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雑誌目次

論文

臨床検査65巻11号

2021年11月発行

雑誌目次

今月の特集1 今さら? 今だから学ぶPCR

著者: 涌井昌俊

ページ範囲:P.1141 - P.1141

 PCRの普及によって分子生物学研究は一変し,臨床検査の対象に遺伝子が仲間入りしました.誕生から40年近く経過し,次世代シークエンシングが医療にも導入されている今日では,もはやPCRは古典の域に入りつつあり,“今さら”の感すらあるかもしれません.しかし,コロナ禍のなかで活動の制限や再開の指標としてPCR検査が用いられるようになり,ここにきて医学・医療の範疇を越えて社会に影響力を発揮するという新たな顔をみせています.今だからこそ,この“古典”を学び直すことの意義は大きいと考えて本特集を企画しました.

 シンプルな原理ゆえの奥の深さを感じていただくように,PCRの基礎と応用の概要と検査学的課題について第一線の専門家の方々に解説いただきました.PCRについての理解のブラッシュアップにつながると幸いです.よき古典は新しい何かを生み出す力を潜めていることを実感いただければと思います.

PCRの基本原理と実際

著者: 髙崎智彦

ページ範囲:P.1142 - P.1147

Point

●RT-PCRの“RT”は逆転写反応のことであり,リアルタイムPCRのリアルタイムの略ではない.RNAをPCRで増幅するには逆転写反応が必須である.

●グラム陰性桿菌好気好熱性の細菌Thermus aquaticus由来の酵素であるTaqポリメラーゼがPCR技術の確立に寄与した.

●リアルタイムPCR法は,PCR産物の増幅量をリアルタイムでモニターし解析する方法で,迅速性と定量性に優れている.インターカレーター法と蛍光標識プローブ法の2種類がある.

●感度の高い遺伝子検出法であっても,結果には判定保留域があることと,特にウイルスの場合,必ずしもウイルス遺伝子陽性=感染性粒子でないことに留意する必要がある.

リアルタイムPCR・デジタルPCRの臨床診断への応用

著者: 柳原格

ページ範囲:P.1148 - P.1155

Point

●リアルタイムPCRではPCR反応の指数関数的増殖領域に設定した閾値からCt値を求める.ケミストリとしてインターカレーター法とプローブ法があり,定量法には相対定量と絶対定量の2つがある.

●リアルタイムPCRの相対定量法は,リファレンス遺伝子との量比を計算した後に,比較したサンプル間あるいはコントロールとの差を調べる.絶対定量法は既知の濃度で作成した検量線から濃度を求める.

●デジタルPCRは標準サンプルの核酸による検量線は必要なく,サンプル中の核酸の初期量を絶対定量する方法である.ドロップレット方式と,ウエルチップ(チャンバー)方式の2つの方法がある.

●リアルタイムPCRに比べてデジタルPCRの検出感度は100〜1,000倍高い.研究あるいは診断の各用途によって適切に使い分けることが重要である.

肝炎ウイルスのPCR検査

著者: 八橋弘

ページ範囲:P.1156 - P.1163

Point

●現在,保険診療で承認されている肝炎ウイルスのPCR検査はHCV RNA定量法とHBV DNA定量法の2つである.

●HCV RNA定量検査はC型肝炎の確定診断,抗ウイルス治療のモニタリングと治療効果判定に用いる.

●HBV DNA定量検査は病態把握,抗ウイルス治療の適応と治療のモニタリング,免疫抑制剤/化学療法によるHBVの再活性化の監視に用いられている.

薬剤耐性菌のPCR検査

著者: 石井良和

ページ範囲:P.1164 - P.1168

Point

●耐性菌をPCR検査で検出することは現実的でない.耐性菌は薬剤感受性検査で検出し,その耐性因子の責任遺伝子を明らかにする際にPCRを使用すべきである.

●耐性に関与する責任遺伝子のアミノ酸置換変異の型別をPCRで行うことは困難である.このような変異を検出する場合は,DNAシークエンスとの併用が必要となる.

●検出頻度が低い耐性因子や臨床上問題となる耐性因子などの責任遺伝子の検出は,院内感染の兆候の早期把握に有益な疫学マーカーとなる場合がある.

●耐性菌の耐性因子検出のためのPCR用の試薬やキットには体外診断用医薬品(IVD)が存在しないため,自施設で採用している検出法の妥当性評価・検証と精度管理が必要である.

造血器腫瘍PCR検査の現状と今後の課題

著者: 近藤直美 ,   横田浩充

ページ範囲:P.1170 - P.1176

Point

●造血器腫瘍のPCR検査が診断や治療において果たす役割は大きい.

