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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査52巻7号

2008年07月発行

雑誌目次

今月の主題 腎移植 巻頭言

国内外にみる腎移植の現状と将来

著者: 太田和夫

ページ範囲:P.725 - P.727

 わが国における臓器移植はアジアで最も早く1964年に開始され,その後,日本の各地で症例が経験された.しかし1967年12月には,南アフリカで行われた心臓移植に端を発した脳死の問題がクローズアップされてきた.翌1968年には札幌医大でいわゆる和田移植が行われたが,死の判定に疑問が出され,以後,わが国での心臓移植はほとんど行われなくなる事態を招くことになった.これに対し,1990年にはようやく脳死臨調が組織されていろいろ議論が戦わされた結果,脳死者からの臓器提供が是認され,実際に脳死段階における臓器提供が行われるようにはなった.しかしそれはごく少数にとどまり,現在でもなお家族が臓器を提供する生体腎移植がその中心となっているのが日本の実情である.われわれは国際的な死体腎移植のレベルに近づこうと努力を重ねているのであるが,なかなかそこまで到達しないのが現状と言えよう.

 それでは,まずわが国における生体腎・献腎による腎移植の現況をご紹介するとともに,海外の現況にも触れつつ,併せて腎移植における臨床検査の重要性についても強調しておきたい.

総説

腎移植の免疫反応

著者: 寺岡慧

ページ範囲:P.728 - P.740

 移植腎に含まれるドナー由来の樹状細胞はドナーclass Ⅰ抗原を提示し,レシピエントT細胞がこれを認識することにより,移植抗原に対する免疫応答が開始される.さらに移植腎より遊離された同種移植抗原をレシピエント免疫提示細胞が捕捉・提示し,レシピエントT細胞がこれを認識して免疫応答が開始される経路も存在する.TH細胞により増殖・分化したTC細胞が移植腎細胞上のclass Ⅰ抗原を標的としてこれを傷害する.またB細胞はTH細胞と会合して活性化され,増殖・分化が誘導されるが,濾胞樹状細胞との接触により抗原に高親和性のB細胞が形質細胞へと分化して特異抗体を産生する.抗原提示・認識から活性化シグナルの細胞内伝達,標的細胞に至る過程の機序は分子レベルで解明されている.

ABO血液型不適合腎移植の新しい展開

著者: 高橋公太

ページ範囲:P.741 - P.748

 わが国では,欧米諸国に比べて献腎の提供が極めて少ないため,腎移植の適応を拡大する目的で20年前からABO血液型不適合腎移植が開始された.その治療戦略の進歩により適合腎移植の成績と遜色なくなり,わが国はもちろんのこと世界的に普及している.今回は,最近のABO血液型不適合腎移植の現状と成績が向上した要因について述べたい.

異種腎臓移植

著者: 宮川周士

ページ範囲:P.749 - P.753

 慢性的なドナー不足により今また異種移植が注目されている.異種移植はその歴史は古く,現在も膵島細胞移植の形で続けられている.この異種移植に起こる拒絶反応の制御は初期には補体制御や糖鎖抗原の改変が中心であったが,現在では多岐にわたり,免疫作用の制御技術が開発されてきている.一方,最近の動物工学技術の発達を基に,多種類のいわゆる遺伝子改変ブタが各国でしのぎを削り生産されている.最後に,懸念されるブタレトロウイルスは患者のfollow up体制を構築することにより事実上容認されるようである.

臓器移植後の免疫抑制療法

著者: 平野俊彦

ページ範囲:P.755 - P.760

 移植医療の発展は免疫抑制薬の開発と並行してなされてきた.臓器移植は患者本人以外の臓器提供者から臓器,組織,あるいは細胞を移植する医療であるため,患者の免疫系をうまくコントロールしないと拒絶反応により移植臓器が機能不全に陥る.このような拒絶反応を予防もしくは治療する目的で,免疫抑制薬の使用が不可欠である.しかしながら,移植患者の中には免疫抑制薬の治療効果が現れにくい症例や逆に副作用が発現しやすい症例なども散見されるため,個々の患者に合わせた免疫抑制薬物療法の実施が望まれる.本稿では,免疫抑制薬の歴史,種類,作用機序,あるいは副作用について概説するとともに,免疫抑制薬の血中濃度パラメーターに基づく投与設計の意義についても触れる.

