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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査50巻13号

2006年12月発行

雑誌目次

今月の主題 臨床検査史―国際的な流れとわが国の動向 巻頭言

臨床化学(臨床検査)の歴史と医療

著者: 濱﨑直孝

ページ範囲:P.1605 - P.1605

 医療は人類とともにこの世に存在していたわけだが,当初は経験とその地域の風習・社会的通念で医療が行われてきたと推測される.そのような古い時代から,人類は病気の原因追及には深い関心を持っていたはずであり,原因追求の努力は続けられていたと思われる.尿中の糖分や蛋白質を測定できるようになり始めたのは17世紀後半であり,体の一部(組織)を調べて病気との因果関係を論ずるようになったのはモルガーニ(Giovanni Basttista Morgagni, 1682-1771)の研究が先鞭をつけ,ウィルヒョー(Rudolf Virchow, 1821-1902)の時代に定着した.一方で,錬金術から発展した“化学”を生物現象の理解にも利用しようと努力したのがベルセーリウス(Jons Jacob Berzelius, 1779-1848)らであり,薬学を介して植物学などから化学と生物学との結びつきが起こり,生化学が誕生した.18世紀後半から19世紀にかけての時代は今日の生命科学研究の黎明期であり,多方面からの科学の融合の成果で生命科学ができあがったのである.“臨床化学(臨床検査)”の概念ができたのはこの時代からである.

 さらに,生命現象を化学的に解明し,疾病の診断や治療へ利用しようという“臨床化学(臨床検査)の考え”が医療界に定着するきっかけになったのは,オスロの病院の小さな検査室の医師であったフェリング(Ivar Asbjorn Folling, 1888-1973)によるフェニルケトン尿症の発見である,と筆者は考えている.知恵遅れ,発育不全の姉弟の尿の分析から,フェニルアラニン代謝異常が病因であることを明確にし,その対策(対症療法)まで提示できたことで,臨床化学(臨床検査)の威力を当時の世間や医学会に見せつけた.このことが契機になり,ヨーロッパで病院検査部が定着し,以後,その流れが世界的に広まったわけである.まだ,100年余の歴史しかないが,今日では,臨床化学(臨床検査)の発展とゲノムプロジェクトの成功で,テーラメード医療が話題になるまでになってきた.phenotype(臨床検査データ)とgenotype(遺伝子解析)の組み合わせで,医療の形態が劇的に変わる兆しを感じさせられるような時代になっている.今月の主題は,このような臨床化学(臨床検査)のそれぞれの先達から,それぞれの領域について日本における状況を含めて纏めていただいた.

総論

臨床検査の歩み

著者: 菅野剛史

ページ範囲:P.1607 - P.1611

 臨床検査の発展の経緯を,分析の視点から関連する領域ごとに要点を取りまとめた.それは,単に分析化学の領域を超えて医学の進歩にも寄与し,検査の領域を超えて生命科学の新しい進展に寄与するものであったと考える.20世紀はその道具立てと方向性が定まった時代であったと考える.今後はこれらが医療の本質である治療の視点にまで展開されるものであることを期待する.〔臨床検査 50:1607-1611,2006〕

各論

病理検査の歴史

著者: 水口國雄

ページ範囲:P.1613 - P.1625

 病理検査の歴史は病理学の発展に連動しており,病理学の発展は病理解剖学と外科病理学の歴史に密接に関係している.この章ではまず病理解剖学と外科病理学の国内外の歴史について述べ,次いでこれらの発展を支えた病理検査技術の発展過程を,顕微鏡・薄切・染色・固定・包埋に分けて記載する.また,術中迅速診断の歴史と病理検査に関する日本の書物についても概観し,最後に今後の病理検査の展望について考察する.〔臨床検査 50:1613-1625,2006〕

細胞診検査

著者: 坂本穆彦

ページ範囲:P.1626 - P.1630

 細胞診は,組織診とともに病理検査(診断)を構成している.わが国の細胞診の歴史は50年ほどであるが,Papanicolaouにより確立された現代臨床細胞学の流れをくむものの,諸外国とは異なる観点も多く取り入れ独自の発達・展開をとげてきた.国際化,標準化が叫ばれる今日,これらのわが国の独自面をそのまま続けてゆくべきか否かの岐路に立たされている.わが国の患者にとって何が最善かという視点からの吟味が要請されている.〔臨床検査 50:1626-1630,2006〕

