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雑誌目次

論文

臨床検査55巻6号

2011年06月発行

雑誌目次

今月の主題 脂肪細胞 巻頭言

脂肪細胞―研究の最前線と臨床応用

著者: 戸塚実

ページ範囲:P.531 - P.532

 メタボリックシンドロームはちまたでは「メタボ」と呼ばれ,いまや知らない人はいないほど世の中に知れ渡った.自らの下腹部に溜まった脂肪を見れば,専門家でなくてもある程度その可能性が推察されることも,広く知れ渡る要因であったと思われる.昔の日本では考えられなかったような病態であり,飽食の時代に新たにクローズアップされてきた現代病である.そもそも野生動物にとって食物の確保は大変な作業であり,多くは多少飢えた状態で生存を維持していると聞く.したがって,野生動物に肥満などというものは無縁であるかもしれない.しかるに,幸か不幸か人類は生存のためだけでなく,食を楽しむという文化を手に入れた.また,自らのエネルギーを大量消費することなく移動する手段を手に入れた.過剰なエネルギー摂取は体内におけるエネルギー(脂肪)の保存という結果をもたらす.すなわち,肥満である.米国ではおよそ60%の成人がoverweightであり,年間30万人以上の死亡者はそれが直接あるいは間接的原因といわれている.わが国においても,2007年の統計によると,30歳以上の成人男子のおよそ3人に1人は肥満と推定されている.欧米に比べればその比率が少ないことは事実であるが,食生活の欧米化などによって肥満の割合が増加傾向にあるのも事実である.ちなみに,15~19歳の若者では肥満は1割に満たない程度であるのに対して,2割の者が痩せ過ぎを指摘されている.特に20歳以上30歳未満の女性では4人に1人が痩せ過ぎを指摘され,肥満の割合は5~6%に留まっている.痩せ過ぎも看過できない問題であるが,肥満が要因の一つとされるメタボリック症候群患者あるいはその予備軍において,心血管疾患発症の危険度が高いという事実は,将来の日本の医療にとって大きな問題であると考えられている.

 さて,この肥満において主役を担うものの一つが脂肪細胞(組織)であり,中性脂肪を溜め込んでいるよろしくない細胞の集団といったイメージが強い.事実,わずか20~30年ほど前の生化学テキストには「脂肪を蓄える細胞で肥満に関係する」程度の記述しか見られないものもある.もちろん,脂肪組織によるエネルギーの貯蔵と利用は生体にとって重要な機能であることは真実であるが,現在では多くの研究によって,ある種の脂肪組織,すなわち白色脂肪組織はサイトカイン,ホルモン,成長因子などの分泌を通して,複雑な情報伝達を担う多機能細胞の集合体であることが解明されている.一方,褐色脂肪組織はげっ歯類およびラクダ,あるいは熊などのような冬眠する動物では,エネルギーの貯蔵と利用において主要な役割を果たすと考えられているが,ヒトにおいてはその役割は否定的であり,白色脂肪組織がエネルギーの貯蔵機能を担っていると考えられている.両細胞の分化経路は異なることが知られているが,相互の分化に関しては褐色脂肪細胞から白色脂肪細胞への分化は認められるとされているが,逆の分化経路の可能性は解明されておらず,まだまだ未知の点が多い.すなわち,脂肪細胞を中心とした生体維持・調節機能に関する研究は急速に進展している段階であり,疾患との関連の解明を含めて今後が楽しみな研究分野の一つであるということができる.

総論

脂肪組織と脂肪細胞の基礎形態学

著者: 戸田修二 ,   松延亜紀 ,   内橋和芳 ,   山本美保子 ,   薬師寺舞 ,   山﨑文朗 ,   小池英介 ,   青木茂久 ,   杉原甫

ページ範囲:P.533 - P.538

脂肪組織は褐色脂肪組織と白色脂肪組織よりなる.褐色脂肪組織は多房性の脂肪滴を有し,UCP-1を介して熱産生を行う褐色脂肪細胞よりなり,エネルギー消費臓器である.白色脂肪組織は大型の単房性脂肪滴を有し,アディポカインを産生する成熟脂肪細胞からなり,エネルギー貯蔵,内分泌臓器である.本稿では,その形態・機能・分化系列の相違を概説する.さらに,白色脂肪組織の増加を基盤とする肥満,メタボリックシンドロームの病態を理解するための白色脂肪組織の病理形態学を概説する.

