithelial lesion;LSIL)と高度扁平上皮内病変(high grade squamous intraepithelial lesion;HSIL)に分類されている.扁平上皮内病変には,ヒト乳頭腫ウイルス(human papilloma virus;HPV)の感染が示唆される特徴的な細胞変化が含まれる.

 したがって,LSILにはコイロサイトーシスのみの症例,および異型の程度が軽度の症例がある(図1,2).また,後者にはコイロサイトーシスを伴う場合と伴わない場合がある(図3~5).

シリーズ-検査値異常と薬剤・8

―投与薬剤の検査値への影響―中枢神経系作用薬・Ⅱ

著者: 片山善章 ,   澁谷雪子 ,   米田孝司

ページ範囲:P.1075 - P.1083

1 . 催眠薬・鎮静薬

 催眠薬と鎮静薬は,従来は異なった薬物として分類されていたが,薬理学的にはその作用に本質的な相異はなく,ともに中枢神経機能を抑制する作用がある.バルビツール酸誘導体とベンゾジアゼピン(benzodiazepine;BZ)系誘導体が使用されているが,いずれも少量では鎮静作用があり,中等量以上投与は催眠作用を示し,多量では麻酔効果がある.バルビツール酸誘導体はBZ系誘導体が導入される前に使用された鎮静・催眠薬である.しかし,薬物依存性が強く,過量投与により急性中毒を起こしやすく,呼吸中枢を抑制して昏睡や死に至るといった欠点があるためあまり使用されていない.BZ系誘導体は麻酔域を超える用量が高く,用量を増やしても薬物依存を生じることは稀である.

編集者への手紙

Chromogenic in situ hybridization法によるホルマリン固定パラフィン包埋切片の乳癌におけるEGFR遺伝子検索法

著者: 引野利明 ,   小山徹也

ページ範囲:P.1084 - P.1086

1 . 目的

 放射性同位元素や蛍光色素を用いないCISH(chromogenic in situ hybridization)法は蛍光色素を使ったFISH(fluorescence in situ hybridization)法に変わるものとして登場し,光学顕微鏡下で観察可能なことから今後様々な材料での遺伝子検索に利用されることが期待される.例えば,ホルマリン固定パラフィン包埋切片でのHER2/neu癌遺伝子の増幅のISHによる検索は病理学分野においてトラスツズマブなどの分子標的治療薬の患者への投与を決定するうえで重要である.今回,筆者らはホルマリン固定パラフィン包埋切片の乳癌材料を対象としたEGFR遺伝子検索を行い発現の良い方法を見いだしたので紹介する.

私のくふう

血液型判定キット(オーソ®バイオクローン®抗A,抗B)を用いた病理組織標本での血液型判定の試み

著者: 米亮祐 ,   岩知道伸久 ,   畠榮 ,   中桐逸郎

ページ範囲:P.1087 - P.1088

 はじめに

 病理検査が関与する医療過誤で頻度が高くしかも重大な医療事故に発展しかねないのは,検体の取り違えである.1999年に不幸にも発生したある病院での手術患者取り違え事故1)を契機に,医療事故についての情報が急速に増加し続け,国をあげての事故防止対策の模索が始まった.しかし,翌年には同様の事例が他院でも発生している2).これらの患者誤認の多くは人為的なミスによるものが大半であり,中には病理検体の取り違えが原因になっているものも含まれている.これら病理検体の取り違えの発生を未然に防ぐシステムの構築が望まれるが,現在のところ完璧な方法は存在しない.そのため臨床経過と病理診断とが乖離した場合には,他標本からのコンタミネーションや検体の取り違えの可能性なども念頭におく必要があると思われる.

 検体取り違えの確認方法の一つとして,上皮や赤血球に発現しているABO型やLewis型などの血液型物質を免疫組織学的手法(免疫染色)で証明することが推奨されている3~5).それら血液型物質に対する免疫組織化学用の抗体は,多くのメーカーから,研究用試薬として販売されているので,それらを利用するのが良いと思われる.しかし,それら抗体は高価であり,一般的な診断に用いられることが少ないなどの理由で,あらかじめ抗体を購入し準備している施設はあまり多くないと考える.