感染症検査

著者: 村瀬光春

ページ範囲:P.1631 - P.1636

 感染症検査法の大きな流れについて,背景となっている病原体の発見から,塗抹検査,培養検査,同定検査,薬剤感受性検査の分野に分けて世界レベルと日本の動向を述べた.いずれの検査においても用手法から半自動,全自動へと変化してきたことが伺えた.しかし20世紀までの技術は,パスツールやコッホの時代とあまり変わりのない方法を基本としてきた.21世紀のこれからは,分子生物学や遺伝子レベルでの検査が汎用されると期待する.そのことにより感染症診断と治療に役立つことができれば感染症検査の意義は大きくなると確信する.〔臨床検査 50:1631-1636,2006〕

生化学検査―臨床酵素学

著者: 高木康

ページ範囲:P.1637 - P.1642

 臨床酵素学は,20世紀初頭の膵疾患におけるアミラーゼ活性測定に始まり,精度良い測定法の確立とともに,ホスファターゼ,トランスアミナーゼ,LDH,CK,γ-GTなどの臨床的意義が確立した.アイソザイム分析も電気泳動法の進歩とともに検査法とし確立され,さらに免疫学的方法によるアイソザイム蛋白量測定も可能となった.酵素アノマリーには酵素結合免疫グロブリンと遺伝的変異があり,日本人研究者がリードしている.〔臨床検査 50:1637-1642,2006〕

生化学検査―臨床用分析装置の自動化

著者: 保田和雄 ,   三巻弘 ,   今井恭子

ページ範囲:P.1643 - P.1646

 1955年頃に多くの分析機器が誕生した.その1つにSkeggs LTの発明したsegmented flowの自動分析装置があった.これの誕生によって臨床化学分析の状況が一変した.しかし,この方法は用手法を基礎にしていたので,反応速度法などの新しい分析法に対処できなかった.日本は機器分析の観点から次世代の自動分析装置を開発し,臨床化学の質的向上をはかった.さらに全血をsample originとする全自動化を進め,日本が全世界に貢献した.〔臨床検査 50:1643-1646,2006〕

その他の生化学検査

著者: 中山年正

ページ範囲:P.1647 - P.1655

 ここ半世紀,臨床化学検査に標榜された目標は「迅速・簡便・微量・精密・正確」であった.この分析目標に傾注された結果としての「ボタンを押せば即時に結果が出る」方法の開発と普及は,日常診療に大きく貢献している.本総説では,この分析方法開発の背景,すなわち,分析を支えた思想としての許容誤差,分析の体系,標準物質,技術としての酵素的分析法や免疫測定法,および得られたデータの解釈などについて,臨床化学検査の基本的な取り組みを歴史的に概観した.〔臨床検査 50:1647-1655,2006〕

内分泌検査

著者: 宮井潔

ページ範囲:P.1656 - P.1660

 内分泌検査はホルモンの生物学的測定法の研究から始まったが,実際に検査として実用化されたのは化学的測定法が開発されてからである.それがイムノアッセイによる微量測定法の登場により,ほとんどすべてのホルモン測定が可能となり,飛躍的発展を遂げた.また新しい薬剤やホルモンの負荷試験も開発された.さらにクレチン症に始まる先天性内分泌疾患のマス・スクリーニングは予防医学に貢献している.これらの発展にはわが国の研究者の活躍が目覚しい.〔臨床検査 50:1656-1660,2006〕

血液学

著者: 上平憲

ページ範囲:P.1661 - P.1665

 近代医学・生物学の源流は19世紀後半に芽生えた.血液検査も当時の先進的研究と表裏一体となって臨床に取り入れられ,現在の血球計数検査と形態検査に類似した血液検査が始まっている.したがって,この血液検査の原型は以後この150年間脈々と続いていることになる.このように血液検査は,時代時代の先端科学と常に表裏一体となって医療に,医学に貢献してきた.しかし,この戦後の50年は人類史上類のないスピードで生物科学が進歩しているが,それに整合できない血液検査が指摘されている.検査の近代化は血液検査から始まり,その進歩は測定機器や情報システムに依存している.未来の血液検査が19世紀後半のような輝きとなることを期待して,血液学および血液検査の歴史を学び,レビューする.〔臨床検査 50:1661-1665,2006〕

免疫学

著者: 菊地浩吉 ,   下澤久美子 ,   水江由佳

ページ範囲:P.1667 - P.1672

 20世紀は免疫学発展の世紀であった.免疫学は生物学の中枢として発展を遂げたが,一方,生体防御の学として医学とは始めから密接に関係し,臨床検査への広い応用が行われた.本稿では,そのうち免疫血清学を除く,主として免疫細胞の動態を定量することによる疾患の診断応用について記述した.〔臨床検査 50:1667-1672,2006〕