腎移植の実際

腎移植手術 1) ドナー腎摘出術

著者: 井上高光 ,   齋藤満 ,   佐藤滋 ,   羽渕友則

ページ範囲:P.761 - P.766

 ドナー腎摘出術においてわれわれに課される最も優先される事項は,死体腎(献腎)移植では亡くなったドナーの尊厳を守ることであり,生体腎移植では健康なドナーを健康なまま最小限の身体的負担で社会復帰させることである.生体ドナー腎摘出術は,従来は腰部斜切開により行われてきたが,近年はわが国では約7割のドナー腎摘出術が鏡視下手術で行われている.腰部斜切開と鏡視下手術では安全性や移植腎機能発現の観点で差がないと報告されてきた.また,鏡視下手術の方法は後腹膜鏡下か腹腔鏡下かと,ハンドアシストを使うか純鏡視下かとで分類される.本稿ではわれわれが行っているドナー腎摘出術の各術式と成績を詳説する.

腎移植手術 2) 腎移植術

著者: 齋藤満 ,   井上高光 ,   佐藤滋 ,   羽渕友則

ページ範囲:P.767 - P.772

 腎移植手術のポイントは血管吻合と尿管―膀胱吻合である.術前にドナーの腎血管,レシピエントの腸骨血管と膀胱を十分に評価しておく.血管の形成や吻合には習熟した血管外科の技量が求められる.動脈硬化の強い症例などでは,移植腎栄養血管として積極的に外腸骨動脈を使用する.移植腎血流を良好に保つため,動脈吻合は血管径が狭小化しないように注意する.通常,尿管―膀胱吻合では逆流防止機構を形成するが,萎縮膀胱では困難であり注意が必要である.術後はバイタルの維持に努め,移植腎が機能しやすい環境とする.移植腎機能が低下した場合には,まずエコーで血管系・尿路系合併症を除外し,時機を逸することなく移植腎生検を施行し,適宜対処する.

腎移植における免疫抑制療法の実際

著者: 岡本雅彦 ,   牛込秀隆 ,   昇修治 ,   吉村了勇

ページ範囲:P.773 - P.777

 腎移植後の免疫抑制療法に使用される薬剤としてCNI,代謝拮抗剤,副腎皮質ステロイドなどがあり,これらを併用した多剤併用療法が行われている.また,導入期には近年開発されたリンパ球に対する抗体製剤が多くの症例で使用されている.新規免疫抑制剤の開発やTDMの進歩により拒絶反応が減少し,移植成績の向上とともにQOLの目覚ましい改善が得られており,従来不可能とされていた血液型不適合移植においても,適合例と比較して遜色ない成績を収めるようになってきている.

糖尿病性腎症と腎移植

著者: 渕之上昌平 ,   寺岡慧

ページ範囲:P.778 - P.782

 わが国では糖尿病性腎症を原疾患とする新規透析導入患者は最も多くなってきている.糖尿病性腎症に対する腎移植はそのQOLを改善するうえで有効な治療法である.糖尿病性腎症に対する腎移植の成績は非糖尿病患者の腎移植と比べ生存率でやや低いが,糖尿病性腎症で透析を行っている患者と比べると高い生存率を示している.しかし,腎移植後糖尿病性腎症に伴う心血管系の合併症による死亡率は高く,注意を要する.

移植と合併症―感染症

著者: 竹田雅 ,   藤澤正人

ページ範囲:P.783 - P.786

 近年の種々の新規免疫抑制剤の登場により,拒絶反応の発症頻度は減少し,移植腎の生着率も向上している.一方で,感染症は現在も臓器移植後の重要な合併症の一つである点には変わりがなく,時に生命予後に影響を及ぼす.免疫抑制療法の変遷とともに,感染症の種類も変化してきており,これに対する予防,診断,治療は,移植腎の長期生着を目指すうえでも重要である.本稿では,移植後の経過時期による分類や,各病原体の管理の現況と解決すべき課題について概説する.また,成人と小児においても移植後感染症の病態は異なり,小児期の特殊性についても言及する.