脂肪細胞の分子生物学

著者: 亀井康富 ,   小川佳宏

ページ範囲:P.539 - P.542

脂肪細胞は,筋細胞や骨芽細胞と同じく中胚葉多能性幹細胞から発生,分化すると考えられている.脂肪分化の過程は,初代培養細胞系や株化培養細胞系(例,3T3-L1細胞)を用いて詳細な研究が行われており,各過程に影響する因子やその作用機構に関して多くの知見が集積しつつある.脂肪細胞の分化過程は,段階的な細胞内での脂肪滴の蓄積として観察されるが,その現象の進行のためには脂肪細胞特異的遺伝子群の発現が必須である.この特異的遺伝子群の発現をコントロールするのが各種の転写因子である.本稿は,脂肪細胞分化の遺伝子発現に関する分子生物学的な知見を概説する.

脂肪細胞と臨床検査

著者: 柳内秀勝 ,   吉田博

ページ範囲:P.543 - P.548

メタボリックシンドロームの病態の根幹として内臓脂肪蓄積が位置づけられ,脂肪細胞に関する研究が進んでいる.約10年前まではエネルギーの貯蔵庫としてのみ捉えられていた脂肪細胞が,アディポサイトカインと称される様々な生理活性物質を放出することが明らかになっている.脂肪細胞は,メタボリックシンドロームの構成要素である脂質異常症,耐糖能異常,高血圧などの動脈硬化危険因子の病態形成だけでなく,血栓や炎症を惹起し動脈硬化進展にも深く関与している.本稿では,内臓脂肪測定,アディポサイトカインの異常,脂肪細胞が深くかかわる脂質異常症,耐糖能異常,高血圧に関して臨床検査医学的見地から解説する.

各論

アディポサイトカインと肝疾患

著者: 林紀夫 ,   木曽真一

ページ範囲:P.549 - P.554

アディポサイトカインは,脂肪組織から種々の調整のもと分泌されるポリペプチドである.肝疾患に関連するアディポサイトカインの中では,アディポネクチン,レプチン,レジスチンが,最もよく知られ研究されている.また,脂肪組織からは,TNF-α,IL-6などのサイトカインも分泌され,肝疾患と関連していることが知られている.アディポサイトカインは,肝臓における脂肪沈着,炎症,線維化を調整することで脂肪浸潤に関連した肝障害を調整していると考えられている.本稿では,非アルコール性脂肪性肝疾患ならびにC型肝炎患者におけるアディポサイトカインの役割について概説する.

脂肪細胞とホルモン

著者: 高橋和広

ページ範囲:P.555 - P.560

脂肪細胞は,レプチンの発見以来,様々なペプチドホルモンやサイトカインなど生理活性物質を産生・分泌する内分泌細胞であると考えられるようになってきた.脂肪細胞から分泌される生理活性物質はアディポカイン(アディポサイトカイン)と総称されるが,食欲・代謝・循環・生殖など,様々な生理機能の調節に,中枢性および末梢性に重要な作用を担っており,代謝症候群・糖尿病・高血圧などの病態に関与している事実が明らかになってきた.本稿では,アディポカインのうち,ペプチドホルモンに焦点をしぼり概説したい.