血漿蛋白質検査

著者: 河合忠

ページ範囲:P.1673 - P.1676

 古代から血液が体外で凝固する事実を肉眼的に観察することから始まった血漿蛋白質検査は,分離・解析法の進歩とともに多様化したが,とくに電気泳動法が大きな実績を挙げた.2003年にはヒトゲノムの塩基配列プロジェクトがほぼ完結したが,ポストゲノム時代は,蛋白質個々の同定と機能解析だけではなく,全蛋白質の相互作用を網羅的に研究するプロテオミクス時代へと突入した.体内組織のほとんどすべての蛋白質成分とその代謝物は血液に溶け出していることから,超精密定量・同定法,とりわけ精密免疫測定法と質量分析法による血漿蛋白質検査は無限に広がる可能性がある.〔臨床検査 50:1673-1676,2006〕

腫瘍マーカー

著者: 今井浩三 ,   佐々木茂

ページ範囲:P.1677 - P.1680

 腫瘍マーカーは1960年代のAFPの発見に始まる.その後,CEAやCA19-9など多くの腫瘍マーカーが報告され,日常診療の中で利用されている.分子生物学や腫瘍免疫学の発達により,癌の研究は進み,さらに多くの腫瘍マーカー候補が報告されている.しかしながら,実際の臨床に用いられる新たな画期的な腫瘍マーカーはいまだ登場してこない.この現状から,今一度,腫瘍マーカーの意義を省み,画像診断との補完性などを考慮した研究の進展も期待される.〔臨床検査 50:1677-1680,2006〕

尿・一般検査

著者: 伊藤機一

ページ範囲:P.1681 - P.1690

 尿や便の臨床検査を代表とする“一般検査”は世界最古の臨床検査である.先達の築き上げたこれらを試料とする臨床検査は,錬金術に端を発する化学分析(重量法,比色法,酵素法,免疫法などへと展開),顕微鏡の発明による形態学的検査,そして自動分析(微量化・小型化,IT対応)といった科学技術の著しい進歩により正確度,精密度の高い検査結果をどこでも誰でもいつでも迅速に得られるようになった.本稿では幅広い“一般検査”の中で,POCTの代表でもある尿検査と,最近検体数が増加傾向にある糞便検査,脳脊髄液(髄液)検査,関節液検査,精液検査などにつき,最近の歴史的展開を述べる.〔臨床検査 50:1681-1690,2006〕

生理機能検査に基づく心機能検査

著者: 竹中克 ,   坂本二哉

ページ範囲:P.1691 - P.1694

 心機能を評価するには数多くの手段がある.問診,身体所見が大切であることは今も昔も変わりがないが,検査法には大きな変遷がある.〔臨床検査 50:1691-1694,2006〕

神経機能検査

著者: 石山陽事

ページ範囲:P.1695 - P.1700

 1924年にHans Bergerによって初めてヒトの脳波が記録されたが,わが国では真空管式脳波計や筋電計による神経機能検査が行われるようになったのは戦後である.1960年代には加算コンピュータを内蔵したデジタル脳波計や筋電計が市販され,大脳誘発電位(EPs)や末梢神経伝導速度検査が普及した.1990年代にはペーパレス脳波計が開発され,その後磁気刺激装置による中枢運動伝導時間(CMCT)の検査や脳磁図(MEG)検査,赤外線光トポグラム(NIRS)検査などが普及している.〔臨床検査50:1695-1700,2006〕

今月の表紙 細胞診:感染と細胞所見・12

サイトメガロウイルス:cytomegalovirus

著者: 籏ひろみ ,   海野みちる ,   坂本穆彦

ページ範囲:P.1602 - P.1604

 1990年に死産児の組織に核内封入体をもつ巨大な細胞「ふくろうの目:owl's eye cell」がみつかり,アメーバと考えられていた.しかし,帯状疱疹の封入体とも類似してることなどからウイルス説が浮上した.

 1956年ウイルス分離に成功し,研究者の1人であるWeller THにより,感染細胞が巨大化するという意味(cyto:細胞,megalo:巨大な)で,cytomegalovirus(CMV)と命名された1).