移植と合併症―悪性腫瘍

著者: 市丸直嗣 ,   奥見雅由 ,   辻村晃

ページ範囲:P.787 - P.790

 腎不全,免疫抑制,ウイルス感染などの影響により腎移植患者は悪性腫瘍の発生頻度が高い.腎移植後悪性腫瘍は近年急速に増加傾向にあり,2006年のわが国の腎移植患者の臨床登録集計によると約5%の患者に発生している.また人種,環境,感染などの影響が違うため,欧米やアジア近隣国と比較してもわが国の悪性腫瘍の種類や頻度は大きく異なる.腎移植後悪性腫瘍にはこのような特徴があるためその特有の病態を理解する必要があり,移植前のスクリーニングや移植後の定期検査などが必須のものとして行われている.治療としては通常の悪性腫瘍の治療に加えて,免疫抑制薬の調節などが行われる.

小児腎移植

著者: 河村毅 ,   本山治 ,   相川厚

ページ範囲:P.791 - P.795

 小児腎不全の最善の治療は腎移植である.体格の小さな患児へ成人の腎臓を移植する場合,循環動態の管理を中心に慎重な対応が必要である.近年の小児腎移植の成績は良好であり,条件が整えば透析療法導入前のpreemptiveな腎移植術が推奨される.また,ABO式血液型不適合腎移植は小児でも導入されており,腎不全の原疾患にかかわらず,移植適応は拡大されてきている.その背景には腹膜透析も含めた小児腎不全管理全体の質の向上がある.移植機会に恵まれないわが国の慢性腎不全患児では,いかに良い条件で腎移植を行うかが大切であり,小児腎臓内科医と移植外科医,他のスタッフと綿密に連携し,患児の将来を見通した腎不全の総合的な長期治療計画を立てる必要がある.

腎移植の検査

生体腎移植,死体腎移植のドナー,レシピエント検査

著者: 両角國男 ,   武田朝美 ,   後藤憲彦 ,   打田和治

ページ範囲:P.797 - P.802

 腎移植には生体腎移植と死体腎移植がある.腎移植後に良好な移植腎機能が発現することが基本で,移植された腎臓を介した感染症や悪性腫瘍の伝播も許されない.また,生体腎移植ドナーが腎提供後に腎機能障害や腎機能低下に繋がる合併症を起こすことは回避されなければならない.そのためには,十分なドナー評価,適切な検査が行われる必要がある.一方,レシピエントは,移植手術を安全に受けることができ,腎移植後の免疫抑制療法を続けられることが,腎移植後のQOLやADL向上の基本である.そのためには移植前の評価,検査が不可欠である.

腎移植病理

著者: 山本泉 ,   山口裕

ページ範囲:P.803 - P.807

 近年の移植件数の増加,拒絶反応の理解の向上,免疫抑制剤の改良などに伴って,臨床検査の需要増加や検査内容の変化が認められるようになった.なかでも移植腎生検は,依然として,腎移植患者の診断と治療に寄与する最も重要な検査の一つである.ここでは,移植腎生検の診断ツールであるBanff分類を中心に,腎移植病理の最近の話題や問題点について概説する.

話題

移植拒否反応のプロテオミクス

著者: 友杉直久

ページ範囲:P.809 - P.812

1.はじめに

 腎移植患者にとって,急性拒絶反応の出現は予後を決定する重要な因子である.それゆえ,早期に急性拒絶反応の出現を捉え,早期に治療を開始することが望まれる.現在,クレアチニンの上昇で急性拒絶反応の存在が疑われ,腎生検組織標本で確定診断されている.これは,急性拒絶反応が組織病変を惹起し腎機能障害に陥った時点で,ようやく臨床的に把握されていることを意味している.より早期に急性拒絶反応を見つけるため,プロトコール腎生検が行われており,臨床症状を認めていない患者の30%前後に組織学的にすでに急性拒絶反応を呈していることが報告されている1).しかし,腎生検は観血的な方法であるため繰り返し施行するにはリスクが高く,またサンプリングエラーなどの問題もある.これに対し,非侵襲的診断法として繰り返し採取が可能な尿や血中に存在する細胞や蛋白質/ペプチドを,バイオマーカーとして急性拒絶反応を早期からモニタリングする試みがなされてきた.

 本稿では,プロテオミクス解析から開発されたバイオマーカーを用いた,急性拒絶反応の非侵襲的診断法の可能性を述べる.