●施設間における検出感度の違いが判明しており,標準化に向けた取り組みが望まれる.

●検査の品質保証を行いながら,複雑化する技術を用いた検査にどう取り組んでいくか,要員教育も含めた体制作りが必要である.

がんのリキッドバイオプシーにおけるPCRの役割

著者: 加藤菊也

ページ範囲:P.1178 - P.1183

Point

●血液中には細胞死の結果,放出された遊離DNAが存在する.遊離DNAは約170塩基対に分解されており,がん患者では腫瘍由来のDNA(血中腫瘍DNA)が混在している.

●血中腫瘍DNAを用いてがん細胞の遺伝子異常を検出するリキッドバイオプシーでは,感度の高いPCR技術が必要である.

●リキッドバイオプシーでは,リアルタイムPCRよりも感度の高いデジタルPCRが用いられる.現在では,デジタルPCRで鋳型調製を行う次世代シークエンサーが標準検出技術である.

●リキッドバイオプシーはコンパニオン診断とゲノムプロファイリングで実用化されている.

今月の特集2 インフルエンザを再考する

著者: 関谷紀貴

ページ範囲:P.1185 - P.1185

 インフルエンザは広く知られた呼吸器ウイルス感染症ですが,季節性インフルエンザを取り巻く変化,新型インフルエンザA(H1N1)pdm09を契機に再整備された新型インフルエンザ対策など,近年のさまざまな経験から得られた知見は新型コロナウイルス感染症への対応においても生かされました.また,今後見込まれる海外渡航者や訪日外客数の再増加に向けて,インフルエンザ診療におけるリスク評価をあらためて見直しておくことは重要です.

 本特集は,インフルエンザ対応に関する基礎知識の再確認とアップデートを目的として企画しました.前半では,季節性インフルエンザの疫学,診断・治療,ワクチン,感染対策のポイントについて,網羅的にまとめられています.後半では,インフルエンザウイルスの分類と検査法に関する整理を挟み,新型インフルエンザの歴史・疫学,感染対策について,対策の前線に立つ先生方に解説いただきました.本特集を通して,インフルエンザ対応の基本と現状における課題を整理していただき,今後の取り組みを見直す機会としていただけるよう願っています.

季節性インフルエンザの疫学

著者: 加藤康幸

ページ範囲:P.1186 - P.1190

Point

●新型コロナウイルス感染症との同時流行が懸念された2020/21シーズンはインフルエンザの患者数が記録的に少なかった.

●患者(無症候感染者を含む)から発生するウイルスを含んだエアロゾルの吸入がインフルエンザの主要感染経路である.

●季節性インフルエンザの臨床像は無症候性感染から重症(急性脳症や人工呼吸器管理を要する肺炎)まで幅広い.

●さまざまなサーベイランスを組み合わせて,インフルエンザの流行状況や患者の重症度,医療機関への負荷を評価することが行われる.

季節性インフルエンザの診断と治療

著者: 大場雄一郎

ページ範囲:P.1192 - P.1199

Point

●季節性インフルエンザの流行期や集団発生時に急激な悪寒発熱に続く頭痛や関節痛および上気道炎症状があれば,陽性的中率は80%を超える.

●インフルエンザ抗原迅速診断キットは感度が十分に高くなく偽陰性を生じやすいため,流行期や集団発生時は抗原迅速検査陰性だけで安易に除外しない.

●抗インフルエンザ薬の証明されている有効性は,発症から48時間以内の服用開始で薬1日の症状期間短縮効果である.

●抗インフルエンザ薬治療の本来の適応は重症化リスクとなる基礎疾患,乳幼児,高齢者,妊婦褥婦であり,その場合は積極的に投与する.

季節性インフルエンザのワクチン

著者: 中野貴司

ページ範囲:P.1200 - P.1205

Point

●2021/22年シーズンは,AH1N1亜型とAH3N2亜型の製造株が2020/21年シーズンから変更となった.

●有効率は,高齢者のコホート研究で死亡回避80%以上,発病予防34〜55%,就学前小児のtest-negative design研究で発病予防41〜63%という成績がある.

●新型コロナワクチンを除いて,他のワクチンとの接種間隔に特段の制限はない.

●鶏卵アレルギーがあっても接種できる場合は多い.

季節性インフルエンザの感染対策

著者: 金井信一郎

ページ範囲:P.1206 - P.1210

Point

●季節性インフルエンザの感染対策は新型コロナウイルス感染症の対策と共通しており,そのまま使えることが多い.

●外来では有症状者をトリアージできるようにする.インフルエンザの流行前に患者に予防接種を励行する.

