話題
(1→3)―β―D―グルカンを指標とした深在性真菌症の検査
著者:
大林民典
ページ範囲:P.852 - P.853
D―グルコース残基がβ―(1→3)結合でらせん状に連なった支柱(backbone)に,D―グルコースないし(1→3)―または(1→6)―β―D―ポリグルコシドが側鎖としてβ―(1→6)―結合して分岐した構造を基本とする(1→3)―β―D―グルカン類はムコールを除く病原真菌類の細胞壁の主要な構成成分である.個々の真菌についてのその正確な構造は,複雑さのために完全には解明されていないが,三重らせんを含む種々の高次構造をとり,細胞壁に強靱性を付与し,外界から菌体を保護するのに役だっていると考えられる(図1)1,2).この物質は細胞壁を持たない動物細胞はもちろんのこと,細菌の細胞壁にも存在しないので真菌のマーカーとして使うことができる.これを実際に臨床検査に応用する研究のきっかけとなったのは,カブトガニの血液凝固因子のうちのG因子が,微量の(1→3)―β―D―グルカンによって活性化されるという発見である(図2)3).さらに最近の研究の結果,(1→3)―β―D―グルカン中の重合しているグルコース残基の数によつて,G因子に対する活性化能が大きく異なり,直鎖の場合,数平均重合度がほぼ36以下では活性がなく,42以上になると重合度とともに活性が増大することがわかった.また三重らせんより一重らせん構造のほうが活性が高いことから,G因子の活性化には,ある特定の高次構造が必須であることが明らかになった4,5).
カブトガニの血液は以前よりリムルステストとしてエンドトキシンの検出に使われていたが,このテストの結果に釈然としないものを感じていたわれわれは,G因子を除いたエンドトキシンに,特異的なリムルステストを作り(図3),従来の方法と比較検討してみたところ,従来法で明らかな高値を示しながら新しい方法ではまったく反応しない検体があり,それらはいずれも内科的深在性真菌症の症例であることがわかった.そこでG因子を利用した(1→3)―β―D―グルカンの測定系(Gテスト)を組み立て(図4),熱水抽出したいろいろな真菌多糖に対する反応性をみてみると用量依存的に反応することが確かめられた.このGテストを用いて血液培養で真菌が陽性にでた検体,剖検で内臓真菌症が確認された検体,臨床的に抗真菌剤の奏効した症例の検体についてみるといずれも血中(1→3)―β―D―グルカン濃度が高いことが示された.さらにこのような血液検体を(1→3)―β―D―グルカナーゼで消化した後,Gテストにかけるとまったく反応しなくなることから検体中のG因子反応物質は確かに(1→3)―β―D―グルカンであることが裏づけられた.また,血中(1→3)―β―D―グルカン値は抗真菌剤による臨床症状の改善につれて低下していくことも観察されている.これまでの経験から,カンジダ,アスペルギルス,クリプトコッカスといった内科的深在性真菌症の三大病原真菌はすべてGテストに反応しており,カンジダのなかでも広い菌種がカバーされている.以上のように血中(1→3)―β―D―グルカンの測定は深在性真菌症のスクリーニング,経過観察に非常に有望な検査法と言える.しかしまだ臨床に供する前に解決しておかなければならない点が残されている.その1つは(1→3)―β―D―グルカンの標準品の調製である.すでに述べたように(1→3)―β―D―グルカンの大きさや高次構造によって活性に大きな開きがあるので,これらの条件をある程度そろえた,一定の活性を持つた安定した標準品を用意しなければならない.また偽陽性の問題として腎透析患者の場合がある.腎透析膜がセルロースで作られている場合には,(1→3)―β―D―グルカンが大量に混在しているので,血中に流出して偽陽性となる.腹水の透析灌流を受けている場合も同様である.また,血漿分画製剤やアミノ酸製剤のなかには製造工程でセルロース膜を使用しているところもあるので,これらの非経口投与を受けている場合には,結果の解釈に注意が必要となる.