腎再生因子

著者: 門川俊明

ページ範囲:P.813 - P.815

1.腎臓の再生医学の現状

 腎臓の再生医学研究は,心臓や肝臓などの他の臓器に比べて遅れているといえる.それは,血液透析,腹膜透析,移植といった腎代替療法が実用化され良好な成績を上げていることに加え,腎臓という極めて精巧で複雑な臓器を再生することが困難であることによる.腎臓の機能単位であるネフロンは,糸球体毛細血管とそれに続く20種類以上の上皮細胞から構成されており,ネフロン丸ごとの再生は難しい.しかし,特定の細胞の再生は可能性があり,特定の細胞の再生だけでも治療効果が得られる可能性がある.

 腎臓の再生能は弱いと考えられているが,明らかに修復・再生現象を認める病態が存在する.急性糸球体腎炎は可逆性の病変であり,傷害された糸球体は数週間のうちに再構築される.慢性の糸球体病変である糖尿病性腎症であっても,膵移植をすると組織変化が改善することが知られている.また,急性尿細管壊死においても,再生現象が認められ,脱落した尿細管細胞を補うべく新規に尿細管細胞が再生される.しかし,どの細胞を起源として尿細管細胞が再生されるのか,どのような因子が再生を決定づけるのかという問題は十分には解明されていない.近年,急性尿細管壊死において最も傷害を受ける皮髄境界部の近位尿細管S3セグメントに活発な再生能があることが知られるようになってきた.急性尿細管壊死後の再生現象は虚血再灌流や薬剤投与などの比較的作成しやすいモデルで観察できることもあり,腎臓の再生現象の研究に最も用いられている.

今月の表紙 臨床微生物検査・7

Clostridium difficile

著者: 國島広之

ページ範囲:P.722 - P.723

1.Clostridium difficileについて

 Clostridium difficileは,抗菌薬投与後にC. difficile関連下痢症(C. difficile associated diarrhea;CDAD)を起こす起炎菌であることが知られているとともに,欧米では本菌による病院感染ならびに集団感染事例が多く報告され,感染対策における主要な微生物の一つとして認知されている.医療施設における下痢の糞便検体を取り扱う際は,本菌を最も考慮する必要がある.

 C. difficileは,1935年にHallとO'Tooleが健常新生児の便から発見し,培養が遅く困難(difficult)であることからC. difficileと命名された.大きさは0.5~1.9×3.0~16.9μmの偏性嫌気性のグラム陽性桿菌である(図1).環境中に広く分布し,ヒトだけでなく犬や猫などからも検出される1).健康乳児の便からは20~40%分離されるとともに,成人においても健常保菌者がみられ,入院患者では無症候性保菌者として分離されることも多い2)

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 糖鎖と臨床検査・7

Helicobacter pylori感染と糖鎖

著者: 星野瞳 ,   中山淳

ページ範囲:P.817 - P.822

はじめに

 1983年にMarshallとWarrenによって胃粘液中から発見,分離されたHelicobacter pylori(H. pylori)は,体長2~4μm,幅0.5μmのグラム陰性らせん状桿菌で,世界人口の約50%に感染している.H. pyloriはその感染の成立や維持のため,胃上皮細胞やヒト免疫系との密な関係を構築し,その宿主側の破綻により萎縮性胃炎,消化性潰瘍,さらには胃癌や胃のMALT(mucosa associated lymphoid tissue)リンパ腫の発症へとつながる1)

 本稿では糖鎖の観点からみたH. pyloriと宿主とのかかわりについて2),最初にリポ多糖血液型関連糖鎖の発現意義を,次いでH. pyloriに存在する細胞接着分子であるアドヘジンと胃上皮細胞で発現する糖鎖リガンドの関係について概説し,最後にH. pylori感染胃粘膜における腺粘液特異糖鎖であるα1,4GlcNAc含有O-グリカンの役割についてわれわれの研究成果を中心に紹介する.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ 臨床検査用に開発された分析法および試薬・7