脂肪細胞と増殖因子

著者: 稲寺秀邦

ページ範囲:P.561 - P.565

近年のトランスクリプトミクス・プロテオミクス解析により,脂肪細胞が種々の増殖因子を産生・分泌することが明らかになった.しかし,脂肪細胞由来の増殖因子の生理的意義,肥満症の病態形成における役割については十分明らかではない.最近,成人の脂肪細胞は絶えず入れ換わっており,寿命を終えた脂肪細胞を新たに生じた脂肪細胞が置換することが報告された.このことは,生体では脂肪細胞に対する増殖因子が常に働いている可能性を示唆している.本稿では,脂肪細胞の増殖に及ぼす要因について最近の知見を中心に概説する.

脂肪細胞とリポ蛋白代謝―アディポネクチンを中心に

著者: 山下静也

ページ範囲:P.567 - P.573

脂肪細胞はVLDL受容体,SR-BI,スカベンジャー受容体(SRA,CD36,LOX-1など)のリポ蛋白受容体を有する一方で,多くの生物活性物質,アディポサイトカインを分泌する.メタボリックシンドロームの患者では内臓脂肪蓄積に伴って低アディポネクチン血症が認められるが,インスリン抵抗性,脂質異常症,高血圧などの危険因子を集積させ,動脈硬化性疾患を発症させる.血清アディポネクチン値とHDL-C値は正相関する.アディポネクチンは肝臓でのHDL新生を促進するのみならず,マクロファージでのコレステロール引き抜きを促進し,コレステロール逆転送系を活性化させる.メタボリックシンドロームにおける低アディポネクチン血症は,肝臓でのHDL新生の減少,マクロファージでのコレステロール引き抜きの低下により,低HDL-C血症を引き起こす.また,血清アディポネクチン値はTG値と逆相関し,アディポネクチンは肝臓でのVLDL合成・分泌を抑制する.本稿では脂肪細胞とリポ蛋白代謝,さらには脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンとリポ蛋白との関連について紹介する.

生体分子イメージングでみる肥満動物における脂肪組織炎症・免疫異常

著者: 西村智 ,   長崎実佳

ページ範囲:P.574 - P.580

最近の研究により各種生活習慣病の背景には,慢性炎症を基盤とした異常な細胞間作用が生体内で生じていることが明らかになってきた.筆者らは,一光子・二光子レーザー顕微鏡を用いた“生体分子イメージング手法”を開発した.本手法を肥満脂肪組織に適応したところ,肥満脂肪組織で,脂肪細胞分化・血管新生が空間的に共存して生じ,微小循環では炎症性の細胞動態が生じていた.肥満脂肪組織にはCD8陽性T細胞が存在し肥満・糖尿病病態に寄与していた.

脂肪組織を基盤とした生体恒常性・メタボリックシンドローム病態解析モデル

著者: 松延亜紀 ,   藤本一眞 ,   戸田修二

ページ範囲:P.581 - P.586

脂肪組織はエネルギー貯蔵・代謝の中心臓器として,また近年では生体恒常性に関わる内分泌臓器として,注目を集めるようになった.脂肪組織量の増加を基盤とする肥満を背景としたメタボリックシンドロームは,動脈硬化やインスリン抵抗性を引き起こし,現代の主要死因である癌,心疾患,脳血管疾患に大きく関与している.筆者らは,脂肪組織の器官培養系を初めて開発し,この培養系を応用して,生体恒常性,肥満,メタボリックシンドロームにおける脂肪組織の役割とその制御機構を研究するための解析モデルを確立した.この解析モデルが脂肪組織研究に広く利用されることを期待したい.

脂肪細胞の分析学的検査の実際―高分子量アディポネクチンの測定法

著者: 脇裕典 ,   山内敏正 ,   門脇孝

ページ範囲:P.587 - P.591

脂肪細胞は単なる余剰エネルギーの貯蔵庫として捉えられていたが,最近15年間の脂肪細胞研究の進展により,脂肪組織が活発に生理活性物質(アディポカイン)を分泌する生体内で最も大きな内分泌臓器として認識されるようになった.エネルギー過剰や運動不足から近年世界中で増加している肥満は,糖尿病,高血圧症,脂質異常症や動脈硬化症など様々な病態を引き起こす.脂肪細胞由来の分泌因子は血液検査で検出されるため,病態の把握や治療効果の判定に有用である.本稿ではアディポカインについて概説し,測定の“実際”として,代表的なアディポカインであるアディポネクチンについて,その多量体構造の特性とその測定法についてまとめる.