 そこで,今回われわれは,輸血検査部門で,ごく一般的に日常検査で血液型の判定に使用されている血液型検出キット(オーソ®バイオクローン®抗A,抗B)を免疫染色の1次抗体として用い,組織標本上での血液型判定を試みた.

学会だより 第59回日本医学検査学会

第59回日本医学検査学会を終えて

著者: 田中久晴

ページ範囲:P.1090 - P.1090

 第59回日本医学検査学会は,主催社団法人日本臨床衛生検査技師会,担当社団法人和歌山県臨床衛生検査技師会(和臨技)で,2010年5月22,23日の2日間にわたり,神戸国際会議場および神戸国際展示場において開催しました.

 和歌山の“和”をメインテーマに人の和,臨床検査の和,知識の和を広げようと実行委員会一同一丸となって学会運営に取り組んで参りました.ご参加いただきました皆様の多大なるご尽力のお陰で無事に学会を終えることができました.この場をお借りして御礼申し上げます.

第51回日本臨床細胞学会総会

新たな半世紀への第一歩をしるす細胞診の新しい“かたち”を求めて―未来への第一歩を後押しする斬新さ

著者: 清水恵子

ページ範囲:P.1091 - P.1091

 第51回日本臨床細胞学会総会が,「新たな半世紀への第一歩をしるす 細胞診の新しい“かたち”を求めて」をメインテーマとして2010年5月29日(土)~31日(月)の日程にて開催されました.会場は“新たな第一歩”に相応しいパシフィコ横浜でした.現在,日本臨床細胞学会は会員数10,000人を超える大規模な学会に発展しており,今回の総会にも4,000人を超える参加者が集結しました.

 本学会ではあらゆる場面で斬新さが際立っていました.まず,企画段階ではプログラムに対する意見がホームページを通じて公募されていました.このような形式の企画募集は日本臨床細胞学会においては初の試みでしたが,会員の総意を結集した結果,多岐多様なテーマを掲げたシンポジウム,ワークショップ,講演が実施され,どの会場を選ぶか迷われた参加者も多かったのではないでしょうか.また,会を重ねるごとに充実度を増す医療安全セミナー,“子宮頸がん検診啓発”や“乳がん治療の今”をテーマとした市民公開講座と盛りだくさんな内容でありました.

みなと横浜に新たな半世紀への第一歩をしるす―細胞診の新しい“かたち”を求めて

著者: 工藤玄恵

ページ範囲:P.1092 - P.1092

 本総会は,本会会長である坂本穆彦先生(杏林大学医学部病理学講座教授)のお膝元である東京を4年ぶりに離れ,パシフィコ横浜で,2010年5月29日(土)~31日(月)の会期で開催された.主題の“新たな半世紀への第一歩をしるす”は,文字通り本総会の歴史が昨年半世紀を迎えたゆえである.では,副題の新しく求める“かたち”とは何か.“不易流行”は世の常だが,本学会の“不易”は“形”ゆえ,それをあえて柔らかい印象の女文字,ひらがなで表記した,その心は何か.おそらく硬い印象をあたえる漢字,男文字の“形”では男性主導のイメージがそのまま残る.そこで本会を斬新で柔軟な“かたち”を“流行”させる第一歩にしたい,という意思表示と拝察した.

 坂本先生は,ご自身主催の病理学会時に今では病理学会の一角を担うまで成長した学生展示を創設されたお方である.今回もここかしこに画期的な試みがあった.まず,慣例的なプログラム委員会や実行委員会を設けず,学術講演内容に対する希望・要望すべてを全会員からネット上で直に受け付け,現場の声を真摯に取り上げた.また,副会長を設け,技師会員の小松京子氏を据えたことも学会始まって以来初のこと.さらに,1人でも多くの会員の手による運営を目指し,役割分担も一人一役とした.従来しばしば見受けられた講演や座長などの掛け持ちは排され,学会運営の民主化・機会均等化がはかられていた.