リポ蛋白コレステロール測定の簡易化

著者: 三池彰

ページ範囲:P.823 - P.829

はじめに

 近年,「メタボリックシンドローム」という言葉が市民権を得て,一般の健康志向の強い人にも「悪玉コレステロール」,「善玉コレステロール」の意味が知られるようになってきた.「悪玉コレステロール」と言われるLDLコレステロール(low-density lipoprotein-cholesterol;LDL-C)は低比重リポ蛋白コレステロールの略で,コレステロールを体組織に輸送する役目を持ち,アポB蛋白を持っていることが特徴である.一方,「善玉コレステロール」と言われるHDLコレステロール(high-density lipoprotein-cholesterol;HDL-C)は高比重リポ蛋白コレステロールの略で,体組織から前記コレステロール成分を取り去ってくる役目を持ち,アポA1蛋白を持っていることが特徴である.そのほかコレステロール量としては少ないがVLDL(very-low-density lipoprotein),カイロミクロン(chylomicron;CM),IDL(intermediate-density lipoprotein),Lp(a),レムナント(remnant)などのリポ蛋白画分があり,それぞれ特有な脂質代謝の役割や意義が研究されている.生化学脂質項目の代表的なマーカーであるHDL-CとLDL-Cは,現在日本のほとんどの臨床検査室で測定されるようになっており,2008(平成20)年4月に義務化されたメタボリックシンドローム健診の主要項目として挙げられ,自動化も広く行われている.

 本題のリポ蛋白測定の簡易化では,このHDL-CおよびLDL-Cの自動化されたホモジニアスな直接法に焦点を当てて述べるが,特筆すべきは,現在全世界で使用されているこの直接法のHDL-C,LDL-C測定試薬は,日本において先陣を切って開発され,現在,世界中の検査室の中で使用されている試薬のほとんどを日本メーカーが供給していることは,最近のわが国の試薬メーカーが技術的存在感を見せている例として記憶に新しい.

海外文献紹介

女性および子供間の受動喫煙暴露:31か国からの事実

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.748 - P.748

 広範な研究から,受動喫煙暴露が成人や子供に肺機能低下のような危険をもたらすことが明らかになった.世界では,女性の喫煙率は男性よりも低く,受動喫煙暴露の機会は多い.著者らは喫煙者と同居する女性や子供の受動喫煙暴露の範囲を明確にし,発展途上国におけるタバコ抑制政策や介入の進展を促す適切なデータを得るために研究を行った.2006年,31か国の40家庭における試料で非喫煙女性および子供間で家庭の空気ニコチン濃度および毛髪ニコチン濃度を測定する横断的暴露サーベイを実施した.空気ニコチン濃度中央値は喫煙者がいる家庭では喫煙者のいない家庭に比べて17倍高値であった.空気ニコチン濃度および女性と子供の毛髪ニコチン濃度は,家庭における喫煙同居者数とともに増加した.用量応答関係は子供間で顕著であった.空気ニコチン濃度は内部禁煙でない家庭においては内部禁煙の家庭に比べて12.9倍増加すると推定された.これらの結果は,喫煙者と同居する女性や子供で受動喫煙暴露から早死や疾患の危険率が高いことを物語っており,家庭の受動喫煙暴露から女性と子供を保護するための介入が強化されなければならない.

慢性閉塞性肺疾患の肥満患者における代謝および炎症像

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.786 - P.786

 体重および筋肉量の減少は慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)の経過中における重要な症状である.COPD患者においては,過剰体重および肥満はより良好な生存と関係しており,通常の死亡率とBMIとの関係の逆である.一方,過剰体重はメタボリック症候群や冠状動脈疾患を招く異常な代謝および炎症と関係している.著者らは,COPD患者における過剰体重および肥満のメタボリック症候群の有病率への影響と,代謝および炎症像への影響の評価を行った.研究ではCOPD患者を過剰体重・肥満群と正常体重群に二分し,人体測定,肺機能および生体成分を測定した.メタボリック症候群はウエスト(腰回り),血液中の中性脂肪,HDLコレステロール,空腹時血糖および血圧に従って診断した.これらに加え,血漿中のCRP,TNF-α,IL-6,レプチン,アディポネクチンを測定した.気道閉塞は過剰体重・肥満患者のほうが正常体重の患者に比べ軽度であった.メタボリック症候群は過剰体重・肥満患者のうちの50%で診断されたが,正常体重患者ではみられなかった.TNF-αおよびレプチンは過剰体重・肥満患者において有意に高値であったが,アディポネクチンは過剰体重の者では減少していた.