話題

脂肪細胞型脂肪酸結合蛋白(A-FABP/FABP4/aP2)

著者: 古橋眞人

ページ範囲:P.593 - P.598

1.はじめに

 近年,癌,アルツハイマー病などの神経変性疾患,糖尿病,動脈硬化性疾患,自己免疫疾患などの種々の疾患の局所において,炎症細胞の浸潤と慢性的な炎症が観察され,それが組織変性と疾患の重症化に重要な役割を担うことが明らかになってきている.Hotamisligilら1)は,遺伝性肥満動物における脂肪組織の解析から,炎症性サイトカインであるTNF-α(tumor necrosis factor α)が脂肪細胞から産生され,これが肥満に伴うインスリン抵抗性に関与することを明らかにした.現在では広くコンセンサスを得られている知見ではあるが,脂肪組織が内分泌臓器であるというまさにパラダイムシフトとなる重要な報告となった.

 最近では,TNF-αのみならず様々な脂肪細胞由来のサイトカイン(アディポサイトカイン)や脂質(特に飽和脂肪酸)が,JNK(c-Jun N-terminal kinase)やIKK(inhibitor of kappa kinase)の活性化を介して,炎症反応を増強したり,インスリン抵抗性を惹起することが示されている.細胞外からのみならず,細胞内においても酸化ストレスや小胞体ストレス,さらにはある種の脂肪酸結合蛋白(fatty acid-binding protein;FABP)がJNKやIKKを活性化することが報告されている.

 本稿では,FABPに関する最近の研究成果を交えながら,慢性炎症疾患(特に糖尿病および動脈硬化)との関連,さらにはバイオマーカーとしての可能性について概説する.

新規アディポカイン―バスピン(Vaspin)

著者: 中司敦子 ,   和田淳

ページ範囲:P.599 - P.604

1.はじめに

 近年,脂肪組織は単なる脂肪の蓄積臓器ではなく,様々な生理活性を有する分泌蛋白を産生する臓器であることが明らかとなり,これらの分泌蛋白はアディポカインと呼ばれている.アディポカインはホルモンとも考えられており,脂肪組織は体内で最大の内分泌臓器であると言える.これまでに同定されたアディポカインには,遊離脂肪酸やレプチン,TNF-α(tumor necrosis factor-α),ASP(acylation-stimulating protein),アディポネクチン,レジスチン,ビスファチン,retinol binding protein-4(RBP4)などがあるが,これらの蛋白はそれぞれが高血糖や高血圧,脂質代謝異常,血管機能などに直接影響している.そして脂肪細胞の大型化や,内臓脂肪組織の蓄積,インスリン抵抗性さらには動脈硬化などの慢性血管合併症の進展に深く関係している.すなわち内臓脂肪の蓄積とそれに伴うアディポカインの分泌異常をもとにした病態の連鎖により,肥満症やメタボリックシンドロームは合併症を伴って進展していくのである.

分泌型frizzled-related蛋白5(Sfrp5)

著者: 大内乗有

ページ範囲:P.605 - P.608

1.はじめに

 肥満は世界的に深刻な健康問題として捉えられている.本邦においては生活習慣の変化に伴い,過栄養や運動不足が誘因となり,肥満,特に内臓脂肪蓄積を基盤とした糖尿病,高脂血症,高血圧を高率に合併するメタボリックシンドロームやその終末像である動脈硬化が増加しており,社会的問題となっている.