コーヒーブレイク

ある歴史の風景

著者: 屋形稔

ページ範囲:P.1666 - P.1666

 初夏の訪れたみちのくの一角白河の地で,旧制中学のクラス会が開かれた.卒後60幾星霜であるからもはや再開も望めないという集いで,生存者と逝去者(戦没者も含む)が丁度半々の38名というクラスになった.

 出席できたのは17名で,中に昔から口も筆も達者な男が即席の俳句を作って見せてくれた.“友みなの若き集いや初夏の湖”.この湖というのは南湖と呼ばれ思い出深い公園の中にある.これを掘削したのは江戸中期英明の宰相といわれた松平定信で,この地に隠棲し白河楽翁公と名乗ってからである.

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 法医学の遺伝子検査・12

遺伝子検査の応用による個人認証システム

著者: 橋谷田真樹

ページ範囲:P.1701 - P.1708

個人識別と個人認証

 法医学分野での個人識別(identification)とは,生体および死体またはその一部から個人を特定することを指す.生体や比較的新しい死体であれば性別,年齢,顔貌,歯型,指紋などに加えて手術痕や刺青なども有効な識別情報となる.また死後変化の進んだ死体,損壊の激しい死体やその一部,体液およびその瘢痕,さらには毛髪・爪などの生体試料からはDNAによる個人識別が行われている.DNAによる個人識別とはいわゆるDNA鑑定と呼ばれるものであり,ヒトゲノム上に存在する他人との塩基配列の違い,つまり多型を利用して行われている.DNA鑑定は犯罪捜査のための遺伝形質検査と親子などの血縁関係を明らかにするためのものとに大きく分かれている.

 一方,個人認証(authentication)とは,そのヒトが本人であるかどうかを検証する作業の意味であり,本人認証とも呼ばれている.主に情報・セキュリティの分野で発達した技術で,例えばユーザー名とパスワードの組み合わせを使ってコンピュータの使用権限の確認や,管理されている区域への立ち入りの許可などに用いられる.ただし,セキュリティの向上のためにはパスワードを頻繁に変更する必要があるが,忘却の可能性が高まるほか,結局似たような番号に落ち着き,セキュリティの向上には寄与しないといわれている.そこで注目されているのがバイオメトリクス認証技術である1).これはヒトが持っている生体情報を登録し認証を行うものであり,法医学の分野で個人識別に利用している技術に他ならない.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ 耐性菌の基礎と臨床・11 ウイルスの薬剤耐性・2

インフルエンザウイルス(基礎編)

著者: 信澤枝里

ページ範囲:P.1709 - P.1715

はじめに

 インフルエンザウイルスは,膜を被った膜ウイルスの一種(図1)で,変異が著しいことが知られている.この変異の原因は,ウイルスの複製にかかわる酵素(RNAポリメラーゼ)(図1参照)が「賢くない」ことにある.つまり,遺伝子の情報が子ウイルスに正確に伝わらないのである.そのため,感染細胞から出てくる子ウイルスのなかには,親ウイルスとは異なる遺伝情報(変異)を持つウイルスがいる.その変異が抗ウイルス薬との結合を妨げる場合,そのウイルスは薬剤耐性になる.薬剤耐性ウイルスとは,“薬剤を使用したために変異が生じたウイルス”ではない.薬剤使用の有無にかかわらず,変異ウイルスは一定の割合で生じている.そのウイルスを薬剤によって選択した結果,検出されたのが,薬剤耐性ウイルスである.

インフルエンザウイルス(臨床編)

著者: 貫井陽子 ,   畠山修司

ページ範囲:P.1717 - P.1720

はじめに

 インフルエンザは古代より多くの感染者や死者をもたらす病気として知られていた.毎年冬季に流行し,人口の5~10%が罹患するといわれている.また近年は高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)のヒトへの感染が散発し,新型インフルエンザの出現も危惧されている.インフルエンザの疾患としての重要性はますます高まっている.従来は簡便な迅速診断法が存在せず,また治療も安静,水分補給などの対症療法のみであった.しかし1998年に国内で初めてインフルエンザウイルス抗原検出迅速診断キットが使用できるようになったのに続き,1998年にアマンタジン,2001年にノイラミニダーゼ(NA)阻害薬が保険適用となったことからインフルエンザを取り巻く状況は劇的に変化し,現在日本はインフルエンザ治療大国となっている.この状況下で懸念されるのは薬剤耐性インフルエンザウイルスの出現である.本稿では,耐性ウイルスの疫学や臨床的特徴,ならびにインフルエンザ患者に対する感染対策について概説する.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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