Coffee Break

初の渡米―プロペラ機で疲労困憊の旅―続篇

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.986 - P.986

 疲労困憊の果てやっと到着したChicagoの北東部の大学都市のひっそりした田舎街には,出迎えるはずの大野教授の姿は見当たらず,私はがっくりした.とりあえずtaxiで大学campus内のDepartment of Chemistry & Chemical Engineeringのビルに向ったが,ちょうど夏休み中で人影もまばら,暑い中汗を流しつつあちこちに聞き,勤務予定の研究室を探し当てた.そこでDr. Ohnoのapartがちょうど向い側であることを知り,その部屋をノックした.するとDr. Ohnoが顔を出し“あれ明日ではなかったの?”との始末.その結果,ただちに近くにあるMr. Ohno(北大理学部化学科卒)の部屋に転がり込み,彼のWベットを借り1週間ほど食事以外は昏々と眠り続け,その結果,私もやっと元気を取り戻した.一段落してから聞くところによると,ちょうど夏休み中でcampusに居残った日本人の間で麻雀が流行りだし,彼はいつも明け方に戻るとのこと.確かに明け方彼自身のbedなのに,隅のほうに小さくなって寝ており,それが私にとっては好都合であった.

 ふり返るとこのときの渡米は,飛行機の旅も,時差の疲れもすべて初めての体験,疲労困憊のきつい経験であった.このあと2年間当地で研究に没頭し,その間種々面白い貴重なcampus生活を体験した(Japan Night,郊外driveで狸の屍体を拾いそのたたり?に遭った事件,交通違反で連行され簡易裁判の結果$20の罰金刑を受けた,などなど)があるが,それらに関しては今回は言及しない.ただ4か月後に後妻と2人の子ども(2.5歳の息子と0.5歳の娘)とを日本より呼び寄せた件について述べようと思う.

映画に学ぶ疾患

「アバター」から学ぶ感染症と人類の進化

著者: 安東由喜雄

ページ範囲:P.1030 - P.1030

 人類の歴史は,侵略と略奪の歴史と言っても過言ではない.アメリカ人の西部開拓史がまさにそうである.ヨーロッパからの移民たちはアメリカ建国とともに,西へと開拓を進めるが,同時にインディアンへの侵略の歴史が始まる.インディアンの中には,移民に好意的に接し,開拓に手を貸した者も少なくなかったし,彼らの知恵が移民の生き抜く力ともなっていった.しかし,どんな時代や地域でも,1つの土地に2つの異民族が仲良く暮すことはできない.アメリカインディアンは武力によって不当に侵略され続けていった.これに拍車をかけたのが,ヨーロッパ人の持ち込んだ数々の感染症である.ウイルスや細菌に対して抗体をもたないインディアンの人口は感染症によっても激減し,最終的には推定1,000万人いたうちの実に95%が死に絶えたと言われている.

 人類は性懲りもなく古代からこうした“侵略”の歴史を繰り返してきた.21世紀になってもこうした略奪と侵略は止まらない.“きっと宇宙までいっても,ヒトという生物はこうした営みを続けるのだろう”,そんな監督のつぶやきが伝わってきそうな映画が「アバター」(ジェームズ・キャメロン監督)である.

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あとがき

著者: 伊藤喜久

ページ範囲:P.1094 - P.1094

 医者になりたての頃,指導医の先生には“糖尿病を学べば医学・医療のすべてが学べる”と励まされ,Ⅱ型糖尿病の腎症,高血圧,脳血管障害,脂質代謝異常,易感染性,末梢神経炎,ASO,それに“頸椎症”をも合併したケースを報告した思い出があります.多彩な症候を一元的にどう結びつけまとめるのか,苦労したものです.

 近年,ゲノムシーケンシング解析技術が飛躍的に進歩し,数多くの糖尿病関連遺伝子が特定されて,糖尿病の発症予測,予知,予防への道がさらに広がってきました.Ⅱ型糖尿病は,複数の疾患感受性遺伝子と環境因子の相互作用によって発症することがより明確になりました.白血球機能不全1つをとっても,遊走,貪食,殺菌の機序が分子レベルで解明が進み,質の高い個別医療が目指され,糖尿病研究が引き続き牽引車となり続けることでしょう.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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