 脂肪組織は単なるエネルギー貯蔵臓器ではなく,アディポサイトカイン(あるいはアディポカイン)と総称すべき様々な生理活性物質を分泌する内分泌臓器であることが明らかとなっている1).肥満に伴う脂肪細胞の機能不全に起因するアディポサイトカインの調節異常や機能不全が,メタボリックシンドロームなどの肥満症の病態において中心的役割を果たしていることが明らかとなってきた.多くのアディポサイトカインは肥満に伴って産生が増加し,肥満症を引き起こす因子として作用する.一方,最近になり,Sfrp5(secreted frizzled-related protein 5)が代謝改善作用を有するアディポサイトカインであることが明らかとなった.

 本稿では,肥満に伴う糖代謝異常に対するSfrp5の影響とその作用機序について概説する.

今月の表紙 代表的疾患のマクロ・ミクロ像 非腫瘍・6

水頭症のマクロ・ミクロ像

著者: 小松明男 ,   坂本穆彦

ページ範囲:P.528 - P.529

 水頭症は,脳脊髄液(cerebrospinal fluid;CSF)が頭蓋腔内に貯留し,著明な脳室拡大をきたした状態である.すなわち閉塞,狭窄,吸収障害,産生過剰などによるCSFの高度循環障害である.CSFは主として側脳室脈絡叢で産生され,室間孔(Monro孔),第3脳室,中脳水道,第4脳室を流れ,Magendie孔,Luschka孔を経由し大槽(cisterna magna)に集められ,くも膜下腔へと流れ,くも膜顆粒より上矢状洞などの静脈・脊髄神経の神経鞘のリンパ液に吸収される.また毛細血管およびリンパ管からも吸収されている1,2)

 水頭症は小児にも成人にも発生する.小児ではCSF循環経路の閉塞が認められる非交通性のものが多い.また奇形によるものが多い.代表的な疾患としては,小脳扁桃の大孔への陥入が原因で大槽(cistern magna)が閉塞されるArnold-Chiari奇形,およびMagendie孔とLuschka孔の閉塞により第4脳室が囊状に拡張するDandy-Walker症候群などが挙げられる.頭囲の拡大は,乳幼児でしばしばみられる.拡大の有無は水頭症の発症時期によって異なる.頭蓋骨の縫合が未完成な段階,すなわち乳幼児では,拡大がみられることがある.しかし縫合が完成する幼児期以降では頭囲の拡大はみられない.