●入院患者や面会者の感染症状の有無を確認する.流行期には迅速検査による診断に依存せず,症状から総合的に判断する.抗インフルエンザ薬予防投与について施設内での方針を定めておく.

●流行前に職員の予防接種を行う.インフルエンザ曝露後,罹患時の勤務制限について施設内の方針を定め,順守する.

インフルエンザウイルスの分類と検査

著者: 影山努

ページ範囲:P.1212 - P.1217

Point

●インフルエンザウイルスはA〜D型に分類され,A型はさらにヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性の違いでH1〜18のHA亜型とN1〜11のNA亜型に細分類される.B型はHAの抗原性の違いによって2つの系統に分類される.

●インフルエンザの検査には抗原検査や遺伝子検査などがある.それぞれにさまざまな方法があるため,各方法のメリット・デメリットを理解して利用することが重要である.

●新型コロナウイルスの出現でウイルス感染症の診断に遺伝子検査の利用が進んだ.また,全自動迅速遺伝子検査システムの利用も進んでおり,感度・特異性に優れた遺伝子検査が身近になりつつある.

新型(パンデミック)インフルエンザ発生の歴史と疫学

著者: 岡部信彦

ページ範囲:P.1218 - P.1223

Point

●スペインインフルエンザは罹患者数・死亡者数ともに史上最大のパンデミックインフルエンザであった.

●アジアインフルエンザは規模からはスペインインフルエンザを下回るが,社会的には大きな注目を浴びた.

●香港インフルエンザは,アジアインフルエンザの規模を下回るものであったが,今も季節性インフルエンザとして毎年流行し,半世紀にわたって毎年かなりのダメージを人類に与え続けている.

●パンデミック(H1N1)2009は,世界保健機関(WHO)が初めて国際的に重要な公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)であると宣言し,次いでパンデミック宣言をした.

新型インフルエンザ等の感染対策

著者: 倭正也

ページ範囲:P.1224 - P.1229

Point

●新型インフルエンザ等の主な感染経路には,季節性インフルエンザと同様に“飛沫感染”と“接触感染”があります.予防の基本は咳エチケットと正しい手洗いです.

●新型インフルエンザ等の診療体制は,海外発生期〜国内発生早期での指定された医療機関での帰国者・接触者外来から,国内感染期においては一般の医療機関での診察と変わっていきます.

●医療従事者は個人防護具として,サージカルマスク,フェイスシールドあるいはゴーグル,手袋,ガウンを正しく着用する必要があります.

●発生当初は病原性や感染経路に関する情報が限定されていることが想定されるため,空気感染対策(N95マスク)を加えた対応を行うことが望まれます.

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目次

ページ範囲:P.1138 - P.1139

書評

著者: 佐伯圭吾

ページ範囲:P.1184 - P.1184

書評

著者: 四元秀毅

ページ範囲:P.1230 - P.1230

「検査と技術」11月号のお知らせ

ページ範囲:P.1140 - P.1140

バックナンバー「今月の特集」一覧

ページ範囲:P.1176 - P.1176

次号予告

ページ範囲:P.1231 - P.1231

あとがき

著者: 涌井昌俊

ページ範囲:P.1234 - P.1234

 ここ数年,メディアで急速に取り上げられ,1日のなかで1度はどこかで見聞するようなキーワード“SDGs”は“Sustainable Development Goals”の略であり,訳せば“持続可能な開発目標”となります.これは17の世界的目標,169の達成基準,232の指標から構成される国際的な開発目標です.2015年に終了したミレニアム開発(Millennium Development Goals:MDGs)の後継として,同年の9月の国連総会で採択された2030年までの具体的指針です.期限まですでに10年を切っています.激動する国際社会と激変する地球環境を前に待ったなしという危機意識が全人類に求められているということになります.

 SDGsは21世紀だからこそ誕生した指針というよりも,人類の歴史のなかで残し続けたままの種々の宿題に取り組む覚悟の具体化と読み取ることができます.文明の影の部分ともいえる貧富の格差,人種・民族の偏見・差別,性差別,これらがもたらす社会の分断,そして気候変動による自然破壊.先鋭的に各論を極めることで到来するエポックメーキングに委ねるという前世紀的な臨み方ではもはや太刀打ちできない時代に突入したという論調が,「Nature」などの科学誌でも近年展開されています.そこで期待と注目を集めているのが学際的アプローチの拡充です.異なる分野領域の人と物がつながることで開発とその後の持続を達成するというのはSDGsと根が通じているといえます.IoT(internet of things)はまさにその具現の好例かもしれません.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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