アクロレインで活性化されたマトリックス金属プロテイナーゼ9はムチンの持続的な生成に寄与する

著者: 鈴木優治

ページ範囲:P.807 - P.807

 慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)は世界的な公衆衛生問題であり,特に細気道においてムチン産生増加を伴う,進行性の呼吸困難により特徴づけられる.アクロレインはタバコ煙の成分で酸化ストレスの媒介物質であり,気道ムチン5,subtype A,C(MUC5AC)産生を増加させる.しかし,そのメカニズムは不明である.著者らの研究では,アクロレイン暴露マウスにおけるmMUC5ACの転写物と蛋白質の増加は肺マトリックスの金属プロテイナーゼ9(mMMP9)の転写物,蛋白質および活性の増加と関係していた.mMUC5ACの転写物およびムチン蛋白質の増加はEGFR(epidermal growth factor receptor:上皮成長因子受容体)インヒビターで処理したマウスでは縮小した.アクロレインも金属プロテイナーゼ蛋白質3のインヒビター(MMP9インヒビター)転写物レベルを減少させた.また,アクロレインはCOPD患者の痰中に見られる濃度でpro-hMMP9の開裂および活性を増加させた.アクロレインはヒト気道細胞におけるhMMP9転写物を増加させたが,これはMMPインヒビター,EGFR中和抗体などにより阻害された.hMMP9活性の増加は持続的な過剰なムチン産生に関与すると考えられる.

Coffee Break

参加できなかった二つの招待スキー大会

著者: 佐々木禎一

ページ範囲:P.808 - P.808

 前回に続きまたスキーに関する話題を紹介しよう.

 私は1951(昭和26)年北大理学部化学科と北大スキー部とを卒業した.学問のほうは余り努力した印象はないが,スキー部員としては幾多の全国的大会・試合でそれなりの活躍したと思っている.その結果,現役時代私が国立大学の学生でありながら,インカレや幾種かの大会でalpineとjumpの両方を一応器用にこなす選手として注目されていたためか,卒業直前に思いがけなく次の二つの大会に招待された.

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あとがき

著者: 伊藤喜久

ページ範囲:P.832 - P.832

 最近つとに慢性腎臓病(CKD)が目を引きます.腎臓は多量の血液が流れ高圧の負荷を受ける臓器であり,濾過,再吸収装置であるがゆえに,多くの自己成分,異物が容易に沈着し持続的な炎症が引き起こされます.基礎疾患では何といっても糖尿病腎症で40%を占め,IgA腎症など慢性糸球体腎炎が20%,基礎疾患が不明なものも少なくありません.平均寿命の伸びたこともあり末期腎不全に至るケースが増え続け,透析治療中の患者は今や30万人を超え,毎年3万人以上に新たな透析導入が行われており,国家経済,医療福祉サービスのうえからも大きな重荷となってきています.ただ加齢に伴う機能低下が,どこまでが生理的でどこからが病的なのか,生命予後をいかにして予測するかの見極めは必ずしも容易ではありません.メタボ健診も含め健康診断,検査結果が基礎疾患,病態の早期発見,予防につながるよう,長期にわたるフォローの成果を期待したいものです.

 今月の特集は「腎移植」です.QOLの改善,患者予後,医療経済などあらゆる面から透析療法を凌駕します.他臓器に比べ,はるかにアクセスしやすい臓器です.もう20年前ですが,腎移植から生着まで尿中蛋白プロフィルを長期間追ったことがあります.普段の生活になんら支障なく過ごすことができる成功例でも,実はほとんどのケースは異常値を示しており,原疾患は何であれ,移植は末期腎不全から腎機能低下の初期段階に戻ってリスタートする治療であり,再び腎不全に至るには年余にわたるため,結果として残りの人生を十分健康な生活を保障しうるものとなります.この優れた治療法が,日本においてはなかなか定着しない.さらにいっそう生着率を高めるためには,拒絶反応と免疫抑制剤副作用,ドナーなどの問題が立ちはだかります.今やiPS細胞に夢を託して自己の腎臓を移植する飛躍的な発展の時代を目の前に迎えています.すべての移植治療のパイオニア的な役割をはたしながら,近い将来腎疾患の治療体系の中核となるのではないでしょうか.厳密にはホモとは言えない移植片に対し,これまでには経験し得ない新たな病態が出現し,ここから臨床検査も活性化し続けるはずです.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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