映画に学ぶ疾患・16

「ジーンワルツ」―代理母の妥当性

著者: 安東由喜雄

ページ範囲:P.566 - P.566

 曾根崎理恵(菅野美穂)は名門帝華大学医学部,産婦人科の講師である.専門は不妊治療で顕微鏡下人工授精のスペシャリストとして高い手技を持つ.専門課程の医学生に講義も担当しているが,その内容は体外人工受精や代理母出産についても言及している.産婦人科学会でノーを突きつけられいる代理出産についての彼女の発言は,一貫して子どもを欲しいと願う女の立場からで,極めて肯定的なものである.しかもその言葉は確信に満ちている.医学部長を狙っている主任教授の屋敷はそのことを煙たがり,理恵のことを危険人物と思っている.映画「ジーン・ワルツ」の話である.そんな理恵を支えているのは,普段はつれなく接している同級生で准教授の清川吾郎(田辺誠一)であった.理恵は産科医院マリアクリニックにアルバイトに行っているが,清川もかつてその産院に勤めていたことがある.この医院の院長,三枝茉莉亜(浅丘ルリ子)は末期の肺癌を患い,医院の離れで闘病生活を送っている.そんな彼女にさらに不幸が襲う.同じく産婦人科医で,理恵や清川と同級生の長男が,癒着胎盤による大量出血から分娩中の妊婦が死亡し,刑事事件として告発され,逮捕拘留中の身の上であったのだった.そんな中でマリアクリニックは必然的に患者も徐々に減り,閉院間近となっていたが,残された4名の患者は定期的に通院しており,理恵は院長代理としてそれらの患者の出産に付き合おうとしていた.実は理恵には悲しい過去がある.以前結婚していた夫との間に子どもを授かったが,妊娠中に子宮頸癌が見つかり,子宮全摘手術を受けていたのである.清川は,屋敷教授が医学部長に転出した場合,その実力からほぼ次の教授の椅子が約束されている.理恵にはずっと以前から想いを寄せており,深い関係となったこともあるが,彼女の,代理出産を良しとする主張や言動には,出世のこともあり,距離を置きたいと思っている.映画では,理恵が冷静かつ暖かく4人の妊婦と接していく様子が描かれていく.未婚で妊娠し,安易な中絶を望む青井ユミ(20歳),自分の胎児が無脳症であると判明した甘利みね子(27歳),長年,不妊治療をした末,悲願の妊娠をした荒木浩子(39歳),顕微授精により双子を妊娠した山咲みどり(55歳)がその内訳である.映画は急転直下,衝撃的な事実が明らかにされていく.実は山咲みどりは理恵の実の母親で,どうしても子どもが欲しかった理恵は,母に頼みこんで理恵の子どもを代理出産してもらおうとしていたのである.理恵は顕微鏡受精をした自分の卵細胞2つを母の子宮に入れたが,その妊娠は順調な経過をたどっていた.高齢の人工授精の場合,流産することも多いため,2つの受精卵を入れることが多いが,理恵の母の場合,2つの命とも順調に発育していた.そして数か月のときが流れる.台風が東京地方を襲った日,なんと甘利みね子を除く三人の妊婦に陣痛が訪れる.現場には清川と理恵しかいなかった.明らかに人手が足りない中,院長の茉莉亜までが最期の力を振り絞って出産に立ち会うことになる.山咲みどりは,高齢であり双子ということもあり,帝王切開が選択される.執刀医として,手術台に立った清川は,理恵にこう問う.「君が好きな男の子なのか」.静かにうなずく理恵.実は双子のもととなった2つ受精卵に使われた精子は,1つは別れた夫のもの,もう1つは清川と契りを結んだときに採取したものであった.

 この治療をわが国で行うには法を含む様々な問題の整備が必要であるが,医療は国民,患者のためものとする観点で議論が行われるのなら,その正当性は否定することはできない.度々このコラムに書いてきたことであるが,38億年の進化の歴史は,子孫を残すための歴史であると言い換えることもできる.「子ども願望遺伝子」などといったものはないが,女性が子どもを持ちたいという願望は,遺伝子の間すきに刷り込まれたものであり,子孫を残しうる生命体に共通した「悲願」であるのかもしれない.代理出産に関しては様々な議論があるが,その想いを倫理的な論理を盾にのっけから否定しようとする輩は全くもって冷血漢というほかはない.

お知らせ

第38回臨床検査技師研修会

ページ範囲:P.608 - P.608

日 時:2011年6月23日(木)~6月24日(金)

開催場所:自治医科大学地域医療情報研修センター(自治医科大学構内施設)

 〒329-0498 栃木県下野市薬師寺3311-160

 (申込住所と同じ)

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「臨床検査」増刊号のお知らせ

ページ範囲:P.526 - P.526

欧文目次

ページ範囲:P.527 - P.527

次号予告

ページ範囲:P.565 - P.565

「検査と技術」6月号のお知らせ

ページ範囲:P.580 - P.580

「検査と技術」増刊号のお知らせ

ページ範囲:P.592 - P.592

投稿規定

ページ範囲:P.609 - P.609

あとがき

著者: 山田俊幸

ページ範囲:P.610 - P.610

 本年度より本誌編集委員に加えていただきました自治医科大学臨床検査医学講座の山田です.どうぞよろしくお願いいたします.

 20数年前は,脂肪細胞といえば太っている人がたくさんもっているのであろう(これは誤り),そういう人はとにかくエネルギー過多なので,血清脂質の検査が異常になり,インスリンが効かなくなることで糖尿病にもなりやすくなるのだろう,などという理解でしかありませんでした.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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